[ 三妖神物語 外伝2 海辺にて・・・・ ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第4章 愚行と代償

「うわああああ!」
 パイロット達の悲鳴がコクピットにこだまする。
 彼等の目の前に巨大な怪物が存在していた。
 彼等の宗教ではもっとも忌まわれている、蛇。その化け物が、彼等の目の前に浮かんでいるのだ。
 こんな化け物が現実にいるわけは無い。そう自身に言い聞かせて、平静を保とうとする者は、居たのかも知れない、だが、そのほとんどは、その現実を目の前にして錯乱状態となってしまった。

 海上での異常発光。
 SWを切ったはずの無線から聞こえてくる女の声。
 非常識な現象が次々と彼等を襲い、いい加減、神経が参っているところにこの化け物の出現である。いかに訓練をつんだ兵士と言えども、精神の平衡を維持するのは困難であった。
「うわあああ!!」
 一際、すさまじい悲鳴を上げたパイロットの一人が、己の恐怖と混乱を吐き出そうと、トリガースイッチを押す。

 ドシュウ!
 轟音と共に、撃ち出されるミサイル。それに触発されたのか、他の機体も次々にミサイルをバルカンを撃ちだした。
「!! 馬鹿者!! やめろ!!」
 我に返って、隊長機が命令を下すが、既に撃ち出されたミサイルを止める術など無い。
「馬鹿者共!!」
 怒りを吐き出して、飛び去るミサイルを視線で追いかけた。
 もともと、偵察任務の機体である。
 スクランブル発進でもない機体が完全武装などと知られたら、又マスコミがうるさく追求してくるだろう。

 以前、米兵が”ささやかな”事件を起こしただけで、うるさく騒ぎ、基地を縮小しろだの、協定を廃止しろだのと、下等な猿の分際でわいわい騒ぎまくったのだ。
 あのことがうやむやの内に、やっと下火になったのである。それなのに、今回のことが知られたら、また、馬鹿なマスコミと口うるさい連中が騒ぎ立てるに決まっていた。
 爆音を轟かせて人間の科学技術の精華が、音の精霊をあざ笑う速度を持って自分達に肉薄する。
「馬鹿野郎!!」
 唯は年頃の女性にふさわしくない罵声を戦闘機にたたきつけた。
 せっかく、南深螺が穏やかになってきたところにいきなりの乱入である。これで、南深螺の機嫌が良くなるはずはない。
「ど素人が余計なことをするな!」と戦闘機のパイロット共を殴り倒したい位である。
 だが、すでに手遅れである。これで、南深螺の機嫌を損ねたのは間違いない。
「これからという時に・・・・」
 殆ど絶望的な状況に呻き、南深螺を見上げる。
 穏やかさを取り戻しかけていたその瞳には、再び殺意と敵意の炎が燃え上がっていた・・・・

 上空から、それらを見届けていた二人の女神。
 シリスがやっとの事でミューズを説得し、群がってくる人間達をどうにかしようと視線を動かしてみれば、既に事態は新しい局面を迎えていた。
 超音速戦闘機の速度を考えれば、あれこれ言い合っている間に十数キロ程度の距離などすぐに踏破してしまうのは当然のことだった。
 こういう事態になると分かっていれば、あらかじめ時間の速度を変えた結界を作り、その中で話をすれば良かったのだが、そう言った結界を作る暇をミューズは与えなかったのである。
 ミューズは、多分にはじめから、こうなることを計算していたのだろう。
 一応手助けするとは言ってみたが、有る程度は自力でやってもらわなければならない。
 人間という生き物は、直ぐに奇跡や偶然を当てにする浅ましい存在なのだ。
 せいぜい、苦労してもらうべきである。

 高速で、ミサイルの群が南深螺と唯達に襲いかかる。
 それを止めようとシリスが力を使おうとしたとき、ミューズはそれを止めた。
「放っておきなさいよ。あの程度なら自力でどうにでもするでしょう」
 シリスにとっては本当は手助けしたい所だ。
 (ミズチ)たる南深螺がこの程度でどうにかなることはないが、ミサイルを発射した方は(ただ)ではすまない。それなりの制裁を受けることになるだろう。
 それを押さえるには、ミサイルを自分が止めるのが一番良いのだが、ミューズにその気がない以上、たとえ自分が力を使ってもミューズに邪魔されることは目に見えている。
 残念ながら、魔力でも肉体的な能力でも、シリスはミューズやメイルに遠く及ばないのである。
 シリスには、状況を見届ける事しか出来なかった。

 そして、激しい閃光と爆発音が響きわたる。
「全弾命中!」
 嬉々としてそう叫ぶ部下に多少のいらだちを感じながらも、それで全てが終わったと隊長が安堵の溜息をもらした。
 南国の風が優しく爆煙を連れ去った後に、彼等はあり得ないものを見る。
「そ・・・・そんな・・・・」
「馬鹿な!!」
 彼等の視線の先には、全く無傷の”化け物”と、その前にたたずむ小さな影が有ったのだ。
「何故だ! 直撃だったはずだぞ!!」
 コクピットで、隊長はあり得ない事態に怒鳴り散らしていた。

「愚かな・・・・
 何故、奴等は己より優れた存在が居ることを認めようとはしないのか・・・・」
 深い憎悪と嫌悪、侮蔑のまなざしで戦闘機の群を睨み据える”怪物”南深螺。
「これでも・・・・人間共をかばうというのか?
 お前に守られていることも分からず、この世の真理さえ自分達の都合のいいように歪め、浅知識に驕って大局を見ぬ・・・・、
 いや、真理というものを全く理解しようとしない人間共。
 こんな愚かな者達のために、お前は命を賭けるのか?」
 それは、人間に対しての憎悪と侮蔑。そして、そんな人間の為に命をはっている(ゆい)に対しての同族としての憐憫と軽蔑の情だった。
「痛いところを突いてくれる・・・・」
 苦々しく呟く唯。
 確かに人間のこのような様を見ていると、人間であることが情けなくなってくる。
 どうしようもなく愚かしくて泣きたくなることもある。
”人間”から見ても、人間の愚かさには、ときどき愛想を尽かせたくなるようなことばかりだ。
 いや、同じ人間の血を持つため、よけいにその愚かしさには我慢がならない。
 だが、それでも、今は止めなくてはならなかった。
 それが、彼女の今回の仕事なのだから・・・・
「それでも、私はやらなければなりませぬ。それが私の使命なのです・・・・」
「では、やはり命を懸けて審議を続けるわけだな・・・・」
 南深螺はついに意を決した。
「その前に邪魔な馬鹿共を片づけておくとしよう」
 視線を戦闘機の群に投げかける南深螺。
「!! やめろーー!!」
 どうおおぉんん!!
 唯の悲鳴に重なるようにして轟音が響きわたる。
 南深螺の業火にさらされた六機の戦闘機は、跡形もなく吹き飛んだ。
 後には残骸はおろか、部品の欠片さえ残らなかった。
 その有り様を遠くから確認したマスコミの機体が我先に逃げ出す。
 完全武装の米軍機が真紅の業火の力で、あっさりと叩き落とされたその光景を見て、さすがの傍若無人なマスコミも己の命が惜しくなったらしい。
 見栄を張る度胸も失って、ひたすら彼等から離れようと焦っている。その様子にミューズは満足げに頷いた。
「おー、なかなか派手に決めてくれたわね・・・・」
 その様子を眺めて手をたたいて喜ぶミューズ。
「ミューズ・・・・」
 シリスの非難の声も素知らぬふりで、皮肉な笑みを湛えた眼差しで戦闘機の存在していた空間を見つめている。
 人間は少し痛い思いをした方がよいのだ。そうすれば、この世が人間の物ではないと悟れるかもしれない。ミューズはそう思っている。
 ミューズのその考えに、シリスは眉をひそめる。
 確かにこの世界の人間も、向こうの世界のかつての人間同様、自分達の欲望で世界を食いつぶそうとしている。それは認めざるを得ない。
 しかし、それは元々、ヤフェイの宗教、キリスト教の布教のためだ。

 キリスト教は人間以外の存在を人間より下に見る。
 それにより、世界は神の子である人間の物だと洗脳した。
 そして、世界そのものを食いつぶして行く近代科学の原動力となった。
 それは、ヤフェイのしたたかな計算のたまものだ。
 人間の選民思想を刺激し、キリスト教を受け入れやすくするために、あるいは、この世界の精霊や神々の依り代を滅ぼさせるための大義名分として、さらには、この世界を自らの手で滅ぼさせ、神に縋らざるを得ない状況に追い込むため。
 まさに一石三鳥の計算なのだ。
 それこそがヤフェイの罪。ヤフェイに与えられた人間の原罪。
 聖書にある人間に知恵の実を与えた蛇とはヤフェイ自身に他ならない。
 それも、真の知恵ではない。己の欲望を正当化する為だけの底の浅い、自己満足の為だけのちっぽけな腐りかけの知恵の実。それが、ヤフェイが人間に与えた物だった。

 自らの世界を己の欲望のために破滅の縁に追いやった人間は、いずれ事態を収拾できなくなる。
 絶望の未来に対して彼等が出来ることは、祈ることだけだ。
 神への、精霊達への感謝も畏怖も忘れて、己の欲望の赴くままにこの世界を食いつくした人間が、再び神に祈りを捧げる。
 自分達の過ちを自分達で正さず、ただ、神に祈って、苦境を逃れようとする。
 その必死の祈りこそが、ヤフェイの力の源となる。
 欲深き人間達の苦痛と苦悩を、絶望と恐怖を糧にしてそれを食らい自らの力を高める。それこそがヤフェイの目的であるのだ。

 それを知ることもなく、人間達は今日も愚行を重ね続けている。
 この世界の真理を知ろうともせず、破滅への繁栄を走り続ける。
 その歩みを止めることこそが、自分達の存在意義ではないのか? シリスはそう思っているのだが・・・・
「だからこそ、人間達と精霊達との、世界との関わりを正すべきではありませんか?
 それが、御主人様のためにもなるはずです。
 ここで、竜族に過ちを犯させては・・・・」
 シリスの言葉に、ミューズは眉をしかめた。
「確かに、きっかけはヤフェイの布教活動による物だったとしても、その過ちを正す機会は今までにも十分にあったはず。
 それを捨ててこんな世界を築き上げたのは、間違いなく人間の罪よ」
 結局、ヤフェイを選んだのは人間自身なのだ。そのために世界が破滅するのなら、それは間違いなく人間達の罪だろう。
 その人間を食い殺したとしても、それはそれで当然の結末であり、それほど過ちだとはミューズには思えない。
 それに、これ以上世界のあり方に干渉するのは好ましいことではない。自分達――マスタードラゴンである竜一も含めて――は所詮、よそ者にすぎないのだ。よそ者が大きな顔をして喜ぶ者などそういない。
 さらに言えば、世界のあり方そのものに関わることは過剰干渉になるのだ。世界への過剰干渉は竜一がもっとも嫌悪することである。
 竜一の世界への干渉は最小限に止めるべきだと言う考えにミューズは賛同していた。
 元々、彼女にとっては、自分の主人以外の人間の生き死になど気にする価値もない。
 自ら破滅を望んだ愚物が、報いを受けたところで心を痛めることなど無かった。

 二人の女神が争っている間に、南深螺と唯の戦いは再開していた。
 巨大な力がぶつかり、空中に余剰エネルギーをまき散らし、轟音が海面を打つ。
 絶大な破壊力が衝撃波となってあたりの大気をかき乱し、上空に浮いている雲を消し去った。
「くっ!」
 苦痛を飲み込んで力を使い続けるが、既に唯の力も肉体も限界に近付いていた。
 竜族の血を受け継いでいるとはいえ人間の肉体に縛られている以上、その力にも肉体の物理的強度にも限界が有る。
 体中の細胞が悲鳴を上げているのが分かる。
 唯の力は人間の限界を超えたものだ。そのため、一撃で倒せるのなら、これほど心強い者はない、だが、こと、長時間の戦闘となれば、敵を倒す前に自分自身の肉体が己の力に耐えきれず自滅する危険性さえ有った。それほどの力の持ち主なのだ。
 そしてさらに厄介な事に、目の前にいる”敵”は、彼女の力を上回っていた。
 今回はやばいかも・・・・
 力の使いすぎで、朦朧となってきた意識の中で、唯はそう感じていた。

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