[ 三妖神物語 第三話 女神乱舞 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第一章 女神達の朝

 ピピピピピピ・・・・

 自らの職務に忠実な目覚まし時計が、与えられた責務を果たすべく仕事を開始する。

 ピピピピピピピピピ・・・・・・・・・ピッ

 その音を止めたのは、金銀妖瞳の瞳を持つ美女。
 それもただの美女ではない、その前に”絶世”と”幻想的な”という形容詞が付くほどの姿を誇っている。
 この”世界”で一番早起きのミューズである。
 うーーんとのびをしたミューズは、ゆっくりと手の中の時計を見る。
 AM4:30
 ベッドから出たミューズが服を着替えている間に、ベッドは静かに床に沈んでゆく。
 ベットが沈みきると、かわって椅子と全身が写る程の大きな三面鏡、小さな洗面所が床から浮き上がってきた。
 顔と髪を洗い、髪を整え、ごく薄く口紅を塗る。彼女の化粧はそれだけだ。彼女は化粧をほとんどしない。
 それはミューズだけではなく、メイルもシリスも同じである。
 メイルは元々化粧をしない(たち)であるし、シリスは化粧という”薬物”を素肌に塗ることを極端に嫌う。
 そして、ミューズは、自分の美貌に自信を持っているため、化粧の必要性をほとんど認めていなかった。
 彼女は簡単に化粧を終えると、椅子から静かに立ち上がる。
 ミューズが身支度を終える頃、シリスとメイルが起き出す。
 時間はAM5:00となっていた。全く何時も通りの一日の始まりである。

 三人が暮らしているのは、彼女達の手によって作られた異空間。
 竜一(りゅういち)の部屋の壁の中に作られた、彼女と彼女の主の為だけの小さな世界。
 その構造は、20畳程の広さの彼女達の専用の部屋、談話と食事用の40畳のリビングルーム、十数人が一度に入れるほどの広さを持つバスルーム、そして、荷物や各種の薬品・道具などを納めておく倉庫と、ひときわ豪奢で広い部屋、50畳を越える広さを持つ竜一の寝室があった。
 彼女達が作った空間は、勿論、竜一も自由に使える。
 そのおかげで竜一は本来の部屋の何十倍もの広さの空間を手に入れていたのである。
 そして、今この世界にいるのはミューズ、メイル、シリスの三人だけだ。
 竜一は、本来の彼の部屋で惰眠をむさぼっていた。
 彼女達が作った異世界の部屋の方が遥かに広く、寝心地も良いのだが、人間としてのこだわりが彼にその部屋を使うことを許さなかった。
 今日はゴールデンウイーク。
 ゆっくりと寝ていられるはずであった。
 別にどこかへ行く予定もない。
 昼まで寝ているつもりで竜一は昨夜、ビデオを夜中の2時まで見倒していたのである。
 だが、彼の野望はあっさりと潰えた。時計の針が9:30を示した時、突然、聞き慣れた電子音が鳴り響いた。

 ぷるるるる・・・・ぷるるるる・・・・ぷるるるるるるる

 竜一をたたき起こすべく、目覚まし時計の代行業務を引き受けたテレフォンが、けたたましく鳴り響く。
「う・・・・うむ・・・・うううん・・・・」
 寝ぼけながら、ベットの上で寝返りをうっている竜一。
 しかし、電話は容赦なく鳴り続ける。

 ぷるるる・・・・ぷるるる・・・・ぷるるるるるるる

「ううう・・・・ん・・・・・ねる・・・・俺は・・・・寝てるぞ・・・・」
 寝返りをうちながら寝ぼけた口調でぶつぶつ呟く竜一。

 ぷるるるるる!!

「うるせーーー! 俺は寝てるんだあ!」
 しかし、いくら喚いたところで、電話が納得するはずはない。

 ぷるるるるるるる!!!

 まるで竜一がベットの中で、もがいていることを知っているかのように、さらにしつこく、しつこく鳴り続ける電話。
 彼が出るまで、意地でも鳴り続けるかの様に・・・・
「だーーー! 五月蝿い! ねられやしねええ!!」
 あまりのしつこさについに根負けした竜一は、勢いよく跳ね起きると、机の上にある黒い電話に手を伸ばす。
「もしもし、神崎(かみさき)・・・・」
 竜一が全てを言い終わらないうちに、彼の安眠を妨害した相手が、自分の用件を切り出した。
「よう! 竜一!! 俺だ、沢田康夫(さわだ やすお)君だ。
 今日暇だろ? 映画にでもいかねえか?」
「・・・・なにゆえ、むさい男とつるんで映画に行かねばならん・・・・」
 心底、うんざりしたように竜一がぼやく。
 何しろ昼まで寝ているつもりであったから、完璧に寝不足状態なのだ。彼の機嫌が良いわけはない。まして、相手が可愛い女の子ならともかく、むさい男ではつきあう気にもなれない。
「・・・・相手がいれば、お前なんか誘わん!」
 電話越しで、康夫が心底情けない事を力強く断言する。
「情けないことを自慢するな!」
「人のことが言えるのか?」
 意地の悪い反論を康夫がする。顔の出来はいい方だが、未だに恋人のいない竜一。
 (竜一)も人のことはあまり言えない。今までならば・・・・
「・・・・別にどうでも良いよ、そんなこと・・・・」
「なにいいいい! お、お前、それはどーゆーことだ!?」
 驚愕にわななく康夫の声を聞きながら、内心、しまったと舌を鳴らす。
 今までの自分はそう言われたら、もっと別の反応を返していただろう。
 おちゃらけながらも、「うおおお! 恋人が欲しい!」と雄叫びを上げるか「よけいなお世話だ!」と言い返していたはずだ、それが変わったのはやはり、身近にいてくれる彼女達の存在が大きいに違いない。
 竜一は人恋しかったのだ。それが今は満たされている。それ故の心情の変化であろう。
 しかし、そのことを竜一は未だ、康夫には話していない。

 学校へは、”神に仕える崇高な騎士様(笑)とのデート(爆笑)”の事件以来、ほとんどミューズをつれていっていない。
 三人がそろったため、一人だけつれていくという訳にはいかなくなった。まして、三人全員を連れて行くわけにもいかなかった。
 人型では余りの美貌に目立ちすぎる。かといって獣の姿ではよけいに目立つのだから、連れていけなくなっていたのだ。
 もっとも、ミューズの事を思い出した以上、わざわざ大学につれていく理由はないのだが。
 そのために、ついつい、康夫に他の二人を紹介する機会を失っていたのだ。
「俺は眠いんだ。誘うなら、他の奴にしろ」
「いつまで寝ているつもりだ? そんな事じゃ、せっかくの若さが腐っちまうぞ」
 投げやりな竜一の言い分を康夫は無視した。
「・・・・どうあっても、俺を誘うつもりか? 根拠は?」
「別にどうという事はないが・・・・久しぶりに彼女にも会いたいしな」
 康夫の言う彼女とは勿論ミューズのことである。
「あのなあ、映画を見に行くのに猫をつれていく奴がどこの世界にいる」
「この世界にいる」
 はああぁ・・・・
 疲れた溜息を吐いて、竜一はうなだれた。あまりにもアホな理由だった。
 だが、そういうアホな理由で平気で突っ走ってしまうのが、康夫の悪いところである。
「少しは世間の迷惑というものを・・・・」
「ミューズちゃんなら大丈夫だって、聞き分けも良いし頭もいいし。
 映画館の受け付けでばれなきゃ大丈夫さ」
 はああぁぁぁ・・・・
 再び、盛大な溜息をもらした竜一である。
 結局、押し問答の末、康夫の招待を受けることになった。
 招待を受けないと、映画のチケット代金を請求すると脅されては仕方がない。
 困った奴と友人になったもんだ、竜一はそうぼやいた。
 出かける用意をしている竜一の右肩に、当然の権利と言わんばかりに猫に変身したミューズが乗る。と、メイルとシリスが竜一の側に歩み寄って来た。
「盟主、つきあうぞ」
「御主人様、わたくしもお供いたします」
 一人だけ連れて行くというのは、贔屓になってしまう。竜一は素直に頷いた。
「メイル、羽毛の色を黄色にしてくれるか?」
「わかった」
 竜一の言葉に素直に頷いて、メイルはその姿を変える。
 小鳥の姿になった彼女は、全身黄色のカナリヤもどきとなった。
 ただ、外見はほとんど変わらない。
 鷲のミニチュアの様な精悍なその姿は、しかし、黄色という強い色にごまかされ、普通の人間が近くで見たとしても気が付くことはないだろう。
 自らの姿に誇りを持つメイルであるが、自分の姿がこの世界では奇異であることを十分に自覚している。竜一の迷惑になるような事を彼女はしない。
「シリス、お前は何時も通りで良いぞ」
「畏まりました」
 シリスはそのまま、銀色の蛇に姿を変える。
 銀色というのはあまりにも奇異だ、そんな蛇などこの世にはいない。だからこそ、シリスを生きた蛇だと見破れる者など存在しないであろう。
 彼女が動かない限り、唯のアクセサリーか、最悪でも蛇皮のファッション(!)でごまかし通すことが出来るはずだった。
 シリスもそれを承知していた。
 小鳥の姿になったメイルを左肩に乗せ、シリスを首に巻き付けて、竜一は待ち合わせの場所へ向かった。

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