[ 三妖神物語 第二話 女神集う ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke

第三章 女神集う

 どれほどの時が過ぎたのだろう、竜一が我に返った時、最初に気が付いたのは呼吸が楽になっていることだった。
 いや、呼吸だけではない。心臓も、そして、体の力もいつのまにか元に戻っていた。
 だが、そんな事は、今の竜一にとっては大した問題ではなかった。
 急いで辺りを見回す。
 そして、辺りの様子は一変していた。
 自称”聖戦士”達が作った結界の中であることは、変わってはいなかった。
 だが、人気のほとんどないこの空間に、先ほどまでいなかった影が3つあった。
 一つは、人間、白銀の髪を腰まで延ばし、清楚で、神秘的な、美しすぎる女性。
 その瞳は、月と見間違うほどに鮮やかな、慈悲深い輝きを放つ銀。
 その肌は、雪よりも白く、はかなげな印象の女性であった。

 もう一つは黄金の巨大な影。
 全長は5mにも達する、獣とも、鳥ともつかない美しい異形の存在。
 鷲の頭と翼、獅子の体、空と陸の王者の力を合わせ持った、誇り高き幻獣。
 その瞳もまた、体を覆う羽毛と体毛を凌ぐほどの輝きを放つ太陽の強さを秘めた黄金。
 それが、グリフォンと呼ばれる、空想上の幻獣であることは、ファンタジーを少し噛ったことのある人間なら容易に理解出来るだろう。
 最も、それを受け入れられるかどうかは、その人物の度量に頼ることになるだろうが。

 そして最後の影は、2m余りの漆黒の影。
 しなやかな美しさを持つ、黒豹。
 だが、その姿は、この世界の黒豹とは、少し異なる。
 背中には鳥の羽根を思わせる、見事な黒い翼が4枚生えていた。
 そして、額と、胸には、アクセサリーのように輝く、幾何学模様を描く銀の体毛。
 黄金の瞳と、僅かに青味がかった銀の瞳。
 この現実世界にはあり得ない優美な獣”有翼豹”。
 竜一は周りを見回した、しかし、生きて動いているのはその二匹と一人だけだった。
「あの7人組は?」
 竜一が尋ねると、有翼豹−ミューズ−が答えた。
「あそこですよ、マスター。」
 ミューズが前足で指し示した方向に、まるで生きているかのような、見事な石像が7体立っていた。
 いや、石像ではない。その石像の顔は間違い無く、先ほどまで竜一を追いかけ回していた、”聖戦士”様御一同であった。
「遅かったのか・・・・」
 呻くように竜一が呟く。
 別に竜一は彼等に同情した訳ではない。だが、この力は、シリスが何よりも嫌っている呪われた力の一つであった。
 それを使ってしまったためにシリスは、深い傷を心に再び負ったのではないか。
 竜一はそれを心配していたのだ。
「ご心配には及びませんよ、マスター、良く見て下さい。」
 ミューズにそう言われ、石像に目をやる。すると、竜一もあることに気がついた。
 もしもシリスが本当に相手を殺すつもりでこの力を使ったのならば、石化した相手は瞬時のうちに砕け散り、砂よりも細かい粉末になって風に散っているはずである。
 それが原型を留めているということは・・・・
 竜一が振り向くと、ミューズと金色のグリフォン−メイル−が頷いた。
「ギリギリであたいの魔力中和結界とミューズの干渉結界がまにあったってことさ。」
 メイルが胸を張って答えると、竜一は安堵の溜息をついた。
「よかった、本当に。」
 一息ついた竜一は、改めて彼女達を見た。
 すでに、メイルとミューズも人間に姿を変えていた。
 ミューズは漆黒の髪を背中まで延ばし、黄金の瞳と淡く青味がかった銀の瞳、薄いコハク色の肌を持つ知的な美女に。
 その額と胸には、銀製の精巧な細工と鮮やかな宝石で彩られたアクセサリーがある。
 メイルは黄金の髪の毛をショートカットに、黄金の瞳の輝きはそのままに、褐色の肌を持つ、いかにも活動的な大柄の美女に。
「有難う、シリス・メイル・ミューズ、助かったよ。」
「どう致しまして、マスター。」
 黒髪の美女ミューズは胸を張って。
「盟主・・・・やっと思い出してくれたな。
 それにしても、ひやひやものだったぜ。」
 金髪の美女メイルは、笑いながら。
「御主人様、御無事で何よりです。」
 銀髪の美女シリスは、半分、泣きながら。
「しかし、ミューズ、随分と手の込んだことを仕組んでくれたなあ。」
 思わずそう皮肉を言う竜一。
 シリスそしてメイルの名を呼んだ時に、彼の心にしかけられていた封印は解かれた。
 竜一は、全てを思い出した。
 そして、気がついた、こんな手の込んだことをするのは、この三人の中ではミューズしかいないことを。
「私に何かあったら、真っ先にシリスが切れる。
 シリスが切れたらどうなるか知っている私が、それを見過ごすはずがない、そこまで計算していたという訳か。」
「ええ、マスターにはメセルリュース様の封印を破ろうという自発的な意志に欠けているような気がしたので。
 マスターは自分より、私達、特にシリスに何かあると、真っ先に力を使いましたからね。」
 竜一の言葉に、あっさりと頷くミューズ。
 実際、前回の邪神騒ぎの時も、自分の命が惜しかったと言うよりは、彼の心に浮かんだミューズの泣き顔が封印解放のきっかけだったのだ。
「だがな、私が覚醒しなかったらどうするつもりだった?
 シリスが罪を重ねることになったかも知れないのに。」
だが、竜一のその反撃に、ミューズは笑いながら答えた。
「あらあ?マスターがそんな事するはずないじゃないですか。
 シリスを見殺しにするなんて、私達のマスターなら絶対にしませんよ。」
(こいつはー)
 ふるふると握り拳を振わせて、竜一はミューズを睨みつけたが直ぐに諦めた。
 口では、彼女にかなわないのは、分かり切っていたのだ。
 自分の作った使い魔に口で負けるというのは情けない話しのようだが、過去の竜一は、彼女達を自分の奴隷や道具とするために作った訳ではない。
 彼女達を自分と対等な存在として、家族として作った。
 だからこそ、使い魔としては桁外れの能力と破格の性格を持つ極めて個性的な存在になったのだ。
 しかし、それで良かったのだろうか?
 竜一は一瞬、自分の過去の行動をおもいっきり後悔した。

「なーるほど、そういうことか。」
 半分呆れ顔でメイルは頷いた。
 シリスが切れれば、その異変に気付いた盟主が、記憶の封印を解く。
 その結果、自分とシリスのことも盟主は思い出し、シリスの力を抑えさせるために自分とミューズも呼ぶ。
 大した策だが、一歩間違えれば、盟主の命をも脅かす危険な賭けだ。
 メイルと同じ感想をシリスも持ったのだろう。ミューズに詰め寄る。
「もう、酷いですわね、ミューズ。
 わたくしはともかく、御主人様は、随分苦しんでおられたのですよ。
 もう少し穏やかな手段は無かったのですか。」
 シリスの批難に、しかし、あっさりミューズは頷く。
「そうよ、これが一番てっとり早かったんだから。」
 しかし、それでは納得出来ないシリスは、なおもミューズを睨みつける。
 不毛な仲間割れを止めたのは、竜一だった。
「まあいい、全員無事だったんだから、終わり良ければ全てよしだ。
 もう、このことは忘れよう。」
 竜一が納得しているのなら仕方がない、シリスは、渋々引き下がった。
「さて、こいつ等をどうするかだ。」
 竜一の視線の先には、物言わぬ石と化した7人の男達がいた。

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