[ 三妖神物語 第一話 女神降臨 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第三章 事件勃発!

 事件は起こった、それも唐突に。
(全くもって許しがたい!一体俺の運命の女神は何を考えているのだ。
ついこの間までは大きな出来事も無く、平々凡々な運命を与えてくれていたのに、いきなり波乱万丈の人生を進路を押し付けてくれるとは!)

 竜一は我を忘れて心の中で罵った。
 さて、何故彼がそこまで怒っているのか、最初から説明するとしよう。
 事の起こりは何時もの通り、大学のキャンパスで、日向ぼっこをしつつ昼食を取っていた時である。
 不意に、そのとき竜一はトイレに行きたくなってしまった。
 生理現象に勝てる訳もない。彼は自分の傍らで半分眠っているようなミーに話し掛けた。
「ミー、俺はトイレに行ってくるから、ここで待っててくれ。」
”みー”
 と、いつものごとく挨拶を交わしてトイレに行き、5分ほどしてベンチに戻ってきた時、竜一の可愛い連れ合いはどこかへ姿を消してしまっていた。
 竜一は初め、ミーもトイレに行ったのかと思った。
 しかし、5分待ち10分待っても、ミーは戻ってこなかった。
「まさか!」
 竜一は慌てて、当たりを捜した、しかし、ミーの姿はやはりない。

(もしや! 誘拐!!)

 竜一はそう結論づけた。
 あれほど頭の良いミーが、自分に黙って行動する訳がないと竜一は思っていた。
 つまらない勝手な思い込みだが、既に竜一は、ミーを自分の家族として認識していた。
 そんな思いを持つのは、人間の勝手な言い分かも知れない、つまらない感傷かも知れない。元もと野良猫だったのだから、ただ単に遊びに行ったとも考えれられのだが、その可能性を竜一は全く考えていなかった。
 彼にとっては、もうミーは只の猫ではない。
 人間と対等、いや、竜一の中では彼女は人間以上の存在となっていた。
 そのため、竜一はミーに人間と同じ、いやそれ以上のことを望んでいたのかも知れない。無意識のうちに・・・。
 しかし、誘拐と言うのは少々オーバーかも知れないが、竜一の中では、既にミーは人間以上の存在となっているのだから、ミーを勝手に連れ去るのは、誘拐と同意義であった。なにしろ、ミーはかわいい。
 あれほど愛敬のある、かわいい、いや、美しい猫は滅多にいないだろう。
 黄金と淡く青味がかった銀の神秘的な瞳、艶やかな黒い毛皮に、まるで、計算し尽くされたかのような美しい銀の体毛で作られたアクセサリーを額と胸に持つ、美しい姿。
 猫好きでなくても、ついつい連れていきたくなる姿なのだから・・・。
 そのかわいい家族を、自分に何の承諾もなしに連れ去るなど!
 誘拐以外の何だというのか!!

 竜一は慌てて目撃者捜しに狂走した。
 学内に猫を連れてきたことが教授に知れたら、勿論大目玉である。
 しかしそんなことは、ミーの身の安全に比べたら取るに足りない事であった。
 一刻早くも見つけ出さなければならなかった。

 竜一が、それほどに焦るのには正当な理由があった。
 この大学には、三大恐怖と言われるクラブが存在したのである。
 竜一が、それほどに恐れる三大恐怖クラブ。
 それは、この大学の名物であり、学校と言う閉鎖された空間にのみ存在を許される、非合法的集団である。
 その恐怖を知れば、どんな人間も竜一の焦りが納得出来るだろう。

 恐怖その一は、機械工学クラブと呼ばれていた。
 元々純粋に機械工学をやっていたのだ。
 メカトロニクスを研究し、TVのロボットコンテストに出てくるような物を始めは作っていたのだが、趣味が高じて暴走を始めたらしい。
 とくに、話しによると電子工学にまで手を出してからその暴走度が酷くなったと噂されていた。
 竜一が入学する前のことであるが、土木作業用のロボットを作って実験したところ、大暴走が起こった。
 それが、普通の研究所で作られたような、非力できしゃなな代物だったならまだ救いもあっただろう。ところが、土木作業用にやたらに頑丈でパワーのある物であったから、事態はとんでもない方向に発展していった。
 暴走したロボットは部室を飛び出し、壁をぶち抜きドアを叩き壊し、挙げ句の果てに二階から、校舎の壁をぶち抜いて地面に墜落したのである。
 地面が土であったため多少の衝撃は吸収したかもしれない。しかし、自重だけでも200Kgを超えるはずのロボットは、多少ボディーにへこみを作っただけで、全く機能に支障を出さず平然と動き、辺りを破壊し尽くした。
 大木をへし折り地面をえぐって暴れ回り、そのまま校舎の外へ飛び出そうとした。
 その時、幸い(?)物理工学クラブの部長が趣味で作っていた手榴弾(!)によって、ようやく破壊し騒ぎを治めたという。

 その二、先程の話で出てきた噂の物理工学クラブ
 さっきの話を聞いても分かる通り、何と言っても部長が普通ではないのだ。
 とにかく危険極まり無い人物なのだ。いや違う、クラブには危ない性格の人間が集まっており、その中でも特に危険な奇特な人物が部長になると噂されているようなところなのだ。
 先ほどの趣味の手榴弾作成から、学園際爆弾騒ぎ、有毒物流失事件等、扱う物が物だけにその手の噂には事欠かなかった。
 その話の中で、学園際爆弾騒ぎが竜一にとっては一番身近な話しだった。
 何しろ彼が入学した当時の、つまり、竜一自身が体験したことだからである。
 去年の秋、学園際恒例のクラブ毎の出し物があったのだが、そこで、このクラブがやったことは、何と学園内爆弾捜しという酔狂極まり無いイベントだった!
 その内容と言えば、キャンパス内各所に仕掛けられた時限爆弾を捜し、それを解体するという非常識な物であった。
 学園内はどうなったのか?
 勿論パニック! ・・・・とはならなかった。
 パニックに陥ったのは、新入生、それも都外から来た者だけだった。
 在校生は勿論、学外の客達さえも、嬉々としてこの馬鹿騒ぎに乗っていたのである。
 呆れた竜一が先輩に話を聞けば、このクラブ、毎年似たりよったりの悪趣味な催し物を出し、在校生も客も皆慣れ切っていたのだ。
 クラブもクラブなら、先輩達もかなりのものであった・・・。

 そして、最後に控えるのは、生物クラブ。
 ここもまたかなり怪しい噂がたえない。
 何しろ、既にキメラやクローンの実験に成功しているなどという話しさえあるのだから・・・。
 勿論それは誇張である、だが、当たらずとも遠からずという所か。
 微生物の遺伝子組み替えや、掛け合わせ位なら日常茶飯事に行われていた。
 最近の噂では、人間の遺伝子と鼠と猫の遺伝子を細菌に組み込んだとか、犬と猫のキメラ(ただし受精卵)を作っていると言うものまである。
 噂が事実ならば、正規の施設ならP4レベルの危険な生物実験を、普通の大学の施設でやってのだからこれは大変なことである。
 しかも、例の機械工学クラブと結託し、生物の脳とコンピュータをリンクして機械の制御を行う、いわゆる生体機械の開発まで始めたと言われていた。

 もしも、ミーを連れ去ったのが、生物クラブの連中ならば、よくて、ミーのクローン作成(!)。
 下手すれば、脳解剖か、あるいは脳髄を取り出され生体機械に組み込まれるかも知れない。
 竜一がそう思ったとしても、大げさではないだろう。
 何しろミーの頭は、例のクラブの連中とは正反対の意味で出来が違うのである。
 興味を持つなと言う方が無理なことなのだ。

(わああ!こうしちゃおれん、急がなければ。まじでミーの命が危ない!!)
 不吉な予感に駆り立てられて、竜一は取るものもとりあえず、生物クラブと機械工学クラブの部室を覗きに行った。
 幸い、部室にはミーの姿は無かった。
 何人かの部員を捕まえて問い質してみたが、みな知らないと言う。
 とりあえず、ミーの命の方は心配ないようである。
 しかしどこへ行ってしまったのか、竜一がうろうろしていると、同じ講義を取っていた女生徒からそれらしき話を聞くことが出来た。

「黒い子猫? ああ、それならあれじゃ無いかな?」
「知ってるのか?」
「ええ、確か昼休みに髪の長い娘が抱いていたのをキャンパスで見たわ。」
「その娘の特徴は?」
「髪の色は、少し茶色っぽかったわね、染めてるのか地毛なのかは判らないけど。
 髪の長さは背中の真ん中位。体尽きは少し細目、背は中位かしら。
 金色の地金に青い石をはめたイヤリングを両耳にしていたわね、地金と石が本物かどうかは不明。
 紺のブラウスと、同じ色のスカート、靴は赤、眼鏡はなし、口許はピンクのリップ。
 目は大き目で、少々童顔。鼻は少し低め、唇は上が薄め、下は上よりやや厚め、左の口許に黒子があったわ」
 彼女は、ミー誘拐犯(?)の特徴をすらすらと答えた。
 よくもここまで覚えていると竜一が感心すると、画家志望で美術部員だという。
 なるほど、この観察眼の鋭さはそのへんから来るのか。
 竜一が、感心すると、彼女はさらに、種明かしをしてくれた。
「それに、あの子猫がとってもかわいかったからね、ずっと見てたのよ。そう、あの子猫、貴方のペットだったの」
 彼女の言葉に竜一は答えた
「ペットじゃない、あいつは俺の家族だ!」
 とにかく、これでミーを連れ去った犯人像は判った。
 竜一は、彼女に礼を言うと、大急ぎで周りの連中にそれらしき人物のことを聞きまわり、やっとの事でその消息を得たのだった。
 誘拐犯の身元がわかった以上、待っている必要は無い.
 早速、相手の家に電話をかけた竜一だったが、
「だだいま、留守にしております。御用の方は、このメッセージが終わり次第”ピー”という音が聞こえたら・・・」
 留守番電話のメッセージを聞き流し、竜一は受話器を置いた。
 竜一は、彼女の家に直接乗り込むことにした。
 彼は自分の家族を誘拐されて黙っているほど情に薄い人間ではない。
 歩きながら、どうやって話を切り出そうと思案していた時、いきなり、後頭部に鈍い痛みが走った。
 そして竜一の意識は闇の底に沈んでいった・・・。

 さて、そのころミーは、誘拐犯に抱かれてペット用品店の中をさ迷っていた。
「これが良いかな、瞳の色にあうものね。あ、こっちもかわいい」
 ミーの誘拐犯はとてもたのしそうに、ミーにつける首輪を探していた。
 猫に首輪と言うのも奇妙かも知れないが、ようするに飼い主の名前を書く名札のようなものである。
 色々なデザインや色鮮やかな首輪を眺めては、黄色い歓声を上げている。
 耳元で大声を上げられる度に、ミーがしかめっ面をしていることを、彼女は知らなかった。

(全くもう、きゃーきゃーうるさいんだから・・・・・・)

 ミーはそう思いながらも、大人しくしていた。
 彼女が、誘拐犯と一緒にいるのは、それなりの理由があった。
 彼女は、動き出す時を待っていた。
 彼女が竜一の傍にいるのは、ただかわいがられるためではない。彼女には竜一の傍にいる正当な理由があった。
 しかし、今のままではだめだ、このままでは、只のペットで終わってしまう。
 ミーには、それは我慢ならないことだった。
 何とか、自分が竜一の傍にいる正当な役目を果たしたかった。
 そのためにミーはわざと竜一から離れたのだ。
 その時が訪れ易いように、獲物が罠にかかるのをじっと待っていたのだ。彼女は、ハンターであり策士である。そして、それ故に獲物が罠にはまるのを待つことに何の抵抗もなかった。
 そして、彼女の予想より早くその時はやってきたようであった。

 来た!
 ミーは自分の待っていた時が来たことを知った。となれば、うるさい声に悩まされながら、見知らぬ女性に抱かれている理由はなかった。
「うーん、ねえ、猫ちゃんこれなんかどうかしら?」
 彼女はそう言うと、右手に青い首輪を持って自分の胸元に抱かれているはずの子猫に視線を向けた。
「あら?猫ちゃん?猫ちゃん!」
 彼女の胸元にいたはずの黒猫は、何時の間にかその姿を消していたのだ。
 その存在自体が幻だったかのように、跡形もなく消え去っていた。

 まるで、風にさらわれたかのように・・・。

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