[ 半熟妖精記 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第四章 激突!!

「……何であんたがここにいるのよ……」
「助けてやったのだが、いけなかったか」
(落ちついて! 助けて貰ったんだから、もう少し穏やかに話しましょう)
 フィレンの言い分にも耳を貸さず、少女は目の前の男を睨み付けた。
 ファフェニール近くの街道、ちょうど少女がダークエルフ達に拉致された辺りで二人は睨み合っていた。より正確を期すならば、少女の方が一方的につっかかり、男はそれに答えているだけであったが。
 少女を助けた後、男はファフェニールの近くまで来ると、彼女の体内に残っていた薬を解毒し、眠りの魔力を消し去った。初めは呪文だけかと思っていたが、なかなか目を覚まさないので身体を調べたら、太股にある針の痕をみて、薬物の存在に気が付いたのである。あとは、状況から睡眠薬の類と判断し、解毒術を使って目を覚まさせた。その直後から彼女の視線は冷たかった。
「……これで恩を売ったつもり? はっきり言ってあたしはあなたを信じていないんだからね」
「何故?」
 男には彼女の怒りを理解できない。素直に尋ねると少女は怒鳴った。
「あなたがあのダークエルフの仲間じゃないという保証がない!!」
「………」
 これには流石に彼も絶句した。
「……何でそうなる?」
「あまりにタイミングが良すぎるわ!!
 あたしを彼等から助けたように見せかけてあたしを信用させて、後々何かするつもりだったんでしょ!!」
「たまたま出くわしただけだ。縁があっただけ……」
「嘘! 唯の気まぐれでダークエルフに戦いを挑む無謀な人間が、何処の世界に居るって言うの!!」
 憤っている少女に対して、戦士の方は殆ど感情の変化が無い。それがさらに少女の神経を逆撫でする。
 だが、少女の不信は当然のことだ。
 人間がダークエルフに戦いを挑むのはかなりの危険を伴う。戦場でいきなり出会った場合などを除けば、人間がダークエルフに戦いを挑むには十分な準備と綿密な作戦が欠かせないのだ。気まぐれで簡単に戦いを挑めるような相手ではないはずなのだ。
 それを考えれば、彼女の言い分は正しく、そう指摘されると彼としては沈黙するしかないのである。
 困惑する男に助け船を出したのはフィレンだった。
(いいえ、人間でもダークエルフと戦える者はいるわ。極少数だけど……)
「ダークエルフと戦える人間? そんな者が本当にいるの?」
 少女には信じられない。ダークエルフは極一部分を覗いてあらゆる点で人間を凌駕する能力を持っている種族である。そんな者を相手に勝てる人間がいるなどとは……
(本当にいるわ。ただ、例外中の例外で滅多に会えないけどね……)
 フィレンはそう言うと男の方に視線を向ける。普通の人間には精霊の姿は見えないが、初めてあったときから彼がそういう者を見る力を持つ者だということは分かっている。
「そういえば、家でも何か含みのあることを言っていたわね。もしかして、彼がその噂の主なの?」
 疑問を提示した少女にフィレンはためらいがちに頷いた。
(そう……、ただ一つ疑問があるけど)
「疑問?」
(年齢が合わないのよ。私が知っている人物と彼とでは……)
「年齢?」
(ええ、私が知っている人物はもっと……)
 フィレンの言葉を聞いて男は頷いた。
「分かった。私の事を話そう。そちらの精霊のお嬢さんや君が納得してくれるかどうかは分からないが……」
 そう言いかけた彼だが、視線を街道沿いに生えている木の一本に向け、睨み付ける。
「……もうかぎつけられたか……」
「え? まさか! ダークエルフ!?」
 慌てて立ち上がり彼の視線を追ってみるが、彼女にはダークエルフの姿も気配も感じられない。
 何処にいるのか分からず、苛付いた彼女は男を睨み付けた。その視線に気が付いた男は無造作に腰の長剣を振るってみせる。以前、彼女の魔力を打ち消したときのように。
 そして、その力に幻惑の衣を引き裂かれレザイアはその姿を現した。
「!!!」
 真正面に現れた彼に驚いて、少女はとっさに男の陰に隠れた。
「あんた! やっぱり仲間なの?」
(落ちついて!)
 少女の叫びにフィレンが慌てて窘めた。
「違う。第一、仲間なら君を助けてここまで運んでくる必要など無いだろう」
「……それは……そうかも知れないけど……」
 殆ど、感情を表さない彼の言葉に、自信なさそうに呟く少女。確かにそう言われてみればその通りだった。少し猜疑心が強くなっていることに自分でも気が付いてはいたのだが、こうも自分の行き先を正確にかぎつけられては全てを疑いたくなるのは仕方がない。
 それは男も同様だったらしい。完全にまいたと思っていたのにこんなに早く追いつかれるとは思っても居なかったようだ。
「随分と早いな……何か目印でもあるのか?」
 レザイアを睨み付けながら男は小さく呟いた。
 その呟きに少女は、はっとなって自分の懐から大きめの財布を取り出した。言うまでもなく、間抜けな神官(ゼラフェル)から失敬したあの財布である。
 今までごたごたしていたため、落ちついてその中を確認していなかった。だが、考えてみれば露骨に怪しいではないか。何故今まで気が付かなかったのか。自分の迂闊さを罵りながら財布の中身を確認する。
 中を覗いてみると案の定、財布の中には金貨や銀貨などの貨幣のほかに、何やら得体の知れない表面に複雑な文様を刻み込んだ小さな石が入っていた。
「これって……」
 その石を掌に載せて見てみれば、微かではあるが奇妙な波動を感じる。有る特定の魔力に反応するように作られた紋章に違いない。
「なるほど……それが目印となっていた訳か」
 少女からそれを受け取ると思いっきり街道沿いの森の中に投げ捨てた。
「どうやらばれてしまったようだな」
 レザイアはその様子を見て呟いた。今までばれなかったのが不思議なくらいだ。
 それに、どのみちもう後は無い。ここで取り逃がせばファフェニールに逃げ込まれてしまう。あれだけの規模の都市に逃げ込まれたら、いくら彼等でもそう簡単には手を出せない。もはや神官証には存在価値はないのだ。
「さて、今度こそ決着を付けさせてもらおう」
 既に腰の剣を抜き放ち油断無く構えている。流石に、男の非常識な速さを警戒しているようだ。
「……彼女一人くらい見逃してもよかろうに。そうムキになることも……」
「そう言うわけにはいかん。我々にとって子供は貴重な戦力。
 ましてや、大妖術士ベフェル様の落とし子となればな」
「そうか……」
 気のない呟きをもらして再び剣を振るうと、左右に隠れていたダークエルフも姿を現した。
「やはり気付かれていましたか……呆れるほど勘のいい男ですね……」
 男の右側で油断無く構えるセリジェ。男の左を固めるバリアとタムも剣を構えている。
「もう目を覚ましたのか? 意外にタフだな」
 感心したように戦士が呟く。
「先ほどは油断して不覚をとったが、今度はそうはいかんぞ」
「今度こそ我々の実力を見せてやる」
「今度は本気の戦いと言うことか……死人が出るな……
 出来れば無益な血は流したくない。ひいてはくれないか?」
 戦士がそう提案したが、レザイアは鼻先で笑った。
「……大した自信だ。我ら四人に一人で勝てるとでも思っているのか?」
 ダークエルフに普通の人間が勝てるわけはない。それが常識という物だ。しかし、戦士は悠然と頷いて見せた。
「ああ、そのつもりだ」
「……随分となめてくれたものですね……。
 そういえば先ほど彼女に自己紹介をしようとしていたようですが……是非我々にもあなたの正体を教えていただけませんか?
 人間ごとき下等動物の分際で、我らと互角に戦えると思っているその根拠をお教え願いたい」
 セリジェが意地悪く尋ねる。先ほど戦士は少女に自分の正体を開かそうとしていた。それは、少女が戦士の正体に疑念を感じていたからであり、それは極めて当然のことだった。
 普通の人間にダークエルフと戦う力など無いはずなのだ。それにも関わらず戦士は戦おうとした。それにはよほどの自信が有るに違いない。その根拠が何処から来るのか?ダークエルフ達も多少の興味があった。
「そうだな、お嬢さん達にも説明しようと思っていたところだしな……。
 お前達は"竜翼の剣聖"と言う名を聞いたことが有るか?」
『なに?』
(やはり……)
 ダークエルフの四人は同時に声を上げ、フィレンは溜息のような呟きをもらす。
「なに? その竜のなんとかって……」
 唯一人、彼の通り名を知らない少女はフィレンに問いかけた。

 "竜翼の剣聖"
 人間の間で噂される最強の傭兵。
 圧倒的な力と非常識極まりない早さを誇る戦士で、彼が力を貸した軍は例えどんなに劣勢であっても圧倒的勝利を手に入れられると言われる"生きた奇跡"。
 "竜翼の剣聖"とは、そのあまりに常人離れした力と非常識な早さ故に、人間であるはずの彼の背中には、目に見えぬ"竜の翼"があるのだと言う噂から付けられた名であった。
 その名が語られ出したのはつい最近、ここ数年のことであるがその噂は恐ろしく派手であり、それを知らない者は居ないと言っても過言ではなかった。そして、今や彼の名は"勝利の代名詞"とさえ言われるようになり、大きな戦いが控えている国では常に彼を雇うために軍があらゆる手を尽くすという。だが、彼を望み通り雇うことが出来るのは余程の幸運に恵まれない限り不可能なことだった。
 何しろ、容姿も本名も年齢すら全く不明。何処にいるのかさえ分からないのだ。かろうじて性別が男らしいという事以外何一つ分かっていない。
 彼が戦いに参加するのは殆ど彼の意志、つまりは、彼の気まぐれか、運命の女神の慈悲に預かれた者だけが、そうは知らずに彼を雇うことが出来るとさえ噂されるほどである。
 そして、彼と戦ったダークエルフも数しれなかったが、全て彼に破れ、大地にその屍を曝すのみであるという。
 だが、それは噂話に聞くのみであった。第一、そんな得体の知れない存在が実在しているなど誰が信じられるだろう。一般人の多くはそれを唯のほら話としか受け取っていない。
 実際に"竜翼の剣聖"の名をかたり、法外な金を巻き上げて姿を消した詐欺師もいると聞く。そのため、この頃では"竜翼の剣聖"を名乗るのは命がけだと言われている。
 なぜなら詐欺を防ぐため、普通の人間なら死亡確実という出鱈目に困難な試験を受けさせられるのだから。
 ただ、ダークエルフ達の間では"竜翼の剣聖"の存在は実在すると信じられていた。
 そう考えねばつじつまの合わない戦いが有るのも事実である。実際、ダークエルフが後れをとるはずのない戦いで戦死する例が最近多すぎるのである。
 最近起きた人間との戦いで死亡したダークエルフの九割は"竜翼の剣聖"の仕業だとさえ言われているほどだ。

「まさか……貴様が……"竜翼の剣聖"?」
「だとしたら……どうする?」
 逆に尋ね返されて、レザイアは絶句した。
 慎重にタイミングを計る。相手に悟られぬよう、四人は静かに視線で合図を送る。
 一気にダークエルフ達は四人同時に男に向かって突っ込んだ!!
 レザイアは正面から、セリジェは右から、バリアは左から突っ込む。タムは再び姿を隠す術を使った。剣を振るだけで魔力を打ち消せる者が相手である、タムも術に過大な期待は抱いていないが、この状況なら他の三人の気配にまぎれているから、簡単には居場所を悟られないはずだ。それを利用して、揺さぶりをかけるつもりなのだ。
 姿が見えない相手の気配を読もうとして注意を逸らせば他の三人との戦いが不利になる。かといって、目の前の三人に意識を集中すれば、今度は目に見えないタムに背中から切りつけられるか、少女を奪われて人質に取られるかだ。どちらにせよ、かなり厄介なことになるのは間違いない。
 剣を振って魔力を打ち消すという手を使うには時間がなかった。ダークエルフ達は人間には絶対に不可能な速さで彼との間合いを詰めていた。魔力を打ち消すための素振りという"余計な"動作をすることは命取りになりかねないのである。
「貰った!!」
 一気に間合いを詰めたレザイアは剣を剛速で突き出した。この瞬間ダークエルフ達は勝利を確信していた。
「破!!」
 気合い一閃!! 彼の背後から切りかかろうとしたタムが姿を現す。
 そしてその瞬間、四方から襲いかかったダークエルフの四人は全く同時に不可視の力にはねとばされ、地面に、木の幹にしたたかに叩きつけられたのである。
「……ば……馬鹿な……ね……"念"だと? 
 それだけで我々をはねのけたというのか!?」
 あまりのことにレザイアは叫んでいた。
「まさか……こんな芸当を……」
「化け物か……」
 セリジェが、タムが、バリアが驚愕の表情を浮かべ戦士を見つめる。
 魔力において、ダークエルフは人間のそれを遥かに凌駕する。彼等は攻撃する前、姿を隠し側にひそんでいた時から、相手の攻撃――物理的にも魔道的にも――から身を守るための術を施していた。強力な攻撃呪文を使われたら流石に無傷とは行かないが、それでも有る程度は防げる程の防御をである。にもかかわらず、戦士は魔力として練り上げる前の精神波である"念"だけで彼等をはじき返したのだ。魔力として昇華されていない"念"はいわば"そう思った""そう願った"と言うレベルのものである。その念に感応した精霊や妖魔が干渉をして何らかの現象が起こることもあるが、念それ自体に明確な効果を及ぼす力は本来あり得ないことだ。そのあり得ないことを自分達より遥かに劣る能力しか持たないはずの人間がやってのけたのである。彼等が驚くのも無理はない。
「何が化け物だ。自分の無能を棚に上げて」
 だが、言われた方はそう思っていなかったようだ。その声には微かに不機嫌の微粒子がまぎれていた。そして、ダークエルフ達を睨み付ける。
「この程度の芸もできない未熟者に非難される覚えは無いな。人をののしる前に自分の修行不足を反省しろ」
 彼はむしろ、この非常識な芸当が出来て当然と言わんばかりの態度だ。それが出来ない方がおかしいと言うその態度にダークエルフ達は驚き半分、あきれ半分で反論する。
「ふざけるな! そんな器用な芸当などできるか!!
 我々が無能なのではない!! お前が異常なのだ!!」
 たまらずそう叫んだのはタムだった。
「……俺の姉貴達はこの程度の芸は出来て当たり前だと言っていたが……」
 戦士の呟きにダークエルフ達はますます面食らっていた。
「……貴様の家族は化け物ぞろいか……?」
「そんな芸当は精霊や妖魔でも簡単に出来るものではない! そんな真似が出来るのは聖霊か、それ以上の存在だけだ!!」
 そう言うと、ダークエルフ達は一端距離をおいた。これほど非常識な相手に正攻法など無意味だ。まともに相手をしていたら幾ら命があっても足りない。
「タム、バリア、準備はいいか?」
 レザイアは突然、ダークエルフの言葉で部下に囁いた。ダークエルフは人間との交流が極端に少ないため彼等の文化などは人間には殆ど知られていない。勿論、ダークエルフの言語もである。彼等は普段は人間とのコミュニケーションのために人間達の大陸共通語を話しているが、重要な打ち合わせなどではダークエルフ語を使う。これにより、相手に悟られずに作戦を立てることが出来るのだ。
「はい、レザイア様」
 レザイアの考えを悟って、部下達もダークエルフ語で答える。
「よし、作戦通り行くぞ。各自、発動体を用意、作戦開始!!」
「は!!」
 レザイアとセリジェが一歩前に進み出て、タムとバリアがさらに後方に下がるとダークエルフの言葉で何やら呟き始めた。
 人間の彼にはダークエルフ達の言葉は理解できなかったが、意味は分からなくとも、その独特の旋律が何かはおおかた予想がつく。
 この状態でのんびりと歌を歌うわけがないし、前衛と後衛に別れて言葉を囁くと言えばそれが何を意味しているかは、少し考えれば素人でも想像のつくことである。
 まして、傭兵としてあちこちを渡り歩いていた彼にはその事を理解することはたやすかった。あの囁きが何かの呪文であることは間違いない。
「……このより方からすると……攻撃呪文……ではないようだが、なんだ?
防御ではないだろうし……」
 一瞬、術の形式を読み切れずに躊躇したが直ぐに気を取り直した。術が発動する前に切り捨てればいいことだ。彼はそう判断した。そして、その気配をダークエルの二人も気がついたのだろう、その姿は空気に解けるようにして消えた。同時に、戦士も姿を消した。少女には戦士とダークエルフの常人の能力を超えて行われている戦いが分かった。ただ、彼女にはダークエルフの戦士の気配を微かに感じられると言うだけで、人間の戦士の方は姿を見ることはおろか、気配を感じることさえ出来ない。それほどまでに素早いのである。
(早い!!)
 レザイアは己の目を疑った。ダークエルフとしても屈指の戦闘力を誇る彼の目にも戦士の姿が見えないのだ。これでは満足な戦いなど出来ない。彼は左腕にある数個の石をはめ込んだブレスレットの黄色い石に触れる。と、彼の身体はそれまでの数倍の速さとなった。
 ギャイィィン!!
 レザイアの横をすり抜けてタムとバリアに近づこうとした戦士は突然、真横から殺気を感じ、剣を振るった。その剣と殺気と化したレザイアの剣がぶつかりあう。
("加速"の発動体……)
 本来、魔法を使うには一定の手順に則って力を蓄え、魔法の効果を意識によって固定し発動させなければならない。その一般的な形が呪文である。強大な力を有する神や魔王などならばともかく、人間やダークエルフなどでは呪文も儀式的動作も成しに魔法を発動させることは基本的に不可能だ。だが、呪文を唱える余裕がない時や魔法を使えない者が魔法を使う方法がある。それが"魔力発動体"とよばれる物であった。
 道具や武器などに魔力を蓄え、決まった手順で魔法を発動する"鍵"を設定することによって作り出される"魔力発動体"いわば"インスタント魔法"である。
 "魔法発動体"を使えば今やって見せたように魔法を唱える余裕のない戦いでも何気ない動作で様々な魔法を使うことが出来る。
("加速"があるなら攻撃魔法も!)
 戦士がそう思ったとたん、セリジェのいた方向から、巨大な炎の固まりが数発飛んできた!!
("轟爆炎!")
 火系の攻撃呪文の中ではかなり強力な術である。一抱えもある鉄の塊を一瞬で蒸発させる程の高熱と強力な爆風を辺りにまき散らす豪快な術で、人間相手なら完全武装の兵一個小隊を全滅させるほどの威力がある。いかにダークエルフといえども短時間で唱えられるような魔法ではない。
 それが、レザイアの剣を受けて姿勢が崩れたところを狙ってきたのだ、いくらなんでも反応が良すぎる。間違いなく"発動体"によるものであろう。
(狙いは悪くないがな!!)
 開いている方の手でいきなりレザイアの剣をひっつかむ!!
「なに!!」
 いきなり素手で剣の刃を握られれば誰でも驚くだろう。レザイアが驚愕から立ち直るより早く、戦士はそのまま強引に剣ごとレザイアを引っ張り、その勢いで自分とレザイアの身体を入れ替えた!!
「馬鹿な!!」
 そのままレザイアの腹を蹴り飛ばして、飛来する"轟爆炎"の火炎球に突き飛ばす。
「ちぃぃぃ!!」
 慌てて左腕のブレスレットにある青い石に触る。その直後、レザイアに火炎球がぶつかった。
 ガオオォン!!
 辺りに爆炎をばらまいて火炎球が破裂した。その余波を食らって他の火炎球も誘爆する。炎が辺りをなめ尽くし、一瞬セリジェの視界からレザイアと戦士をかき消す。
「レザイア様!!」
「油断するな!! そっちに行ったぞ!!」
 レザイアが吠える。一瞬早く石に込められた"防御壁(シールド)"の魔法が彼を守ったのだ。
 だが、敵は既にセリジェに迫っていた。
「く!! なんて奴だ!!」
 レザイアもセリジュも既に加速魔法を使い本来の数倍の速さで動いている。にもかかわらず、ともすれば戦士に後れをとりそうだった。本来圧倒的にダークエルフより遅いはずの人間にこんな芸当が出来るなどとは、とても信じられない。
(奴も"加速"を使っているのか?)
 そうとしか思えない速さだ。だが、考えている余裕など無い。ダークエルフが四人がかりで人間に勝てないなどと言うのは一族の恥である。
 例えそれが噂に名高い"竜翼の剣聖"であろうともだ。
 それにしても、いくら爆発した後で熱が拡散しているとはいえ、轟爆炎の熱量は半端ではないはずだ。その熱と爆圧をかいくぐって無傷で現れた彼の防御力もまた異常といえる。

 ザシャアアァァァァ!!
 大岩さえ砕く破壊力を持つ風の刃"魔風刃(ふうまじん)"が襲いかかる。それを前と同じように剣の一振りで打ち消し、戦士はまったく速度を落とさず、そのまま呪文を唱え続ける二人に向かう。
 呪文の詠唱が長いのではない。高速の世界で戦いが行われているため、通常とは時間の流れが変わっているのだ。通常の世界ではまだ1秒にも満たない。今なら呪文を中断させることも十分に出来る。
 ゴウゥ!!
 彼の後ろから、再び"轟爆炎"の火炎球が向かってくる。
(かなり念入りに用意していたようだな)
 飛んでくる火炎球を剣で叩き消し、彼はレザイア達が周到に準備して来たことを理解した。
 "魔力発動体"といえどその能力は無限ではない。言うまでもなく蓄えられた魔力以上に魔法を使うことは出来ない。"轟爆炎"や"魔風刃"等のように強力な魔法を使えば直ぐに"発動体"の魔力は無くなってしまう。複数の"発動体"を持っていると考えるのが当然だ。
 先行したレザイアと遅れてきたはずの他の三人が同時に来た理由がこれであった。
 敵の実力を侮り難しと判断したレザイアは彼と戦う前に三人と合流し、可能な限りの魔力をアイテムに封印し即席の"魔法発動体"として戦闘に挑んだのである。
 そして、二人がわざわざ"発動体"ではなく呪文によって魔法を使うのも、呪文を唱えることそのものを囮とすることで、戦士の注意力を分散させるのが狙いであった。
 意味不明の呪文を近くで唱えられれば、その危険を排除しようとするだろう、だが、レザイアとセリジェの二人が正面きって戦えばそれを無視することは出来なくなる。
 そして、呪文を止めるか、目の前の敵を倒すか、選択に迷ったその隙をついて戦士を倒す。例え、呪文を終える前に倒せなくとも、今度は呪文の力で倒すこともできる。それがレザイアの狙いだった。
 無数の"轟爆炎"、"魔風刃"に加え"暗黒雷破"まで撃ち込みながら突進してくるレザイア。
 "暗黒雷破"、一度目標を固定すると一定時間、その目標を強力な雷撃が襲い続ける高レベルの攻撃呪文である。これを"魔法発動体"に封じるのは並大抵の腕では出来ない。
 流石に彼もこの攻撃には閉口したらしい。
 何しろいくら剣撃で無力化しようとも、発動体に魔力がある限り制限時間まで執拗に攻撃してくるのである。
 発動体そのものか、魔法を発動させた術者自身をどうにかしないと、この雷撃を止めることは出来ないのだ。
(付き合いきれんな)
 向かってくるレザイアに"暗黒雷破"の攻撃タイミングを見切った戦士が一気に間合いを詰める。
 持続して攻撃するとはいえ、戦士によって雷の爪が消されれば再び攻撃するまでにわずかな時間が生じる。その一瞬で戦士はレザイアに肉薄すると、速度を押さえた一撃を打ち込んだ。
 レザイアはその剣撃を余裕で受けとめた。
 彼が剣を振って魔力を無力化するのなら、その剣を自分の剣で牽制し、至近距離から攻撃魔法を叩き込めば倒すことも可能だろう。それがレザイアの計算だった。
 いくら彼の速さが非常識でも、この至近距離で再発動した"暗黒雷破"をかわすことは不可能のはずだと考えたのだ。が、それは罠だった。わざと遅めの剣を繰り出しレザイアにそれを受けさせるのが彼の狙いだった。
 バキイィィィン!
 速度こそ遅かったが、その剣撃にはすさまじい破壊力が秘められていた。見た目の遅さに騙され、手を出したレザイアの剣はその強烈な力に耐えきれず砕け散ってしまう。
「しまった!!」
 レザイアがひるんだ隙に、戦士は強烈な蹴りをレザイアの鳩尾に叩き込む。
 先ほどとは比べ物にならない強烈な蹴りにレザイアは身体をくの字に曲げたまま、大地にたたきつけられた。
 レザイアの"発動体"の攻撃が止む。"発動体"を作るとき大抵の術者は、攻撃魔法を封じる際、己の意識が失われた場合その発動を止めるように設定する。考えれば直ぐに分かることだが、意識を失っていても"発動体"が機能したら、何かの弾みで攻撃魔法を発動させ自分の命が危険にさらされることもあり得る。特に今回は高速戦闘になる事を予感し、指が触れただけで魔法が発動するように設定していた。気を失った時、何かの弾みで"発動体"に触れる危険があったのである。
 気を失ったレザイアが大地に転がる。
「レザイア様!!」
 セリジェが悲鳴を上げる。だが、手を休めず"発動体"に片っ端から触りまくりありったけの攻撃魔法を滅茶苦茶にばらまいた。
 狙っても彼の速さではなかなか当てられない。たまたま命中コースだったとしても剣の一振りで消滅させられてしまう。セリジェは攻撃魔法を唯のめくらまし代わりに使うことにした。もったいない使い方では有ったが、この場合は極めて有効だった。
 なぜなら、出鱈目に打ち出された攻撃魔法の幾つかはあの少女に当たる方向に飛んでいたのだ。
 セリジェ自身はそのつもりはなかったが、たまたま、他の魔法の爆圧などで軌道の変わった魔法がその方向に向かってしまったのである。だが、それは不幸中の幸いだった。少女を救うためその魔法を戦士が迎撃しなければならなくなり、それが貴重な時間を浪費させたのである。
(何と無茶な)
 戦士は少女を襲いかけた魔法の幾つかを無力化し、セリジェに目標を変える。これ以上、魔法を出鱈目に使われてはかなわない、さっさと片を付けよう。そう考え、セリジェに向かってレザイアにしたように遅めの剣撃を打ち込む。
「同じ手をくうか!!」
 セリジェはレザイアがやられた瞬間を見ていた。"発動体"に入れていた風の魔法を発動させ爆風を起こす。その反動を利用して剣の間合いから逃れる。この場合、戦士の魔法無効能力が逆に災いした。戦士の剣が爆風の魔力を中和したため、彼自身はそのまま剣を振り下ろす事になる。セリジェはその剣をやり過ごし、体制が崩れ、無防備となった相手に急接近して剣を打ち込んだ。
「もらった!!」
 セリジェが吠えた瞬間!!
 バキャ!
 肘打ちがセリジェの顔面を打っていた。
 戦士は剣を振り下ろした勢いで身体を反転させ、そのまま身体をひねり相手の顔面に肘打ちを叩き込んだのである。それも、相手の剣撃の速さに合わせて。タイミングを間違えれば、無防備となった背中を切られることになる。極めて危険な芸当だが、戦士にとっては十分に勝算が有った。
 そして、セリジェに立ち直る隙を与えず止めの第二撃!!
 ゲシャ!!
 鳩尾にすさまじい破壊力を込められた蹴りを喰らい、レザイア同様身体をくの字に曲げたまま地面に転がった。
 超高速の戦いは激しくはあったが時間的には僅かな物だった。少女の目に映らない戦いが数秒の間に行われ、決着はあっさりと付いてしまった。
 戦士は、そのまま呪文を唱えている二人に向かう。だが、戦士は読み違えていた。ダークエルフの使う呪文がどういう物か分からなかった彼はもっと時間に余裕があると思っていた。術が完成する前に相手を倒せるだろうと、だが、ダークエルフも彼の早さを計算に入れていた。ダークエルフの計算したとおり、戦士は戦いに時間をかけすぎた。彼等の作戦はこの段階までかろうじて成功していた。
(だめだわ!!)
「間に合わない!!」
 フィレンも少女もそれに気がついた。二人が悲鳴を上げると同時に、無数の小さな生き物がまるで黒い雲のようにわき出し戦士に襲いかかる。
「虫……いや、魔妖虫か」
 人間の肉が好物という嫌らしい嗜好の生物である。体長はせいぜい100ルカール(約10cm)という小さな物だが、その鋭い歯で人間の皮膚から筋肉までごっそり削ぎ落としていくのだ、傷口は小さいがかなり深い所まで体組織をえぐり取り、時として神経をも切断して戦闘能力を著しく奪うこともある恐ろしい相手である。
 たった一匹でもかなりやっかいなその虫が、まるで雲のように群れている様は見ていて気持ちのいいものではない。
 これだけの数が襲いかかれば、人間の一人や二人、跡形もなく食い尽くされるだろう。
 わんわんと耳に付く羽音を立てて数万もの魔妖虫が一斉に戦士に襲いかかる。
「いちいち落としていてはきりがないな……」
 呟くと、剣を鞘に戻し、左手を引き寄せる。
「滅!」
 気合いと共に左手を黒雲のごとき虫の大群に突き出した。
 ゴウ!!
 不可視の力が巻き起こり、まるでそこだけえぐり取られたかのように黒い雲が引きちぎられた。だが、次の瞬間にはその穴はふさがれていた。とにかく数が半端ではない、多少の攻撃では全滅させることは難しい。
「……面倒だな……」
 戦士が呟くと同時に、彼の後ろで"ぎちぃ"という空間が軋むような音が起きた。
 それと同時に背後にすさまじい妖気がわき起こる!
 ぶおぉん!
 重い振動が一瞬前に彼の居た空間を振るわせ、周りの木々や岩そして、魔妖虫の一部を瞬時の内に原子レベルに分解する。
「ほう? 魔妖虫の次は衝撃波を出す魔神像(デーモンゴーレム) か……」
 戦士を挟み撃ちするように現れた巨大な像。
 筋骨隆々の大男をモチーフとした鋼の巨人が彼の目の前に立っていた。身長はゆうに彼の七倍はある。分厚い胸板と太い腕。その腕に巨大な剣と盾を持った逞しい戦士像である。
「召喚術師か」
 驚く素振りを見せずに戦士は呟く。その間にも魔神像と魔妖虫が彼に近づいてくる。
「……魔力(ちから)には余り頼りたくはないが……」
 呟きながら、魔神像と魔妖虫の両方に気を配りつつ間合いを計る。ダークエルフ達は戦いに巻き込まれないように距離を置いているのでそちらへの警戒はそれほど必要ではない。今は目の前の魔物達を片づけるのが先決であった。
 ぶおぉぉん!!
 再び重い振動が起こる。人の目には見えない強力な破壊力を秘めたそれが迫ってくるのを彼は感じていた。が避けるわけには行かなかった。
(……俺が避けたら、周りに被害が出るからな)
 心の中で呟き、再び短い気合いと共に左拳を突き出した。
「滅!!」
 ドシュウ!
 魔神像の口から吐き出された衝撃波と戦士が打ち出した衝撃波が真っ正面からぶつかり、互いの破壊力を相殺する。
「……非常識な奴だ……」
「グロウェルの衝撃波を打ち消すとは……」
 既にレザイアとセリジェの二人も立ち直り、タムとバリアの側にいた。加速呪文で己の限界を超えた運動を続けていたため、かなりの体力を消耗していた。正面切って戦士と戦うには体力回復の時間を稼がなければならない。
 そのために、戦いを魔妖虫と魔神像まかせることにした。なにしろ、"発動体"に蓄えた攻撃魔法も底をつき、残っているのは防御と加速くらいしかない。魔神像の援護もろくに出来ないのだ。そこで高みの見物をしていたわけだが、その内容はあまりにも非常識だった。
 ここまで非常識な行動をとる相手に流石にダークエルフ達も開いた口がふさがらなかった。魔神像グロウェルの衝撃波は破壊範囲はそれほど広くはないが、その伝達の早さは半端ではない。これほどの至近距離から攻撃を受けては、避けきるのも防御するのも容易ではないはずである。勿論、破壊力も尋常ではない。城塞都市を壊滅させうる程の破壊力を持つそれを相殺するなど、普通の人間に出来る芸当ではない。
「……流石は"竜翼の剣聖"と言うことか。
 我らの同志を倒してきただけのことはあるようだな……」
 彼等が驚いている間に、戦士は一気に魔神像との間合いをつめた。無数の生き物の集合体である魔妖虫の雲よりも、強大だが一体限りの魔神像の方が処理しやすいと判断したのだろう。
「くそ! グロウェル、奴を粉砕しろ!!」
 タムの命令に従って、魔神像はその長大な剣を力任せに振り下ろす。
「五月蝿い」
 面倒くさそうに剣を振るう戦士。その剣がグロウェルの剣を突き抜けたように見えたのはダークエルフ達の錯覚ではないだろう。
 戦士は一瞬のうちに魔神像の背面に回り込み、脳天から一気に袈裟掛けに切り捨てる格好をした。
 何かを命令する暇もない。ダークエルフが戦士の早すぎる動きに対応しきれなかったように魔神像の方も反応が間に合わなかったようである。彼が魔神像から飛び退き間合いを取り直して初めて、戦士の行動に反応するように凍り付いていた時が動き出した。
 最初に動いたのは剣であった。巨大な剣が、柄の部分から切り落とされ、地響きを立てて地面に落ちた。そして、その地響きに揺さぶれたかのように、魔神像自身も脳天からきれいに真っ二つに左右に斬られ、地面に転がったのである。
「……嘘だろ? 魔鋼鉄を鍛え、強化魔法を施したグロウェルを……」
「あんな剣が人間界に有るなどと……信じられぬ……」
 目の前で起こった出来事にダークエルフは呆然とするだけだった。剣の腕も早さも非常識ならば、持っている剣も相当非常識な代物であるらしい。人間界にこんな業物があるとはとても信じられなかった。
「……凄い……あの剣、きっと高く売れるわ」
(……どうしてもそっちの方向に思考(あたま)が向くのねぇ……)
 少女もまた、その剣の異常な切れ味に驚いてしまった。そして、それがいい商品になると考えてしまう。フィレンはそんな彼女に苦笑した。
 それにしても一体どんな魔法をかけられた剣なのだろう。始めてみたときは唯の安物の剣にしか見えなかった。これほどの業物とは全く気が付かなかった自分の間抜けさが情けない。
「きっと、あの時は目の前のお宝に目が眩んでいたから気が付かなかったのよ!
そうに決まっているわ!!」
 自分自身をそう納得させながら、少女は剣の輝きを見つめていた。
「ええい! これならどうだ!!」
 バリアが吠えると、一斉に戦士に魔妖虫が襲いかかる。
「これならば切り捨てることもできまい!! どうする!!」
 高らかに勝利宣言を上げたバリアのその横に立った人影が静かに呟いた。
「こうすればいい」
 その声が誰の者か、バリアが悟る前に銀の閃光が走った。
 ばしゅう!
 鮮血が辺りを濡らす。
 赤緑色の血を吹き出しながら生首が弧を描いて飛んで行く。それは悪夢の中の出来事のように、奇妙に時間が間延びしたような光景だった。
 バリアの首が地面に落ちた音で、ダークエルフ達はやっとその存在に気が付いた。
「……何時の間に……」
「早すぎる! 本当に奴は人間か?」
「では、あれは……」
 しばらくすると、魔妖虫は自分達が餌にならない者を襲っていたことに気が付いたらしく、あっさりとその包囲を解いた。その中には先ほど切り落とした魔神像の剣が突き立っていたのである。
「剣を身代わりにしたのか……」
 一体どんな技を使ったのか? 無機物の剣を人間に仕立て上げるなど器用と言うよりは詐欺に近い。まして、視覚に頼る人間やダークエルフならともかく、臭いや体温に反応する魔妖虫を騙すなど殆ど反則技である。
 しかし、自分達の襲っていたものが唯の鉄の塊と気が付いた魔妖虫達は再び獲物を求めて戦士の方へと飛んでくる。
「召喚者を倒しても無駄か……無益な殺生をしてしまった」
 当てが外れたらしい戦士は呟いた。
(しかたない。魔力を使うか……)
 あまりの煩わしさに、一瞬そんな考えが脳裏をかすめる。
 だが、なかなか踏ん切りが付かず、ためらっている間に魔妖虫達は再び群を成して突っ込んできた。
 ボン!!
 派手な音を立てて巨大な火柱が立つ。その火柱はあっと言う間に魔妖虫の群を飲み込み灼き尽くしてしまった。
「……朱雀の奴……よけいなことを」
 微かに苦みの微粒子を含んだ呟きは誰の耳にも届かなかった。
「貴様……魔法戦士か……」
 呻くようなレザイアの言葉に無造作に頷く。
「誤解の無いように言っておくが、今のは俺じゃないぞ」
 一応言ってはみたものの、その言葉をダークエルフたちが信じてくれるはずもない。
 彼としては、自分が攻撃魔法を使えることを秘密にしておきたかった。その油断を付いて一気に片を付けたかったのだが、自分のお目付役が勝手に力を使い、その目論見をぶちこわしてくれたのである。
(……余り目立つことをしないでほしいな。事態がややこしくなる……)
(では、あのままあの虫達に集られて痛い思いをした方が良かったですか?)
 どこかから、かうような調子の声が彼の頭に響く。人間でないはずの彼女 ――朱雀と言う名の存在(せいれい)――のほうが人間の彼より感情の表現がうまいようだ。
(…………)
(あの虫に噛まれると普通の人間ならその痛みだけでショック死することだって有るのですから……)
(……それは……)
(それに、例え攻撃魔法を使えないふりをしようとしても無駄ではありませんか?
 これだけ派手に"魔法無力化"や衝撃波まで使って見せたのですから、向こうだってそれくらいの警戒はしているはずです。)
(……感謝します……)
 そこまで言われては流石にそう言うほか無かった。
(あなたの力なら不意を付かなくとも勝てます。自信をお持ちください)
(そうだな)
 何とか気を取り直し、ダークエルフ達に視線を向けなおす。
「……まさか、たかが人間ごときにこの剣を使うことになるとはな……」
 そう呟くと、レザイアは背負っていた漆黒の剣を鞘ごと背中から取り出し、右手で構えると左手を柄に添え抜刀術の構えをとった。
「なるほど、左利きか」
 さして驚いた風もなく呟くと、戦士も長剣を構えた。
「私の左は少々危険なのでね、今まで封印していたのだが、お前が相手ではそうも言っていられないようだ」
「なるほど」
 戦士が納得して頷くと同時にレザイアの姿がかき消える。呪文を使われる前に一気に片を付けようという考えなのだろう。戦士もまたそれにあわせて姿を消した。
 少女の瞳には二人の姿は全く見えない。どうなるのかと心配していたが、あっさりと決着は付いた。
 ギャイィィン!
 鋼の刃同士がかみ合う音が響きわたる。その残響が消えない内に二人の戦士は姿をあらわした。
 一撃を打ち合って互いに間合いをとったのだろう。二人の間は5ザカール(メートル)程離れている。

「ふむ……」
「ばかな!!」
 二人はお互いに己の刃を見て声を上げた。ぶつかりあった場所に小さな傷が出来ている。どうやら、剣の性能も技の威力も全く五分であったようだ。
 戦士の小さな呟きが不満の溜息であることに少女は何となく気がついていた。今までのことから彼は極端に感情の表現の少ない人間だと言うことを彼女は薄々感づいていたのである。
 そして、レザイアの方は明らかな恐怖と狼狽であった。彼は二重にあり得ないはずの現実に恐怖していたのである。
「……邪神の加護を受けし、我らが誇る"滅びの魔剣"を……傷つける?
 我らが所有する魔剣の中でも三本の指に入る剛剣と互角などと……一体どんな神の力を封じて有ると言うのです!」
 レザイアの持つ魔剣が刃こぼれしたのを見てセリジェが唸る。
 自分達が誇りとする最強の魔剣の一本が、まさか人間界の剣と引き分けるなど、彼等には信じられないことだった。
 人間界に有る聖剣や魔剣はその大多数が人間の手によって作られた物である。いくら神の奇跡や魔王の力を封じたとは言え、その力を導き封じた者が所詮人間である以上、人間の力量によって得られる力しか封じることは出来ない。
 早い話、同じ神や魔王から力を借りてもその力の導き手が変われば自ずと威力も異なってくる。それを考えれば人間の術師が作れる剣などでダークエルフ界屈指の魔剣に傷を付けるなど絶対に不可能な事だった。
 事実、数多くの名のある聖剣や魔剣、そして神剣を携えて戦いを挑んできた人間の勇者や英雄を、その剣もろとも切り捨ててきた魔剣である。その力は人間界にも広く知れ渡っており、今やこの魔剣に正面から戦いを挑むような命知らずなど、いないと言っても過言ではないのだ。
「いや、奴の持つ剣は魔剣でも聖剣でも、ましてや神剣の類でもない。」
 レザイアは断言した。その言葉にタムがひきつりながら問いただした。
「そ……そんな馬鹿な! 
 魔神像"グロウェル"を切り捨て"滅びの魔剣"に傷を付けたのですよ?」
「神剣や魔剣で無いというなら、一体何なんです!?」
 タムの悲鳴じみた声にレザイアは答えた。
「唯の剣だ! だが、奴の腕が非常識過ぎるのだ!」
 レザイアは己の恐怖を吐き散らそうとするかのように声を荒げる。
「すると、魔力付加(スペルチャージ)による武器強化(ブーストウェポン)ですか?」
「そんな! その程度のことでこれだけの事が出来るはずが!!」
「普通ではないと言っただろう!」
 セリジェとタムの悲鳴に、不機嫌にレザイアは吐き捨てた。
 レザイアは自分自身が体験した一瞬前の戦いの記憶を反芻し、あることに思い至ったのだ。
 あの時、人間の目には愚か並みのダークエルフの動体視力でも見ることの出来ない刹那の時。
 自分の剣は確実に戦士の胸板を真一文字に切り裂くはずだった。その時。
「−−−!!」
 戦士が叫んだ。勿論、それは悲鳴などではなかった。何かの雄叫びのように聞こえた。そして、その声にレザイアは総毛だった。
 レザイアの放った剛速の剣撃は、戦士の叫び声と共に打ち出された神速の斬撃に迎撃された。そして、その瞬間。レザイアは見たのだ。
 今の今まで何の力も持っていない、彼の手にある唯の剣が、突然淡い金色の燐光をまとったことを。その力が本来、相手にもならない唯の剣に力を与え、己の魔剣を傷つけるほどの神剣に変えていたことを。
 そして、その半瞬前に叫んだ彼の言葉をレザイアの頭脳はやっと理解した。
 そう、彼の雄叫びはレザイアの思考を麻痺させるに十分なほど強烈なものだったのだ。
「貴様……一体、誰から学んだ……その技を!」
 先ほどとは比べものにならない殺気と憎悪を込めた視線で戦士を睨み付けるレザイアに、戦士はなんら恐怖することなくあっさりと答えた。
「俺の姉貴にだが、それがどうかしたのか?」
「馬鹿な……貴様……貴様の姉とは……一体何者なのだ?
 貴様が……貴様が先ほど使った技……貴様……確かにこう言ったはずだな……"剛破斬"と!!」
 震える声で、レザイアがその技の名を言葉にした時、他のダークエルフ達はあまりの衝撃の大きさに完全に硬直していた。

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