[ 三妖神物語 第三話 女神乱舞 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第八章 南海の島

 紺碧の海に黒い影を落とし、青い空を無骨な機体が駆け抜ける。
 ドレッドノートからサンプルを受け取った”アホウドリ”だった。
 やがて、青い海の上に小さな島が見える。

 絶海の孤島と言うにふさわしい、回りに何の島もない、大陸からも遥かにはずれた島。
 船の航路からも航空機の運航ルートからも無視された小さな島。
 住む人間もごく僅かな、名もない島。
 そこには、似つかわしくないほどの近代的なビルと大きな飛行場が有った。
”死の翼”が持つ数多くの研究施設の一つである。
 絶海の孤島に設置されている研究所ではあるが、その設備と言い研究員の質と言い、その規模は”死の翼”の保有する研究所でも屈指の物であった。
 日用品も、食料も不自由はしない。
 わざわざ、こんな不便な場所に研究施設を作るのにはそれなりの訳がある。
 都市の近くでは決して出来ない、危険な研究を行うのがここであった。
 この島に住む人間は全て研究所の職員である。
 アホウドリは、悠々と滑走路に舞い降りた。
 貴重なサンプルを運んできたとあって、物見高い連中が遠巻きに見守っている。
 やがて、銀色の輝きを放つ巨大なコンテナがその姿を現した。
 アホウドリがこの島に到着するまでの80分間、中に詰め込まれたサンプルとそのおまけはどうしていたのだろうか。
 実は、未だに夢の中にいた。
 ミューズとシリスが警戒を強める中で、二人の男達は呑気に寝ていた。
(そろそろ、目を覚ましてもらいたいわね。)
 ミューズは少々あきれた目で二人を見つめている。
(それは無理でしょう。お二人ともずいぶんと疲れていらしたようですから)
(しょうがないわね・・・・そろそろ、起こそうか・・・・)
 シリスとミューズがそんな会話をしていると、噂の主の一人が起きあがった。
 大きなあくびを一つかみ殺して、立ち上がる。
 まだ眠気が抜けきっていない。頭をふって、何とか残りの眠気を吹き飛ばす。
「ここは・・・・?」
 状況が把握できずにきょろきょろしていると、足下に転がっているもう一人の人間に気が付いた。
「何時まで寝てる!」
 怒鳴りながら、安らかな寝顔をしていた竜一を蹴り起こす。
「むーー」
 うなりながら、極めて不本意に竜一は目をさました。
「あつつつ・・・・いってえ・・・・あり? こぶが出来てる・・・・」
 夢の中でどつかれたところが妙に痛い。そこをさすって、大きめのこぶが出来ていることに気が付いた。
 勿論、それが康夫の蹴りによる物であることは言うまでもないだろう。
 痛む瘤をなでながら、竜一は自分達の置かれた状況を確認した。
 先ほどとはうって変わって、狭い簡素な部屋に自分達が押し込められていることを知った。
「見ろよ、竜一」
 康夫に促され、ドアに付いている小さなのぞき窓から外を見る。
 そこに空港らしき場所が見て取れた。
 何時の間にか深海の旅が空の旅に変わっていたらしい。
 よくよく見れば、ゆっくりとではあるが景色が動いている。どうやらこの部屋ごと、どこかへ運ばれているようだ。
「やれやれ、賓客から荷物扱いになったか・・・・」
 この部屋が、監禁部屋であると同時に貨物用のコンテナであることに竜一は気が付いた。
「しかし、どう言うことだ? あの紅茶に何も仕込まれていなかったはずだろ?」
 康夫の疑問に竜一は頷いて答えた。
「奴等ガスを使ったのさ」
「なるほど。」
 これまた、あっさりと納得する。
 本気で、竜一のことを信頼しているらしい。
 これほど自分を信じてくれる相手に、隠し事をしていることに竜一は良心の呵責を感じていた。
 研究施設の一つにコンテナは運ばれていった。

 施設に運ばれること既に1時間。だが、向こうはいっこうに動かない。
「何やってんだか・・・・、するならさっさと済ませて欲しいなあ・・・・
 貴重な青春が、貴重な時間が・・・・ああああ」
 頭を抱え、大げさに騒ぐ康夫。
 映画館近くで拉致監禁されて既に5時間ほどの時間が過ぎていた。
 貴重な青春のひとときを、こんな狭い場所に押し込められているのは実に耐え難い。
 それは竜一も同じだった。
 何のために自分達を連れてきたのか。いい加減動いてくれないと退屈でかなわない。
 イライラしている竜一にミューズが話しかける。
(私が動いてみようか?)
(うん?)
 竜一の疑問にミューズが答える。
(多分、彼等も私達の処遇をどうするかで悩んでいるんだと思うわ)

 彼等にとっては、興味があるのはバチカンが誇る聖騎士団の精鋭を倒したという”魔女”なのだ。その魔女を手に入れるのが彼等の目的なら、魔女が出てきてくれなくてはどうしようもない。
 魔女を呼び寄せるための餌として竜一を監禁しているとすれば、ミューズが動かなければ事態は硬直したまま時間だけを浪費することになるだろう。
”死の翼”も、始めは竜一の側に魔女が付いていると考えていたが、それらしい存在を確認できず対処方法を見失っていたのだ。
 実際に、彼等は頭を抱えていた。
 餌をとらえたのは良いが、さて、これからどうする? と問われると、誰も良い方法を思いつかない。
 結局彼等は持久戦を覚悟した。彼を取り戻すために魔女が現れるのを待つことしか、彼等には手がなかったのだ。

(やれやれ・・・・我慢比べかあ・・・・)
 欠伸をかみ殺して竜一は頭をかいた。
(んなもんにつきあってられるかよ・・・・しゃーない、ミューズ適当に暴れてくれ)
(やります?)
 楽しそうなミューズに竜一は頷いた。
(貴重な青春をこんなくだらん所で浪費してられるか!)
(OK、まかせて)
 快諾するミューズ、楽しそうな彼女に警告をする者があった。
(相手を甘く見てはいけませんわ。足下をすくわれることもあり得ますから)
(大丈夫よ、あいつ等が何をたくらもうと私には手を出せ無いって)
 だが、ミューズのその自信をシリスは危険と判断したらしい。竜一に警告する。
(御主人様、ここはミューズではなく彼女の部下にまかせてはいかがかと。
 朱雀や迅雷、いえ、その下の者達でも十分対処できるはずですわ)
(まあ、いいさ。ミューズも欲求不満がたまっているようだし、ここで発散させないと、後々恐いからな)
 竜一のその言葉に、ミューズは嬉しそうに頷いた。
(流石マスター、良く分かってる! それじゃ、行って来るわね)
 その声と同時にミューズは姿を消した。その場に身代わりの影を残して・・・・。
(影の方を使えばよいのに・・・・)
 シリスが溜息すると、心配性の相棒の頭をなでながら竜一は笑った。

 ビー! ビー!!

 警報が鳴り響き、非常灯が明滅する。
「何事だ!」
 警備司令室に責任者の声が響く。
 コンソールを操作し、警報の原因を調べていたオペレータの一人が声を張り上げた。
「D−31ブロックで異常発生。原因不明の爆発が・・・・いえ、侵入者です!
 何者かが外壁を爆破して進入してきました!」
「外壁を爆破だとぉ!! なんて乱暴なヤツだ!!
 どこの馬鹿だ!! モニターに出せ!!」
「はい!」
 やがてモニターにカメラがとらえた映像が映し出される。
 もうもうと立ちこめる煙の中に見えるのは美しい女性だった。
 全身黒ずくめ。この炎天下の南海の島には似つかわしくない衣装で全身を固め、額と胸に見事な細工の銀のアクセサリーをつけている。
 そのアクセサリーは額のものは赤い宝石、胸のものには青い宝石が飾られていた。
 そして、その見事なアクセサリーさえ見劣りするほどの美しい顔立ち、その瞳は金と淡く青みがかった銀の瞳。神秘の相貌を持つ絶世の美女。
 彼女は悠々と歩を進めた。施設の中に足を進めた彼女の目の前に、侵入者を捕らえるべく、保安要員が自動小銃を手に壁を作る。その人数およそ30人。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
 隊長とおぼしき男が声を張り上げるが、彼女は全く気にも止めずに歩き続ける。
 目の前にいるはずの男達も銃口も見えていないかのように。
「く・・・・止むおえぬ! 撃て!!」
 丸腰の女性を、それもこれほどの美女を撃つのは気が引けた、しかし、それが彼の任務である。彼は任務に極めて忠実な男であった。

 ドガガガガガ!

 30丁の自動小銃が一斉に火を噴く。
 一秒で数十発。コンクリートの固まりさえ打ち砕く鋼鉄の雨が、音速を超える速度で美しい女性に降り注ぐ。
 しかし、彼女の歩みは止まらなかった。
 数百発の銃弾は唯の一発も彼女の体に触れることさえ出来なかったのだから。
「馬鹿な!」
 男達が驚愕に目を見開く。
 はずれたのではない。
 彼等は十分に訓練を積んだ兵士だ。この距離から外すことなどあり得ない。まして、障害物が何もない、まっすぐに歩いているだけの相手を外すわけがない。
 全ての銃弾は狙い違わず、彼女に向かっていった。全ての弾丸が彼女の体をとらえていたはずだった。だが、死を運ぶ鋼鉄の雨は、目に見えぬ壁に阻まれ一発も彼女に近づくこともできなかったのだ。
「雑魚に用はないわ、失せなさい」
 彼女がそう言うと、突然突風が吹き荒れた。
 その風は30人の警備員を吹き飛ばし、地面にあるいは壁に叩きつけ、一瞬にして彼等の戦闘力を奪ってしまった。そして、彼女の正面から全ての障害物を取り除き終わると、吹き荒れた時と同様に全く突然に凪いでしまった。
 苦痛に呻く男達には見向きもせず、彼女は悠々と進んだ。施設の奥へと・・・・

「た、大変です! 正体不明の侵入者がD−31ブロックに現れました!」
 研究所の上層部がその報告を受けたのは彼女が施設の壁を打ち砕いてから5分ほど後のことだった。とらえたサンプルをどうするか、その会議の最中、頭を抱えていた彼等に突然、その報告がもたらされたのである。
「侵入者だと?」
「警備は何をしている! だいたいどこから現れたのだ!!」
 ここは絶海の孤島である。外部から進入するのは容易なことではない。
 この研究施設は死の翼にとっても重要な研究をしている。そのため、警備や警戒網は米軍の軍事基地を軽く上回るほどであり、その警戒をかいくぐることは不可能と言っても良いはずだった。
「そ・・・・それが、レーダーにもセンサーにも引っかからなくて・・・・気が付いたら・・・・」
 モニターで、恐縮しながら答える警備室長に上層部は納得しなかった。
「馬鹿者! そんなことがあるはずはあるまい!!
 どうせ昼寝でもしておったのだろう!!」
 一人がそう吠えたが、もう一人が同僚をなだめた。
「まあまあ、もしや、我々の望んでいた者が現れたのやもしれませぬぞ、あの”魔女”ならばあるいは、この島の警戒網を突破してもおかしくはありませんからな」
「いよいよ、魔女とご対面できますかな。」
 期待するようにそう呟いたのはライカークであった。
「その侵入者というのは、モニターに出せるか?」
「は、はい。何とか出来ると思います。」
「では出せ、今すぐにだ!」
「は!」
 警備室長が答えると同時にモニターが切り替わる、新たに映し出されたのは廊下の一角。数十人の警備員が侵入者に向けて銃を撃っているが、相手は全く気にする様子もなく悠々と進んでいた。
 撃ち込まれた数百発の銃弾は見えない壁に阻まれて、むなしく廊下にばらまかれている。
「く、くそ! なんなんだ、あの女!!」
「撃て、撃ちまくれ!!」
 狼狽し、悲鳴を上げながら銃を乱射するが、いくら撃っても結果は同じである。
 そして再び突然暴れ回る突風!
「ぐわあ!」
「ぎゃん!」
 先ほどと同様、突風に翻弄され叩き伏せられ、一瞬のうちに全ての警備員は戦闘力を失っていた。
 そして、狙ったように進行方向の障害物を排除し、風は再び消え去る。
「ほお・・・・これはまた・・・・美しい・・・・」
 一人が感嘆の溜息をもらす。
 その美貌、そして、神秘の相貌。あまりにも美しい、幻想的なまでに美しい女性。
「これは・・・・研究材料として最高ですな・・・・」
「力も魅力的だが・・・・あの美しい体もなかなか・・・・クローン培養して、愛人に一人欲しいねえ」
「なるほど、バチカンが”魔女”と名付ける訳ですな。
 あれは確かに魔性の美しさだ・・・・人に持ちうるものではない・・・・」
 口々にそう言う。そう言わせるほどの魅力的な存在だった。
「とにかく、とらえぬ事には研究もクローン愛人も夢物語ですからな。
 どうしますか?」
 冗談めかして一人が言うと、ライカークが、答えた。
「どうでしょう、超能力部隊を使って見ませんか?
 あのような力の持ち主が相手では、常人では荷が重すぎるでしょう」
 ライカークの言う超能力部隊とは、言うまでもなく彼等が人工的に作り出した者達のことである。
 既に、実戦レベルの超能力者も十数人程度生み出されていた。訓練中の者も含めれば50人ほどの”新兵器”部隊となる。
「しかし、我々の兵器はまだ実験的なものに過ぎぬ、相手が噂通り”御使いの騎士”以上の力を持っているとすれば、勝ち目はあるまい?」
「なに、勝てなくとも実戦のデータを得るだけでも価値はあります。
 それに、他にあの魔女に対抗するすべは有りますかな?」
 ライカークの言葉に反対を述べた者がいた。ライカークのライバル、フォルティン・D・フィズベル博士である。
「いやいや、私のスタッフが作った高密度磁界封鎖システムなら、あるいはあの魔女の力を封じることもできるやもしれん、貴重な戦力を無駄にすることもない。」
「磁界封鎖システム? あの超伝導の磁石ですかな?」
 ライカークは失笑した。
 磁界封鎖システムとは基本的に強力な磁石の化け物である。
 その巨大な磁力により発生した磁界で、周囲の空間から特定の物質を切り放し、封印するという代物だ。
 本来はプラズマ式核融合炉や放射能の完全密封システムの開発の一貫として研究されていたのだが、強力な磁界による空間の封鎖効果が発見され、一種の結界システムとしての研究が行われている。
 現在では音や多少の念力や精神波を封じる効果が確認されるまでになり、実験的に数人の超能力者の力を封鎖することが可能となっている。
「磁石の化け物で”魔女”をとらえられるなら、バチカンは商売上がったりですな」
「超能力や霊能力など所詮まやかしの力。
 完成された理論と高度な技術によって生み出されたシステムに勝てるものか」
 ライカークの皮肉にフォルティンは鼻を鳴らした。
 フォルティンは、超能力や霊能力という力にそれほど高い価値を見いだしていなかった。
 超能力や超自然現象をメインに研究しているここのスタッフとしては異色の人物である。
 数百、数千人に一人の才能を持つ人間を長い期間訓練してやっと使い物になるような非効率的な”超能力”など兵器として何の役にも立たないと言うのが彼の持論である。
 兵器とは均一の性能と大量生産可能な作りやすく手軽なのが一番だと。
 典型的な”質より量”と言う考え方の持ち主だった。
 そして、今の所、彼の持論は有る程度正しい方向を示していた。
 バチカンにしろ、”死の翼”にしろ、超能力者の大量生産は不可能である。せいぜい才能のある者を見つけだし、その力を引き出す、あるいは、素質のあるものを育て上げるノウハウを蓄積しているという程度のものなのだ。
 その力も、バチカンの聖騎士やごく一部の魔術結社を除けば、微々たる力しか得られていないのだから。
「では、フォルティン博士の封鎖システムにあの魔女を誘い込む。
 その任務を超能力部隊にまかせるという事でいかがでしょう?
 これなら実戦データも手に入りますし、貴重な戦力を減らさずにすみますからね」
 彼等の対立を傍観していた一人の教授がだした妥協案に他のメンバーが頷いた。
 結局角つきあわせていた二人も折れ彼等の方針は決定した。

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