[ 半熟妖精記 ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第一章 旅立ち

 町の近く、黒い妖精が出ると噂されている深い森の中に彼女のねぐらはあった。
 それは、ねぐらという言葉がぴったりの洞穴であった。
 人一人がやっと立って歩けるくらいの大きさ、外から見るとこじんまりとしているが、中は彼女が手を加えかなりの広さになっている。
 眠りから覚めた彼女は自分の手を見て苦笑した。夕べ手に入れた獲物を右手に握りしめたまま眠ってしまったのだ。おかげで手と腕の筋肉が硬くなっている。
「あはははは……あたしらしくもない……」
(本当ね)
 苦笑を浮かべた彼女に囁くような声が相づちを打った。
「フィレン? 大丈夫?」
 声のする方に視線を向けるとそこには見慣れた精霊がいた。白い髪と黄色い瞳を持つ小さな少女。彼女を守護する風の精霊が。
(ええ、少し疲れただけよ。もう大丈夫)
「良かった……御免ね。あたしが無茶したせいで……」
 自分の相棒の元気な姿を見て、彼女は安堵した。そして、自分の判断の甘さを謝罪した。あの男にあんな能力があるとは想像もしなかった。精霊の彼女の力を押さえるほどに強い力を持つあの男なら、最悪の場合、フィレンの力を完全に奪うことだって出来たのかも知れない。
 もしかしたら、自分の軽挙で大切な相棒を、唯一の家族を失うことになったかも知れないのだから。
(そんなに気にしないで。
 私達の力を封じる可能性を考える方が異常なんだから……)
 実際、精霊の力に干渉するなど普通の人間に出来る芸当ではない。その危険性に気が付かなかったのは彼女のミスではない。
「……でも、一体何者なのかしら……あいつ……」
(まさかとは思うけど……でも、私達の力に干渉するほど強い力を持つ人間なんて……まさか……ね)
「心当たり……あるの?」
 言い淀む相棒に少女は語りかけた。
(有ることは……有るんだけど……余り自信が持てないの。
 不確かなことは言いたくないから……御免)
 風の精霊の情報収集能力は極めて高い。特に人間やエルフなど大気の中で生活する存在は、風の精霊から情報を隠すことは出来ない。その風の精霊である彼女が情報を言い渋るという事は何かが有るのだ。その理由を聞いてみたい気もしたが、無理強いするつもりは少女にはなかった。
「ううん、いいわ。あなたさえ無事なら……でも、本当に良かったわ」
 彼女はフィレンの無事を心の底から喜んでいた。その素直で優しい笑顔からは昨夜のあの生意気な彼女の姿を想像することは極めて困難である。
 彼女はさっそく、手に握られていた財布を開けその中を調べる。その中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。それを見て少女は満足げに微笑む。どうやら、苦労に見合うだけの金額はあったようだ。
 彼女は金貨を袋から取り出し獲物を数え始める。
 いつもながら、その輝きに充実感と幸福感がわいてくる。
「18……19……20……」
 楽しくてたまらないこの一時、彼女にとってもっとも幸福な時。
 その声はもしも誰かが聞いていたら、何を数えているのかと興味を引くほどにうかれた楽しそうな明るい声である。
「95……96……97……98……99……100!
 金貨百枚なんて……凄いわ……」
 金貨を数え終わると少女は感嘆の声を上げた。
 今まで手に入れたどんな金持ちの財布にも、一度に百枚もの金貨が入っていたためしはない。
 実際の話、旅に金貨百枚もの大金を持ち歩くなど普通は考えられない。必要な金額だけを持ち、足りない分は町の銀行でおろすのが常識である。
 理由は言うまでもないが、その方が犯罪などに巻き込まれた時安全であるからだ。その意味であの男の行動はあまりにも非常識であった。
 しかし、彼女にとっては有り難いことなのは確かだ。しかも、まだ、銀貨や銅貨も残っている。一体幾ら入っているのか。その頼もしい重みに、少女の頬は自然とゆるんでしまった。

 しばらくして、彼女は獲物を数え終わると"ふう"と満足げな溜息をもらし、頭の後ろに両手を回して寝転がった。
「………」
(どうしたの?)
「今頃、どうしてるかなってね」
 相手を省略してはいるが、その答えが誰を指しているかをフィレンは理解していた。
 少女は天井を見上げた。ごつごつとした灰色の岩肌。削りだしたそのままの殆ど手を加えていない自然のままの岩肌。
 それを見つめている少女の瞳は心なしか寂しそうだった。
(ねえ……彼の後を追ってみない?)
「人間なんて信用できないわ」
 フィレンの意見を少女は即座に却下した。確かに興味はある。だが、それだけであんな正体不明の男と一緒に旅するなど無謀な賭だ。
(でも、寂しいのでしょう?)
「私にはあなたが居るわ。それで十分よ」
 そう言うと、少女は目を閉じた。どんなに寂しくても人間と一緒に暮らすなど言語道断だ、自分の中にあるダークエルフの血が平穏な人生を許してはくれない。
 今まで、何度となくその事を思い知らされてきた彼女である。他人など信用できない。
(……でも、彼は普通の人間とは違うわ。あなたを受け入れてくれるかも知れない)
 珍しく人間の肩を持つフィレンに少女は顔をしかめた。自分が人間にどんな目にあわされたか彼女は良く知っているはずだ。その彼女が今回に限って、嫌にあの男の肩を持つ。先ほど彼女が言い淀んだ"理由"が関係しているのだろうか?
 だが、少女はフィレンの提案を受け入れる気はなかった。
「この話はこれまでにしましょう。
 第一、財布を盗んでおいて、今更のこのこついて行けるわけないでしょ」
 不快感を顕にして少女は風の精霊を睨み付けた。不機嫌になった彼女に話を続けても無意味なことをフィレンは熟知している。この話はここでやめるしかない。
(………)
 沈黙した精霊を無視して少女は目をつむった。フィレンの言葉が少女の心に細波を起こしていた。苛付いた心を宥めるため耳を澄ませる。こんな時は、外から聞こえる小鳥や虫の声が心をなごませてくれる……はずだった。
(!! これは!!)
「!!」
 彼女は、異様な気配に飛び起きた。
 今まで感じたことの無かった、強烈な圧迫感。
 莫大な魔力の動きが感じられる。空間を歪め無理矢理こじ開けるような強引な力の流れ。風の精霊であるフィレンもその異様な力の流れに敏感に反応している。
(この力……転移門!?)
「転移門? 一体……何が来たって言うの!?」
 空間を圧縮し、長距離を短時間で移動するための魔法。
 だが、こんな所に一体何者が門を開くのだろうか? 人間なら森よりも町の近くに作るはずだ。第一、自分以外誰一人住んでいないこの森に誰が何の目的で門を開くというのか。
 だが、その答えは直ぐに分かった。フィレンがその門から現れた者の正体を見抜いたのである。
(ダークエルフ!!)
「何ですって!!」
 フィレンの言葉は少女に衝撃を与えた。
 そして、少女は知る。今までの気ままな生活が終わりを告げたことを。

 虫の鳴き声も、小鳥の歌も、獣の気配さえも消え去り、辺りに漂うのは異様なまでの静けさと緊張感。
 今まで、人間達がこの洞窟を見つけることはなかった。
 彼女の術によって、普通の人間には決して見つからないようになっている。
 しかし、今、彼女の"家"の入り口を何人もの"敵"が包囲している。
 "敵"
 そう、それは敵。
 自分の母親に不遇の運命を押しつけ、自分という鬼子を生ませ殺した存在。
 この世界で一番大切な、一番好きだった母を苦しめ、殺した敵。
 ダークエルフ。
 自分の体の半分を支配する、呪われた一族の気配だった。
 一体、何のために現れたのか。それが少女の正直な感想だった。
 だが、悩んでばかりも居られない。
 その理由がなんであれ、ろくな事ではないはずだ。自分に何らかの関わりがあることくらいは分かる。なんにしてもダークエルフが現れたのは凶兆であることに間違いはない。
 あわてて手早く金貨をあつめ、財布に入れ直す。
 どんなときでも金は必要だった。ダークエルフから逃れるにはある程度大きな都市に行くに限る。
 大きな都市ならばダークエルフの進入を拒む魔法が町をおおっていることが多い。
 そこに上手く逃げ込めれば、何とかなる。
 そして、ダークエルフの血を引く彼女がそういった都市に潜り込むにも、そこで暮らすためにも金は必要だった。
 今までため込んでいた金貨も服のあちこちに隠した。
 こんな時のために、彼女の服には隠しポケットがたくさんあった。さらに、一番大きな財布――たった今まで中身を数えていたあの財布――を体に直に縛り付ける。
「ダークエルフ……あたしに何の用があるのかしらね」
 そう呟きつつも、それがまともな事ではないことは分かっていた。
(あなたを捕まえるつもりなのでしょう)
 少女の言葉にあらゆる情報を知る風の精霊は囁いた。
 ダークエルフが人との間に生まれた子供を自分達の子として子孫を残していることは良く知られている。それを考えると、ダークエルフの目的は自ずと分かろう。
「冗談じゃないわよ」
 フィレンの言葉に少女は背筋に寒気を感じた。ダークエルフの仲間に組み込まれるなんて冗談ではない。自分はこれまでも、これからもダークエルフとは関わり無く生きていくつもりなのだから。
「誰も探してくれなんて頼んでないんだから……私のことなんて放って置いて欲しいわね。よけいなお世話だわ」
 そこまで文句を言うと、慎重に外の気配を探る。
「さて、逃げ切れるか……ううん、絶対に逃げ切ってみせる」
 自らを励ますように力を込めて呟く。
 ここで彼等に捕まることは、自分の敗北を意味する。
 そんなことになっては、今まで人間社会で苦労してきた意味が無くなってしまう。
 なによりも、自分の母を殺した相手に屈服するわけには行かない。
 自らの感覚を限界まで研ぎ済ます。
 今まで、これ程までに自分の感覚を研ぎ済ましたことなど無い。
 彼女は自分の限界を初めて試されることになった。それほどに彼女は、ダークエルフを恐れていたのだ。
「フィレン、探知妨害よろしくね」
(まかせて)
 少女の要望に応えて風の精霊はその力を周囲に放った。
 洞窟の入り口付近をいくつかの影が見つめていた。
 全員が漆黒の肌と尖った耳を持った、長身・細身の男達。
 それは、紛れもなくダークエルフ達だった。
「噂は本当だったらしいな……」
  背中に漆黒の刀を背負った一人の男が呟く。腰にも幅の広い剣をさしていた。
 その言葉に傍らの男が問いかけた。
「しかし、信じられません……我らの血を受け継ぐ者がそんな長期間、下等種族の中で暮らしているなどと」
 悪夢だと言わんばかりの表情で頭を振っている。
 彼等にとって人間など繁殖のための借り腹であり、獲物に過ぎない。
 そんな下等動物と共に暮らすなどと言うのは、自分達の誇り高い血に対する冒涜以外の何者でもなかった。
 彼等は、ある一定の年齢に達したとき、人間の血を捨てて同胞の故郷たるダークエルフの地に帰ってくるのが当たり前のことだった。
 だが、ある一人のダークエルフが植え付けた子種が未だに故郷に戻ってこないことを疑問に思い、魔法によりその居場所を探してみた。
 極希にではあるが、人間に捕らえられ、見せ物や実験材料にされる者もいる。
 不運にも事故や戦禍に巻き込まれて命を落とす者もいる。
 そう言った者達を探し出すのが彼等の役目であった。
 自ら繁殖する能力を持たない彼等にとっては、子どもは極めて貴重な存在なのだ。
 ましてや、それがダークエルフの中でもトップクラスの実力を誇る呪術士の子種となれば、彼等にとっては極めて貴重な戦力となりうる存在だ。
 生きているならば、なんとしても取り戻さねばならない。

 しかし、魔法でその居場所を見つけだしたとき、彼等はあまりのことに言葉を失った。
 捕まっているのではなく、自らの意志で人間の世界に居残っているなど前代未聞のことだった。
 そのために急遽彼等が派遣されたのである。
「信じようが信じまいが、目の前の現実を拒否するわけにはいかんな……
 それよりも配置は終わったか、セリジュ」
 セリジュと呼ばれた傍らの男は頷いて答えた。
「はい、後はレザイア様のご命令を待つだけです」
 レザイアは頷き返し、静かに左手を挙げた。
 いよいよ、作戦が開始された。
 人間界に残っている以上、言葉で言っても素直に自分達に付いてくるとは思えなかった、それにまだ人間の血を捨てていない気配もある。
 となれば、力尽くで連れ帰り、彼女の体内に流れている人間の血を洗い流さなければならない。
 ダークエルフ達は静かに動き出した。

(動き出したわね……)
「ええ……」
 少女の研ぎ済まされた五感は、洞窟の外の出来事を正確に彼女に伝えた。
 しかし、この場をどう切り抜けるか彼女には名案が無い。
 一応、他の出入口もあることはあるが、それが見つかっていない保証もない。
 今の所はその方向に気配は感じないが、相手が人間の盗賊や山狩りならまだしもダークエルフである。彼女に気配を悟られないように動くことくらい出来るだろう。
(……残念ながら、しっかり張り付いているわね)
 少女の懸念が現実であることを風の精霊は指摘した。
 さしものダークエルフも風の精霊の目を欺くことは極めて困難である。
 まして、フィレンの存在を知らないのだから、少女を欺くことは出来てもフィレンを欺くことは出来なかったのだ。
 どうするべきか、思案している少女、そこに精霊の警告が聞こえた。

気化薬(ガス)だわ!!)
「え! これは……眠り薬!?」
 洞窟の入り口から流れ込む空気に微妙に含まれている物に彼女は気が付いた。
(まずい……このままじゃ……)
 しかし、この時、彼女は突然名案を思いついた。
(そうだわ……これなら……)
「フィレン!! 薬を何とか出来る?」
(篭城でもするつもりなの? 多少の時間は稼げるけど……気休めにしかならないんじゃ……)
 フィレンの懸念はもっともだ。ここで薬を吸わずにすんでも正面から来られてはどうしようもない。戦力が違いすぎるのだ。
「大丈夫……手はあるわ」
 だが、フィレンの心配をよそに少女は自信に満ちた笑顔で答えた。

 入り口を固めたダークエルフ達は洞窟の中の様子を探っていた。
 不意に、"どさり"と何かが倒れる音が聞こえた。男達が魔力で中を探ると、一人の少女が倒れている様子が微かに見える。
 先ほどまで、部屋の中を知ることが出来なかったというのに、今は、中の様子を簡単に知ることが出来た。
 どうやら、彼女が眠ったために魔力の妨害が無くなったようだ。
 先ほどの音も魔法によって普段の数百倍にまで聴覚を拡大していたからこそ聞こえたのである。もっとも、彼女の魔法に対する妨害が消えなければ聞くことなど出来なかっただろう。

 それにしても、末恐ろしいというのは彼女のような者を言うのだろう。
 ダークエルフの故郷に帰ることもなく、人の世界で暮らしていた彼女は、自分の魔力を磨く機会はほとんどなかったはずだ。にもかかわらず、自分達の魔力を彼女の魔力が押さえていたのだ、もしも、彼女が正式に修行を積んでいたのなら、どれほどの力を発揮することだろう。その秘められた力にレザイアは恐怖すら覚えていた。
「どうやら、完全に眠りこけているようだ、さっさと、あの者を連れ帰るとしよう」
 髭を蓄えたレザイアより年長と思われる男が、レザイアの返答も待たずに洞窟に入ろうとするのをレザイアは止めた。
「お待ちください、ゼラフェル神官殿。もう少し用心した方がよろしいかと」
 だが、レザイアの忠告をゼラフェルと呼ばれた男は平均よりやや出っ張っている腹を揺すって笑った。
 他の者達が細身であるために彼の少々太り気味の体は異様なほどに目立っている。
「何を臆しておられるのかな?
 たかが小娘、しかも、薬で眠っている相手をそこまで警戒する必要などあるまい」
 その瞳には侮蔑の色があった。
「ゼラフェル殿、いかに神官の地位にあろうと、この任務の隊長はレザイア様です。
 隊長の指示に従っていただきたい」
 ゼラフェルの皮肉にレザイア自身よりもセリジュの方が激しく反応した。
「セリジュ、言葉を慎め、相手は神官だ」
「しかし……」
 そこまで呻いたが、レザイアの強い視線に、渋々引き下がった。
「ゼラフェル神官、確かに相手は小娘。しかし、侮ってはなりませぬ。
 現に我らの魔力はあの小娘に押さえられ、洞窟の中を詳しく測ることすら出来なかったのですよ」
 だが、ゼラフェルはそんなレザイアの慎重論を鼻先で笑った。
「だが、あの小娘は既に眠っておる。
 その証拠に、今は我々の魔力が十分に使えるではないか」
「いえ、こんな単純な手にかかる方がむしろ怪しいと思います。
 あるいは、あの娘、我々の裏をかいて逃亡を図るやもしれませぬ」
「ふん、たわごとだな。」
 ゼラフェル神官はレザイアの懸念を無視してさっさと部下を引き連れ、洞窟の中へと進んでいく。
「レザイア様……」
 レザイアの部下は僅かに3名。そのうち、二人はすでに別の出入り口を見張っていた。ここにいるのは彼の腹心のセリジュのみである。
 残りの8名は全て自分達の長である神官ゼラフェルに付いて中へと進んでゆく。
「仕方がない、我々だけでもあの娘に出し抜かれぬように警戒するとしよう。
 裏口に張り付いているバリアとタムに合図を」
「は!」

 レザイアの命令に答え、セリジュは一つの図形を頭の中に描く。
 ダークエルフ達の間だけ通用するサインである。複雑な指示はできないが、簡単な命令なら確実に伝えられる上に、たとえ相手にそのメッセージが読めても理解する事ができないため、秘匿性も極めて高い。こういった状況では特に多用される手段である。
 そのサインはセリジュが頭に思い浮かべた瞬間に仲間の脳裏に映し出されていた。
「しかし、何故、あんな無能な男が我々に同行する事になったのでしょう」
 ずっと抱えていた疑問、いや不満をセリジュはレザイアにぶつけた。
 レザイアは苦笑しつつ答えた。
「仕方がないさ。
 なにしろ、今回の相手はあの大妖術士、ベフェル様の落とし子。
 神官達にしてみれば我々のような戦士風情に、そんな貴重な存在をまかせるわけにはいかんのだろうさ」
 それは、極めて政治的な意味を含んでいた。
 現在、ダークエルフの組織は一枚岩とは言えない状況にある。
 戦士達と神官達との間で不協和音が鳴り始めていたのだ。
 神官達の力は少しずつ失われつつあった。
 かつては巨大な権力を誇っていた神官達だが、彼等の祈る邪神は未だダークエルフ達に明るい未来を与えてはくれない。それに対する不満がダークエルフ達の中に少しづつ育っていた。
 それに対して、戦士達は戦いにおいて夥しい戦果を挙げ、ダークエルフの社会で少しづつ発言権を強めている。それが過去からの特権を守っている神官達にはおもしろくなかった。
 今回の任務で、戦士達の代表たるレザイア達が無事にベフェルの落とし子を人間界から保護するという手柄を立てれば、神官達の立つ瀬がなかった。実戦で手柄を立てるなど神官達には不可能、ならば、こういう時にでも手柄を立てねば神官の力はますます弱くなって行くだろう。
 ベフェルの力を受け継ぐと思われる彼女を自分達の力で保護し、さらに自分達の陣営に組み込むことが出来れば、中立を保っているベフェルも神官側に組みすることがかなうかもしれない。

 ベフェルは、ダークエルフの中で絶大な影響力を持つ存在だった。彼を味方にすることが出来れば、失墜し始めた神官の権威も取り戻せるというものである。
 かくて、戦士達の代表格たるレザイア達への牽制と手柄の横取りのために、神官達の中から最も傲岸不遜で戦士達の皮肉や嫌みをものともしない分厚い面の皮を持つゼラフェルが派遣されたのだ。
 だが、この人選を神官達はやがて後悔することになるであろう。

 ゼラフェル達は程なく洞窟の奥の部屋についた。
 そこには、穏やかな寝息をたてている少女と、彼女の手に握られている金貨の詰まった細長い布製の財布。そして、その回りに散乱した数枚の金貨がある。
 どうやら、金貨を数えている最中に眠り込んだらしい。
 そのあどけない寝顔を見てゼラフェルはにやりと笑った。
 これで任務を無事に完了した。この手柄は決して小さい物ではない、彼の出世は約束されたも同然だった。
「ふん、レザイアめが、賢しげなことをいいおって、タダの憶病者ではないか」
 あれがダークエルフでも生粋の戦士の一人などと、全く噂など当てにはならぬ。
 心の中で自分の手柄のライバルを罵っていたとき、彼の部下の一人が大声を上げた。
「ゼラフェル様!!」
「何事だ、騒がしい」
 あんなに大声を出しては小娘が目を覚ますかもしれないと言うのに。
 肩をいからせながら部下の元に急いでいくと、彼の部下は奇妙な興奮をたたえて、自分の上司に声をかけた。
「こ、これをご覧ください……」
 彼の部下は震えながら、その掌に乗せた物を、ゼラフェルに差し出した。
「な!」
 それを見た彼はあまりのことに、声を詰まらせた。
 何かの間違いではないのか、そう思い、部下の掌からそれをひったくった。
 自らの手にあるそれを凝視し続けるゼラフェル。やがて彼の口から、奇妙な声が漏れ出る。
「くふ……くふふ……くわあははははは!!
 なんと言うことだ! わしはなんと幸運なのだ!!
 この手柄があれば、わしは神殿議会員にもつけるぞ!!」
 ゼラフェルは高らかな哄笑を上げた。
 その狂った笑い声は、洞窟中に響きわたった。
 彼の手元にある小さな美しい結晶石。
 美しさと不可思議な性質を持つが故に貴重品として珍重される宝石。
 奇妙な輝きをたたえるその宝石こそ、魔力を増幅する力を持つリムラ石に違いなかった。
 リムラ石。
 砂粒ほどの結晶が数十枚の金貨にも匹敵すると言われる、この世界でも有数の希少な宝石。
 その宝石が珍重されるのはその美しさだけが理由ではなかった。
 その宝石は、宝石としても勿論高い価値を持っていたが、それ以上に不思議な付加価値を持っていた。
 なにしろ、光を当てるとその波長に合わせて美しい音色を奏でるという不思議な性質を持ち"歌う宝石"とたたえられていたのだから。

 そして、その美しさと神秘の性質を越えた、魔力を持つ者にとってはいかなる物にも代え難いほど貴重な性質をもその宝石はもっていたのだ。
 それは、このリムラ石が強力な魔力増幅効果を持っているということだった。
 その力は結晶の大きさや性質などにもよるが、最低の質の物でも見習い魔道士を最強の魔法使いとすることさえ可能な強力極まりない魔力増幅体なのである。

 まして、今彼の手にある物はかなり良質の物のようであった。
「なるほど、こんな切り札を持っていたのか。道理で我らの魔力が通じぬ訳よ」
 そう納得しながら、ゼラフェルは部下達に命じた。
「他にリムラ石がないか調べろ!」
「は!」
 部下達は、周辺を調べ始めた。
 ゼラフェルはそれを見ながら、自分の幸運に満足げに頷いた。
 ベフェル様の落とし子を連れ帰るだけでもかなりの名誉である、それにリムラ石というみやげが付けば、彼の名声は揺るぎ無い物になるだろう。
 あの鼻持ちならない戦士風情も大いに悔しがるに違いない。
(そうだな……一つくらい、儂が頂いても良かろう。
 この先、いつリムラ石に出会えるかわらぬのだからな)
 寿命が数千年に及ぶダークエルフでも、リムラ石を所有できる者はそれほど多くはない。
 その長い生の中でさえ、出会えずに寿命を終える者も少なくないのだ。
 一つしかないなら仕方がないが、もしも、まだあるようなら一つくらい自分の物にしたところで、罰はあたるまい。
 ゼラフェルはそう思った。
 そして勿論、このことはあの生意気な戦士風情に知られてはならなかった。

「遅い……一体何をしておられるのか……」
 既にゼラフェル達が中に入ってから30分が過ぎている。
 子どもを連れて来るには十分すぎるほどの時間が経っていた。
「あの神官、無能とは思っておりましたが、子ども一人満足に連れて来れないほどとは知りませんでした」
 セリジュの皮肉にレザイアは苦笑した、がすぐにそれを納め、いぶかしげに洞窟を睨む。
「……罠……か?」
 胸の中にわき起こる黒々とした予感。
 それが何なのか、答えを見つけられずにレザイアがいらいらしている時、事態は新しい展開に進んでいた。
 洞窟から出てきたゼラフェルは部下達と共に何事もなく出てきた。
 ゼラフェル自身が小脇に目的の少女を抱えているのを認めて、レザイアは意外さを隠しきれなかった。こうもあっさり捕まるとは予想していなかったのだ、もう少しトリックなり罠なり仕掛けているだろうと思っていたのだが……
 自分は少女を過大評価しすぎていたのだろうか? ふとそんなことさえ考えてしまう。

「ふふふ……」
 そのレザイアの表情をみてゼラフェルは満面の笑みを浮かべた。
「いかがかな、所詮は小娘。気にすることなど無かったのだよ」
 憶病者めが……
 ゼラフェルの音にならない声が聞こえたのはレザイアの気のせいではあるまい。
 だが、得意げに笑う彼の手の中にいる少女にレザイアは僅かながら違和感を感じていた。
 なんだ?
 いぶかしげに少女を見つめる。
 何かが違う。
 何が違うのか分からない、だが、彼の勘に何かが引っかかった。
 ガサリ
 小さな音。
 草が風にでもなびいたようなその音にさえ、レザイア達は敏感に反応した。
 その音に振り向けば、何かの影が走り去るのが見えた。
 ちょうど人間の少女のような影に見えた。セリジェも、それに気がついたらしい。レザイアは彼に頷いて、その影の後を追って駆け出した。
 レザイアも走り出す。そして、他の二人の部下にも指示が飛ぶ。ほどなくして漆黒の四人の狩人が獲物を追い、木々が生い茂る山奥へと走り去っていった。
「ゼラフェル様……もしや、この娘……偽物なのでは……」
 ゼラフェルの部下の一人が不安を訴えた。
 彼は確かに、小さな影が逃げるのを目撃した。
 それは一瞬のことなので、はっきりとは言えない。
 しかし、その影が、彼女のように思えた。
 あるいは全くの見間違いかも知れないが、一応、話しておく必要はあるだろう。
 このことを報告しないで、ラザイア達に手柄を立てられでもしたら、報告の義務を怠ったとして後々いびられるに決まっているのだから……
「偽物だと? これほど実感があるのにか?」
 ゼラフェルにはにわかに信じがたい。確かに、彼の腕の中には彼女が眠っていた。
 重さと言い、感触と言い。これが幻などであるはずがない。
「これほど確かな手応えがあるのだ。これが幻覚で有るはずがない。
 そうとも! この娘が本物なのだ! あやつらが追っている者の方が偽物なのだよ!」
 だが、口ではそう言いつつも、彼の心にはささやかな、しかし、確かな疑惑が生まれた。
 もしも、これが、幻覚だとしたら……
 優れた術者の幻覚は視覚や聴覚だけではなく、五感全てを欺くという。
 実際、ゼラフェルも大妖術士ベフェルの術を何度かその目で見たことがある。
 幻だと分かっていても、本物の魔獣を召還したのではないかと思ったくらいだ。
 何しろ、全てが本物そっくりだった。その重量感。その姿。そして、手触りや体温までもが有ったのだから……
「こんな小娘に……そんな術が使えてたまるものか!」
 内心の動揺を何とか鎮めようと声に出してみたが、それは余計に彼の心の中に生まれた疑惑を大きくするだけだった。
 既に言葉にも先ほどの自信は見られず、不信感と不安が揺らめいている。
「……! えええい!! ロガ! バッセウム! メオ! お主等三人でレザイアの後を追え!!
 先に”あの娘”を捕らえるのだ!!」
「は……はは!」
 どこにいるのかも分からない。その影が本物かどうかも分からないままに、ゼラフェルは自分の部下にそう命じた。自分の部下の中では一番腕の立つ者達を三人とも探索隊に任じてしまった。
 それを見て、他の部下達はゼラフェルに反対した。
「ゼラフェル様! 何もそこまでせずとも……」
「ただの幻覚でございましょう。第一本物はゼラフェル様の腕の中にいるのではありませぬか!」
「えええい! 黙れ! 黙れぇ!!
 こんな事をしている間にあの面憎いレザイアに手柄を取られてはたまらぬ!
 さっさと行け!!」
 自分自身の不安のために冷静な判断力が失われたゼラフェルには、諌言も届いてはいなかった。既に自分の腕の中で眠る少女が本物であるかどうか。それさえ、彼には自信がなかったのである。
 命じられた三人は直ぐにレザイア達の後を追った。他に当てがなかったのである。
 残された者達は渋い顔を見合わせていた。
 冷静さ、判断力、武術、魔力。そのどれもが、ゼラフェルには欠落していた。
 ひいき目に見ても彼の実力は二流止まりである。その彼が今回の探索任務の責任者となったのは、単に神殿側の人手が足りなかったことと、戦士達の嫌みをものともしない、その面の皮の厚さ故であった。
 しかし、そんなでたらめな理由でこんな重大な任務に彼が当てられたのであるから、彼の部下にしてみればまさしく不幸である。
 あたりをおちつかなげに見回す彼に、あからさまな侮蔑の視線を部下達は彼に送ったが、彼はまったく気がつかなかった。
「しかし、ただの幻覚にあのレザイア殿が引っかかるか?」
「そう言われてみれば……それじゃあ、本当に偽物なのか? これが?」
 ゼラフェルの腕の中でこんこんと眠り続ける少女を見つめて、不安げに言葉を交わす部下達。
 その時、微かに少女の姿が揺らめいて見えた。
「!! おい! 今、このガキの姿歪まなかったか?」
「なにい!」
「なんだと!」
 一人の言葉にゼラフェルを始め、その場に残った全員の視線が眠り続ける少女に集中する。

 ゆらり
 まるで、陽炎の様にその姿が微かに揺らめき、ぼやけたように彼等には見えた!
「しまった!! やはり幻影か!?」
 自分の腕には確かに少女の重みを感じる。だが、今の揺らぎは間違えようもない。
 自分はとんでもない失態をしているのではないのか?
 焦ったゼラフェルは完全に判断力を失った。
「お前達もレザイアの後を追え!! 急げ!!」
「は!」
 部下をけしかけたゼラフェルは、そのまま自分もかけ出そうと、腕の中にいる幻影の少女を放り投げた。

 先ほどから一向に差が縮まらない。
 いくらこの山が、森が彼女の庭であったとしても、大人と子供の足である。直ぐに捕まっても良さそうな物だ。
 気配を捕らえているので見失う心配はないが、この足の速さは尋常ではない。
「全く、とんでもないお嬢さんだ」
 舌打ちしてレザイアは気配を追い続ける。
 早駆けの術でも使っているのかも知れない。そうとしか思えないほどの足の速さだ。だが、そのために気配を消すことは出来ないらしい。もしも、早駆けの術と気配を消す術を同時に使われていたら追うことなど出来なかっただろう。それが、レザイアにとっては好都合だった。全く違う性質の術を複数同時に使うのは充分な経験と実力を持った者でも難しい。あの少女が同時に術を使えないのは当然と言えば当然だ。

 彼の部下もそれぞれ手分けして包囲網を完成させていた。
 彼女の気配が例え途中で消えたとしても、完璧な包囲網を完成させた以上逃げることは出来ないだろう。彼女がこの場を逃れるには転移呪文を使うしかない。
 しかし、高速移動術ならばともかく、転移呪文は高難易度の呪文である。いかにあの偉大な術師の落とし子といえども、そこまでの術を使いこなすことなどできはしないだろう。
 そして、並の人間ならばいざ知らず、ダークエルフの戦士の目を逃れることはこの状況ではもはや不可能である。

 すると、全く別方向から迫ってくる数人の気配を感じた。一瞬誰かと思ったが、気配で直ぐに分かった。ゼラフェル神官の配下の者が彼等の後を追ってきたのだ。
 彼等の行動を見て、ゼラフェル神官も流石にあわてたのだろう。
 彼の手の中にいた娘が幻影だということに遅蒔きながら気がついたに違いない。
 レザイアはそう思った。
 レザイアが彼女に感じた違和感。それは幻覚の術だった。
 彼女に触れようとしたとき、ほんの僅かだが揺らぎを感じた。あの揺らぎは明らかに高度な幻覚呪文である。幻覚呪文の中でも最高峰の術は視覚のみならず聴覚や触覚を含む五感全てをだますことが出来るという。そして、レザイアは結論づけた。ゼラフェルの腕の中にいるのは幻覚であると。
 そして、走り去る少女の影。それが決定的だった。後はその気配を追って走っただけだ。
 長年の経験と勘が教えている。今、自分の前を走っているのが本物だと。
 追いかけ回して、ついに包囲の真ん中に追い込むことに成功した。これで、もはやあの小娘は逃げられないはずだ。
 レザイアとセリジュ。そしてバリアとタムはそれぞれ周囲に気を配りながらじりじりと包囲をせばめて行く。
 ゼラフェルの部下の三人もそれぞれ、レザイアの仲間の近くで待ちかまえていた。
 彼等が失敗した時の為の二段構えの体勢だった。ただゼラフェルの部下にとってはレザイア達が失敗した方が何かと好都合なのだが……。
 そして、その包囲網がついに一点に引き絞られようとしたとき、不意にその気配が消えた。
「逃げ切れぬと悟って隠れるつもりか? だが、既に手遅れだな」
 もっと早い時期に気配を消しておけばもっと手間取ったかも知れないが、既に彼等は彼女の居場所を完全に包囲している。もはや逃れようなど無い。
「それにしても我々をここまで翻弄するとは……全くとんでもないお嬢さんだ。
 将来が楽しみなほどだ」
 つい先ほどまで末恐ろしい等と呟いていたレザイアはあっさりと前言を撤回した。いくら彼女でも逃げ場はない。これから彼女は自分達の仲間に、ダークエルフの貴重な戦力になるのだ。そう思えばこそ、彼女の強大な潜在能力とその可能性に期待せずにはいられない。
 その期待を胸にレザイア達はさらにその輪を縮めていった。そして……

「いない……だと?」
 自分の部下のもたらした報告を聞いてレザイアは呟いた。
 自分自身を含めた四人で、最後に気配を見失った地点を中心に徹底的に調べたあげくの答えがこれであった。
 レザイアはその報告を疑った。何しろ、ダークエルフでも腕の立つ者が四方から確実且つ慎重に作り上げた包囲網だ。逃げられる訳がない。
 魔法で逃げたのなら、その痕跡が残る。あまり考えられないことだが、かりに彼女が転移呪文などを使えるとしても、その手の呪文は空間に干渉するため発動を感知することは比較的容易である。その発動の気配を消すことなど並の術者には不可能なのだ。
 だが、確かに彼女は居なかった。
 まるで、はじめからそこに存在していないかのように……
「はじめから……存在していない?」
 自分自身のその思いつきにレザイアは不安を感じた。
 何か、何かがおかしい。
 そして、有ることに気がついた。
 レザイア達が、気配を見失った地点に来た時、その場所の下草に踏まれている痕跡、つまり、足跡が無かったのを思い出したのだ。
「しまった! はめられた!!」
 レザイアがあげた驚愕の叫び。それは敗北の声だった。

「ゼラフェル神官殿! 起きて下さい! ゼラフェル神官殿!!」
「う……ううむ……」
 唸りながら首をゆっくりと振り、ゼラフェルは目を開けた。
「何があったのです?」
「! レザイア!!」
 目の前にいきなり一番嫌な男の顔を見せられて、ゼラフェルは動揺しながら、身を起こした。
 自分達が幻影を追いかけていることに気がついたレザイア達はあわててゼラフェルの居る所へととって返した、そして、気を失ってだらしなくのびているゼラフェルを見つけたのである。当然周囲を直ぐに調べたが、彼等はゼラフェルの側にあの娘の姿がないことを知ったのだ。
 気配を探したが既に近くには居ないらしく、全くつかめない。しかたなく、レザイアはゼラフェルを起こして手がかりを得ようと考えた。
「つつつ……貴様のせいで、とんだとばっちりだ!」
 気がついたゼラフェルはさっそく、レザイアに怒鳴りつけた。
「やはりゼラフェル神官殿が腕に抱えていた者が本物だったのですね」
「あたりまえだ! 確かにあの娘には実体があった。このわしを蹴り倒して逃げ出したのだからな!!」
 ゼラフェルは怒りと苦渋を吐き出すように恨み言を言い出した。
「何がダークエルフの若き英雄だ、あんな小娘に乗せられて逃がすとは!!
 ふん! 大した英雄様だな!!」
 自分の事はしっかりと棚に上げて、悪意と嘲笑に満ちた言葉をぶつける。
 その言葉にレザイアの横にいたセリジェが体を振るわせて声を荒げた。
「何を言う! あなたの方こそあの小娘にやられてだらしなくのびていた癖に!!」
「よせ、セリジェ!」
「しかし、レザイア様!」
「私があの娘にだまされたのは事実なのだ」
 レザイアが止めるとセリジェは反論した。しかし、レザイアの次の言葉に、何も言えなくなってしまった。そう、ゼラフェルの無能を笑うことの出来る者など、ここには居なかった。全員が同じだったのだ。獲物を目の当たりにしながら、まんまと逃げ仰せられたのだから。
「今回のことは私のミスです。
 我々が追っていた方こそが幻影だったのですからね。我々はあの娘にまんまとしてやられたと言うわけです」
 わざと軽めの口調で言うが決して彼の心の傷が浅いわけではない。言葉の中に見えかくれする隠しきれない苦渋の波動がザイアの敗北感の大きさを物語っていた。
 今まで、戦場で幾多の功績を上げ、ダークエルフの若き勇者と讃えられた彼が、ここまで見事にしてやられたことなど今まで一度もない。しかも彼を負かした相手は、百戦錬磨の猛者でも、齢四千才を越える老獪なエルフの長老でもなく、唯の小娘なのだ。彼のプライドをずたずたに引き裂くのには十分すぎる現実である。
「ところでゼラフェル神官殿。あの娘がどの方向に逃げたか存じませぬか?」
 あの後、気を失っているゼラフェルを見つけた彼等は、とりあえず少女の足跡を探したが、直ぐに見失ってしまった。
 少女も自分の足跡から逃げた方向を悟れないようにいろいろと細工をしていったのである。おそらく今頃彼女は、足跡の残りにくい道を選んで逃げているに違いない。
 手がかりを完全に失ったレザイアはゼラフェルに話を聞くことにしたのだ。
 ただ、彼を最初に起こさなかったのを見るとおり、レザイアはゼラフェルに全く期待していなかった。ここまで見事にだらしなくやられているところを見ても、完全に不意をつかれたことが分かる。これで彼女の行方を知っている方が不思議である。
 レザイアの問いにゼラフェルはぐっと詰まった。自分自身もあの娘にしてやられた苦い現実を目の前に突きつけられたのだから。
「……残念だがワシは知らぬ! 何しろ、後ろからいきなりやられたのだからな!!」
 予想通りの答えにレザイアは眉一つ動かさなかった。
「威張って言うことか……」
 胸を張り大いばりで中身のない返答をしたゼラフェルに彼の部下は頭を抱えて苦悩したが、ゼラフェル自身知らないのだから仕方がない。
 何しろ、本当に不意をつかれてしまったのだ。
 レザイアが惑わされて影を追った後、ゼラフェルも自分の部下を全員影の探索にまわし、自分自身も後を追おうと腕に抱えていた娘の幻影を放り投げた。そして、走りだそうとしたその瞬間、死んだふりをしていた少女は見事な回し蹴りを彼の後頭部にぶち込んだ。
 スピード、パワー、タイミング。その全てが完璧だった。
 しなやかな彼女の左足に三つの力が宿った時、それは絶大な破壊力を秘めた一振りの凶器になった。そして、その美しい凶器は見事にゼラフェルの後頭部に必殺の一撃となって炸裂したのである!
 完全に不意をつかれたゼラフェルには何が起こったのか全く分からなかった。
 饒舌に尽くしがたい激痛が走ったかと思うと、あっさりと目の前が暗くなった。
 そして気がついたら目の前にレザイアが居たのである。

 そんなわけで、ゼラフェルが少女の行方など知る由もない。さらにこれにはおまけがあった。
「……ない! ワシの財布がない!!」
 立ち上がった時、妙に胸元が軽いと思い、手を入れてみれば、彼の大事な財産がきれいさっぱり消えて無くなっていた。
 行きがけの駄賃変わりにちゃっかりと彼の財布を失敬していたのである。
 その度胸と言い根性と言いなかなかのものだ。わざわざゼラフェルをのしたのは、住み慣れた場所を追い出される怒りのはけ口を求めてのことだったが、ついでに財布を奪っていくあたり、転んでも唯では起きないタイプであるらしい。
「あ、あの小娘えぇ! なんと手癖の悪い奴だ!!」
 怒声を張り上げたゼラフェルはあわてて別の場所に隠していたリムラ石を探した。それまで奪われていては大変なことになる。リムラ石が有れば、とりあえず当面の面子は保たれるはずだった。
 そして、ポケットの中をまさぐる手の先に冷たい硬質の感触があった。
 有った! 安堵のため息をついてそれを手の中に握りしめる。
「急いであの娘を追わなければなりませんな」
 レザイアがそう言うと、彼を制止した者が居た。
「まてまて、あわてることもあるまい。
 どのみちあの娘は我らから逃げ仰せることなど出来ぬよ」
「ゼラフェル神官殿、まだそのようなことをおっしゃられるのか。
 あの魔力と知略、そして度胸。どれもが標準を遥かに上回っている。放っておけば間違いなく我らの驚異となります。
 急いで捕らえ、我らの仲間にしなくては!」
 レザイアは既に彼女を唯の小娘とは見ていない。味方に出来なければダークエルフ全てに対して驚異となりうる危険人物と判断していた。"保護"ではなく"捕らえる"と言う言葉がそれを証明している。
「確かに度胸と知能は見上げたものだ、それは認める。だが、あの小娘の魔力の秘密は既に我の手の中にあり! もはや恐れることなど無い!!」
 自信満々に宣言するゼラフェルをセリジェは胡散臭そうに睨み付けた。
「その自信の根拠は?」
 セリジェの問いに彼は意味ありげに笑って見せるだけだ。
「何か隠して居られますな」
「はて? 何の事やら?」
 レザイアの追求にとぼけるゼラフェル。
 これ以上の議論は無駄だと悟ったレザイアは水晶のペンダントを右手に持って、語りかける。
「こちら、レザイア。残念ながらあの娘に逃げられました。
 娘の居場所を探して下さい」
 すると、ペンダントが淡い紫の輝きを発して言葉を返してきた。
「10分お待ち下さい」
 彼の持っていたペンダントは風の呪文を封じた物で通信機能を持っている。
 必要に応じて故郷に居る仲間達と連絡を取り、力を借りることが出来るのだ。
 レザイアは一流の魔法戦士であり、一通りの術は使える。だが、探索系の術はあまり得意では無かった。
 彼が得意とするのは攻撃呪文と防御呪文。そして、数種類の治癒術くらいだ。
 戦士としても優れているために近くにいるのなら気配を読むことは造作もない。
 だが、今、目的の少女の気配が察知できない。おそらく、レザイアの探索範囲を超えてしまったのだろう。こうなったら、故郷にいる探索術の使い手に頼るしかないのだ。
 ただ、無警戒の時の彼女は位置を特定できたが、これからはそうも行かないかも知れない、潜在的とはいえかなり強力な力を持っているようだ。その彼女が本気で探索呪文を妨害したら捕らえきれるかどうか不安が残る。
 他の者達も探索系の術はあまり得意ではない。
 探索や連絡などには風の精霊が向いているのだが、元々、ダークエルフは精霊とは相性が悪い。特に風や水の精霊との相性は最悪である。そのため、探索術の得意な者はダークエルフでは貴重な存在であり、故郷を出ることはほとんどない。
 しかし、レザイアの心配など全く気にしていない者も居た。
 ゼラフェルは自分の手の中にあるリムラ石こそが、少女の魔力の源だと信じていた。それを失った彼女にはもはや大した力はないと、高をくくっていたのである。
 やがて、水晶から答えが返ってきた。
「申し訳有りません。目標の位置を特定できないとのことです……」

 その答えにレザイアはやはりという一言を呟き落胆したが、ゼラフェルはあわてて水晶に噛みついた。
「馬鹿な! あの小娘にはもはや探知呪文を妨害するだけの魔力はないはずだ!!」
「何故、そう断言できるのです? 現に術者は探知できぬと言っているのに」
 レザイアが詰め寄ると、ぐっと、言葉に詰まった。だが、今回はレザイアも引かない。
「ゼラフェル殿、もしや何か思い当たることでもあるのですか?」
「な! 無い! 何もない! ワシは何も知らん!!」
 悲鳴のような叫び声をあげて否定するが、その狼狽が全てを物語っていた。レザイアが目配せすると、心得たセリジェとバリアが左右からゼラフェルを押さえ込む。
「き! 貴様等!! 神官に向かって無礼であろう!!」
「失礼ですが、持ち物をあらためさせて貰います」
 レザイアがゼラフェルのポケットをまさぐる。先ほどからこの中に有る何かを手で(もてあそ)んでいたことは承知の上だった。
「こら! やめろ!! よさないか!!」
 ゼラフェルの叫びなど完璧に無視してレザイアがポケットの中を探ってると、やがて冷たい硬質なものが彼の指先に触れた。
「これは?」
 そう呟いてポケットの中の物を取り出した。
「返せ! それはわしの物だ!! そのリムラ石はわしが見つけたのだ!!
 わしの手柄なのだ! 返せえ!」
 咆哮にも似た悲鳴をあげる神官。しかし、レザイアはあきれ果てた口調で自分の手の中にある物をゼラフェルの目の前に突き出した。
「これがリムラ石ですか?」
 彼の手の中にあったのは何の変哲もない石ころが5個。多少きれいな柄ではあるが、全くの普通の石ころだった。
「き、貴様! わしのリムラ石をどこに隠した!!」
 自分が手に入れた奇跡の宝石が唯の石に化けたと知って、ゼラフェルは半狂乱になった。唾を飛ばしながらレザイアに怒鳴り散らす。
「隠すも何も、神官のポケットに有ったのはこれです。私は何も細工などしていませんが」
「ば……馬鹿な!! 
 わしは確かにあの娘の(ねぐら)の中でリムラ石を手に入れたのだ!」
 そんなゼラフェルの様子は完全に無視し、レザイアは自分の思考に没頭した。
 しばらくして、考え込んでいたレザイアは顔を上げる。
 彼の顔には多少のあせりと困惑があった。
「まさかと思うが……あの小娘。これ程まで計算高いとは思わなかった……。
 これは、放っておいたら大変なことになるぞ」
 レザイアは少女が自分達に仕掛けた策をやっと理解できたのだ。
「レザイア様。それは一体どう言うことですか?」
 レザイアの深刻な表情とその呟きにセリジェが声をかける。その声に視線を向ければ、彼の直属の部下だけでは無く、ゼラフェルの部下までもが彼に注目していた。
「あの娘がどんな手を使ったか、やっと分かった。
 全く末恐ろしいとはあの娘のためにあるような言葉だな」
 疲れた笑いをうかべてレザイアは自分の考えを話した。
 あの時、ゼラフェルの脇に抱えられて現れた彼女。あれが本物であることは既に分かり切っている。それにも関わらず、何故ダークエルフでも屈指の戦士である彼が簡単にだまされてしまったのか?
 実は、彼女は自分が眠っていると見せかけて、あらかじめ自分自身の姿の幻を実体の上に重ねていたのである。
 その幻覚によってラザイアは僅かな違和感を感じ、あらかじめ用意されていた別の幻覚にまんまと引っかかってしまったのだ。しかも、唯の石ころをリムラ石に見せることによって、ゼラフェルとレザイアの亀裂をより深く広くし、二人が協力しないようにしむけたのである。
 自分に仕掛けた幻影にレザイアが必ず気づく、それだけの力量を持つと見抜いたからこそ、これほど手間のかかる、危険度の大きい策を用いたのだ。もしも、自分自身にかけた術に気づかない程度の相手であったなら、逆にこの計画は失敗していたはずなのだから。
 さらに、リムラ石を見せることによって、その石を失った自分には大した力はないとゼラフェルに思いこませた。その計画も見事に功を奏し、彼女を探索する時間を遅らせ、彼女に逃げるのに十分な時間を与えてしまったのである。
 ほんの僅かな時間で彼女は全てを見切っていたのだ。レザイアとゼラフェルの力量。その性格。そして、二人の間の感情の亀裂までも。
 恐ろしいほどの洞察力であり、驚くべき計算高さであり、信じがたい度胸であった。
 レザイアの説明を聞いてその場に居合わせた全員が顔色を失った。これ程までに凄まじい能力を持った彼女をもしもこのまま人間界に放置しておいたら一体どのようなことになるのか、ダークエルフにとって巨大な驚異となることも十分にあり得る。
 それだけでもすでに危険な存在であるのに、彼女にはさらにおまけがある。そう、ダークエルフ屈指の実力を持つ大呪術師ベフェルの血を引くという事実が!
 彼女にどれほどの潜在能力があるのかは誰も知らない。だが、彼女の能力がベフェルの子供にふさわしい物であるとしたら、まさしく史上最悪の敵に育つ可能性もある。
 現に、彼女の存在を自分達は察知しきれない。確かに、邪神の力を得たダークエルフは攻撃系の呪文を得意とし、探索系は不得手ではある、しかし、それでも、国にはかなりの使い手の術師がいるのだ。にもかかわらず、彼女はその目から逃れきっている。
 彼女の年齢から考えて、まだ完全に力が目覚めているとは考えにくい、それにも関わらずこの有り様である。
 例え力が無くともあれほどの計算高さと機転の冴えは既に危険なレベルと言っても良い。さらに、潜在能力の巨大さを考え合わせれば、それがどれほど危険な存在であることか!!
 何としても捕らえたい所なのだが、探索の術は使えず足どりも分からない。
 考えあぐねていたレザイアの耳にゼラフェルの恨み声が聞こえてきた。
「……お主の失態でとんだとばっちりを食らってしまったではないか!! 
 わしの財布が! 全財産が!! 一体どうしてくれる!!」
「あんな小娘に簡単にのされた癖に何をおっしゃられる!
 あなたの方こそ、もう少し思慮深く行動して下さい!! 神官の名が泣きますよ!!」
 ゼラフェルのいらだった声にセリジェがかみついた。それを聞いていたレザイアがぽんと手をたたいた。
「……神官殿、あなたの財布に何か目印になるような物は入れて有りませんでしたか?」
 探索術が妨害されていたとしても、持ち主の力に反応する何らかの品物が有れば、それを持っている者を追跡することは容易である。
「……ある! わしの神官証がある!!」
 勢い込んで言うゼラフェルの言葉に他の者達は白い目を向けた。
「他に何か無いのですか?」
「……ぬう?」
 勢い込んでいったゼラフェルであるが、周りの冷たい反応に言葉を続けることは出来なかった。その反応は当然のことであろう。
 冷静に考えれば直ぐに分かることだが、神官の証など普通の者には全く無意味な物である、ましてや、ダークエルフの神官の物ともなれば、人間社会では邪魔になるだけだ。しかも足の付く可能性さえ有るのだから、さっさと財布から捨て去るのが常識である。あの少女がいつまでもそんな物を大事に持ち歩いているとは思えない。
「しかし……他にこれと言って特徴のある物など入れてはおらぬ。あとは通貨だけだ」
 ゼラフェルのその言葉にレザイアは落胆のため息をついた。しかし、しばらく考えていた彼は気を取り直したように呟く。
「……他に手がかりがない以上仕方がないですな。
 あの娘も、逃げるのに夢中でまだ財布の中には手を付けていない可能性もある。
 とりあえず試してみましょう」
 可能性はかなり低いだろうが、やってみても損にはならないだろうと考え直し、レザイアは呪文を唱え出した。探索系の術が苦手と言ってもそれは不特定多数の中の所在不明物を探すことが苦手なだけであって"ゼラフェルの神官証"と言うはっきりした物を探すのはそれほど難しいことではない。
 精神を集中し魔力を練り上げる。練り上げられ精錬された力を自分の周りへ均等に放つ。
 その力の流れに変化が起きないか心の目で注意深く観察する。薄く広く緩やかに流れる自身の力をレザイアは体全体で感じていた。しばらくして、力の流れにかすかな乱れが生じた。
 それを見つけたレザイアは意識を乱れの起きた場所に集中する。
 その原因となっている物体。子供の親指ほどの大きさのそれは間違いなくゼラフェルの神官証そのものであろう。術に対しての反応がずいぶん弱いようには思われる。
 そしてそれは、別の気配と共に北へ向かって動いていた。
 その気配にレザイアは覚えがある。つい最近、自分がこの目で姿を見、気配を感じていた相手である。そして、彼に苦渋に満ちた敗北を与えた相手であった。間違えようもない。あの少女である。
 彼女の気配が直ぐ近くにあることで、神官証の反応の弱さもに説明が付く。
 彼女ほどの使い手だ、自分の正体や気配を隠すための術を身につけていたとて何の不思議が有ろう。それを考慮に入れると、この反応はおそらく本物と思われた。偽物の可能性は極めて低いであろう。

 そうと知って、レザイアは会心の笑みを閃かせた。先ほどまで彼の心を支配していた敗北感は薄れ、心の中に怒りと歓喜がわき起こる。
 そうだ、まだ戦いは終わっていない。完全に敗北したわけではないのだ。向こうがこの事に気づいていない今こそが、名誉挽回の好機であり、彼の一時の敗北をすすぐことになる。
 レザイアは直ぐに部下達に指示し彼女を捕らえるべく行動を開始した。この際、人数は多いにこしたことはないのでゼラフェルとその部下にも協力を要請した。
 ゼラフェルは渋ったが、彼の部下はレザイアと行動を共にすることを望んだ。彼女を捕らえられなければゼラフェルのみならず自分達の責任も追及されかねない。
 そして、それは彼等が神官としての地位を失うことになる。
 レザイアに手柄を立てさせることに反発を感じてゼラフェルは最後まで抵抗したが、部下達は彼を見捨ててレザイアに従った。こうなると、ゼラフェルとしても我を押し通すことは出来ない。

 既にゼラフェルは部下達からも見放されていたのである。

「んふふふ……こんなに上手くいくとは思わなかったわ」
 手の中にある、ついさっき手に入れたばかりの財布を空に放り上げては受けとめる。そんなことを繰り返して財布の重みを確かめながら少女は満足げな笑みを浮かべる。
(まったく……剛胆と言うか無謀というか……よくもあんな危険な賭が出来るわね……)
 呆れ顔で小さな精霊は少女を見つめた。少女のあまりにも大胆な作戦に肝を冷やしていたのは、むしろ彼女の方であろう。
 あの時、睡眠薬が風の流れに乗って来た時、少女はフィレンに頼んで自分の周りに風の壁を作り、薬を吸わないようにしていたのである。その後、複数の幻影を作りそれを利用して大胆極まりない作戦を実行した。
 その作戦の内容はレザイアが推察した通りだった。ただ、確かに半端な度胸では出来ないことだろう。剛胆と言うよりはまさに無謀そのものである。しかし、少女はフィレンの言葉に笑って答えた。
「勝算がある限り無謀とは言わないのよ」
(……誰の言葉なの? 聞いたこと無いわよ)
「あたしが今言った」
 フィレンの問いに少女は胸を張って答えた。
(……………)
 フィレンは開いた口がふさがらなかった。

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