[ 三妖神物語 第三話 女神乱舞 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第十章 雷神乱舞

「以外とマヌケだな」
 その男は開口一番そう言った。
 その声は天井にあるスピーカーから聞こえてきた。強力な磁界で区切られた中と外では音が伝わらない。
 相手の声はマイクを通じてスピーカーから聞くことは出来るが、ミューズの声を外に伝える術はなかった。
「残念なことに君の声を聞くことは私にはできんのだ。
 もしも、スピーカー越しに呪文でも使われては迷惑だからね」
 得意満面に男は饒舌に解説し始めた。
 マッドサイエンティストという存在は、自分の研究成果を他人に自慢したくてたまらないモノらしい。
 聞きもしないのに自分の研究成果を自慢げにぺらぺら喋り出した。
「君が魔法を使うのは知っている。
 そこで、この結界システムを使い生け捕ることにしたのだ。
 このシステムは人間の精神波や音波、電磁波を遮断することが可能だ、いかにすぐれた魔女であろうと、呪文が外に漏れなければ魔術を使うことは出来まい」
 自分の研究成果に満足げに笑う。
 おそらく彼のとりまきであろう、数人の男達もこびるように笑う。
 他にも、彼女を遠慮のない視線で見つめる者達もいる。
 その視線の中には明らかに猥雑な男の性が含まれていた。
 ミューズをそういう対象として見るということが、どれほど彼女を怒らせるか、彼等は知らない。
 彼女を性の対象として見ることが許されるのは、彼女のマスター唯一人なのだ。
 ミューズにとって不満なことは、そう見て欲しいマスター本人には徹底的に無視され、他の男どもにそう見られてばかりいることである。
 そして、それがミューズの怒りに油を注いだ。

 ちっぽけで不完全なこの程度の結界一つで、自分を封じたと思いこんでいる。これだけでも彼女を怒らせるのに十分すぎるのに、さらにそういう目で見られたのだ。
 既に彼女の怒りは頂点に達しようとしていた。
 そのために多少魔力のコントロールが甘くなってきていたが、そんなことを気にしてはいられなかった。
(この程度のお粗末な結界で私の力を封じたとでも思うの?)
 男達の心にすさまじい怒りのこもった声が響く、その声のあまりのすさまじさに、男達は頭を抱えて転げ回った。
(呪文を封じれば魔法が使えない・・・・発想は良かったけれど、相手を見てからするべきだったわ)
「ば・・・・馬鹿な!! こんな事が!!
 絶対にありえん!! このシステムは精神波を完全に遮断できるはずだ!!
 これだけの巨大な磁界を破れる精神波など、あってはならん事だ!!」
”こんなことなどありえない”
 既にミューズによって、何度叩き潰されたか分からない固定観念の代名詞をフォルティンが叫んだ。まるで自分自身に言い聞かせるように・・・・

 ギュヴォウウウウウウ!!

 莫大な力がミューズの正面に凝縮される。
 それは、呪文ではなく、ミューズ自身が生み出した巨大な力の固まりだった。
 確かに音が伝わらなければ呪文は使えない。それはミューズと言えど事実ではある。
 だが、もともと、ミューズは呪文など詠唱せずとも強大な力を使うことが出来るのだ。
 呪文は、本来、強い力を持つ他の存在から力を借りるために唱えるのだ。
 精霊や妖魔、魔族や神々。巨大な力を持つ存在。その力を借りるための手続きが、呪文なのだ。だが、”雷神”ミューズ自身も強大な力を持つ存在である。すなわち、彼女自身の力によって、魔法を発動することも可能なのだ。
 では何故今まで使わなかったのか? それにはいくつもの理由があった。
 彼女達はこの世界に元々存在しない異世界の存在。それ故に彼女達自身の力をそのまま使うと言うことは、この世界に対して莫大な負担と歪みを与えることになるのだ。
 さらに、彼女達の力があまりに強大すぎると言うこともある。
 彼女達の力はこの世界の全ての神々や魔族を合わせたより遥かに強大であった。
 そのために、いくら封印を施し細心の注意を払っても、力加減が極めて難しいと言うこともあった。
 だが、それらは、シリスやメイルにとっての問題点であった。ミューズにも確かにそれらの理由があったが、それ以上にミューズが呪文を使う理由というのが実は”見栄え”に有ることを竜一も他の二人も知っていた。
 ようするに、何の呪文も予備動作もなしに、いきなり術を使うより、それらしい呪文を唱えたり、身ぶりをした方が絶対に”サマ”になる。
 つまり、格好良いから呪文を使うのである。
 いかに格好良く決めるか、それがミューズにとっての戦いの美学であった。だから、呪文が使えなくともミューズはいっこうに困らないのである。
 そして、今、ほとんど頭に血が上った状態でミューズは力を使おうとしていた。
”雷神”ミューズ自身に宿る力。それが彼女の念に従って、正面の空間に凝縮されて行く。
 ミューズの正面に蓄えられた力は、既に、地球を破壊するのに十分だったが、ミューズの怒りは収まらない。
 さらに、ふくれあがる力に空間そのものが悲鳴を上げ軋み始める。
 膨大なエネルギーに磁界は既に歪みきっており、もはや、結界として何の用もなしていないのだが、ミューズはそんなことにお構いなしに力を蓄え続けていた。
「この私を侮った報いを受けるがいい、奢り高ぶった人間共よ!!」
 底光りする瞳で、思い上がった愚かな人間共を睨み付ける。
 ミューズの声が自分達の耳に聞こえた事に男達は驚愕した。
「どう言うことだ!!」
 フォルティン教授の疑問に、管理室から結界システムを監視していた助手の悲鳴が答える。
「きょ、教授!! 結界システムの磁界が歪んでいます!!
 内部に発生した強力なエネルギーの干渉作用で、既に結界として機能しておりません!!」
「なんだと!」
「逃げて下さい!! エネルギーはさらに上昇中!!
 推定出力460兆GW(ギガワット)、いえ、490兆GW・・・・
 ダメです!! メーター振り切れました!! 計測不能!!」
 既に助手の声は絶叫となっていた。
「に、逃げろ!!」
 慌てふためいて後ろのドアから逃げようとするが、ドアはぴくりとも動かなかった。
「どうした!」
「・・・・これは・・・・ドアが歪んで・・・・動かなくなっているようです!!」
「なにい!」
 ミューズが生み出した莫大なエネルギーは、周囲の空間に既に影響しはじめていた。
 空気はまだその影響を受けていないようだが、金属はその力に歪み始めていたのである。
 このままでは空気さえ変化するかもしれない。そうなったらおしまいだ。
 既に、巨大な力を臨界近くまで蓄えているらしく、空中に放電現象が起きている。
 勿論、その前にミューズがその力を解放する可能性もあったが。

 ミューズが力を、それも尋常ではない破壊力を蓄えていることをシリスは察知した。
 このままでは、竜一と康夫がそれに巻き込まれかねない。
(ご主人様、危険です。ミューズは必要以上の力を集めていますわ)
(必要以上だと?)
 シリスの警告に竜一は仰天した。このままでは、自分達の身まで危ない。
 回れ右して逃げ出したいところだが、康夫はどんどん先を走っていってしまう。
 声を掛けたところで、今の彼はミューズ同様聞いていないのだ、止めようがない。
 それに、ミューズが本当に怒りに我を忘れているなら、彼女を止めないことには、どれほどの被害になるか見当も付かない。
「ええい! くそ!!」
 やけくそ気味にまくし立て、必死に走る。ゴールは既に目の前だった。

 追いつめられた彼等はその”力”を目の当たりにして、恐怖に震えていた。
 蓄えられた魔道の”力”、常人には見えないはずのその力が、許容量を超えたために、この空間に影響し始めたのだ。
 その得体の知れない力を見たとき、もはや、彼等にはどうすることもできなかった。
 対抗することはおろか、逃げ出すことさえ出来ない。ドアが開かないのだから。
 ミューズが入ってきた入り口は開け放しだが、ミューズの真後ろにあるその場所へ行くだけの度胸を持つ者などいなかった。
「もうだめだああ!」
 頭を抱えて呻く者。
 神に祈る者。
 泣きわめく者。
 それぞれ、思い思いにパニックに陥っていた。
「死になさい」
 そう言うとミューズはたまりにたまった力を解放した。その時、新客が現れた。
「!!」
 それは、竜一と康夫だった。その気配にミューズは気が付いたが、既に力は解放されている!
「シリス! サポートよろしく!」
 そう言い捨てて、ミューズは力の制御を解放し、新しい力を発動する!!
「!!!!」
 シリスはミューズの力の大きさに慌てて防御を張り巡らせる!
 呪文の詠唱の時間もない、こうなっては仕方がなかった。
 この世界に莫大な負担をかけることになるが、竜一と康夫を守らなければならないのだから。
 巨大な力がほとばしる。それと同時にまばゆい白銀の光と激しい赤光が辺りを覆い尽くした。

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