[ 三妖神物語 第四話 女神帰還 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

序章 女神生誕の伝説。

 ここに、ある女神の伝説がある。
 長い時の浸食に耐え、残された本。
 三冊の本の内の一冊、聖月の乙女と愛される、ある女神の誕生の伝説。

 その乙女、古き神の子孫なり
 幼き女神、神々の前に生まれ落ちる
 その美しさ筆舌に尽くし難し
 多くの神々、あまたの魔族。その美しさに惑う
 神々と魔族。その美しき幼き神をおのが物にすべく相争う
 多くの神々傷つき、あまたの魔族苦しむ
 その争いに神の王苦悩し、竜の王は嘆く
 幼き女神、その争いに心痛め、傷付きし者達を癒すなり
 傷つきし者達、瞬く間に癒されん
 その技、あまりに見事なり
 神の王、幼き女神の技に驚嘆し、そのものに薬神の名を与えん
 これ、すなわち、薬神シリスの誕生の瞬間なり
 〜トリニティ、シリス神原典序章、薬神誕生の神話より抜粋〜

 美しく、しかし、きらびやかではない、落ちついた雰囲気の一室。
 明るい太陽の光を十分に取り入れられた礼拝堂に数多くの神官達が並んで一人の青年を見守る。
 礼拝堂の正面。人の頭の位置より、さらに人一人分の高さの位置にある銀のレリーフ。そこには美しい女性が三人描かれていた。

 鎧をまとい、大地に突き立てた大剣の柄を握る髪の短い美丈夫の女戦士が左に描かれ、右には魔術師の証とも言うべき複雑な文様を彫り込んだ杖を片手に握る美女が立っている。
 その二人を従えて、中央に描かれる美しい女性。
 優しい眼差し、その左手には薬草を入れた篭を持っている。
 銀板に彫り込まれたとは思えないほどの、柔らかい印象を与える美女。
 トリニティ――三位一体教――、あまたの神々を崇める多神教ではあるが、その名の示すとおり、ある三人の女神を主神として崇めるこの人間社会で最大規模を誇る宗教。
 そして、その三神で誰を主神と崇めるかで三つの宗派に分かれる。誰を崇めているかは礼拝堂などに飾られているレリーフを見れば一目瞭然。
 黄金のレリーフに美丈夫の女戦士の像を中心に描くのは”闘神”メイルを主神と讃えるメイル派。
 黒曜石のレリーフに妖艶な魔女を中心に据えるのは”雷神”ミューズを主神と崇めるミューズ派。
 そして、銀のレリーフに優しげな美貌の薬師を中央に配置するのは”薬神”シリスを主神と信奉するシリス派。
 銀のレリーフに描かれた女神達が見守る中、大神官が一人の青年に神官の証、ある植物を型どったペンダントと原典の写本、聖典を渡そうとしていた。

 今、トリニティのシリス派の大神殿で、一人の神官が誕生しつつあったのである。

 ・・・・これよりそなたを我らの主神たる薬神シリス様に仕える新たなる神官として、任命するに当たり汝に問い汝に確認する。
 汝、シリス様の使徒として、その名を汚すことなく人々のために尽くすことをここに確約せよ。

 ・・・・我、ここに、慈悲深き女神、薬神シリス様に終生お仕えすることを誓います。
 シリス様の使徒としてその名を傷つけることなく仕え、人々に誠意を持って尽くし、自らの力の及ぶ限り最善の努力をもって、人々を救うために働くことをここに誓います。

 ・・・・よろしい。
 汝を新たなる使徒と認め、汝に我らが神の詩を与えん。
 我らのお仕えする女神、シリス様の目覚めしその時の詩をここに記す。
 これは、我らが知るシリス様の生誕と伝説を記したる書である。
 この書に、そなたの手によって新たなるシリス様の伝説がかき足されることを切に願う。

 厳かに、大神官は語る。
 大神官より語られるシリス神の神話が作られた物であることを彼は知っていた。
 その誕生の詩は、後生の人間が彼女に恋いこがれるあまり作った偽りの詩であることを。だが、彼はそれを罪なことだとは思っていない。
 その詩こそが真実だと彼も思う。そう信じることは罪ではない。
 あの心優しき女神は、それほどに崇拝されてしかるべき存在であった。
 かの女神の事実を知ってから、彼はそれまで以上に彼女に仕えることを決意したのである。
 事実は彼の胸の内に。真実は伝説の中に。彼はそれで良いと思っているのだ。

 ・・・・我、無能非才の身ではありまするが、シリス様の名に新たなる神話を紡げるよう、努力したいと思います。

 ・・・・では、行くがよい。新たなる神の使徒よ。
 汝の努力と精進により、多くの病に苦しむ人々を救済するが良い。
 そなたの身に、シリス様の加護と祝福があらん事を・・・・

 シリス、そは古き神の末裔
 目覚めの日、誕生の時。神々は祝福し、魔王は讃えん
 竜達は集い、古き神の新しい誕生を歌い上げる・・・・
 古き神、新しき命を得て、薬神の名を得るものなり
 人々はその奇跡を与えられることを神々に感謝せり・・・・

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