[ 三妖神物語 第一話 女神降臨 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第二章 幻影の誘惑

 さて、悪友との掛け合い漫才から三日が過ぎた、そして未だに竜一は大学に彼女同伴で通っている。
 つまり、ミーを連れている訳である。
 初めのうちこそ、何故猫を大学なんかに・・・・と悩んだこともあったのだが、今では悩むのを辞めてしまった。
 竜一自身いい加減だとは思うのだが、どうしてもミーを連れていかなければならない気がするのだ。
 しかし、幸いなことに、今のところ問題は無いようなので、竜一はそれほど気にしてはいなかった。

 悪友の言う「事実は小説よりも奇なり」も起こらず、彼は今も、平穏な日々を送っているように思えた。
 しかし、それは過ちであった。彼の知らないところで事件は起っていたのだ。
 人々に知られぬように、静かに、足音を忍ばせて・・・。
 まさに「事実は小説よりも奇なり」、「災難は忘れた頃にやってくる」だったのである。

 ミーを拾ってから5日目
 竜一自身は、さして身辺に変わったことなどなかった。
 ただ、大学の中で、おかしな噂が流れ始めた。
 何でも、この町から、19才の男が、行方不明になっているらしい。
 その噂を竜一に話したのは、勿論悪友Aこと康夫である。

 竜一がその話を聞いたのは、何時もの通り大学のキャンパスである。そこは冬でも太陽が照っている時はそこそこに温く、日向ぼっこにはおあつらえ向きであった。
 勿論、そこにあるベンチと隣に生えているイチョウの大木は、彼の可愛い”お嬢ちゃん”のお気に入りである。
 そのベンチに腰をかけているのは、竜一と、康夫、そして、彼の膝の上で丸くなっているミーの三人(?)だけである。

「ただの噂だろ?」
 竜一は、康夫の噂話を真面目に取り合わなかった。
 当然のことである。普通の人間は何か事件や事故があっても、自分だけはそれに巻き込まれないものだと堅く信じているものなのだから。
 だからこそ、航空機の事故があれほど頻発しているのに、航空機に乗ることが出来るのだ。
 交通事故がこれほど溢れているにもかかわらず、スピード違反をするものが後を絶たないのもそのためである。
 自分は絶対に大丈夫。自分でそう思いこんで生きていけるおめでたい生き物。
 それが、人間である。
 もっとも、だからこそ、これだけの文明を維持していられるともいえる。
 自分自身の背中に危機が迫っていても、笑って暮らせる鈍感さこそ、人類の最大の特徴かも知れない・・・。
 竜一も勿論普通の人間だった。当然、そんな噂等、他人事と笑っていられたのである。
「そうは言うがな、実は、俺と同じ講義を聞いていた友人が、二日前から行方不明になっている」
「彼女とどこぞへ旅行にでもいったんじゃねえのか?」
 康夫の言葉に竜一は、面倒くさげに答えた。
「そいつの彼女は、ちゃんときてる。おまけに彼女も行き先を知らんらしい」
「んじゃ、新しい彼女を作って逃げたんだ。そーに決まった」
 竜一がそう言うと、康夫はジロリと彼を睨んだ。
「お前、真面目に聞く気あるのか?」
「無論、無い!」
 間ぱつ入れずに断言する竜一。
 当たり前である。竜一は今、冬季試験のことで頭が一杯なのだ。そんな訳の判らない話に付き合うほど、暇ではなかった。
 しかし、康夫はなかなかしぶとかった。
 竜一は内心、こんな事には付き合いたくないと思っているのだが、強引に竜一を話に引き込もうとする。
「まあ聞け。そもそも、何故この町で、19才の男ばかりが失踪するのか、俺は考えた。そして、俺の推理は明確な解答を得た」
「ほほう」
 小馬鹿にした竜一をあえて無視する康夫。
「その原因は、その娘だ!」

 ビシイッ!

 力強く康夫は、竜一の足元を指差した。そこには言うまでも無く、彼の可愛い居候が、彼の膝の上で丸まっていた。
「あのなあ。どこをどー突けばそんなあほな結論が出てくる訳?」
 竜一は力の無い声で、康夫に尋ねる。
「ふっ、知れたこと。この町で失踪事件が噂され出したのは、そのお嬢ちゃんがお前の所に居候してから間も無くの事だ。更に、誘拐されたのが総て男で、しかもお前と同じ19才の連中ばかり。となれば、これはそのお嬢ちゃんを取り戻すためのものである可能性が極めて高い。どおだ!完璧な推理だろうが!!」
 竜一は頭を抱えてうずくまった。
(一体どこが完璧な推理なんだ! ええ、おい!)
 付き合い初めてすでに丸一年、まさかこんなに悪のりする奴だとは、今の今まで知らなかった。
 竜一は今日まで彼との友情を保ってきたことを、一瞬本気で悔やんだ。
「だいたいだな。俺がミーを拾ったところを見た奴はいないんだ。それなのに、何故、俺と同じ年の人間を誘拐するんだよ」
「そこはほれ、巨大な敵という奴は、どんな情報網を持っているか分からんからな」
「ほほー」
 竜一はジト目で、康夫を見つめた。
「そんな情報網を持っているなら、とっくの昔に俺を捜し当ててもいいはずだがなあ」
 竜一がそう言うと、康夫は、溜息を尽きながら呟いた。
「ちぇっ、もー少し乗ってくれてもいいじゃねえか」

 ・・・・・・全く困った男であった。

 とにもかくにも、悪乗りしやすい悪友からやっとの事で解放され、午後の講義も無事に終わり、竜一はアパートへ一端戻った。
 部屋の炬燵のスイッチを入れ、温まるのを待ってから、ミーをジャンパーの胸から出してやると、あっというまにミーは炬燵布団に潜り込む。
「良いかミー、俺はこれから、レストランのウエイターのバイトに出掛けなきゃならん。ここで大人しくしているんだぞ、良いな」
 竜一は幾つかバイトをかけもちしていたが、今日は、ファミリーレストランのウエイターをする日であった。
 いくらなんでも、食べ物を扱うところに猫を連れていく訳にはいかない。
 竜一はとりあえず、小皿にこの間買ったばかりのキャットフードを軽く盛って、
 ミーの前に置いた。
「じゃ行ってくる。腹が減ったらそれを食べてな。帰りはそんなに遅くならないから。
 あ、炬燵で寝る時は、火傷に気をつけるんだぞ」
 竜一は、内心苦笑した。これはどー考えても、妹や、娘に向かっていう台詞である。
 どうやら、気付かないうちに、竜一の頭の中では、ミー=妹、の公式が出来上がってしまったらしい。
 竜一の心の内を知ってか知らずか、ミーは彼を見つめながら愛らしく一言。
”みー”
 と鳴いて見せた。
(本当ーに可愛い奴)
 にこにこと笑う竜一は完全に猫馬鹿、いや、兄馬鹿となっていた・・・。
 さて、竜一は今、バイトの真っ最中であった。
 時間は、午後7:30
 この手のファミリーレストランは、これから本格的に忙しい時間を向かえる。
 どんどん人が来る、注文が殺到する!
 一生懸命メモをとり、カウンターに戻ると同時に両手一杯に料理を運ぶ。

 バイト料がいいぶん、おもいっ切りこき使われる、まさに重労働であった。
 しかし最近の竜一は、この仕事を始めたことを少し後悔し始めていた。
 どうしても我慢出来ないことが多いのである。
 別に、仕事が辛いから後悔し始めた訳では無い。
 仕事の辛いのはまだ我慢出来る、彼は割と忍耐強いのだから。
 竜一にとって我慢ならないのは、彼が滅多に食えないようなぜーたくな料理を、へーきな顔して注文する客が多いためだ。それも、一人で何種類もである!!
(でええええい!一品千円も二千円もするよーな物を、ほいほい注文するんじゃねー!!こちとら、一日の食費が千円そこらで暮らしているというのに!)
 思わず握り拳を振わせて、心の中で吠える竜一。
 そんな客を見ると、後ろから蹴り付けたくなる衝動に狩られるが、相手は大事な御客様。
 御客様は神様です。
 神様に手を上げるなど、もってのほか。
 必死になって怒りを呑み込むが、そんな事をやっていては精神衛生上良い訳がなかった。
 しかし、ここよりいい条件のバイトがそう無いのも確かである。
 いや、時給とか、そういう点では良いところは幾つかあったのだが、時間の問題とアパートからの距離の問題があった。
 バイト時間・距離・時給、この三つが総て合格ラインにはいっていたのは、このレストランと、書店のバイトだけであった。
(ううう、しかし・・・)
 正面のテーブルの客が、何かを注文したらしい、それに気がついて竜一は心の中で叫んだ。
(あああああ!そこ!そのロブスター、一体いくらすると思ってるんだ!この贅沢者おおお!!)
 などと、竜一が、内心で金持ち客を罵っていた時、彼女は訪れた。
 カランカラン
 ドアに付いている、小さな鈴が、音を立てる。
 新しい客が入ってきたらしい。
 ”らしい”というのは、竜一が他の客の料理を運んでいたため、そちらを見る余裕がなかったのだ。ただし、余裕があっても、わざわざ入り口を見るつもりなど無かっただろう。
 しかし、その客に声をかけた別のウエイターの声が気になった。
「い・いらっしゃいませ」
 随分と上擦った、変に緊張した声である。
 そんな声を出させた客とはどんな奴なのか?
 興味半分で入り口を見た時、竜一は一瞬、息を飲んだ。

 そこに立っていたのは、13〜15才位の少女だった。
 しかし、この安っぽい、一般向けのファミリーレストランに訪れるにしては余りにも場違いな存在だった。
 瞳は左右の色が違う神秘の相貌。右が金色、左が極僅かに青さを含んだ銀色、

 正しく、”金銀妖眼”。

 俗に言う”金銀妖眼”は瞳の色が違う場合を言うらしいが、彼女の瞳は、文字通りの”金銀妖眼”なのである。
 額と胸には、美しい宝石に飾られた銀の精巧な細工がされたアクセサリーを付け、夜の闇を切りとり編み上げたような、つややかで美しい、漆黒の髪が腰まで伸びていた。
 その顔は、膚の色をみる限り、薄めではあるが東洋人に思えた。
 しかし、目鼻立ちはすっきりしてほりが深く、美しさと同時に、厳しさと威厳を感じさせる。
 まるでどこぞの王女、否、幼い女神のような気品をさえ感じさせる。
 全身は、黒ずくめ、というより、真っ黒な、品のいい、しかし、この場にはぜえったいに似合わない、ドレスともマントともとれる衣装を着込んでいた。
 その少女は迷わず、その二つの瞳で、あろうことか竜一をじっと見つめたのである!
 慌てて竜一は、視線を反らし何食わぬ顔で仕事を再会した。

 チクチクチクチク

 ううう・・・、視線が痛い・・・・・。
 さっきから、竜一の背中には、気になる視線が突き刺さっていた。
 確かめるまでも無い、あの少女の物だ。
 一体何だと言うのだろうか?
 店に彼女が入ってきてから、既に十数分もの時間が過ぎている。
 その間中、ずっと背中に彼女の視線を感じているのだ。
 別に特別な格好をしている訳ではない、ちゃんと、このレストランの従業員用のユニフォームを着ているし、アクセサリーの類もつけてはいない。
 そんなに注目されるはずはないのだが・・・。
「おーい、神崎、ちょっとこい!」
 カウンターからお呼びがかかる。
 この声は確かめるまでも無く、ウエイター長であった。
 竜一はカウンターに急いだ。
「なにか?」
 カウンターには、ウエイター長が困った顔つきで彼を待っていた。
 顔はハンサムとはいいがたいが、愛敬があり、少し太り気味の体と合わせて、いかにも人のよさそうなおじさんと言う感じである。
「いや、あそこのお客さんから依頼を取ってきてほしいんだが・・・。」
 心底困った口調で竜一に言う。
「何でまた?」
 理由はある程度予想はつくが、一応竜一は尋ねた。
 別に意地悪心を起こした訳ではなく、彼自身が納得したいだけのことである。
 彼は以外とわがままだった。
「いや、他の奴らが、あのお客に近付きたがらなくってな。」
「何かまずい事でも?」
「いや、皆あの目が恐いと言うんだ。それに、何となく近寄りがたい雰囲気があってな。」
 竜一は軽く肩をすくめた。
 どうせそんなことだろうと彼は思っていた。
 確かにあの瞳で見つめられたら、大抵は、魅入られるか、射竦(いすく)められるかのどちらかであろう。
 しかしそんなに近寄りがたいのだろうか?
 竜一には理解に苦しむ。
 あの瞳だって綺麗だし、近寄りがたい雰囲気は感じるが、人を拒絶しているわけではない。
 だが、そう思っていたのは竜一だけであった。
 それが、遠い、余りのも遠い過去の思い出による親近感だとは、竜一には想像も出来ないことだった。
 とにかく、何時までもお客様をお待たせする訳にもいかないのだ。
 竜一は注文を取るために、急ぎ足で少女のもとに向かった。

 しかし、これは少し気まずい構図であった。
 幼いながらも、彼女の美貌は、店の中の総ての客の注目の的である。
 その相手に竜一は、真っ直ぐ歩み寄る。しかし・・・。
 自分自身をじっと見つめる少女に向かって彼は歩いている訳であるから、とにかく目立つのである。
(あああ!この雰囲気には耐えられん!めちゃくちゃ居心地が悪い!俺はこーゆう目立つことは嫌なんだよう、苦手なんだよう!)
 竜一は、心の中で悲鳴じみた愚痴をこぼすが、愚痴を言ったところで話しがすすむわけではない、覚悟を決めて彼女の席まで行くと、営業用の笑顔を作る。
 彼女は、相変わらずに竜一をじっと見つめている。
 微かに頬がひきつっているのが自分でも分かる。が、竜一はあえて気にしないことにした・・・。
「御注文はお決まりですか?」
 努めて平静を装い、何時もの声で尋ねる。
 彼女は愛らしい唇を動かして言葉を紡いだ。しかし、それは彼の予想を越えた意外な物だった。
「危険が近付いているわ。気を付けて。」
「は?」
 竜一は訳が分からずに、間の抜けた声を出した。
「貴方の身に危険が近付いているの、気を付けて。もしも、危機に陥ったら私の名を呼んでね。きっと助けるから」

(な、なんなんだ一体?危険が近付いている?助ける?なんかの冗談か?それとも新手のナンパか?)

 少女の謎めいた言葉に、完全にパニック状態になる竜一。
 いや、いくら何でもナンパするような娘には見えないし。
 ひょっとして、よくある悪戯テレビ番組か?ドッキリカメラとか何とか。
 竜一は頭の中で、もっとも現実的な答えを導き出した。
 そうすると、ふつふつと怒りがわいてくる。
 そのまま、頭の中で罵り続ける。
 何しろ、竜一はあの手のTV番組が大嫌いだった。
 だいたい、人を騙してなにが面白いのか、悪趣味の極みである。
 あんな番組を作る者は、頭の螺子が抜けていると竜一は堅く信じている。勿論、それを見る者はそれ以上に悪趣味な存在だと。
 考えてみれば、こんな所にこんな風変わりな娘が来ること自体、既になにかの演出に見える。

(そおか、ウエイター長もぐるになって俺をはめようってんだな!その手にのるか!)

 自分で結論を付けて行動しようとした時、竜一はふと思いなおした。
 どうせなら、最後まで付き合ってやろう。その方が面白そうだ。
 そう考えたのである。
 何故その時そう思ってしまったのか、それには別に深い意味などなかった。
 ただ、何となく、話の続きを聞いてみたかったのだ。
 とにかく話を合わせよう、別にウエイター長が知っているのなら、急がなくても良いはずである。竜一は開き直ってお芝居を続けることにした。
「君の名前は?」
 竜一は、彼女に尋ねた。
 助けが欲しい時名前を呼べと言うからには、名前が分からないとどうしようもないのだから。
 当たり前のことであるが、しかし、彼女は、少し困った表情で頭を振った。
「私から名を明かすことは禁じられいるの。
 でも、貴方は、私の名を知っているはず。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 竜一は慌てた。
 そんな事を言われても、彼女とは初対面のはずだ、名前など知っている訳がない。
 一度でも会ったなら、こんな印象深い娘を忘れるはずはない、いや、忘れたくとも忘れられないだろう。
 金銀妖眼で、女神のような気品に溢れた少女なのだから。
「知ってるもなにも、俺、あんたとは初対面だぞ!」
「この世界で、この姿では初対面なのは認めるわ。でも、以前は一緒に暮らしていたのよ。それに、この世界でも既に会っているの。別の姿でね。」
 どうも話が怪しくなってきたようである。
 一体なにがなにやら、竜一にはまるで分からなかった。
(俺が彼女にあった?どこで?
 彼女と一緒に暮らした?いつ?)
 やっぱりこれはたちの悪い悪戯だ、どこかでテレビカメラが回っているに違いない!
 そう結論づけた竜一は、それでも、彼女に話しかけた。
「お嬢さん、いい加減にして下さい。俺は忙しいんだ、悪戯や冷やかしなら戻らせていただきますよ。」
 溜息混じりに、それでも語意が粗くならないように注意しながら、竜一は少女を見下ろした。
 すると彼女は、すこし悲しそうに、じっと彼を見つめるではないか!
 これではまるで、竜一が彼女を苛めているようではないか。
 気分はほとんど悪役であった。
 なにしろこの美少女は、店中の視線を集めている。これでは、周りの客達からどんな風に思われるのか竜一は気が気ではない。
 何しろ客商売なのだ、客の評判が悪くなれば、あっさり”くび!”である。
 彼はちらりと、周りを盗み見た。そしてそこには、想像通りの目が彼を見ている。

(うわああ、お客の視線が白いいい!!
 やめてくれ!そんな目で見ないでくれ、俺が何をした?何をしたと言うのだ!何もしちゃいない、何もしてないのにい!)

 竜一は、心の中で叫んでいた。
 やっとの事で竜一が立ち直った時、彼女の表情も大分穏やかになった。
 いや、それは、諦めを含んだ穏やかさであった。
 彼女は再び、その美しい唇から、美しい声で言葉を紡ぎ出した。
「これだけは忘れないで。
 私は、貴方が心から私の助けを求めない限り、貴方が私の名を思い出さない限り、決して貴方に力を貸せないということを」

 竜一は頭痛を感じていた。
 冗談だと思いたいが、彼女は本気の様だ。
 これが演技なら目の前の少女は、間違いなく稀代の名優であろう。
 しかし、これほど美しく、風変わりな(なにしろ金銀妖眼!)美少女女優が噂にならないはずはない。
 それに、ドッキリカメラ等の悪戯番組に出るのは、愚にもつかない、大根役者のアイドルタレント位しか出ないはずである。
 するとこの娘は、頭がおかしいのだろうか?
 いや、そんな風には見えない。
 頭がおかしいならば、話のつじつまが合わなくなるはずである。それに、頭がおかしい相手にこれほどの威厳を感じるとは思えない。
 しかし、この娘は、言う事こそ突拍子もないが、一応話の流れに矛盾はない。
 竜一は思わず苦笑した、これではまるで三文小説のノリである。
 ある時、正体不明の美少女が主人公の前に表れ、意味不明の思わせ振りな台詞を言って、謎かけをする。
 その謎に頭を悩ませている間に、主人公の周りではおかしな事件が続出し、ついにその魔の手は主人公自身にふりかかる。
「ははは・・・・。」
 力無く笑う竜一。
 これでこの娘がいきなり消えて、竜一以外の人間が、そのことを綺麗さっぱり忘れていたら、文字通りファンタジー小説の黄金パターンである。
(しかし、人が月に行く時代にんな事あるわけないよなあ、ははは。)
「はははは・・・。」
 彼が力無く笑っていると、怒声が飛んできた!
「おい!なにしてるんだ、早く仕事せんか!」
 ウエイター長のだみ声が、妄想していた竜一を現実に引き戻した。
 竜一は慌てて、視線を少女に向けた。

(そうだ、俺は彼女の注文を受けにきていたのだ。この娘が何を考えてこんな事を言っているのか、俺の知ったことでは無い。今、自分がすべきことは注文を取ることだ!)

 現実にたちかえった竜一は、自分の職務を遂行すべくメモを片手に営業スマイルを向けた。が!
「え?」
 その時、竜一は絶句した。彼は自分の目を疑いたくなった。
 何故か・・・。
 目の前の席は、彼の前の席には・・・。
 そう、空席。
 何もいなかったのだ。
 少女も、何も、そこには何もいなかった・・・。

「こんなことがあっていいのか?」
 アパートへの帰り道、竜一はぶつぶつ文句を言いながら、帰路を急いでいた。
 あの後、竜一はウエイター長や仲間のウエイター、さらには、店に居合せた友人たちに聞いてみたが、誰一人あの娘のことを覚えている者はいなかったのだ。
 夢でないことだけはわかっている。
 彼は確かにあの少女と会った。話もしたのだ。しかし、その証拠は、竜一の記憶だけであった。
 他には何一つないのである。
 完璧にファンタジ−小説のノリだった。

「よせよなあ、俺を小説の世界に引き込むのは。」
 はっきり言って竜一は、彼自身の人生以外で主役になるつもりはさらさらない。
 他人との関わりにおいては、彼は常に脇役にしかならなかったし、それを心よしとしてきた。
 第一面倒臭いではないか。
 お話の主人公のように、問題にぶつかって、望みもしない試練やら、困難やらにさらされて、ぼろぼろになりながら前進する。
 考えるだけでも身の毛がよだつ。
 気楽に気ままに、のんびり生きるのが彼のモットーであった。

 主人公なんぞ願い下げだ!
 しかし、竜一のそんな願いなど、彼女には聞こえてはいなかったのだろう。
 明らかにあの娘は、彼を何かに引きずり込もうとしているのだ。しかも、本人の承諾もなしに!
 全く許しがたい存在であった。
 竜一は、彼にしては珍しく、本気で腹を立てていた。

”みー”
 自分の部屋の前に立ち、ドアを開けると、聞き慣れた可愛い声が竜一を出迎えてくれた。
 彼の居候は、既にかけがえのない同居人、いや、家族となっていた。
 この声と可愛い姿を見て、竜一の怒りも鎮火しつつあった。
「いい子で待ってたか?」
”みゃうん”
 何時もの通り、竜一の問いかけに、律儀に声をかけてくれる。
 竜一は、この小さな家族に、つい愚痴を零してしまった。
「なー、ミー、今日はえらい事件が有ったぞ。
 俺のバイトしていた店に、正体不明の美少女が現れて、いきなり訳の判らんことをほざいてな。挙げ句に、それを俺しか覚えてないときた。
 いやーあれは傑作だったぞ。
 しかし、人に断りも無く事件に巻き込もうなんていい根性してるよな。
 な、そう思わないか?ミー。」
 その時、不意に、竜一はミーの目が気になった。
 なにかを言いたげな、それでいて、言うことを許されず黙っている。
 そんな雰囲気をミーに感じたのは・・・。
 そう言えば、あの少女の瞳はミーと同じ色だった。
 髪は黒くて、額と胸には銀と宝石のアクセサリー・・・。
 人間臭い仕草と、人の言葉を解する黒猫・・・。
 同じ目の色、額と胸の銀の模様・・・・・・。
 竜一は慌てて頭を振った。

(冗談ではない。どこをどーやれば、この小さい子猫が人間になると言うのだ!
 大体、常識的にも、物理的にも不可能ではないか!!
 偶然だ、そうに決まっている。俺が決めた、今決めた!)

 自分自身に納得させるために、竜一はそう考えた。いや、そう考える様にしたのだ。
 それにそんなことを考えている余裕など竜一には無かったのだ、何しろもうすぐ試験があるのだから。
 竜一は、自分とミーの分の晩飯を作ると、自分の分を炬燵の上に置いて、試験勉強を始めた。

 炬燵に体を預け、静かな寝息を立てる竜一。
 試験勉強の途中で、そのまま寝込んでしまったのだ。
 こんなことは滅多にないことである。
 おそらく、バイトの疲れも勿論あったのだろうが、それ以上に、精神的な疲労が大きかったためであろう。
 竜一自身が気付くことはなかったが、それは、あの少女との出会いのためだった。
 太古の過去の記憶、彼女と出会ったことが引き金となって、それを思いだそうとしたのだ、しかし、その意識は巨大な力をもつ封印に阻まれた。
 その封印に意識の一部が抵抗したために、彼は自分で気付かぬうちにかなりの消耗を強いられていたのだ。
 そのことに、ミーは気付いていた。
 ミーの可愛らしい口から、溜息と、呟きが洩れた。
「思ったよりメセルリュース様の封印は強いようね。」
 ミーの口から洩れたのは、信じがたいことに人の言葉であった。そしてその声は、確かにあのレストランに現れた謎の少女のものであった。
「子供の姿とは言え、私の姿を見ても封印が解けないとなると・・・。」
 ミーは、溜息をついた。
 封印が強いのはある程度覚悟していた。封印をかけたのは、彼女の元の世界で最も強い力を持つ女神であり、創造神の娘メセルリュース様なのだから。
 しかし、それでも竜一、いや、彼女の主人の力ならば破れない訳ではない、竜一が本気で封印を拒んだのなら。
 だが、どうやら竜一は今の生活に満足しているらしい。だからこそ、封印を本気で解こうとはしないのだ。
 そのことを、ミーは痛いほどわかっていた。
 遥かな昔、彼がまだあの世界にいた頃、その強大すぎる、神をも超えると言われたその力のために、どれほど苦しんでいたのか、どれほど孤独であったか。
 家族からは勿論、人間世界そのものからも存在を拒絶された、その寂しさから逃れるために、彼女たちを作ったのだから・・・。
 今の彼は、力を持たないが故に孤独ではない。少なくとも、この世界から爪弾きにはされていない。
 この生活を壊したくないという彼の思いが、メセルリュース様の封印と手を組み、彼の記憶と力を封じていることを。
 彼女としても出来るならば、このままそっとしておきたい、しかし、それを許さぬ者が存在することを彼女は知っていた。
 そして、その存在がいずれ彼の元に、その汚れ切った欲望の手を延ばして来る事も・・・・。
「やはり、少々荒っぽいけど、この手しかないわね。」
竜一を見つめて、ミーは寂しげに呟いた。
 たとえそれが、今の竜一の今の生活を壊すことになろうとも、彼を守るためにはやむを得ないことなのだ。
 闇の中で、ミーの美しい瞳が静かに輝いていた・・・

1 / 2 / < 3 > / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10

書架へ戻る