[ 三妖神物語 第三話 女神乱舞 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第四章 鋼鉄の城

 風のない穏やかな天候に恵まれて、海面も静かにたゆっている。と、突然太陽の光を受けて青く輝いていた海面に黒い巨大な影が現れた。
「やっと来たか。」
 その声には明らかに安堵の溜息が含まれていた。
 リーダーAは、自分が思っていた以上に迎えの到着を喜んでいたのだ。
「へえ、潜水艦とはねえ・・・・」
「結構金の掛かった見せ物だな」
 竜一と康夫はしきりに感心していた。もっとも、港に案内されていた時点でおおよその見当は付いている。
 船か潜水艦か、さもなければ飛行船の類を使うかだと。もっとも、水面を割って現れたその巨体の迫力に、度肝を抜かれたのは確かだ。
「でけえな・・・・」
「さすがに、スパイ物は金が掛かってるなあ・・・・しかし、これ原潜かな・・・・」
 竜一の素朴な疑問に、男達は答えない。無言で、竜一と康夫を前後から挟み、潜水艦に向かって歩き出す。
 静かに港に近づいた潜水艦の後部甲板のハッチが開く。
 それは一辺の長さが15mほどもある正方形の貨物搬入用のハッチだった。
 その床に設置されている4台の巨大なアームが、床を持ち上げる。
 床がゆっくりと地面に向かっておろされていく。巨大なエレベーターの上には数十人の武装した男達が整然と並んでいた。
 床が地面に設置すると同時に、完全武装した男達はライフルを構え、あっと言う間に竜一と康夫の廻りに包囲の鉄環を完成させていた。
 人間によって作られた銃の壁。竜一達の正面に位置する部分が僅かに開けられるとそこから、一目で他の男達とは別格とわかる男が現れた。
 おそらく彼がこの作戦の指揮官だのだろう。
「初めてお目に掛かる、ミスター・ドラゴン。
 私は、今回の作戦の指揮官を務める、ゲイル・F・ロドリマンだ。」
 男はそう言って、偽りの笑顔を作った。

 潜水艦の中の一室。
 それがどの程度のランクの物かは竜一にはわからなかったが、ソファーやテーブルなどの調度品は一流の物らしい。
 少なくとも賓客として扱われてはいるようだった。ただし、あくまでも虜囚の身であり、部屋から出ることも勿論禁じられている。
 まあ、部屋の中にトイレもバスルームもあるので、別に不自由は感じないが・・・・
 テーブルの上には紅茶とケーキが用意されていた。
 その芳醇な香りを放つ紅茶と、芸術的とさえいえるケーキに、二人は少々めんくらっていた。
 ここが、潜水艦の中ではなく、高級ホテルの中の一室ではないかと、錯覚させるほどの雰囲気である。
 勿論、調度品もその雰囲気を作る手助けをしているのは疑いもない。
 ただし、正面に無粋な男の顔さえなければの話だが。
 竜一は、正面に座る仏頂面の男を眺めやって。ため息を付いた。

「やれやれ、せっかく無粋な男の顔を見ないですむと思ったものを」
 康夫も竜一と同じ気分だったが、不本意なのは目の前の男も同一だった。竜一の溜息に頷き返す。
「それは、私も同じだ。貴様等の顔を拝まずにすむ思っていたというのに、何故こんな事になる。」
 男こと、Aは吐き捨てるように呟く。
 やっと頭痛の種から解放されると思いきや、本部に着くまで話し相手になっていろと、ロドリマンに命じられ、いやいやここに座っているのである。
「まあ、ぎすぎすしても仕方がなさ。
 せっかくの紅茶だ、さめない内に頂くとしよう。」
 竜一はそう言いつつカップに手を伸ばす。
「おい、大丈夫か?
 俺はともかく、お前命をねらわれているかもしれないんだろう?」
「ここまで来たら、そんなせこいまねはせんよ。
 素直に我々の招待に応じてくれたのだからな。」
 康夫の不安に男は不機嫌に答える。それらを聞き流して竜一はカップを傾けた。
「大丈夫さ。」
「ずいぶん自信が在るんだな」
 康夫のあきれ声に竜一は楽しげに答えた。
「ここまで来て、毒殺もないだろう?
 そのつもりならさっき銃を使えばすむしね。
 それに、毒の心配がない保証もある。」
 自信満々の竜一に康夫はいぶかしげに問いかけた。
「で? その自信の根拠は?」
「俺の女神様が保証してくれた。」
「なるほど」
 それを聞いて康夫はあっさりと納得した。
 ためらうことなく自分の正面にあるカップを持ち上げ、その中の香り高い液体を喉に流し込む。
「・・・・まだそんな馬鹿げた話を信じているのか・・・・」
 唸りながら、男は竜一を殺意を込めた視線で射抜いた。
「そんな女神とやらがいるなら、私の名前くらいわかっても良さそうだがな。」
 皮肉を込めて吐き捨てた男Aに、竜一は少しの間考えると、右肩に大人しくしている猫に視線を向けた。
(ミューズ、頼む)
(あの男の名前ねえ、別にいいけど、気にするほどでもないと思うんだけど?)
 竜一の依頼にミューズは軽く首を傾げた。
 気にすることもないし、自分達の存在を秘密にしておいた方がいいのではないだろうか?
 ミューズがそう思っていると、シリスが二人に語りかけてきた。
(あまりプライバシーに関することにはふれない方がよいと、ご主人様がご自身で指示なさったはずではありませんか?)
(ここまでいわれて、黙っていることもないさ。
 それに向こうはお前達のことを在る程度知っているはずだ。今更隠したところでそれほど利益があるとは思えない)
 シリスの慎重論をけ飛ばして竜一がそう考えるとその意志はすぐにミューズに通じた。
 ミューズは頷く。
「どうした?
 お前の女神さまってのは正面にいる男の名前も当てられないほど無能なのか?」
 男が笑う、だが、その笑いはすぐに消えさった。
 男のたわごとは竜一の言葉に遮られてしまったのだ。
「グラハム・G・ランズバーグ ヒューストン生まれ、現在37歳
 アメリカ陸軍に19歳で入隊、22歳の時、特殊部隊に配属。
 10年後自主退役し巨大兵器企業”死の翼”にスカウトされ、その経歴を生かし特殊工作の任務に就く。
 主な任務は要人の暗殺、及び、テロによる国際紛争の生産。
 主な活動地は中近東、暗殺要人数18名・・・・
 なんなら、暗殺した要人の名前とその手口も言ってやろうか?」
 竜一が思いっきり意地の悪い笑顔を作ると、グラハムの顔色は完全に失われていた。
「ま、俺の女神様は、目の前の男が死の商人だと看破する程度の能力はあるわけさ。
 これに懲りたらあまり不用意な発言は止した方がいいぞ。
 古来より、女神様を怒らせるとろくな事にはならないからな。」
 そう皮肉を言う竜一に、しかしグラハムは反撃する気力さえもなかった。
 これが”魔女”の仕業かどうかは分からない、しかし、自分の過去やプライバシーをこうも簡単に言い当てられて気持ちのいいはずはなかった。

「なるほど・・・・一部の人間しか知り得ない事をこうも簡単に見抜くとは・・・・
 この資料にある魔女とやらは現実にいるらしいな。」
 超一流の調度品によって整えられた一室。
 豪華なホテルとしか見えないこの部屋で、正面に備え付けられたモニターを見ながらロドリマンは傍らの男に尋ねる。
「さて、どうでしょうな。
 単なるはったりかもしれませぬし、あの男自身に多少の読心能力が在ればすぐにわかることですし。
 結論を出すのは尚早では?」
 ロドリマンの問いに、やたら年寄り臭い言葉遣いで答えたのは、白衣に身を包んだ痩せた男だった。
 男の瞳には奇妙な、しかし、強い輝きが宿っている。
 自分の研究にしか興味を持たない、そして、そのためなら法律も倫理も全く気にしない、科学者によくある”知識馬鹿”又は”専門馬鹿”と呼ばれる人種が持つ異様な光だった。
「その程度の能力を持つ者達ならば、わが社の商品にはいくらでもおりますからなあ。」
 男の名はライカーク・D・スタイン教授。
 超心理・超精神学の権威にして、兵器企業”死の翼”の超能力・超科学兵器開発部のリーダーである。
「その程度の者では困るな、我々が求めているのは、”聖騎士団”をも圧倒する力だ。
 その力を手に入れ、研究し、最強の商品を生み出す。
 そのためのサンプル捕獲が、今回の我々の任務だからな。」
 彼らの言う商品とは勿論、超能力者達だ。
 彼らは特殊な訓練と薬物により、人工的に超能力者を”生産”する技術を確立しつつある。
 素質のあると思われる人間に超能力開発カリキュラムを行い、ある程度の成果を上げる段階にまで達していた。
 それほどの技術を持つ彼らではあるが、未だに、バチカンの聖騎士団に匹敵するほどの”兵器”を製造するには至っていない。
 彼らにとって、聖騎士団のエースである”御使いの騎士”を壊滅させた”魔女”は、聖騎士団を越える兵器を生み出すために、是非とも手に入れたい研究材料なのである。
 だが、今の所それらしい存在の所在はつかめていない。
 わざわざグラハムを竜一達の側に置いたのは、グラハムの挑発に”魔女”がどう動くかそれを確かめたかったためだ。
 グラハムは”死の翼”ではもっとも低級の”駒”にすぎない。
 彼は”死の翼”が超能力者を兵器として研究していることは知らされていたが、それがすでに実用段階に達していることは知らされてはいなかったのだ。
 単なる”駒”にトップシークレットの研究成果などホイホイ知らせる組織など無い。そのため、極めて常識的な彼は、超能力兵器を科学者のお遊び程度のこととしか考えていなかった。
 そのような彼であるから、”魔女”の存在は特殊な訓練を受けた、スペシャリスト程度の物だと思っていたのかもしれない。
 そして、その無知さで”魔女”を刺激してくれることを上層部は期待していたわけである。
 だが、グラハム程度の餌では、”魔女”は動いてくれないらしい、モニターには魔女らしき者の影はなく、艦内の至る所に設置されたセンサーにも異常は認められなかった。
「どこから流れてきた情報かは存じませぬが、あるいは誤認情報だったのでは?
 例え、それが事実であったとしても、この場にいない者がこの艦内に現れるなど不可能だと思われますが・・・・」
 ライカークは自分の疑問を素直に口にした。
 現在、テレポート能力は理論的にも確認されていない。
 聖騎士団にこれが使える者がいるかどうかも定かではないが、おそらく、この超能力だけは空想にとどまるとライカークは考えている。
 何しろ、テレポートを実現するには二つの問題がある。
 一つ目は言うまでもなく、目的の空間と自分のいる空間の距離を0にする方法だ。
 空間を歪めるというのは簡単なことではない。どうやって、目的の空間を自分の空間とつなげるのか、そして、空間を歪める程の膨大な力をどこから引き出すのか。
 人間の力でそれほど莫大なエネルギーを作り出すことが果たして可能なのか。
 そして、もう一つは人間の肉体の限界である。
 空間を万が一歪めることが可能だとして、それほどのエネルギーに人体が耐えられるのか、また、その歪んだ空間を通過する時に人間の肉体が無傷ですむのか?

 彼らの乗る大型原子力潜水艦はドレッドノート級の二番艦、コードネーム”マンボウ”
 ドレッドノート級潜水艦は、現在の地球上で最大最高の能力を誇る新鋭艦である。
 現在、マンボウは4500mの深海を92ノットの速度で移動していた。
 これほどの深海をこの速度で移動できる物体は、現在の地球上でドレッドノートの同級艦しか存在しない。
 この艦の搭乗員の人数も人員も厳密に確認をとっている。
 万が一にも他人が入り込こむ隙も、入れ替わる隙もないはずだった。
 いくら魔女といえども、この深海にはどうすることもできないのではないか。
 それがライカークの意見だった。
「そうでないことを祈るとしよう。無駄足など御免だしな。
 それに、彼等のためにも、それは好ましくないだろう。」
 ロドリマンは僅かに唇の端を歪めた。もしも、魔女が誤認情報なら彼等は”死の翼”の秘密を知った以上生きては帰れないのだから・・・・
「もっとも、たとえ魔女が実在しても生きては帰れないがね・・・・」
 ロドリマンの呟きにクラークは頷いた。

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