[ 三妖神物語 第四話 女神帰還 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke
終章 この期に及んで新顔登場!私が締めを飾るのよ!!
1
拷問とも思える祭りが終わった。
精も根も尽き果て青い顔をしていた竜一だったが、元の世界、ニューデランに戻れる日には何とか元気を取り戻していた。
「私達と別れるのがそんなに嬉しいんですか?」
恨みがましくそう言ったのは虹の乙女達だった。
「い、いや・・・・そう言うわけでは・・・・」
しどろもどろに言い訳する竜一だが、彼の言い分など、誰一人として聞いていない。
「全く、友達がいのない奴・・・・」
「こんなに薄情だったなんて・・・・」
あちこちからぶつぶつと文句が上がる。
ちなみに彼を見送りに来たのは竜族や神や魔族、精霊や妖魔と言った存在達ばかりである。
彼――正確には彼の前世だが――と面識のあった人間など、とっくの昔に墓の下である。彼のことを覚えている者は人間以外の存在しかいない。
そして、竜一がこのまま帰るのはどうにも我慢出来ないと言う感じだった。
「・・・・このまま帰るのはやっぱり納得でき無いな」
「たまには顔を見せてもらわないとな。我々としてもこのまま別れるというのは我慢ならん」
口々にそう言い出した。
竜一にとっては困った問題である。
実際、今回は胃に穴が空くほどのストレスがたまってしまっていた。
ヘタにこの世界に顔を出していると、胃袋が溶けて無くなってしまうかも知れない。
「お願いですから、もう、勘弁して下さい・・・・」
竜一が死にそうなあえぎ声を上げるが、その声はあえて無視された。
「マスター、諦めた方がいいわよ」
「ミューズ・・・・」
ミューズの突っ込みに竜一が情けない声を出す。
「それだけ、御主人様が愛されているという事なのですから。
もっと、胸を張ってもよろしいのでは?」
シリスが気の毒そうに言葉を選んで意見を言う。
「・・・・しかし・・・・」
なおも何かを言おうとしたが、メイルがそれを止めた。
「あきらめが肝心だぞ、盟主」
「このままじゃ、ニューデランに帰れないわよ」
ミューズの言葉に竜一はがっくりと肩を落とした。
「分かったよ・・・・」
竜一はそう呟き、見送りに来たのか文句を言いに来たのか分からない面子に向き直った。
「分かりました、二ヶ月に一回くらいは遊びに来ます。
ですから、もう勘弁して下さい」
とうとう、竜一はそんな約束をさせられてしまったのだった。
2
最後の拷問からやっと解放された竜一は三人の女神達と共に元の世界へと戻ってきた。
正確には部屋の直ぐ隣にミューズの力によって作られた異空間の部屋に。
「はー、やっとなつかしのわが家へ・・・・」
そう言いつつ、異空間から本来の部屋に繋がっている扉をくぐる。
「大げさねえ、たかが十日間離れただけでしょうに」
竜一の途切れた台詞にミューズが突っ込みを入れた。
この世界では二日しかたっていないが、向こうの世界で十日間過ごした。
とはいえ、たった十日で懐かしがるのは少しオーバーなのは事実であろう。
こういう場合、竜一は反論するのだが、どうしたことか、いつもなら直ぐに帰ってくる反論が、今回は一向に返ってこない。
ミューズが訝しげに視線を竜一の背に向けると、彼は何かを見て硬直している様子である。
「どうなさったのですか御主人様?」
シリスが心配そうに声をかけ、メイルが興味深げに本来の竜一の部屋をのぞき込むと・・・・
「おかえり、兄さん・・・・
いったいどこほっつき歩いていたのかしら?」
地獄の鬼のうめき声。その声に竜一は完全に顔色を失っていた。
「み・・・・美春・・・・」
・・・・そこには竜一の天敵が満を持して待ちかまえていた。
気の毒なことに彼の拷問はまだ終わらなかったのである・・・・
「・・・・お、お前、何時こっちに来たんだ?」
「昨日からよ」
おびえきった竜一に侮蔑の視線を投げかけて、やや幼さの残るかわいらしい顔立ちの、しかし、強い意志を感じさせる瞳に激しい光を宿した彼の妹――
「一昨日、急に兄さんの気配がこの町から消えて、何が起こったかと思ってね。
沢田さんに電話したら、里帰りするって言ってたって言うけど、連絡もないし。
そもそも、気配そのものが消えるってのが気に入らなかったからね・・・・」
じろりと竜一を睨み付けて言葉を続ける。
「それで、この部屋でまるまる二日も待っていたわけよ」
「そ・・・・それは」
竜一は口をぱくぱくさせるが、うまい言い訳は浮かんでこない。
死人のような顔で自分を見つめる兄に向かって冷静な声が尋ねる。
「さあて、一体どう言うことか教えてもらいましょうか?
この二日間、どこに行ってたの?
どうして、”壁の中”から現れたの?
後ろの三人は一体何者なの?
きっちり答えてもらいますからね!!」
「お前が霊能者だって事・・・・すっかり忘れていたよ」
頭を抱えて竜一は呻いた。
神崎美春。竜一の実の妹である彼女は霊能者である。
とはいえ、魔物退治や占いなどをするほどには強い力は持ってはいない。
身内や親しい人間の気配を有る程度感じることが出来るという程度のもので、竜一が今まで会ってきた非常識な超人達から見れば、取るに足りない程度の力しか持ってない。
さらに、その力は安定しておらず、全く気配を読めない時の方が多いくらいなのだ。
本人もそれを十分に自覚しており、悪霊等が居ても近付かないようにしているし、他人にも自分の霊感を話してはいなかった。それどころか、両親にさえ美春は自分の能力を話さなかった。
美春が霊能者であることは、兄の竜一だけしか知らない秘密である。
美春の言葉を借りれば”兄妹のあ・ぶ・な・い・ひ・み・つ”と言う事だそうだが、何がどう危ないのかは竜一には分からない。
だが、親しい相手や家族が行方不明になったりしたときは彼女の能力は絶大な力を発揮する。
事実、彼女の親友が誘拐されたとき、たまたま能力の使える時期だったために、犯人のアジトを通報し事件解決の功労者となった事もある。
もっとも、本人は自分の素性を知られないように名乗りでなかったのだが。
そんな能力をもつ美春である。もしも自分が異世界に行けばそのことに気がついても不思議はない。
そんな肝心なことをころっと忘れていたのは、確かに迂闊と言えば、あまりにも迂闊だった。だが、それは仕方がないことでもあった。
最近、竜一の周りには非常識な力を持つ者が連日のように押し掛け、それが半ば当たり前の状態になっていたために、山勘のおまけ程度の、それも、不調の時は完全に無くなっているような美春の微弱な霊感は、竜一にとって普通の人間の範疇に属してしまっていたのである。
そのため、その力を警戒することをすっかり忘れていたのだ。
三妖神もなまじ強大な力を持っていたため、美春程度の力では驚異になりようもない、そのため、全く注意を払っていなかったのである。
美春程度の能力の持ち主なら、ときどき他にも見ることが出来るが、その程度の力は彼女達にとって驚異どころか、警戒の対象にさえならない。
その程度の力の持ち主が赤の他人だったなら、竜一がこの世界から居なくなっても気づくことはなかったはずである。この町だけでも数十万、数百万もの人間が居る。その中の一人が行方をくらましたところで気がつくはずがないのだ。
しかし、その力が極親しい存在――実の妹――に備わっていたことは彼女達にとっても大誤算である。
親しい人間が居なくなれば、そして、その力が使える時期であるなら簡単に気がつく、そこまで注意を払っていなかったのはまさに初歩的なミスである。
しかし、そこまで考えていると、それこそきりがないのだ。
頭を抱えて唸った竜一と絶世の美女三人。兄の苦悩を知らぬ顔で美春は答えを要求した。
「兄さん、私まだ答えをもらっていないんだけど・・・・」
「ううう・・・・」
妹の追求に頭を抱えて呻く竜一。その後ろでミューズがメイルの嫌みにさらされていた。
「全く、こんな初歩的なミスを犯すとはな。
謀略の魔女と恐れられた、策士ミューズも地に落ちたものだ」
「・・・・面目ない・・・・」
落ち込みまくって、小さく呟くミューズ。
いつもなら強気で言い返すところなのだが、このところ失敗続きのミューズはどうやら
「時々、得体の知れない気配が兄さんの周りにいると感じていたけど、彼女達がその気配の主のようね・・・・
一体何なの、彼女達は?」
「えーーと・・・・」
もごもごと口の中で言い訳を繕っている竜一を睨み付ける美春。
「何故、二日間も行方をくらましていたの?」
「・・・・夏の海は美しい! 夏の浜辺はまぶしい! おお!! 水着の季節!!
美しい肢体が・・・・いでででで!」
あらぬ方向を見て妙なテンポで歌いだした竜一、現実逃避に走った彼の耳を思いっきりつねって美春は兄を現実に引きずり戻した。
「うううう・・・・話さなきゃダメか? やっぱり」
「当たり前でしょう!」
美春の怒声に竜一は思わず首をすくめる。
三妖神という最強無比、絶対無敵の力を手に入れて、少なくともこの世界においては恐い者無しになっている竜一であるが、この妹にだけは何故か頭が上がらないのである。
「・・・・異世界に遊びに行っていたんだ」
意を決して竜一は美春に事実を話した。出来るだけ感情を表さないように、わざとぶっきらぼうな口調で・・・・
「ほほおぉぉ・・・・」
目を細めて、感心したような声を出したのは言うまでもない。怒気と稲光をバックに背負った鬼娘、美春である。
「消息を絶った兄を心配して、こんな所へわざわざ出向いて来てやった兄思いの妹に対して、そーゆー戯けた事をほざくわけねぇ・・・・」
その瞳に超新星のごとき爆発的なまでに強烈な光が宿る。
気の弱い人間なら、それだけで卒倒しかねない迫力を持った眼力に睨み据えられ、竜一は気が重くなってきた。
「信じられないだろうが、本当のことなんだ」
あえぎながら言い訳する竜一を美春は睨み付けていた。
「・・・・それが、冗談では無いという証拠は?」
しばらくして、納得できない美春はそう問いかけた。その声には鋭い刺と剣呑な殺気がこもっている。
「付いてくれば分かる」
殆ど投げ遣りに竜一は答え、自分が出てきた壁の中へと妹を招いた。
3
「嘘みたい・・・・」
その小さな世界を見て美春は目を見張った。
「これが外と完全に独立しているって本当なの?」
「まあな」
美春の問いに竜一は頷いた。
「・・・・殆どドラ○もんの世界ね・・・・」
呆れているのか感心しているのか定かではない。ただ、物珍しげに壁を叩いてみたり、窓を覗いてみたりする。
「この窓に写っているのは?」
「外の世界です。
どんな世界のどんな風景でも写すことは可能ですが、一番無難な所を写しています」
シリスが丁重に答える。
「うーん、本当に漫画の世界ね・・・・」
面白そうに窓を開けると、穏やかな風が流れ込んでくる。
「この窓・・・・外と繋がっているの?」
美春の疑問にミューズが頷く。
「必要に応じて、繋ぐことも外すこともできるわ」
「ねえ、それなら、家とこの部屋を繋ぐことは出来る?」
「簡単な事よ」
美春の問いにミューズが答えた。
「・・・・どうするつもりだ?」
美春の言葉に竜一はいやーな予感がした。
「勿論、たまにこっちに遊びに来る為よ!」
胸を張って答える美春。竜一がげんなりした表情になるのに気が付いて慌てて言い訳するように付け足す。
「そ・・・・それに、兄さんだって家に帰るのが楽になるでしょう?」
「・・・・それは気が付かなかった・・・・」
苦笑を張り付けて竜一は呟いた。
「で、本音は遊びに来たいだけなんだろ?」
そう言うと、美春は笑ってごまかした。
「あはははは・・・・まあ・・・・その・・・・
だって、もうすぐ兄さんの大学で学園祭が有るんでしょ?
一度覗いてみたかったのよ。噂の爆走学園祭!」
学園祭名物、物理工学部主催のイベントに爆弾探しが有ったのはあまりにも有名な話である。以来、あの大学の学園祭は”爆弾暴走学園祭”略して”爆走学園祭”と呼ばれるようになっていた。
「物好きな奴・・・・」
美春の言葉に竜一は嘆息した。
4
その後、学園祭の開催日時を聞いた美春は満足して北海道の自宅へと帰っていった。
ミューズが作った扉をくぐって。
「作ってくれなきゃ、夏休みの間中ここに居座る!」という彼女の強固な
ミューズには抜かりがなかった。安全策として、竜一と美春だけがその空間を利用できるように設定していた。これなら、万が一に家族や他人に見つかっても不審に思われることはない。
「これでいつでも里帰りが出来るわね」
笑顔で言うミューズに竜一は苦い顔で答えた。
「・・・・高い家賃を払ってアパート住まいする理由が無いじゃないか・・・・」
そう、まさにその通りなのだ。
今まで竜一がミューズにどこ○もドアもどきを作らせなかったのも、そう言う理由があった。ミューズ達の力を借りれば、実家の自分の部屋から大学に直行するのも簡単なことだ。高い家賃を払ってまでアパートを借りなくても良くなる。
それをしなかったのは、人間としてのこだわりだった。この異空間の部屋を使わないのと同じ理屈だった。
だが、こうなるともはや意地の問題だった。この扉は使うわけには行かなかったのだ。
高い運賃を払おうと、人間としてまともな交通手段で里帰りをする。そう決意する竜一だった。
例え、そのためにストレスがたまろうと。例え貧乏性が彼の浪費を非難しようと、その意地を曲げるわけには行かないのだ。
だが、端から見てると馬鹿にしか見えないだろう。
そして、竜一自身、それを十分に自覚していた。だから、余計に情けなくなってくる。
目の前にある実家への扉。
まさしく、ど○でもドアと言わんばかりのデザインのその扉を見ながら、虚しい気分になってしまった神崎竜一。19才の夏だった。
そして、怒涛の「爆走学園祭」が始まるのだ・・・・。
完
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