[ 三妖神物語 第二話 女神集う ] 文:マスタードラゴン 絵:T-Joke
第一章 天上裏の密談
どんな町にもある取り立てて特徴の無い平凡なアパートの一室、あえて特徴をいえば、値段の割りには広い部屋と風呂がついているということ位だろうか?
そんな、極平凡なアパートの部屋に本人は平凡なつもりでいる、少し非凡な大学生がいた。
自分が何者なのか、それを完全に理解している者は、ほとんどいないかも知れない。
そして、彼もまたそんな人間の一人だった。
彼の名は
本人は、極真っ当な人間のつもりで生きていたのだが・・・・
竜一の部屋、そこは極一般的な大学生らしい部屋である。
大学のレポート作成とゲームをするためのパソコン。
TVやビデオなどのAV機器、そして、教科書と、参考書。
小説や、漫画本が散乱した余りにも一般的な部屋。
そして、一つしかないベットの上で、この部屋の主人は安らかな寝息を立てていた。
その部屋では、家主に隠れて、密談を行なう怪しげな者供がいた。
部屋の主に気付かれないように、屋根裏に隠れた影は三つ。
ネズミ達のテリトリーを不法に侵略したその影達は、お互いに顔を突き合せるように向かい合っていた。
それは人間ではなかった。
小動物のようである。
一つは黒い、屋根裏の闇よりも尚暗く溶け込むかのようにそこにたたずむ漆黒の子猫。
闇に溶け込む体に反するかの様に黄金と極薄く青みがかった銀の瞳を輝かせている。
さらによく見ると、額と胸元にも薄い銀色の輝きがあった。
それはあたかも黒装束に飾り付けられたアクセサリーのごとく、漆黒の体に良く映えていた。
実際、近くで良く見れば、その銀の毛は三角形を組み合わせた左右対照の見事な飾り模様になっているのに気付くだろう。
もう一つは、2mほどもある蛇。
しかも、白銀色の輝きを放つ鱗で身を鎧っており、その目には、月の光と見間違うほどの輝きを持つ銀色の瞳があった。
その銀の輝きは強く、鋭い。
しかし、ただ強いだけではない、その中には、慈愛の輝きがあった。
ヘビを毛嫌いする者は多い。
しかし、このヘビは、そんな人間達さえも虜にする魅力があるだろう。
そして、最後の一つは、全身黄金に輝く小鳥。
大きさは、せいぜい20cm位しかないだろう。
しかし、その姿は尋常ではない。
どう見ても猛禽類。
それも、鷲をそのまま縮めたような形をしていたのだ。
大きさでは、とうてい本物には勝てない。だが、その小鳥には異様な迫力と存在感があった。
その小鳥が空を飛べば、空の王者であるはずの鷲の方が道を譲るだろう。
そう思わせるほどの迫力があった。
しかし、この組み合わせはかなり異様である。
普通、ヘビと猫が仲が良いことはまず無い。さらに、小鳥はヘビや猫の格好の餌食である。にもかかわらず、三匹は争うでもなく、ただ、そこで顔を突き合せているだけだった。
「・・・・という訳なのよ」
「・・・・呆れたな。
その程度の力しか持たないやからが盟主にちょっかいを出すとは」
「しかし、この場合問題なのはその黒魔術師が、御主人様の力のことをどうやって知ったかということですね」
なにやら深刻そうな会話が聞こえる。
黒魔術師がどうしたなど少々怪しげな内容であるが、それは確かに、屋根裏から聞こえる。
その語り合う声は三つ。それぞれが美しい女性の声音であった。
しかし、さらに奇妙なのは、あろうことか、この会話が、屋根裏にいるこの三匹の口から飛び出しているのだ。
”人間の言葉”が・・・・
黒猫が再び口を開く。
「とりあえず、マスターは私のことだけは思い出したわ。
でもまだ、完全じゃないの。
何しろ貴方達のことは名前すら思い出せないのだから」
そう言って黒猫は、溜息をついた。
「大丈夫だ、ミューズ。すぐに思い出させて見せる。
あたい達だって盟主の使い魔だ」
胸を張って答えたのは、黄金の小鳥だった。
しかし、ミューズと呼ばれた黒猫の方は、苦り切った表情でかぶりを振った。
「そんな甘いものじゃ無いわ。
メイル、あなたメセルリュース様の力を甘く見てない?」
「そんなことは無い・・・・と思うが」
メイルと呼ばれた小鳥は、小さく愚痴った
「では、貴方はどうなさるおつもりなのですミューズ?
まさか、このままにしてはおけませんでしょう?」
白銀のヘビがそう尋ねると、ミューズは頷いた。
「ええ、心配は無用よ。
既に手は打っているわシリス。
とりあえず、マスターにはもう一度私のことは忘れてもらっているの」
それを聞いて、メイルと呼ばれた小鳥とシリスと呼ばれたヘビはお互いに顔を見合わせた。
「何でそんなことしたんだ?
一体お前何を考えるんだ? ミューズ」
「そうですよ。
苦労して、やっと御主人様に思い出していただけたのに、その記憶を自ら封じてしまうなんて・・・・」
呆れかえった二匹に、ミューズは、至極真面目な口調で答えた。
「今までマスターと一緒にいて気がついたのよ。
マスターの記憶の封印を解くには、マスターは、ギリギリの状況に追い込まれなければ駄目だって。
実際、私のことを思い出したのも、下級邪神の生け贄にされる直前のことですもの。
もしも、私のことを覚えていたら、マスターは、私に頼ってしまって、貴方達のことを思い出してくれないわよ。
それでも良いの?」
『それは・・・・』
二匹の言葉が見事にハモる。
確かにそれは困る。
今まで共に生きてきた、大切な存在。
自分の命より大切な人。
その人の役に立てない自分達に、何の存在価値があるのだろう。
今のままでは、この世界で自由に力を振うことさえ出来ない。
いざという時に、守ってやれないことになる。
「確かに、このままでは納得いかんな」
メイルがそう唸った時。シリスは目を細め、しかし、より激しい銀色の輝きを瞳に宿した。
「ミューズ、御主人様は命の危険があるような状況に追い込まれて、始めて記憶の封印も破ることが出来る。
そう言いましたね」
ミューズは頷く。
「ええ、そういったわよ」
それを聞いて、メイルも気付いた。
あっと、声を上げると、猛然とミューズに食ってかかる。
「まさか!
盟主に命にかかわる危険を押し付けるつもりか!」
はたして、ミューズはあっさりと頷いた。
「そうよ」
「ミューズ! あなた!」
二匹の批難の視線を浴びて、しかし、ミューズは涼しい顔で答える。
「別に私がしかける訳じゃないわ。
あの組織が大ダメージを受けたことは、いずれ、裏の世界に知れ渡る。
そうなれば、物好きで向こうみずなやつらがちょっかいをかけてくるのはわかりきっているもの。」
「何故、完全に彼等から御主人様の存在を隠さないのですか。」
シリスの堅い声音に、ミューズは静かな口調で話した。
「この世界の精霊達の力が弱すぎる事に気がついていたでしょう?」
二匹は頷いた。
力を封じられているとはいえ、彼女等の主人がおり、しかも、巨大な魔力を誇るミューズまでいながら、この力の弱さは余りにも異常なことである。
それはこの世界が滅びに向かっている証拠に他ならない。
精霊とは乃ち、この世界そのものの命の姿である。
あらゆる物質的な存在のもう一つの姿。命と力の輝きの結晶ともいうべき存在。
科学では解明出来ない、見ることも出来ない。
全ての人間達が忘れ去っても、科学者達が否定しても、しかし、それは確かにこの世界に存在するのだ。
「このままでは、この世界は100年を待たずに滅びるわ。
いいえ、下手をしたらもっと早いかも知れない。
でも、それではマスターまでその”滅び”に捲き込まれてしまう。
せめてマスターが寿命を全うするまでは、この世界を持たせたい。
そのために、私の魔力をある程度強めて精霊達に力を与えようと思っているの」
そこまでいわれると、シリスも納得せざるを得ない。
つまり、ここまで力の弱くなった精霊達を活性化させ、世界を支えさせるためには、ミューズはかなり大きな力を放出しなければならないのだ。
それは巨大な力を持つミューズにとっては負担でも何でもないのだが、この世界に隠れているであろう、微弱な力しか持たない魔術師達にさえも、自分の存在を悟られることになるのだ。
そんな連中が何万人こようが、ミューズには何の負担にもならない。
それらを滅ぼすのも駆逐するのも、ミューズにはたやすいことだ。
しかし、それでは他の二匹の存在を無視することになる。
竜一が危機に会ったその時に、自分だけが主人の支えになってもいいのか?貴方達は、役立たずのままでいいのか?
ミューズは、そう言っているのだ。
「それは・・・・」
シリスが言葉をのみこんだ時、
「ならば、その連中を皆殺しにすればいい」
恐ろしい台詞をさらりとした口調で言い切ったのはメイルだった。
「この世界の役にもたたず、盟主の害にしかならないような奴らを生かしておくことはない。
なんなら、あたいが今すぐ、そいつらを叩き潰してやる。」
メイルにとって、主人である竜一以外の存在に何の価値もないのだ、ためらう必要などどこにもない。
「メイル、言葉を謹みなさい。
向こうから仕掛けてくるならばともかく、なにもしていない相手に手を上げることは許されませんよ。
第一、そんなことをしてご主人様がお喜びになるとでも思っているのですか?」
メイルはシリスの言葉に不満げに鼻をならしたが、あえて反論はしなかった。
ミューズはそんな二匹を見て苦笑した。
「やっていいものなら、とっくに私がやっているわ。」
だが、それは出来ない、いや、してはいけない事なのだ。そんな事をしたと竜一に知れれば、苦しむのは竜一自身なのだから。
「しかしなあ、攻撃は最大の防御だぜ。」
そう口にしたメイルはシリスの眼光に口をつぐんだ。
「ご主人様は、”あの方”を亡くされて以来、ご自身の力を嫌悪しておいでです。
そんな行動を取れば、ご主人様は私達を受け入れてくれなくなるかも知れないのですよ。」
シリスの言葉は、過激なメイルの反論を完全に封じ込めた。
それは、禁忌。
彼女達の主人の心の奥にある、古く、しかし、余りにも深い傷跡。
決して、主人の前では口に出せない、彼の罪。
その罪の深さと重さに、彼女達の主人は今でも苦しんでいるに違いないのだ。
「ちっ、わかったよ。」
小さく舌打ちしたメイルは、渋々引き下がった。
「ミューズ、貴方の名を再び封印したのは判りました。
ですが、もしも御主人様が、私達の名は愚か貴方の名前まで思い出せない事態になった時は、どうなさるおつもりです?」
シリスの疑問に、ミューズは胸を張って答えた。
「その心配は無用よ。私達の名を思い出し易いように、ちょっとした仕掛けをしておいたからね。
ま、仕上げをごろうじろってこと」
いたずらっ子がたのしい悪戯を思い付いたような笑みを浮かべたミューズを、シリスとメイルは呆れた面持ちで見つめていた。
この時、ミューズは二匹に全てを話してはいなかった。
彼女が、自分の主人を危険にさらしてまで彼女達の覚醒を急ぐ本当の訳を。
今話しても、意味の無いことであったのだから・・・・。