[ 三妖神物語 外伝2 海辺にて・・・・ ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第3章 神話と現実の狭間

 どどどぉぉぉん
 雷鳴にも似た腹に響く音が遥か沖合いで轟く。
 その音に気づいた人々は音のする方角を見つめ、唖然とした。
 紅蓮の火柱とおぼしき光が天にのび、紫電が闇を引き裂いて輝く。
 轟音と共に昼間の太陽にも負けぬ程の輝きが一瞬、あたりを照らし、そして消え去る。
 雷のようでもあり、火山の噴火のようでもあり、何かの爆発のようでもあるその奇妙な現象を多くの人間達が目撃していたが、誰一人それを説明できる者は居ない。
「一体何が起こって居るんだ!」
「米軍の新兵器の実験か?」
「そんな話は聞いていないが・・・・」
 あちこちから聞こえる噂。
 まだ、夜は始まったばかりである、多くの人々がそれを目撃していた。
「特ダネだ! ヘリを回せ!」
 噂を聞きつけて、あるいは、直接その怪光を見て、マスコミが動き出す。
 そこに新しい情報が入ってきた。
「おい! 米軍が調査機を出したそうだ!!」
「なに!? 畜生!! 特ダネを横取りされてたまるか!!」
「自衛隊にもスクランブルがかかったらしい!」
「急げ! もたもたしてると、報道管制がしかれかもしれんぞ!!」
 好奇心旺盛なマスコミ各社は目の色を変えてその怪奇現象の情報を得ようと、ヘリにカメラマンを押し込め、TV局は緊急特番を組んでこの奇怪な現象を報道し始めた。
「・・・・派手にやっているな・・・・」
 ホテルの一室から海を眺めていた青年―― 竜一 ――は、小さなため息を付いた。
 部屋に備え付けられている14インチのテレビでは、先ほどから血相を変えたアナウンサーが大声でまくし立てている。
「・・・・現在、沖縄本島の南西18kmの地点で原因不明の爆発が起きております。
 詳しいことはまだ分かっておりませんが、何らかの自然現象ではないかと・・・・
 ただいま、新しい情報が入りました!
 在日米軍が調査機による調査を開始したとの情報が・・・・」
 興奮しているアナウンサーが原稿を読み上げているのを聞きながら、竜一は沖合いの怪奇現象を見つめていた。
「下手に手を出さない方がいいものを・・・・現実を見たら発狂するぞ、米軍の奴等・・・・」
 意地の悪い笑みを浮かべる竜一の元にメイルがやってきた。
「盟主、よろしいか?」
「ああ」
 その言葉に応えてドアが開く。
 黄金の髪と鮮やかな碧眼を持った大柄な美女が入ってくる。目立たないように瞳の色を変えたメイルである。
「どうした?」
「いや、別に・・・・」
 首を傾げる竜一からメイルは少し視線をずらし、ベッドの上に座る竜一の横に腰掛ける。
「・・・・」
 奇妙な沈黙。
「どうした?」
 再び問いかける竜一に困った顔で視線をさまよわせたメイルだったが、何かを思いついたらしく、竜一に視線を向ける。
「盟主を守るのなら側にいた方がいいと思っただけだ」
「・・・・そ・・・・そうか」
 メイルの奇妙な迫力に押されながら竜一はそう答えた・・・・

「こちら、ブルーベリー・リーダー!
 作戦空域に到達まで後60秒。これより警戒体制に入る」
「了解」
 六機編隊を組んで基地を飛び立った米軍の戦闘偵察機が、奇妙な現象の発生ポイントとおぼしき空域に近付いていた。
「そろそろ・・・・肉眼でも確認できるはずだ・・・・」
 彼等は、その現象を火山の噴火か、雷球現象。さもなくば、どこかの国の新兵器の実験程度の認識しか無かった。
 ・・・・日本の領海内で、わざわざそんなことをする馬鹿な国があるとは思えないのだが・・・・
「ガンカメラの準備をしておけ」
「はっ!」
 副座席にいるパイロットに指示を出した後、隊長は他の機体に連絡を取ろうとマイクを握る。
「ブルーベリー・リーダーより各機へ、これより、作戦に入る。
 各機は作戦指示に従い、30秒後に散開。別々のアングルで観測を行う」
 だが、その指示をマイクに言い終える直前、スピーカーにノイズが入り、全く通信できなくなってしまった。
「ちぃ、放電のノイズか!?」
「隊長、レーダーも役に立ちません!」
「そうとう、強力なノイズが出ているらしいな・・・・」
 苦虫をかみつぶしたような顔で唸る彼、その時、ノイズだらけで聞こえないはずのスピーカーから、明瞭な人間の声が聞こえてきた。
「・・・・それ以上は近付かないで下さい。あなた方にとっても、彼女達にとっても好ましくありません。
 ご自身の身の安全のためにも、ここから引き返して下さい」
 美しい、音楽的な旋律を奏でる女性の声がスピーカーから流れてくる。
「な、なんだ? 混信しているのか?」
 はじめは単なる混信かと思い、いろいろと通信機を調べてみたが、別に異常はなかった。
 しかし、その忠告はさらに流れてくる。
「それ以上は近付かないで下さい。危険ですから」
 それを聞いて、血相を変えたのは副座席に座っているパイロットだった。
「隊長! レーダーはまだ回復していません!!」
「なんだと!」
 あわてて、自分の前にあるパネルを見れば、確かにレーダーモニターは一面ホワイトノイズの嵐であり、全く用をなしていない。
「馬鹿な!」
 あわてて、通信機のスイッチを切る。釈然としないものを感じながら、隊長がいぶかしんでいると・・・・
「危険ですから直ぐに引き返して下さい。命を粗末にしてはなりません」
「馬鹿な!」
 スイッチを切られ、電源が入っていないはずの通信機のスピーカーから、先ほどと同じ美しい声が彼等に警告を続けている。
 その奇妙な現象は彼等だけではなかった。
 怪奇現象が起きている場所へ向かっている全ての航空機の通信機に、強制的に”警告”が割り込んでいたのである。しかし、そんな得体の知れない警告に素直に従う奇特な人間など居なかった。
 全ての飛行機・ヘリはまるで、食べ物に群がる蝿のごとく群をなして飛んでくる。
「・・・・素直に従ってはいただけないのですね・・・・」
 悲しそうに警告を発した銀の美女はその様子を見ていた。
 微妙な色彩を描く美しい銀の翼で空中にたたずむ彼女。
 力づくで彼等を引き返させることも簡単に出来るのだが、彼女はそのような手段を嫌っていた。
 出来る限り、彼等の意志を尊重したかったのだが、素直には従ってもらえそうもない。
 他人の意志を無視して、操るというのはあまり好ましいことではないのだが・・・・
「・・・・命には代えられませんわよね・・・・」
 諦めたように呟いて、彼等の方へと視線を向けたとき・・・・
 ばさり
 羽音を一つ響かせて、彼女の目の前に一つの影が舞い降りた。
 黄金の瞳と淡く青みがかった銀の瞳を持つ神秘の相貌。漆黒の髪を夜風に遊ばせ、背中には夜の帳より尚暗い、漆黒の翼を持つ美女。
 瞳の色を元に戻した、雷神ミューズ。
「なに、こんな所で油をうってんの! シリス!!」
 開口一番、雷神の怒声があたりに響いた。
「そんな大声を出さなくとも聞こえておりますわ。ミューズ」
 のんびりと答えるシリスにミューズは挑みかかった。
「なにを呑気に! さっさと帰るのよ」
 苛付いたミューズは、シリスの腕をとり引きずっていこうとしたが、シリスは素直に従わなかった。
「どうして、いつもあなたはやっかい事に首を突っ込むのよ!
 私達はマスターの安全と幸せを考えていればいいの!!」
 ミューズはそう怒鳴るが、シリスは穏やかなほほえみを浮かべて切り返した。
「彼を放っておいて良いとは思えません。
 このままでは、この世界は彼のために破壊されてしまうかも知れないのですよ?
 そうなったら、御主人様がこの世界で暮らしていけなくなりますわ」
 それくらいは分かっている。だが、その時はその時だとミューズは思っていた。
 人間に干渉することなく、また干渉されることなく、静かに傍観者を決め込んで暮らした方がマスターのためになるとミューズは思っている。
 勿論、向こうから手を出してくるのなら相応の反撃をするのは当然のことであるが。
「彼は、この世界とは異質の力を使っています。
 このままでは、この世界の物理法則が根底から破壊されかねません」
「それは分かっているわ、でも・・・・」
 渋るミューズにシリスは言葉を続ける。
「それに、彼女達は竜族に連なる者。見ぬふりは出来ませんわ」
 それがとどめとなった。いくら人間を見殺しに出来るミューズでも、竜族に関わりのある者を見殺しにはできない。
 この世界の竜族はミューズ達の知る”彼等”とは別種族である。それでも、竜族で有る以上それなりの礼儀と義理がミューズに、マスタードラゴンにあったのだ。
「・・・・仕方がないわね・・・・でも、少しだけよ。彼女達にもプライドがあるだろうし」
「そうですね」
 ミューズの重い溜息にシリスは微笑んだ。

「なんか・・・・騒ぎがでかくなってきたな・・・・」
 九羅座火の上でその有り様を見て一樹は呟いた。
 既に沖縄本島の上空にさしかかっていた。
 降ろしてもらえば、後は自分達の宿泊しているホテルまで歩いて帰れるところまで来ていた
 勿論、島の人間達に見つからないように結界をはり、細心の注意を払ってこの場にたどり着いたのだった。
 本当ならば今直ぐに、九羅座火から降りてホテルに直行したいのだ、人間の血はそう言っている。自分は何の力もない普通の人間だ、足手まといになるだけだと。
 だが、もう一つの血がそれを許さなかった。お前は誇り高き竜族の血族、自分の半身を見捨ててはならぬと。
 竜喘一樹の中に流れるもう一つの血は、今のままでは唯が危険であることを一樹に知らせていた。
「ここからなら、ホテルに戻れるでしょう。私は巫女姫の元に戻らなければなりません、お急ぎ下さい」
 その言葉に、一樹はしばし沈黙していたが・・・・
「・・・・結局、俺も竜の末裔・・・・か・・・・」
 諦めたような溜息と共に九羅座火に鋭く命じる。
「九羅座火! 俺を”沖縄国際空港”につれていってくれ、早く!」
「しかし、私は巫女姫の元に・・・・」
「説明している暇はない! 急いで行け!! 命令だ!!」
 その剣幕か、あるいは彼の中にある竜の血の激しい感情を知ったのか、意外に九羅座火は素直に従った。
「御意、仰せのままに、”闇皇子(ヤミミコ)”」
 空中でとって返し、すさまじい早さで空港へと向かう。途中何機ものマスコミのヘリやチャーター機などとすれ違うが、結界に守られた彼等に誰一人に気づかない。
「闇皇子、どうなさるおつもりですか?」
「俺にも絶対の自信が有るわけではないんだが・・・・」
 言いにくそうに、自分の考えをまとめながら一樹は続ける。
「唯が言うには奴はこの世界には属さない力を使ってパワーアップしていると言っていたな」
「はい、あの力はこの世界の黄金律を無視しています。それが何か?」
「その異質の力と、この世界の力、あの(ミズチ)本来の竜の力とがぶつかったらどうなると思う?」
「え?」
 九羅座火が驚きの声を上げる。
 すでに、空港は目と鼻の先だ。
「ここから先は推測で、俺も自信がないんだが・・・・
 奴の聖域を活性化させて、奴本来の竜の力を回復すれば、奴の体内で異質の力と本来の力が反発しあって、奴にダメージを与えられるんじゃないか・・・・と思ったんだ」
「闇皇子! 確かにそれならいけるかも知れません!!
 しかし、どうやって聖域を活性化させるんです?」
 九羅座火は歓喜の声を上げるが、同時に疑問も一樹にぶつけた。
「・・・・俺の血で何とかならないかなと思ってな・・・・
 まあ、処女の生き血と比べれば大したことはないかも知れないが、竜族の血が混じっているんだ、多少の効果は有るかもしれない」
「しかし・・・・それでは、どれだけの血が必要となるか分かりません。
 下手をしたら闇皇子の血全てを使いきっても足りないかもしれませんよ」
 九羅座火の心配に一樹は頷いた。
「まあな、ダメで元々だ。ダメなら他の手を考えるさ」
「分かりました、やってみましょう」
 一度納得すると、竜族の下僕である九羅座火は極めて協力的だ。
 空港の上空に着くと、ゆっくりと旋回を始める。この空港のどこかに聖域の中心となるべき核があるはずだ。それを見つけだし、一樹の血を与えれば、多少の効果があるかも知れない。
 それを見つけだすのは九羅座火の役目である。一樹にはそう言った超感覚も超能力も持ってはいない。彼の力はその体質と竜族に連なるその血のみなのである。
「有りました、この真下です」
 九羅座火が示したのは、空港のちょうど真ん中、重心となるポイントであった。
「この真下?」
 一樹が確認すると、九羅座火は補足した。
「正確には、土台の真下・・・・海面下50m」
「50mか・・・・ 意外に浅めだな」
 浅瀬に建設されているとはいえ、海上空港なのだ。海面下に”それ”があるのは、当たり前のことである。だが、もっと深いところに有ると思っていたが、海面下50mとは意外な気がした。
 だが考えている暇など無い。
「このまま、行きます」
「ああ! まかせる」
 そう言うと、九羅座火は海に飛び込んだ。

「・・・・でかい・・・・」
 正面に見える柱は、一樹を圧倒した。
 それは、大樹だった。
 直径30mは有ろうかと言う、鉄筋コンクリート製の巨大な木の幹。そんな表現がぴったりくる、まさに人工の巨樹。
「・・・・いくら海上空港とはいえ、こんな馬鹿なサイズの柱がいるのか?」
 一樹は建設に関してはど素人である。その彼から見ても、この柱の太さは尋常ではない。
 しかも、不思議なことに、この異常に太い柱は、九羅座火が示した聖域を中心において、5本だけなのだ。残りの柱は、全て直径数m程度の物にすぎない。
 異常なまでに太い5本の柱、それが何を意味するのか・・・・
 一樹が分からずに首を捻っていると、九羅座火が叫ぶ。
「これは!」
 その声は驚愕にふるえていた。
「どうした! 九羅座火」
「この柱は・・・・逆五芒星の結界です!」
「なにい!!」
 逆五芒星。破邪の力を持つ正五芒星の対極に位置する、邪悪な力を蓄える魔法陣。
 この結界を形作っている柱は、その頂点を示していると九羅座火はいう。
「ただの五角形じゃねえのか?」
 一樹の疑問に九羅座火は説明した。
「下を見て下さい。力の流れを制御する為に、道が刻まれています」
 九羅座火から身を乗り出すようにして下を見ると、果たして、五本の柱の根本、コンクリートの平らな土台部分に、それを頂点とした、逆五芒星が描かれていた。
「な・・・・何故、ただの空港にこんな物が?
 第一、安全祈願なら破邪の力を持つ正五芒星を作るはず・・・・」
 竜族の力は自然を安定にし、力の循環を滞り無くするために無くてはならない、世界にとって”聖なる”力だ。
 その聖域を正五芒星でくくれば、その力は強大な物になり、このあたりの自然は極めて良好な状態で安定することになる。
 それは、この空港にとっても大きな利益となるはずだ。
 安全祈願と、空港の繁栄を願うなら、正五芒星、あるいは六芒星でくくるのが正しい。
 それを、よりにもよって邪悪な力を蓄え、世界の秩序を破壊するといわれる逆五芒星を作っているのでは、このあたりの自然現象がおかしくなって当たり前だ。
 聖域の力と拮抗しているから、この程度の気象の変動ですんでいるのだ。これが、何の霊的な力を持たない場所なら、このあたりは、人の住めない異常な環境になるだろう。
 単に方向を間違えただけか?
 いや、違う。
 これだけ大がかりな、しかも”正確な”逆五芒星を描くだけの知識を持つ者が、そんな単純なミスを犯すはずはない。
 完璧に計算されて作られたのだ。この邪悪の力の魔法陣は。
 では、何のために?
 一樹は、理解した。
 この逆五芒星は、竜族の力を、その聖域を封じるための物であることを。
 この結界のみをただ作るだけなら、周りの人間はそれを奇異に思うだろう。
 だが、巨大な建築物を上に作る、そのための基礎、土台とするなら、この太い柱も逆五芒星の魔法陣も隠すことが出来る。そして、五本の太い柱の存在をそれほど異常なことだとは思わないだろう。
 ただ、何故、竜族の聖域のことを、空港の設計者が知っていたのか?
 何のために、この聖域を逆五芒星で封じる必要があったのか?
 それが一樹には分からない。

 一樹の知らないことではあったが、この沖縄国際空港は、外国資本が導入されて建設された物だった。
 日本の建設市場の閉鎖性を打破するために、各国の首脳陣が政府に圧力をかけた結果、外国の一資本のみを受け入れることを政府は約束したのである。そして、それに参入した資本がヨーロッパのディルスト・コーポレーションであった。

 ディルスト・コーポレーション。
 世界でも、三本指に入る巨大資本。
 正体不明の巨大な資本をバックにあらゆる分野に進出し、わずかな時間で全ての産業の中核を握るまでに成長した、経済界の怪奇とさえ呼ばれる正体不明の異様な企業体。
 その実体は悪魔崇拝者(サタニスト)がその経営のトップに座す一種の宗教組織である。
 彼等の目的は、世界を彼等の”神”の予定通りに動かす為に、世界経済や各国政府の政策の根幹部分を自分達の手中に収めることだ。
 そして、いずれ行われる神の計画を、滞り無く遂行するために準備を整えるのが彼等の役目である。
 彼等、悪魔崇拝者が、キリスト教徒の総本山たるバチカンと敵対関係にあるというのは、世間では常識となっている。しかし、現実は全くの反対だった。
 悪魔崇拝者とバチカンは共に同じ神を持つ同じ穴の狢だったのだ。
 神の予言。それは、偽りの予言であった。
 異世界の神たるヤフェイに、この世界の予言をすることなど不可能なこと、しかし、予言を行って人心を掌握した彼にとって、予言が実現しない事は神の権威が失墜する事であった。
 そこで、ヤフェイは、自らの”予言”に従って、世界を動かす存在を作り上げた。
 それこそが、バチカン(正統派キリスト教)と悪魔崇拝者である。
 聖騎士団が、キリスト教の教典に存在しない邪教(と、勝手にヤフェイが決めつけている存在)を滅ぼす”影の”キリスト教徒なら、悪魔崇拝者は、神の予言に従い事件を起こし世界を混乱におとしめる、悪役を演じる”闇の”キリスト教徒であった。
 彼等は法王と秘密裏に綿密な計画を立て、正確にそれを実行して行く。そして、最後にはこの世界を神の”予言”通りの世界に仕立て上げるのだ。
 その最後の舞台で、脚本家にして主役たる、”神”は登場を果たす。あらかじめ決められたとおり、自らの”予言”に従って。
 その時、最大の障害となりうる竜族の干渉を防ぐために、このような結界がここに作られていたのである。
 現在、世界の大半がヤフェイの手中に落ちていた。だが、僅かに彼の支配から逃れている地域も残っていた。
 日本をはじめとする、アジア地域の一部である。
 アジア地域。特に日本と中国は、竜族を古くから神として崇めてきた。そのために竜族の影響と加護も他の地域より強く、ヤフェイの干渉を何度と無く耐え抜いていたのである。
 アジアや日本で、キリスト教が完全な主導権を握れなかったのは、ヤフェイに対抗しうる唯一の種族、竜族を強く信仰していたからに他ならない。
 そのやっかいな竜族の聖域の一つを、財力と政治力をもって、ようやく封印することに成功した。それこそが、この沖縄国際空港なのだ。

 そんな裏の事情を一樹は知らない。今の彼にとって必要なことは、この結界を破壊し、苦戦しているであろう、従姉妹の援護射撃をすることだ。
「どうする? 九羅座火。この結界破れるか?」
「・・・・難しいでしょうね・・・・」
 相手は、竜族の聖域を封じるために作られているのだ。その力は生半可な物ではあり得ない。
 少なくとも、竜族の下僕にすぎない彼には、荷が重すぎた。
「・・・・しかし、このまま手をこまねいていても仕方がないだろう?」
「確かに・・・・何とかやってみましょう」
 一つ頷いて、九羅座火は柱と柱の間、何もないように見える空間に力をたたきつけた!
 バチバチバチ!
 激しい火花を散らして、空間にある力の壁、目に見えない障壁と彼の力がぶつかりあう。
 火花が大きくなる。
 九羅座火が力を一点に集中し、何とか突破しようと力をねじり込む。

 ヴァチッ!
 一際大きな火花があがった、と、その火花の中から強力な力を持つ”何か”が、彼等に向かって襲いかかった!
 一樹がとっさに両手で顔をかばう、その直後、巨大な力が九羅座火を打ちのめす!
「ぐおおおぉぉぉ!」
「あづづ! 熱いい!!」
 九羅座火と一樹が同時に悲鳴を上げる!
 九羅座火の放った力が、そっくりそのまま、いや、倍に威力を増して本人に返ってきたのだ。
「・・・・どうやら、外部から攻撃を受けたら、自動的に反撃するように作られているようですね・・・・」
「あつつつ・・・・、用意がいいじゃねえか!」
 あえぎながら説明する九羅座火、悪態を付く一樹。
 かろうじて、防御結界によってその力を押さえることは出来たが、それでも、二人にかなりのダメージを与えるほどの威力があった。
 もう一度やったら、今度はただではすまないかも知れない。
「畜生・・・・どうすりゃいい?」
 一樹は必死になって考えた。これを何とかすれば、唯は奴を倒せるかもしれない。
 逆に言えば、これを何とかしないと、唯の身が危険なのだ。
「何とかならないか、柱そのものは?」
 一樹の問いに九羅座火は無念そうに答える。
「柱は頂点を構成しています、もっとも力が集中する場所に。
 つまり、柱の方が遥かに頑強に出来ているのです。この手の結界は」
 当然、その防御システムも、いまのとは比べ物にならないほど強力に作られているのだと九羅座火は補足した。
「じゃあ、どうすれば・・・・」
 唸りながら柱を睨み付けていた一樹だったが、ふと、有る物が目にとまった。
「・・・・あれは・・・・」
 見間違いか? そう思って目をこらしたが、確かに”それ”はあった。
「九羅座火、あれ・・・・」
 一樹が指で示した場所を九羅座火はじっと見つめた。
 やがて、ほうけたように呟く。
「・・・・傷?」
「だろう? やっぱり・・・・」
 頑強なはずの柱、彼等の視線はその裏側を注視していた。
 聖域に面した部分に、細かな亀裂が一面に走っているのである。
 それは極めて細かい物で、よくよく注意しないと分からない物だったが、全ての柱に同じ場所に同じ物があった。聖域に面した側に。
「どういうことだ? 頑強に作られているはずの物が・・・・
 手抜き工事か?」
「・・・・いえ、もしかしたら、これは・・・・」
 九羅座火には思い当たることがあった。
「最近、精霊達の活動が活発になっていることはご存じでしょう?」
「ああ」
 渋々、一樹は頷く。ニュースなどではただの集団幻覚で片づけられているその現象が、事実であることを彼は知っていた。
 何しろ、竜族の血を引いているためか、むやみやたらに精霊達に好かれる彼である。いつも見慣れた精霊の様子の変わりように鈍感でいられるわけがない。
 超常な力は殆ど持っていない彼だが、強い力を持つ精霊なら有る程度は見ることが出来た。さらに、彼の側には彼にも見える精霊が常につきまとっていた。
 その精霊は、貴重な双頭竜の片割れを失わないために、呪術等を防ぐためのガーディアンとして、一族の長老達が彼の側につけた守護精霊である。
 それほど目の利かない一樹にも見える強力な力を持つ精霊、その力がさらに強大になっていることを一樹は知っていた。
「白竜王様からお話をうかがったことがあります。
 異世界からきた巨大な力を持つ女神が、この世界を支えるために精霊達に力を与えていると・・・・」
「このヒビと、それにどんな関係がある?」
「精霊の力とは即ち、この世界の自然の力そのものです。そして、自然の力とは竜族の方々の力の具現・・・・
 精霊の力を高めることは間接的に竜族の方々に力を与えることでもあるのです」
 その説明に一樹も納得した。
「そうか、竜族の力が強まったから、その力の発生源である聖域の力も強まって・・・・」
 頷く九羅座火。
「ええ、結界に負担を与えているのでしょう」
 だが、九羅座火の見た所、それでも、この結界が頑強であることに代わりはない。
 いずれは内部の力の圧力に屈することもあるだろうが、それは何十年も後のことであろう。
 今直ぐに、どうにかなるものではなかった。
 どうするべきか、一樹は悩んだ。
 下手に攻撃は出来ない、すれば自分達の身が危ない。しかし、力押しが無理なら、その術を解呪しなければならない。それは、その術にかけられた以上の力量と技量を持って当たらなければとうてい不可能なのである。
「やってみるか・・・・」
 一つ呟くと、いつも持ち歩いている十得ナイフを取り出した。ナイフや缶切り、フォークやスプーンなどが一つになっている、アウトドア用の定番アイテムのあれである。
 何故、そんな物を持っているかと言えば、有ると便利であるからだ。
 唯に付き合わされていろいろな事件に巻き込まれてきた一樹にとっては、こう言った小道具が必要不可欠だった。
 じっさい、このナイフは長年愛用している物で、何度と無く役に立ってくれている。
 すでに、彼にとっては体の一部と言っても言い。
 プラスチックケースの中に数種類の道具が収まっている、その中から、ナイフを引き出し、そして、深呼吸をして目を閉じる。
「何をなさるおつもりです闇皇子!」
 異様な雰囲気に、九羅座火が声を上げる。
「こうするのさ!」
 そう叫んで、いきなり、自分の掌を突き刺した!
「いでえぇ・・・・」
「な! なにをなさっているのです! 直ぐに治癒を!!」
 目に涙を浮かべる一樹にあわてて治癒の術をかけようとする、が、それを一樹は断った。
「何故です、早く止血しないと・・・・」
「俺の血をあの柱にかけろ・・・・」
 その言葉で九羅座火は、一樹が何をしようとしているのか悟った。
「闇皇子・・・・まさか・・・・」
「あいにくと、処女の生き血じゃないからな・・・・どの程度の効果が有るかわかんねえけど・・・・
 かりにも竜族の血がまじってんだし・・・・なにもしないよりはましだろ?」
 血を供物として、呪術や召還を行うことはよくあることだ。
 医学的にも生物の肉体にとって重要な血液は、魔術や呪術においても大きな意味を持つ。それは、命を凝縮した命の水である。それを使っての術は使わないときに比べて、段違いの威力を見せる。
「無茶です! いくら血を代償としても、これほどの強固な結界、そう易々とは・・・・」
「時間がねえ・・・・ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、さっさとしろ!」
 怒鳴りつける一樹、それを聞いて九羅座火は最後の警告を出す。
「・・・・どれほどの血を必要とするか分かりません・・・・あるいは闇皇子の全ての血を使っても足りないかも知れません・・・・」
「それは困るな・・・・死なない程度で頼むわ・・・・」
 流石に命を懸けるほどの覚悟はなかった。
 一樹はこんな訳の分からないことに、命をはって戦う事はしない。
 だいたい、命を懸けて戦う。あるいは、命を捨てて勝つ。というのは彼に言わせれば、負け戦だ。
 どうせやるなら勝たなきゃ損。
 これが一樹の人生哲学だ。自分に出来ることはする。だが、全てを捨てて戦うと言う思考法は彼にはなかった。
「分かりました」
 あっさり納得する九羅座火。
 一樹が命を懸けていないのはむしろ、九羅座火にとってはありがたいくらいだった。
 九羅座火が結界の一部を触手と化して柱にのばす。その触手のもう一方を同じように一樹の掌にのばし、その傷口から流れ出る血を吸い取って柱にかける。
 そして、血をかけ始めてまもなく、ビシッという異様な音がして、血に塗れた柱に亀裂が入った。
『な!?』
 これには、九羅座火も一樹も同時に驚きの声を上げた。
 一樹は死なないまでも、貧血を起こすくらいの出血は覚悟していた。
 九羅座火は、全く効果が無いだろうと思っていた。
 その二人の不安をよそに、全くあっけないくらいに簡単に柱にヒビが入ってしまったのだ。
 余りのあっけなさに、呆然と見つめる二人(?)。その二人の眼前で、柱の亀裂は、一樹の血を一滴かけられる度に、どんどんと大きくなっていく。
 ビキビキビキ・・・・
 異様な音が響き続ける。
 二人の目の前で、ヒビはさらに大きくなる。それにあわせるかのように、一樹の血をかけていない、柱の裏側の傷もどんどん大きく深くなっていく。
 ベキベキ・・・・ピキッ・・・・
「・・・・見た目より、破壊が進んでいたのか・・・・」
 一樹の呟きを九羅座火は否定した。そこまで、柱が痛んでいるとは思えなかった。
 では、一体何が原因なのか?
「まさか!!」
 そう叫ぶと、いきなりきびすを返して、海中から飛び出した!
「な、何あわててる! まだ結界は壊れていないぞ!」
 九羅座火のただならぬ様子に、一樹は驚いて声をかける。
「あの結界は直ぐに崩壊します! それより、今は巫女姫のほうが!!」
 九羅座火のあせりように、一樹は不安が募ってきた。
 まだだ、まだ大丈夫だ。もしも、唯の身に何かが、致命的な何かが有れば、双頭竜の片割れである自分に分からないはずがない。
 それは、確信。だが、それなりの傷は負っているかも知れない。油断は出来なかった。そのためか、九羅座火のあせりが一樹にも伝染したらしい・・・・
「どういう事だ! 説明しろ!!」
 一樹が問う。
「おそらく、南深螺(ナミラ)殿は闇皇子に極めて近い存在なのです!」
 あせりのためか、九羅座火の説明は要点のみの物だった。当然、一樹には理解できない。さらに説明を求めると、早口で九羅座火は答える。
「南深螺殿は闇皇子と同じ、あるいは極めて近い性質を持つ存在なのでしょう。
 そのために、闇皇子の血に、あの聖域の力が共鳴反応、いえ、過剰反応を起こして、結界を破壊しているのです」
 それを聞いて、一樹の顔から血の気が引いたのは・・・・出血のせいではないだろう。
「奴が、俺と同じ? それじゃ、唯は!」
「巫女姫の力は、かなり押さえられているはず・・・・危険です!」
 九羅座火の声には焦燥の色が濃く出ていた。

「ほほう・・・・なかなか、頑張るな・・・・」
 南深螺は感心したように呟いた。
「我が結界の中でここまで戦えるとは・・・・正直驚いた。
 さすがは、白竜王の愛でし巫女、死なすのは惜しいな・・・・」
「それは、どうも・・・・」
 肩で荒い息をしながら、呼吸を整えつつ、唯は答えた。
「迂闊だった・・・・まさか、一樹と同類だったとは・・・・」
 一樹を自分の元から離したのは自分の力の全てを使うつもりだったからだ。
 一樹は双頭竜の片割れとして自分の力を制御する能力、いや、体質があった。
 そのために、彼と一緒にいれば力の暴走の危険や命の危険――自分自身の力による危険――はないが、逆に自分の能力を100%発揮できない。
 南深螺を倒すには100%の力を使いこなす以外になかった、その為に彼を九羅座火と共に陸へ返したはずだったが、よもや、自分の敵が一樹と同じ”質”を持っているとは流石の彼女にも見抜けなかったのだ。
 おかげで力の暴走の危険は無いのだが、力が十分に使えない以上、彼女に勝ち目はなかった。
 むしろ、今までもったことの方がよほど不思議なことであった。
「だが、いつまでも遊んではいられぬ。
 我を疎んじた者共への復讐もあるのでな・・・・」
 静かな目を、彼女に向けて南深等は再び問う。
「我が前から去るが良い、さすれば、同じ竜族。命を取ろうとは思わぬ。
 我としても、同胞の命を奪うのは好むところではない」
 唯と戦っている内に、彼の中に同胞へのいたわりの心が目覚め始めていた。
 それが、唯の存在とその力を認めた為なのか、あるいは、一樹が結界に傷を与えた為なのかは、不明であるが・・・・
 だが、唯はそれが、彼の心がよみがえっている兆候だと言うことに気が付いていた。
 このまま、何とか説得できないか?
 唯にとってはそれが唯一の望みであった。
「私のことを案じて下さるのは、正直なところありがたいと思います。
 私のことを同胞と認めて下さるなら、今回だけは引いてもらえませぬか?
 あなた様の怒り、私にも理解できますが、それならば竜族として正式に裁きを下せばよろしいでしょう。
 得体の知れぬ力に頼って竜族本来の姿を見失っては、他の者にも示しがつかぬのではないでしょうか?」
 静かに説得する唯の耳に爆音が届いた。
 米軍の偵察機が彼女達の存在を確認したのである。
「な! なんだあれは!!」
「化け物だあ!!」
 それを見たパイロット達は完全に混乱していた。
「この肝心なときに!」
 唯は、米軍の戦闘機を睨みながら、歯がみして唸った。

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