[ 三妖神物語 外伝2 海辺にて・・・・ ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第6章 結末。そして、始まり

(私は・・・・何をしていたのだ・・・・)
 その瞳に知性と理性を取り戻した南深螺は、自らの行動の記憶を確認して、愕然となった。
 天地の精霊を統べ、その営みを見守るべき自分が、破壊と混乱の力をふるって精霊達の営みを狂わせていたなどと!
「南深螺殿、私の声が聞こえますか?」
 彼を狂気から解放した小さな同胞が自分に尋ねているのに気が付き、南深螺は視線をその存在に向けた。
「ああ・・・・聞こえている。
 苦労をかけたな、双頭竜の巫女どの」
 穏やかな、深い知性と優しさにあふれたその声に、唯はほっと息を付いた。
「いいえ、それほどでも・・・・ただ、今回のことについて・・・・よろしければ・・・・」
 自分を気遣い躊躇いがちに尋ねてくる彼女に南深螺は静かに頷く。
「確かに、そなた等には聞く権利があり、私には答える義務がある」
 そして、彼は自分の身に起こった出来事を語った。

「あれが、どこから来たのか・・・・それは私にもわからぬ・・・・
 ただ、まともな存在でないことは確かだ・・・・
 私は、かつて異界から来た侵略者・・・・異界の天使と戦ったこともあったが・・・・あれらとも、違う・・・・」
「異界の天使とも違う・・・・異質なもの?」
 唯の問いに頷く南深螺。その答えに、唯は背中が泡立つような恐怖を感じた。
「それは・・・・天使よりも・・・・危険な存在なのでしょうか?」
 それが事実ならば、恐ろしい事だ。
 自分達、人間社会にとけ込んでいる竜族の存在は、そもそも、ヤフェイに対抗するために生み出されたのだと竜王から教えられたことがある。
 かつて、この世界に存在していた精霊達と交流を持っていた一族。自然に、竜族に愛されたその一族は、この世界を手中に収めようとしたヤフェイにとって最も邪魔な存在だった。
 この世界の神族・魔族の中で最強の力を持つ竜族。
 ヤフェイ自身ならともかく、天使にとってはやっかいなその存在。
 竜族を排除するために彼等との交流を持つその一族は、世界中でヤフェイに改宗した人間達に次々と殺されていった。
 いかに竜族からの助力があっても、キリスト教徒の後ろには天使達がいた。
 力が互角である以上、勢力で劣る竜族の信徒達に勝ち目はなかった。
 ヤフェイの教典――キリスト教――は人間の欲望を巧みに利用した。
 自分を信じた者だけが救われるという、選民思想。
 人間こそが神の子であり、それ以外の存在を下に見る、人間至上主義。
 それらは、人間の欲望を正当化するのに極めて有効だった。
 それまでの宗教は基本的に多神教主義だった。
 全ての生き物、自然にある全ての物質が神になりうる存在であり、人間の欲望を潜在的に抑圧するモノだったのだ。
 勿論、僅かな例外も存在していた。だが、それらは、せいぜい一地域でのみ信仰されているだけで、キリスト教のように世界的な広がりを見せたモノは無かったのだ。
 そして、世界規模で竜族と交流を持つ一族が滅ぼされていった。
 その記憶の一部が人間達に残った。あるいは、天使達が故意に植え付けたのかも知れない。
 それは、自分達とは異なる存在、異質な者達に対して病的とも言える程に嫌悪と敵意を抱くという人間の最も醜い心の病だ。
 それは、現在でも色濃く残っている。
 僅かな肌の色の違いで人種に優劣を付け、差別するのはその顕著な例であろう。
 そして、自然の精霊達と語り、心を通わせて気象さえ動かす力を持つ彼等を悪魔の手先として抹殺していった。
 信徒達を失った竜族はこの現界―― 一般的に人間界と呼ばれるこの世界――に干渉する権利を失った。
 現界の盟友を失った竜族は、その苦い過去から新しい同胞を現界に生みだし、ヤフェイに対抗することを考えた。
 かつての盟友の悲劇を繰り返さないために、竜族の力そのもの、天使に対抗しうる力を持つ一族を生み出すことが必要だった。
 そして、人間の血に竜族の血を交わらせる方法がとられたのである。
 新たなる一族を生み出すのに日本が選ばれたのは、数多くの理由があった。
 一族を生み出す場所は、竜族の信仰が残っている地域が好ましい。
 そして、ヤフェイの勢力が弱ければ弱いほど望ましい。
 この二つを満たしたのは、日本だった。
 日本は、未だにヤフェイの宗教的な侵略から頑固なまでに対抗している。
 いや、対抗していると言うより、宗教に対して寛容で無関心なために、どのような宗教が入ってきても、差別も起きず、他宗教を力ずくで排除しようと言う狂信的な宗教も生まれない。
 ときどき、欲にぼけた人間が、私欲を肥やすために暴走することがあったが、それは既に宗教とは呼べない代物だ。
 人種や経済などに対してかたくななまでに閉鎖的なはずのこの国は、何故か宗教というモノに対して、無節操なほどに寛容なのだ。
 そのために、この地球上でヤフェイの汚染を受けずにすんでいる貴重な地域となっていた。
 そしてヤフェイ自身、このちっぽけな島国にさして関心を持っていなかった。
 まだ、完全に支配下に置いていない地域の中で、アジアという魅力的な土地があるのに、ちんけな島国に戦力を割くなど無駄なことだったのだ。
 その結果として、唯達の先祖が日本に産み落とされた。
 竜族の力と血を保存するための人型の竜族が・・・・
 天使達に、ヤフェイに対抗するために産み落とされた自分達。だが、今回自分達が相対したのは天使やヤフェイとも違う、それ以上に恐ろしい存在の影だった。
(もしも・・・・そんな奴等と正面から戦ったら?)
 勝てるのだろうか?
 純竜族をも、こうも簡単に自分に取り込んでしまえるような、そんなとてつもない”敵”に自分達は対抗できるのか?
 とてもそんな自信は唯にはない。
「私にも、あれと再びまみえて勝てるかどうかは・・・・正直自信を持てぬ。
 今回のように、再び取り込まれてしまうことさえあり得るだろう・・・・」
 南深螺も又、強大な”敵”の影に恐怖を感じていた。
「だが、今それを心配しても始まらぬだろう・・・・」
 励ますように唯に優しく語りかける。そして視線を一樹に向ける。
「今回はそなたにもずいぶんと迷惑をかけたな・・・・」
「まーったくだ、死ぬかと思ったぜ」
 溜息と共に、疲れた口調で悪態をつく一樹。
「その詫びといってはなんだが・・・・」
「え? 何かくれるの?
 PS2? ドルフィン? それとも、DVD−RW?」
 いきなり元気になって、興味深げに南深螺に問う一樹。そんな彼に、南深螺は苦笑した。
「やれやれ、そんな物を私が持っているわけが無かろう?
 そなたに渡すのはこれだ」
 南深螺がそう言うと、一樹の目の前に腕輪が現れる。
 一見しただけでは、その辺に転がっているような在り来たりの腕輪だ。
 濃い紫色をベースに、所々、銀糸で幾何学模様が描かれているだけの・・・・
 素人目には、そうとしか見えない。
「これは・・・・」
「それは、私の鱗から作った物だ。私と霊的につながっている。
 必要なときにその腕輪に願うがよい。私の力の及ぶ限り、そなた等の手助けをしよう」
 そして、再び唯に語りかける。
「本来なら巫女殿にも何らかの礼をしなければならぬのだが・・・・
 私の力は巫女殿には逆効果になってしまうからな・・・・」
 一樹と同じ質を持つ南深螺の力は唯の力を中和してしまう。
 下手に力のこもった道具などもらっては、むしろ迷惑であった。
「巫女殿にはこれを・・・・ささやかな物だが、受け取ってくれ」
 そう言って南深螺が与えたのは、子どもの頭ほどもある巨大な真珠だった。
 美しい光沢、全く歪みのない真球。
 真珠は有る程度以上大きくなると、艶が鈍くなったり形もいびつになったりと、あまり商品価値の高くない物になる。普通なら・・・・
 しかし、そんな人間の常識を完璧に無視しきった、美しすぎるほどに美しい巨大真珠。
 それを見て、流石に息をのむ二人。
「ここまで馬鹿馬鹿しい程でかいと、ありがたみがないような・・・・」
 唖然とする一樹に、南深螺が苦笑する。
「私の聖域に住んでいる古い友に特別に分けてもらった物だ。
 普通の人間には手に入れられぬ珍品だと思うが・・・・」
 南深螺の言う友とは、齢400年を数えるこのあたりの貝の長老である。
 確かに常識で考えると、こんな巨大な真珠を作るには数百年の時間はゆうにかかる。普通の貝では絶対につくれない代物だ。
「そうですね。有り難く頂戴します」
 唯はそう言って、はたと気が付いた。
「・・・・どこにしまえばいい?」
 ・・・・これは、マヌケである・・・・

「ところで、聖域はどうなったんだ?」
 一樹の問いに、南深螺が答えた。
「そなたが結界を破壊してくれたおかげで、私の力も元に戻った。
 力が戻った以上、別に人間達の施設に手を出す必要もないのだが・・・・」
「それでよろしいのですか?
 貴殿の聖域を犯した者共への処罰は・・・・」
 唯はそれを心配していた。だが、南深螺は鷹揚に笑って答える。
「たとえ、あの空港を潰したところで、また同じ事が起きるだけだからな。
 それなら、力が戻った以上あの空港をそのままにして置いた方が、私の聖域に人間が手を出せぬだろうし、むしろ好都合というものだ」
 既に、逆五芒星は破壊され、正五芒星でくくりなおしている。
 その柱も、地の精霊に頼んで、コンクリートより頑丈な物質で作りなおしていた。
 柱の配置が南北逆になっただけで、土台の強度も重心にも全く問題はない。
 空港はこれからも存続することになるだろう。そして、その空港そのものが南深螺の聖域を守る要になるのだ。
「それでは・・・・」
「ああ、私はこれ以上騒ぎを大きくするつもりはないよ・・・・
 再び、眠りにつくとしよう・・・・」
 穏やかに答える南深螺。唯は少々、人間に甘過ぎると呟いた。
 その呟きが聞こえたのか、南深螺が不思議そうな顔で尋ねる。
「巫女殿、何やら不満そうだが?
 私が騒ぎを起こすのは好ましくなかったのではないかな?」
「竜族として正しくあるのであれば、私ごときが貴殿の行動に口を挟む権利など有りません」
 つまり、竜族として天罰を下すので有れば、全く問題はないと言うことだ。
 もともと、人間の愚考に憤りを感じていた唯にとっては、”正常”な南深螺が空港を破壊するのは、むしろ当然という考えさえ有る。
 今回、南深螺を止めたのはあくまでも白竜王の命令であったから、そして、この世界の法則から逸脱した力による”暴走”だったからだ。
「あの空港のために、どれほど自然が傷つけられたことか・・・・
 その愚行に対しての神罰は必要と思いますが・・・・」
「先ほどと言っていることが反対だな・・・・」
 笑いをこらえるように南深螺は目を細める。
「だが、あれを破壊したところで、同じ事を人間達は繰り返すだろう。
 ならば、これ以上傷口を広げぬ方が良いと思うが?」
 確かにその通りだ。そして、再び大規模な工事が行われれば自然はさらに破壊されることになる。
 短気はおこすべきではない。南深螺の答えは理にかなっていた。
「分かりました、あなた様がそこまでおっしゃるのなら」
 納得した唯に満足げに頷くと南深螺は静かに水面に沈んでいった。
「私は再び眠ろう。私の眠りを妨げる者が人間でないことを祈るよ」
 そして、南深螺は静かに海の底へと帰っていった。

「やれやれ、これで一件落着か・・・・」
 安堵のため息をついた一樹に、唯がそっけなく答える。
「ああ・・・・一応は」
 南深螺と話していたときと違い、何時も通りのぶっきらぼうな男っぽい口調に戻っていた。
「一応?」
 一樹は唯に問いかけたが、思考に没頭している唯には聞こえなかったらしい。
 ぶつぶつと独り言を呟いていた。
「確かに南深螺殿をいさめる仕事は終わった。
 だが、南深螺殿を狂わせた異界の力と言い、私に助言したあの声と言い・・・・
 今回は分からないことだらけだ・・・・」
 とくに、助言した声の正体が分からないのが気にいらない。
 南深螺を暴走させたのは明らかに敵であろう。だが、自分に助言した存在はなんなのか?
 単純に味方と言うわけにはいかない。
 噂に聞く、精霊達に力を与えている異界の女神という可能性もないではないが、即断は出来ない。
 判断するには情報が足りなさすぎるのだ。
「助言した声? あの声のことか?」
 唯の独り言を聞いて、一樹がぽつりと漏らした。
「なに!? 一樹にも聞こえたのか?」
 一樹の何気ない呟きに唯は敏感に反応した。
「あ・・・・ああ、あの変な力に飲み込まれて、もう、ダメかと思ったとき・・・・
 いきなり、女性の声が聞こえた気がしたんだ。で、気がついたら、俺の周りを何かの力がとりまいていたような・・・・・」
 ものすごい形相で睨み付けるように自分を見つめる唯に、圧倒されながらも一樹は答えた。
「あの力の主と言う事か・・・・」
 一樹の存在を守った巨大な力は唯も感じていた。
 恐ろしいほどに強大な、それでいて、世界に影響を与えないよう見事なまでに制御された力。それは唯の想像さえ越えた巨大な力の持ち主にしか出来ないことだ。
 もしも、その存在が敵であるのなら、自分には勝ち目はない。絶対に・・・・
「ああ、多分そうだと思う。でも、厳しい、凛とした声だったな・・・・
 思わず、”ああ! 女王様! もっと!!”って言いそうになったぜ」
 冗談めかして、一樹は答えた。
 でも、どこかで聞いたことがある声だった・・・・
 そう続けようとしたが、一樹の声は、唯には届かなかった。
「凛とした、厳しい声? 私が聞いたのは、柔らかな、優しい声だったぞ」
「へ?」
 一樹は間の抜けた声を出した。
「すると、私とお前は別々の声を聞いたことになるな・・・・」
 冗談じゃない! 唯は心の中で悲鳴を上げた。
 正体不明の巨大な力の持ち主。そんなモノが一人(?)いるだけでも大問題なのに、それが複数いるとなれば、もはや自分の手に余る事態である。
 頭を抱えた唯に、一樹が極めて建設的な意見を述べた。
「考えるのは後にして、陸に帰ろうぜ」
「・・・・そうだな・・・・」
 そして、二人を乗せ、九羅座火は陸へ向かって羽ばたいた。

「・・・・誰が女王様よ・・・・」
 二人のやりとりを聞いていた美しい雷神は、眉根を寄せて唸った。
「くすくす・・・・」
 忍び笑いをもらした白銀の女神に、黄金と淡く青みがかった”金銀妖瞳”から鋭い視線を放つ。
「・・・・わたくしは、先に戻りますね」
 笑いを何とかこらえたシリスは、淡い虹色の色彩を描く銀の翼をはためかせ、陸へと飛び立った。
「こら! 待ちなさい!! 今あんた笑ったでしょ!!」
 シリスを追って、ミューズもまた、帰路に着いた。

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