[ 三妖神物語 第三話 女神乱舞 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke
最終章 女神の事情
ひゅううううぅぅぅ
風が吹く。
南国とはいえ、夕暮れの風は肌に心地よい。
沈みゆく太陽を眺めやり、その美しさにうっとりと酔いしれる美女一人
美しい長い黒髪を風にそよがせて太陽を賞賛する。
「美しい夕日ねえ」
茜色の空と同じように太陽の光で染められたマントを羽織って、ポーズを決めるが、その額には汗が一筋流れていた。
「・・・・なにが美しい夕日ですか・・・・」
あきれたように、もう一人の美女がその銀の相貌で自分を睨み付けているが、あえて無視する。
「あ・・・・あは・・・・あははは・・・・何にも無くなっちゃった・・・・何もかも・・・・あはははは」
「一体、何が起こったんだ?」
呆然自失で笑う竜一。何が何やら分からず疑問符だらけの康夫。
まばゆい光に目が眩み、やっと視界が回復したとき、その風景は一変していた。
そこには何もなかったのだ。
結界システムも、人間達も、研究所も・・・・そして、島さえも・・・・
解放された力をかろうじて封じたシリスとミューズだったが、僅かな時間差のために、島が完全に消滅してしまったのである。
それでも、あれだけのエネルギーの暴発で、島一つの犠牲ですんだのは、ほとんど奇跡と言っても良い。
今、四人は、島があったはずの海のすぐ上に浮いていた。
「ミューズうぅぅ・・・・この始末・・・・どーしてくれる」
「え・・・・えーーと・・・・その・・・・あの」
「あんなに美しい島を消し去るなんて・・・・一体どれほどの精霊や動物達が犠牲になったと・・・・」
詰め寄る竜一。ただ、人間の事を全く気遣っていないところが竜一らしいと言えば言えるかもしれない。
「ご心配なく。
精霊や妖精は人間のように物質的な”死”というものは有りませんから・・・・」
「本当だろうな・・・・お前の力に吹き飛んでいたりしないだろうな・・・・」
詰め寄る竜一にミューズは笑って頷いた。
「・・・・だ・・・・だいじょうぶですって!」
「なんだ! 今の間は、一体なんだあ!!」
ミューズは額に汗を流したが、素知らぬ顔で、「大丈夫」と言い続けた。
「本当に・・・・大丈夫なんだろうなあ・・・・」
「それはもう・・・・」
「そこまで言うなら・・・・精霊の件はそれで良いとして・・・・動植物のことはどうするんだ?
ええ、おい! 随分と犠牲になったんじゃねえのか!?」
「それもご心配なく、ちゃんと力が暴発する前に安全な所に転送しましたから・・・・
ねえ、そうでしょ? シリス」
いきなり話をシリスに振った。
シリスにとってはいつもの事である。ミューズの問いに彼女は小さく頷いた。
「ご安心下さい。全て安全な所に運んでおきましたから」
「そうか・・・・」
竜一は安堵のため息を付いた。
動植物が無事だったのなら、問題はないと思っていた。
人間は助からなかっただろうが、竜一の表情には何の懸念もない。人間など、どうなろうと知ったことではない。自業自得だと彼は思っているのだ。
「人間が犠牲になったのはまあ、自業自得だな」
「生きていればいろいろ利用もできたけど、あの状況ではしかたないわね」
竜一の言葉にミューズも頷く。すると厳かにシリスが告げた。
「それについてはご心配には及びませんわ。
人間達も安全なところまで運びましたから」
「はあ?」
ミューズと竜一は、間の抜けた顔でシリスを見た。
「わたくしが責任を持って安全なところに運びましたが、それが何か?」
「い・・・・いや・・・・その・・・・」
「そ・・・・そう・・・・助けてくれたの・・・・それはそれは・・・・」
心なしか、ひきつった笑顔を浮かべる竜一とミューズ。そんな二人にシリスは優しい微笑みを向ける。
「御主人様、無益な犠牲は最小限に押さえておくべきですわ」
「・・・・そ・・・・そうだね・・・・あはははは」
乾いた笑い。
しかし、ミューズはシリスを睨み付けてまくし立てた。
「何考えてるのよあんたは!
あいつ等はマスターにくだらないちょっかいをかけたのよ!
死んで当然じゃない!!」
そうとう腹を立てているらしい。がなり立てるミューズにシリスは穏やかに答える。
「半分は、あなたの責任でもあるのですよ。
あの状況下では、人間や他の動物を区別しているような余裕など、ありませんでしたし、それに・・・・」
「それに・・・・なによ?」
自分の暴走が元凶だと言われては、ミューズの強気も流石にしぼんでしまう。
「それに、彼等は確かに御主人様に手を出しましたが、直接の害は与えられていませんわ」
「あ・・・・あのねえ・・・・」
脱力したようなミューズ。しかし、考えてみればシリスの言うとおりだった。
拳銃で脅されはしたものの、一発も撃たなかった(撃てなかった)し、手も出されなかった(手を出したのは竜一達の方である)、潜水艦内では、紅茶とケーキを振る舞われ、惰眠をむさぼっていただけ。この研究所でも、殆ど、何もされなかった(何かする前にたたき潰した)。
細菌兵器だの何だのと言っていたが、それも結局使われずじまい(その細菌兵器は本物だったが、話を聞いた後に、ミューズが無力化している)
確かに脅されもした、監禁されたため無料チケットは紙屑と化してしまったが、それ以上のスリルを味わったのだから、まあ、損はなかったはずである。
そう考えると、確かにシリスの言うとおり、殺すほどの理由が存在しなくなってしまうのだ。
彼等は、人間を兵器、物扱いしていた。それは許されないことだ、だからといって、”御使いの騎士”の時のように、直接、命に関わるような攻撃を受けたのならともかく、そうでない以上、”殺人”は控えるべきであった。
どんなに人間を毛嫌いしていても、竜一は人間である。
そして、人間としてまっとうな道徳観念を持った彼に、”殺人”と言う現実は、重い負担となるだろう。
一時の感情にまかせて”殺人”を行って良いはずはなかった。
それに、彼女達は本来、異世界の存在であり、この世界に干渉する事は許されないはずなのだ。
それが許されているのは、この世界の人間である”神崎竜一”の使い魔であるから。
使い魔が主のために動くのは当然のことであるから。
それゆえに、有る程度の事は大目に見られる。しかし、命の危険が(実質的に)無い状況で、殺人という、この世界への過剰干渉は許されないことでもあった。
渋々、ミューズはそれを認めざるを得なかった。
だが、既にこの時、ミューズは新しい計画を立てていた、
シリスが助けた人間達を効果的に利用する事が出来れば、シリスの行動もあながちよけいなことではない。
利用できる物は、死体でも利用する。それがミューズの哲学だった。
「しかし、島を消すというのは、やはりやりすぎだったな。
だいたい、あんな連中にお仕置きするのに、あんなに力を蓄えることなど無かったろうに」
竜一は渋い顔でミューズを見る。
そもそも、もっと小さい力でも十分に用は足りていたのだ。
それを、地球を破壊しうるほどの力をかき集めたあげく、激情のままに暴発させたのでは話にならない。
しかし、竜一の追求をかわそうと、ミューズはあらぬ方向を見て白々しく呟いた。
「そ・・・・それにしても、メイルの奴遅いわね。
だいたいメイルが悪いのよ! そうよ!!
あいつがさっさと天使を叩きのめして帰ってくれば、何の問題もなかったのに!」
「ほう? そういう了見なのか?」
ミューズがメイルに矛先を向けると同時に、黄金の女神が舞い降りてきた。
「・・・・ただいま戻りました盟主」
竜一に挨拶を済ませると、じろりとミューズを睨み付ける。
「さて、先ほどの発言の真意を尋ねたいのだがな・・・・」
メイルがミューズに視線を移した時、我に返って康夫が竜一に詰め寄った。
「竜一! どーゆー事か説明してもらえるんだろう?」
「え? えーーと・・・・その・・・・ノーコメント・・・・じゃだめか?」
「ダメだ。彼女達が、例の”女神様”なのか?」
ここまで派手な騒ぎを起こしては、今更隠しても仕方がなかった。
竜一は大きな溜息を付くと、こくりと力無く頷いた。
「ああ・・・・そうだ」
「ところで、竜一。さっきから気になっていたんだが・・・・
あの猫や蛇はどこに行った?」
「え?」
今更ながら竜一は、その事を失念していた自分の迂闊さを呪った。
考えてみれば、あのごたごたの状況では影を作っている暇など無かった。
シリス自身も、人間形態になって竜一達の盾になっていたのだから、蛇も猫も彼の側にはいない。
せめて、彼女達の外出姿は秘密にしておきたかったが、こうなってはそれこそ洗いざらい白状するしかなかった。
竜一は心の底から、己の運命を呪った。
だが、運命の女神を罵倒することは出来なかった。
ヘタに運命の女神達を怒らせたら、今より酷い宿命(さだめ)を紡がれることも有るかも知れない・・・・
あまりに非現実的な事を考える竜一。
自分の運の悪さをゲンをかついで何とかしたいと考えていたのかも知れない。
それは彼の切実な願いであった。少なくとも本人にとっては。
絶世の美女。しかも絶対無敵の女神に守られて、何が不幸だ!!
竜一の心の愚痴を聞いた者がいるとすれば、きっと、そう反論したことだろう。
おもむろに、竜一は夕日に向きなおると、声の限りに罵倒した。
「夕日の馬鹿やろーー!!」
「・・・・それで、ごまかせると思っているのか?」
康夫の白眼視につつかれながら、竜一は泣きたい気分だった。
どこまで行っても、宇宙の果てまで行っても、漫才コンビは不滅であるらしい・・・・
神の家に住む法王の元へ、新たな報告がもたらされた。
以前の時よりも尚暗い、絶望に打ちひしがれた顔をして、男は法王に憂鬱な報告をしなければならなかった。
「申し上げます・・・・例の件ですが、失敗しました・・・・」
結局、死の翼は殆ど何の成果もあげられなかった。
ただ、今回の作戦で分かったことと言えば、”魔女”が確かに存在していること。
そして、その力が尋常ならざる代物だと言うことくらいである。
その力がどの程度のものなのか、どのような性質のものなのか、重要なことは全くといって良いほどに分からなかったのだから。
「結果として、死の翼は研究所と、超能力集団を失ったようですが」
「・・・・さほど期待してはいなかったが・・・・なんと、お粗末な結末であることか・・・・」
落胆のため息をついて、法王は手をひらひらとふる。
頭を下げて、男は退出した。
「やはり、彼等を動かすしかないようだな・・・・」
静かに呟く法王。彼は自らの神以外の者を恐れることはなかった。
世界は今だ、畏怖を知らず。真実を理解せず。
己の価値観をかたくなに守って、まどろんでいるようである・・・・
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