[ 三妖神物語 第三話 女神乱舞 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke
第五章 虜囚?
それに最初に気が付いたのはシリスだった。
室内の空気の中に微かに含まれている微細な物質。
それが意味する事を彼女はすぐに気が付いた。
(ミューズ! 催眠ガスです!)
(!!)
ミューズもすぐに気が付く。何をすべきかは、彼女もわきまえている。
すぐに、自分の主人に連絡した。
(マスター、睡眠薬が室内に散布されています。どうします?)
(・・・・そーだな、とりあえず寝たふりでもするか。
せっかく、無い知恵絞って小細工してるんだ、つきあってやらないとかわいそうだからな。)
竜一の答えにミューズとシリスは頷いた。
竜一が決めたなら、それに従うのが彼女たちの方針だった。
やがて、室内の空気に一定量の催眠ガスが混入される。
康夫が大きな欠伸をかみ殺した。
「なーんか、眠くなってきたな・・・・紅茶に薬でも入れられてたんじゃ・・・・」
「違うと・・・・思う・・・・」
康夫の問いに、竜一はかろうじて答えを返した。
その答えを康夫が聞いていたかどうかは分からない、竜一の言葉が終わるより早く、彼は眠りの園に落ちていた。むろん、グラハム達も同じである。
竜一もそのまま目をつむり、やがて静かな寝息をたてていた。
室内の全員が眠るのを確認して、部屋に数名の男達が入り込む。
竜一と康夫を担ぎ出し、別の部屋へ運ぶつもりのようだ。
このとき、シリスは、あくまでも竜一の首に巻き付いたまま微動だにしなかった。
廻りの人間で彼女が蛇だと気づいていたのは康夫だけである。
それなら、このまま死んだふりを続けていても、いっこうにかまわないはずだった。
一方、ミューズといえば、床で寝ころんでいる。
猫の姿をしている彼女に催眠ガスが効かないと不自然であるからだ。
眠ったふりをしているミューズを一人の男が、襟首をつかんで持ち上げた。
本来なら、そんなことをすればすぐにミューズの制裁を受けることになる。
ミューズの襟首をつかんで持ち上げるなどと言うことは、彼女の主人である竜一にしか許されないことなのだから・・・・。
しかし、今は事情が事情だ。
顔面を爪で引き裂いてやりたいという衝動を何とかこらえて、寝たふりをミューズは続けた。
おそらく、彼は後でミューズの徹底的な制裁を受けることになるだろう。
「おい、この猫、どうする?」
「そうだな・・・・」
一瞬、自分のペットにしようかと、そんな思いが男の胸をよぎった。
金銀妖瞳の美しい子猫。こんな珍しい猫は世界中探しても、そうはお目にかかれない。
自分の物にしたいという、男の欲求は、しかし、どういう訳か次の瞬間には消え去っていた。
「別に、猫の1匹や2匹大したこと無いだろう、ついでに放り込んでおけ」
彼の言葉に、ミューズの襟首をつかんでいた男は頷いて、竜一達と同じ部屋に放り込んだ。
そこは、二人の人間を収容するには少々窮屈な小部屋だった。
構造や扉の厚さから監禁部屋だとすぐに分かる。殺風景で、家具といえばベッドしかないような場所だ。
(マスター、これからどうします?)
狸寝入りを決め込んでいるミューズが竜一に思念で尋ねる。しかし、どうしたことか、竜一の方から返事がこない。
寝た振りをしているため目を閉じている彼女だが、竜一が側にいることは分かっていたし、寝息も聞こえる。
そして、静かな寝息をたてている竜一は、あくまでも狸寝入りのはずだったのだが・・・・
何故か返答がない。
ミューズは竜一の首に絡まったままのシリスに尋ねた。
死んだ振りをしたシリスの正体に、男達は最後まで気が付かなかったようである。
(シリス、どういう事?)
その問いに、シリスは困惑したように答えた。
(ええと・・・・なんといいますか・・・・その・・・・熟睡なさっているようです・・・・)
(はああ?)
ミューズは思わず間の抜けた反応をしてしまった。
神崎竜一には、マスタードラゴンとしての力が眠っている。
その力のほとんどは封印されているために、現在はごく一部しか現れていない上に、未だにその力のコントロールが出来ておらず使いこなすことさえ出来ない。
しかし、そのいくつかの能力の内、使い方を知らなくても良い能力がある。
俗に言う体質という類の物である。
竜一はほとんど全ての科学物質を無力化する体質があった。
睡眠薬や麻酔薬の類は勿論、猛毒さえ彼にはほとんど無力となるのだ。
そんな体質を持つ竜一を眠らせられる物質は普通の状態ではまず存在しない。
病院などの麻酔では、竜一自身が自己暗示をかけて、かろうじてその効果を得られる有り様だった。
少なくともミューズが眠らないような薬で、竜一がどうにかなるはずはなかった。
(お疲れでしたものね)
考えてみれば、今日の竜一は寝不足だったのだ。催眠ガスなど使わなくとも室内の明かりを消せば、ものの一分で眠り込んでいたに違いない。
(それで、本当に眠っちゃったわけね・・・・)
あまりにも間抜けな事態にミューズは頭痛を感じていた。
しかし、どのような事態になろうと、主人である竜一を守るのが彼女達の役目である。
本来なら、竜一の指示で動く彼女達だが、指揮官が眠っている以上は彼女自身の判断で行動する必要があった。
勿論、竜一を起こしてから行動するという選択肢もあるのだが、この程度の相手にわざわざ気持ちよさそうに眠っている主人をたたき起こすほど、ミューズは気の利かない女ではない。
目を閉じていても”視る”事はミューズにとってたやすいことだった。
竜一の表情をミューズは”視”た。
安らかな気持ちよさそうな寝顔をしていた。寝息も穏やかである。
実際、気持ちよさそうに寝ている竜一を起こすのは忍びなかった。
(さーて、どうしようか・・・・)
ミューズとしては思案の為所だった。
別に、彼等につきあって彼等の本拠地まで行くこともない。
ここで、連中をこの艦もろとも海の藻屑と変えるというのも一つの手だ。
それで、十分彼等への牽制になるだろう。それでも足りなければ、改めて彼等の組織そのものを潰せば済むことでもあるが・・・・
「まるで動きませんなあ・・・・」
「うむ・・・・」
艦長室でロドリマンとライカークは、センサーとモニターを交互に眺めやるが、どちらにも何の変化も起きていない。
「いっそのこと、毒ガスでも流せばよろしかったのではありませんかな。
その方が何らかの反応があったのでは?」
ライカークは冷酷な台詞を平然と放ったが、その案にロドリマンは賛同しなかった。
「いや、殺してはそれで終わりだ。生かしておけばそれなりの利用価値もあるだろう。
まだ、結論を出すのは早いと思う。」
そこで言葉を切った。
「まずは、基地まで連れて帰ってからだ。それからでも遅くはない。」
頷きながらロドリマンはそう呟いた。
彼がそう結論づけたときとほぼ同じ頃、強大な力を持つ女神もまた同じ結論に達していた。
(まあいいわ、もう少し様子を見ましょう)
それがミューズの考えだった。
別に焦る必要など無いのだから、退屈しのぎにもう少しつきあってやるのも一興だろう。
もしも、ライカークの提案通り毒ガスが流されていたら、その瞬間にこのマンボウ号は海の藻屑と化していただろう。
ロドリマンの慎重な決断は彼自身の命を守ったのだ。
しかし、その幸運をロドリマン自身が知ることはなかった。
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