さて不在の第三弾
緩やかに流れる時間。
野明の心境はいかに?!
明るい話ではないですよ~ 今はまだ☆
それでも 良いわというかたは ぜひどうぞ♪
以下本文
日記帳と駄文置き場
えっと新しく書き始めました
書き出しは実は二月近く前なのですが軽井沢と同時進行が無理!ということで放置していたものです。
今回はちゃんと終わりをきめて書いてるのでそんなに長くならないはずです(笑)
もしよろしければ この先もお付き合いくださいませ~♪
そうそう 今回は旅行には行きませんよ(笑)
以下本文
軽井沢編 15弾です
旦那の休みも挟まって思いっきり期間があきすぎてお忘れの方も多いかとは思いますが軽井沢編ですの更新です。
今日は朝から天気が悪い。
台風が近寄っています・・・
更生している時間がないのでそのままUPしますので誤字脱字は気づいたらこっそり修正しているかもしれません(笑)
ではでは 長々続いたこのお話も遂におしまいです。
よろしければもう暫くお付き合いくださいませ~(^^)
以下本文
軽井沢編 14弾です
世の中、夏休みですね~
買い物に出た大型ショッピングモールは嘗て無いほど混んでました(^^;
暫くは近寄らないようにしよう。
キャラクターショーなんかもやっていて ああ休みなんだなと痛感。
自分の家が平常運転だとなんだか実感がないですね~☆
さてさて本編ですが、アッサリと飲み会を終了してコテージに向ってます。
長々続いたこのお話もそろそろ終盤です。
よろしければもう暫くお付き合いくださいませ~(^^)
以下本文
軽井沢編 13弾です
ここ数日 少し強めの自身が続いていますね。
『東海地震とは関係がない』と学者さんが仰っていたそうですが・・・
何はともあれ台風で地盤が緩んでるところへ持ってきての地震ですからやっぱり警戒はすべきですよね。
『天災は忘れた頃にやってくる』と申しますし。
日頃の心構えが大事、ということで。
そして飲み会完結編です(笑)
どうぞご覧下さいませ~
のんびり進んできたこのお話もなんとか終わりが見えてきましたがもう少し続く予定ですのでよろしければもう暫くお付き合いくださいませ~(^^)
以下本文
軽井沢編 12弾です
今日は一日雨の予報です。
空気はジメジメ空はどんより。
時々雷鳴も聞こえます
のんびり進んできたこのお話もなんとか終わりが見えてきましたがもう少し続く予定ですのでよろしければもう暫くお付き合いくださいませ~(^^)
以下本文
軽井沢編 11弾です
残すところあと一日~
やっとここまで来ましたよ・・・
書いてる自分が長さにめげそうです(笑)
期間限定の裏話をご覧になった方もそうでない方も話はちゃんと繋がるようになっている・・・筈です(^^;
本編の更新がすごく間が開いてしまいましたがどうにか続行中です♪
なんとか終わりが見えてきましたがもう少し続く予定ですのでよろしければもう暫くお付き合いくださいませ~(^^)
以下本文
軽井沢編 10弾です
遂に二桁突入・・・(^^;
長いなぁ・・・しみじみ思います(笑)
暑さで倒れそうな気温の中、決して涼しいとはいえない本文(^^;
文才の無さに思わず笑が止りません(笑)
上手くかけるようになりたいな~とつくづく思います。
今週も幼稚園はお休み・・・
登園している時の一週間はあっという間なのに休みの一週間ってなんて長いんでしょう・・・・
今週もがんばるぞ!
ここ暫く週一の週末更新が続いていたこのシリーズですが遂にそれすらぶっちぎって9日あきましたね~
私逃げまくってましたから(笑)
今回は久し振りも絵もつけてみました☆
完結だけはさせないとなぁという意思はあるんですよ、なので見捨てないでね(^^;
長くて完結はまだ先になりそうですがもう少し続く予定ですのでよろしければもう暫くお付き合いくださいませ~
以下本文
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刻印
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「なぁ、俺のものにならないか?」
そう言われた直後クルリと視界が回り、顔の脇に両腕をついた遊馬が覆いかぶさるようにして自分を見つめていた。
いつものふざけた感じとは違う初めて見る『男の人』の目が少し怖くて、野明は遊馬の目から少し視線を外した。
「嫌なら無理強いはしない」
真剣な眼差しの遊馬に野明は眼を逸らしたまま小さく首を振った。
嫌ではなくて、怖いと思った。それは遊馬が怖いのかこれからのことが怖いのかよく分からなかったけれど。
「嫌・・・じゃないの・・・でも・・・」
何と言っていいのか的確な表現が浮かばない。『この先』に自分が予想した事を思って不安と羞恥で頬が紅潮しているのが自分でもはっきりと判った。
「でも?」
真剣な眼差しで遊馬が言葉の先を促し野明は目を合わせることが出来ないまま答えを返す。
「私 こういうの全然・・」 経験がないからわからない、と続けようとして頸の後ろに差し入れられた遊馬の暖かい手に意識が移る。次いで遊馬がふぅっ・・・とゆっくり息を吐くのが分かった。
遊馬の方に目を向けると先刻までの怖いくらいの眼差しは影を潜めていて優し気な顔でくすりと笑った。自分の方にゆっくりと唇を寄せて囁く。
「心配しなくていい。俺が教えてやる」
そう言うと殊更にゆっくりと唇を重ねて遊馬が頸と腰に手を宛がい自分をぐっと抱きこむのが分かった。
啄ばむように何度か軽く唇を合わせた後 優しく野明の唇を塞ぐ。
緊張している野明は目をぎゅっと瞑り、その全身に思い切り力が入っているのに気づき一度唇を離した。
「野明、力 抜けるか?」
「・・・えと、どうしたら抜けるんだろう?」
困った顔で訊く野明に思わず噴出しそうになりながら、「じゃ 抜いてやろうか?」というと再び 先ほどよりも深く唇を重ねる。
吃驚した野明の身体がぴくりと跳ねて、遊馬を離そうと両手を肩に当てて突っ張った。
遊馬はまるで意に介す様子もなく僅かに出来た隙間からすっと舌を差し入れる。
「んっ・・・」
思わず首を竦めて逃れようとしたものの、頸の後ろに回された遊馬の掌がしっかりと頭を抑えているので思うようにならない。歯列に舌を這わせ、野明のそれを絡めるように口腔で踊る遊馬の舌の感覚に野明の意識がふわぁっと遠のく。
目の端にうっすらと涙が浮かんだ野明から頃合をみて唇を離すと彼女の身体はくたりとベッドに沈んだ。
ニヤリと笑うと野明の顔を覗き込む。
「力、抜けただろ?」
「遊馬の意地悪」
「意地悪ねぇ。これでそんな風に言われたんじゃ、この後困るんだけどな」
「この後・・・って・・遊馬ぁ・・・」
抗議の声を上げ、頬を染めて目線を合わせたり逸らしたりと忙しく動かす野明に軽く笑みを返す。
「怖いか?」
「・・・少し」
「逃げるなら今が最後。どうする?」
「どうするって・・・」
困った顔で目を逸らす野明に『逃げ道を提示しないのは卑怯かな』と思い直す。
確かに野明を欲しい気持ちはあるが無理強いすることだけは絶対に嫌だった。
今後のこともあるし何よりそんな風にして手に入れても自分が納得できないだろう。
少し考えて、いつかの様に野明の顔の横から右手を退けた。
自分が荒れて彼女を傷付けた『抱かせてくれるのか?』と言ったあの時のように。
あの時は本気で抱くつもりなどなかった、『こんなヤツだから相手にするな』という自虐めいた自暴自棄の結果だから 右手は壁につかず逃げ道を用意しておいたのだ。
今回は少し事情が違う。
本気で欲しいから、野明に後悔を残させたくないから。
「嫌ならここから出てもいい」
そう言って片側を開けた。
野明は腕の退かされた自分の左側の空間と遊馬の顔を交互に見比べ少しの間考えるように口元に手を宛がい、それから小さく首を左右に振った。
おずおずと両手を遊馬の頸に伸ばしてそっと引き寄せる。
「逃げないよ。・・・遊馬、大好き」
何より欲しかったその言葉に思わず気が昂る。
退けていた右手を戻して野明と向かい合った。
「俺も野明が好きだ」
言葉を返して野明から小さな吐息交じりの声が漏れるのを聞きながら頬に瞼に首筋にと何度となくキスの雨を降らせる。
今までに聞いたことのない声と表情。そのどれもが堪らなく愛しい。
次第に甘く変わっていく野明の声を聞きながら襟元に結ばれた寝巻きの紐に手を掛けると、驚いた野明が慌てて遊馬の手を退けようと手を伸ばした。
「ちょっ・・・っちょっとまって・・・」
「やだ、待たない」
野明の手を意に介すことなスルリと紐を解くと、襟元が広く開いて肩が露わになる。
首筋から鎖骨、喉元に順に舌を這わせ、胸元を強く吸い上げると白い肌に赤い花が咲いた。
「んっ・・・あ・・やだ、痛っ・・!」
肌蹴た胸元に目を移すとそこに赤い痣が出来ているのが目に入る。
「これっ・・あ、遊馬ぁ・・・」
「・・『俺の』って印。一つじゃ 足りないかな・・・」
にっと笑って更に花を咲かせる。
下着の淵に3つ目の痕をつけると「邪魔」と呟いて野明の背中に手を回し、その身を包む布を取り去ろうと手を這わせ、焦った野明が慌てて身を捩る。
「あ・・・ちょっと、遊馬・・・」
「待たないし、止めない」
細い手首を掴んで野明の半身を起こして寝巻きに手を掛けると 野明は遊馬の肩口にポンと額をつけ、小さな声で訴えた。
「あの・・・電気、消してもらえる?」
『それじゃ野明がみえない』と思ったものの自分が掴んでいる野明の手が微かに震えているのを見て小さく笑う。
「分かった」
部屋の明かりを落とし、自分と野明の身を包む衣服と理性の箍をベッドの脇に投げ捨てると、野明と共にシーツの海に沈んだ。
薄明かりの中目をあけると 自分の左隣で遊馬がうつ伏せに眠っているのが見えた。
露わな肩に思わず目を背け、身体を起こそうとすると遊馬の腕が自分の右肩を掴むようにして身を抑えていることに気づく。
その手を退かそうとして互いが洋服を着ていないことに気づいて赤面した。
起こさないようにそーっと手を退かし慌てて半身を起こすと下腹部に鈍い痛みが走り、思わず顔を顰める。
周りを見回すと脱ぎ捨てられた衣類が目に入り羞恥で頬が染まった。
そおっとベッドから抜け出すと手早く衣服を身につけ、遊馬の洋服を畳んでナイトテーブルに置くと洗面所に向った。
洗面所の明かりをつけ顔を洗う。
ふと先ほどのまでの事を思い出してしまい自分の胸元をそっと覗くとそこには遊馬がつけた赤い痕がくっきりと残っていた。
足元にあるポーチをを取ろうと身を屈めると下腹部にキリリと痛みが走る。
今しがた『破瓜の痛み』というものを身をもって知った野明は思わず「本当に痛んだ・・・」と呟いた。
軽く息をつき、部屋に戻ろうとして、ふと浴室に目がとまる。
『お風呂使おうかなぁ』
中を覗いて軽く浴槽を洗うとそそくさとリビングに向かい入浴剤の中から先ほど断念した泡になるものを手にして戻る。
説明を読んで中身をカランの下に流し込むとお湯を勢い良く注いだ。
見る見る泡が立つのを見て思わず顔が綻ぶ。
お湯が溜るまで少しありそうなので今のうちにと替えの下着を取りにそっと寝室に戻り、遊馬が良く眠っているのを確認して再びスルリと部屋を抜け出した。
小さなワインボトルに入った入浴剤は香りもワインそのもので浴室に芳醇な香りが満ちていた。
十分に泡が立ったのを確認して軽くシャワーで身体を流すと恐る恐る泡の中に足を入れてみた。
泡になった部分が微妙にくすぐったい感じがしてすぐに温かいお湯に足が届く。慎重に身体を沈めてみた。
泡で満たされた浴槽に入り、手足を伸ばしてみると外国映画で見たヒロインのような気分になる。
思わず楽しくなってスイッと足を上げてみたり、浴槽の淵にうつ伏せに腕を組んでみたりしてみる。
「こういうのやってみたかったんだよねぇ」
泡を両手ですくってふうっと息を吹きかけて飛ばしたりして野明は暫くの間浴槽で遊んでいた。
寝返りを打とうとコロリと転がると肩口に肌寒さを感じて上掛けをグイッと引き寄せた。
その感触がいつもの布団と違うことに気づいて、『ああ、そうか』と思い当たる。
『寮じゃないんだっけ』寝起きのぼんやりした頭で考える。
自分が衣服を身につけていないことに気づいて一気に数時間前のことが思い起こされた。
『そうだ、俺 野明を・・・』と思ってはた、と気づく。
自分の右隣に居たはずの野明の姿はそこにはなく、布団も既に温度を失いかけていた。
慌てて半身を起こすと 放り投げた筈の衣類がきちんと畳まれてナイトテーブルの上に置かれていて一瞬、夢でも見たのかと思ったが自分の身体についた野明の残り香りがそうではないことを主張する。部屋の中に野明が居ないことを確認して手早く衣服を纏うとリビングの扉を開けた。
明かりの灯るリビングにもやはり野明の姿はなく、コテージから出たのかと不安になって玄関に向う。靴があることに安堵しつつも、どこに行ったのかと首を傾げてリビングに戻り洗面所の扉から明かりが漏れているのに気づいた。
パタンと扉を開けると浴室から楽しげな野明の鼻歌が聞こえてきた。
思わず安堵の息が漏れ、「野明」と声を掛けて浴室の戸を開けると泡風呂で遊んでいた野明がピキッと固まった。
目が合って数秒の沈黙のあと野明は思いっきり悲鳴を上げた。
「いやぁ、出てってよっ、遊馬の馬鹿ぁぁ!」
石鹸だの洗面器だのを手当たり次第に投げつける。
「わ、馬鹿、落ち着けって!」
「早く扉閉めて出てってぇ!!」
「分かった。分かったから物を投げるなっ」
勢い良く扉を閉めると ポムっと音をたててボディスポンジが浴室内に跳ね返った。
扉に背中を預けて、大きくため息をつく。
見つけたことに安堵して不用意に戸を開けたのはまずかったと思うが・・・先刻まで肌を重ねていた相手にこの態度はどうなんだよ、と聊か腑に落ちない感を受ける。
どちらにしても 自分だって汗は流したいしこのままここに居ても野明は絶対浴室に立てこもって出てこないだろう事は明白だった。
ここは前向きに一度着替えを取りにこの場を離れることにした。
泡で楽しく遊んでいると遊馬が「野明」と声を掛けながらいきなり扉を開けた。
吃驚して動作が止った。
自分の格好を見て一気に頬が紅潮して混乱のあまり思いっきり悲鳴を上げると「出てって!」といってその辺りにあるものを手当たり次第にポンポン遊馬に投げつける。
遊馬が出て行くまで ひとしきり騒いで閉まった扉に跳ね返ったボディスポンジがぽてっと床に落ちるのを見て投げるものが手元に無くなったこともあり漸く物を投げるのを止めた。
一気に疲れが押し寄せてきて泡の中に沈みこみそうになる。
先刻まで肌を重ねていた相手とは言え・・・いきなり入ってこられては堪らない。
先の感覚が鮮明に蘇って身体がゾクリと震える感じがした。
胸元に鮮やかに残った遊馬曰く『俺のもの』という印。
目に入ると『遊馬のもの』になったことを想起させる赤い花。
野明は、はぁっと大きくため息をつくと浴槽の淵に凭れ掛かった。
「悲鳴あげちゃったのは 拙かったかぁ・・・」
呟き、先ほど投げつけて物が散乱した浴室に目をとめた。
『遊馬、怒ったかなぁ・・・』
自分の行動に少し凹んでいると再び 洗面所の扉が開く音がした。
今度は先に外から声が掛かる。
「野明。俺もお湯使いたいんだけど?」
遊馬の発言に驚いて慌てて返事を返す。
「ごめん、すぐ出るから待ってて」
「いや 別に出てこなくてもいいんだけど」
「だってっ・・・出るよ。すぐ出るから!」
「泡風呂なんて俺が1人で入っても面白くないの!」
「・・・って 遊馬、私と入るつもりなの?!」
「他に誰がいるんだよ?」
「駄目っ、絶対駄目!私これ以上入ってたらのぼせちゃうもん。すぐ出る、出ます!」
暫く口論した後「野明の作戦負けだよな」と遊馬はくすくすと笑った。
野明はバツが悪くて フイッっとそっぽを向いてしまう。
それを見てニヤニヤと笑いながら正面に座って背を逸らす遊馬は意地の悪い口調で続けた。
「手元のもの全部投げて回収してこなかったら、次に投げるもの何にもないもんな?」
結局着替えを取りに出て行った遊馬は時を置かずして戻ってきた。
投げるものを投げつくしたのを知っていたのでそのまま扉を開けてシャワーを流すと浴槽に入ってきてしまったのだ。
幸いにも広いので野明が膝を抱えてしまえば遊馬が反対の端にいる限り触れなくてもいいくらい距離は取れる。
「出たければどうぞ、シャワー使えば?」
「・・・遊馬の意地悪・・・・」
野明が今、遊馬を直視できないことと、自身の肢体を見られることに躊躇しているのがわかるので強引に入れば逃げ場なんてないも同然、そのことに気付けは遊馬は結構強気だった。
浴槽の中にいれば辛うじて泡が身体を隠す、でも出てしまってはそうは行かないのだ。
「今更何言ってんだか」
そう言ってクスリと笑うと泡を掬い上げ、野明の方に向ってふっと吹き飛ばした。
「もう やめてよ」
小さくなってそっぽを向く野明に遊馬はすいっと顔を寄せる。
警戒して逃げようにも思い切り端に居た為によける場所などなかった。
あっさりと捕まってしまうと頸から肩に遊馬の両手が滑って思わず吐息が漏れた。
「さっきまで楽しそうに遊んでたのに、もうお終いか?」
「・・・あれは 1人だったからっ」
身を捩って逃げようとして下腹部の痛みに思わず顔を顰めた。
「痛むのか?」と遊馬が心配そうな顔を見せる。
「少し・・・」
正直に答えると遊馬は野明をそうっと抱き込んだ。
「・・・悪い、キツかったか?」
「あ・・・えと・・・初めてだったから」
「うん」
「でも 嬉しかったし、遊馬で。・・・だから、いいの」
真っ赤になった顔でいうと遠慮がちに遊馬の頸へ両腕を伸ばし肩口に頬を寄せる。
「それは光栄だな」
本気でそう思った。自分が一番手に入れたかった相手が自分を受け入れてくれる喜びは何にも変え難い。改めて野明を抱き込んでその肌の色に気づく。
風呂の温度はそんなに高くはない、この状況に照れて紅潮していることを割り引いても赤すぎはしないか?
元々野明の肌は白いから赤みが差しやすいにしても首に回された腕にも力が殆ど感じられない。
「おい、野明 お前風呂にどのくらい浸かってた?」
「・・・え? どのくらいって。わかんないな・・・・」
すこし ぼうっとした声で返事が返る。額をコツンとぶつけるとかなり高い温度を感じた。
湯温が低くて気づかなかっただけで、体力を消耗したところに長風呂したことで軽い脱水症状を起こしかけていた。
「ばか、お前。水って・・・ここには無いよなぁ・・・」
自分が押しかけたことで野明が外に出られなくなった事に思い当たり自己嫌悪に陥る。
「ああ もう!とりあえず出るぞ」
抱えて立ち上がろうとすると やはり野明の身体は力が抜けていてその上泡が滑って抱えにくい。
何とか浴槽から出すと上からシャワーを掛けて泡を落とし、バスタオルでくるむ。
そろえてあった着替えを渡し自分は手早く着替えを済ます。
野明に「自分で着れるか?」と聞くとコクンと小さく頷くのを確認して「なんかあったら呼べ!」といいのこしてキッチンに走った。
スポーツ飲料のボトルを手に戻ると野明は寝巻きの袖が上手く通せなくてもたついていて、慌てて手を貸した。
「とりあえず飲め」とボトルを押し付けるが野明は「欲しくない」と首を振った。
感覚がおかしくなっているのがわかる。
「いいから飲め。自分で飲まないなら俺が飲ませるけどいいのか?」
思わず言葉がきつくなる。
困惑した顔をした野明は諦めたようにボトルを手に取ると少しづつ飲み始めた。
その様子を慎重に見守る。半分ほど飲んだところで野明が ほうっと息を吐いた。
ボトルを一旦受け取り、リビングに連れて行くとソファに座らせ再びボトルを渡す。
「ちょっと片付けてくるから、ゆっくりでいいからこれ飲んでろ。何かあったらすぐ呼べ」
言い置いて浴室を片付けに向った。
ソファにすわって手にしたボトルを眺めながらゆっくりと喉を潤す。
ぼうっとしていていた頭が次第に意識を取り戻す。
傍を離れていた遊馬が「気分どうだ?」といいながら戻ってきた。
「ん、平気。また迷惑かけちゃってごめんね」
「酔っ払いの次は 脱水か?」
苦笑する遊馬に 「申し訳ありません」と神妙に謝った。
「いや、今回は俺も悪かった。ごめん」
野明の体調に配慮が足りなかったことを心底悔やむ。
小さく笑うと野明は「気にしないで」といって小さく首を振った。
「今週は遊馬に介抱されっぱなしだね」
「他のヤツがするよりいいさ、それ ちゃんと飲めよ」
「は~い、わかりました。頑張ります」
そういうと野明はボトルに残っていたスポーツ飲料を飲み干した。
ボトルを受け取り野明の身体をソファに横たえゆっくり髪を撫でると野明は安心したように少し目を閉じた。
暫くして野明の目を覗き込んで生気が戻っているのを確認すると「外 出てみないか?」と声を掛けた。
「外?」
「テラスがあっただろ。もうじき夜も明けるし朝焼け見ようぜ?」
「いいね。で、コーヒーでも飲むの?」
野明がくすくすと笑う。
「お前はまだ駄目。脱水起こしかけてるヤツがコーヒーとか紅茶飲むなよな、酒も論外!」
「じゃ 私なに飲むの?」
「水か 麦茶か焙じ茶だな」
「水しかないじゃない」
「じゃ、生理食塩水。作ってやろうか?」
「そんなものいらないって!」
「そんだけ言い返す元気が出てきたなら平気そうだけどな。スポーツ飲料もう一本持ってくか?」
「・・・水でいい」
「立てるか?」
声を掛けて遊馬が手を差し伸べる。頷いて立ち上がろうとすると下腹部がキリリと痛み野明は顔を顰めた。勢いをつけて立ち上がる。
キッチンで水のボトルとグラスに移したアイスコーヒーを調達してテラスに出ると二人並んで腰を下ろした。
夜風がひんやりとして心地よい。
空はうっすらと明るくなりかけていて夜明けが近いことを教えてくれる。
グラスを片手に野明の肩を軽く引き寄せると膝を抱えた野明が頭を遊馬の肩に寄せた。
暫くそのままぼんやりと空を見ていた。
空の色が急速に赤みを帯びてくるのを見た野明が「すごいね」と感嘆の声を上げる。
暗かった空が茜色に輝き、次いで黄金色が混ざり始めるとあっという間に空が白んできて辺りが朝靄に包まれ始めた。
「綺麗なもんだな」
「うん、あっという間に夜が明けちゃった。朝焼けって結構短いんだね」
「10分無いかもしれないな、綺麗に見える時間は」
辺りは濃い霧がたちこめ始めて周囲の木々の間を白く流れはじめている。

暫く黙って遊馬の肩に寄りかかっていた野明が不意に口を開いた。
「遊馬」
「なに?」
「・・・・呼んでみたくなっただけ」
触れて体温を感じているのに遊馬がこのまま霧の中に消えてしまうんじゃないかと不安になった。
キュッと遊馬のシャツを掴む野明の頭に顎を乗せるようにして遊馬がくすりと笑う。
「どこにも行いかないから、安心しろ」
「うん」
「お前こそ行くなよ?」
「行かないよ、それに・・・」
野明は小さく笑うと軽く胸元を押さえ遊馬に悪戯っぽい目を向けた。
「印つけられちゃったし?」
遊馬は軽く目を瞠る。
「言うじゃないか。ご希望なら首筋の目立つとこにもつけようか?虫除けにはなるぜ」
「だめ。見えないところがいいんだよ。秘密って感じがして」
「秘密ねぇ、ま いいけどさ」
にっと笑った遊馬は野明の顎をクイッと持ち上げるとそのまま唇を重ねる。
優しく少し長めのキスを交わしてそっと唇を離す。
「俺の」
「私の」
2人で顔を見合わせてひとしきりクスクスと笑った。
「さて、そろそろ中入ろうぜ。コーヒー淹れてやるよ」
「もう飲んでいいの?」
「そんだけ元気なら大丈夫だろ、倒れたらまた面倒見てやる」
「頼りにしてるね」
野明を支えて立ち上がると部屋に続く掃き出し窓に向う。
夜はもうすっかり明けて空は朝の明るさに満たされていた。
to be continue...
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追記
ええと・・・遂に遊馬 手をだしちゃいました (〃_〃)ゞ
うまくかけない・・・読むのは大好きなんですが(←おいおい!)
頓挫して何度か投げ捨てそうになりましたよ。
書き出すとかなり公開に勇気が要りそうな方向に走りかけ、自分がビビって幾つか削ったネタもあり・・・(笑)
艶物は読むのは好きですが書くのは苦手!ということがはっきりしました(^^;
結果 えらい半端な表現になりましたが今ここが限界でしょうっ、自分! ヽ(+▽+)ノ・・・キュゥ
あと一泊二日で東京に帰れます・・・・
ああ 長い・・・4日とか言わなきゃ良かったぁぁぁ(←かなり後悔・・・・)
入浴剤一緒に使わないの?というご意見も多々あったので 一緒に入れてみましたが結果 野明のぼせて倒れました(笑)
長風呂ってちゃんと水分とっておかないと危ないですよね、というわけで今回はここまでで(^^;
お時間ありましたら一言なりとご意見ご感想などを戴けますと頑張ろうという、糧になります(笑)
単純なので読んでくれる方がいてくださると思うと気合が乗ります☆
長くて進まない駄文ですが何とか完結させたいと・・・努力してます~(笑)
では次回ものんびりマイペースに更新して行こうと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
昨日折角日食もあったし、何か記念に書いとこうかな、と。
時間軸 おかしくてもまあいいかなと(^m^)
2009年に 二課にはもう居ないでしょうが それは突っ込まないでねっ!
東京は生憎の天気で一瞬 チラッとしか日食見れませんでした。
見れただけ マシかなぁ・・・・
では 以下本文
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未来の約束
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朝から雨が降る東京の空。
そこそこ本降りの朝8時。ハンガーの入り口で空を見上げて野明が言う。
「日食 見れそうにないね」
「そうだなぁ、晴れそうな感じしないな」
日食は9時半過ぎから始まって2時間ほどで元に戻る。
今回は日本国内でも皆既日食が見られる地域もあるそうだが東京はせいぜい掛けて7割というところらしい。
それでも珍しい現象には変わりなく残念そうに肩を落とす様子は少し気の毒だった。
「部分日食だったら また見れるんじゃないか?再来年も国内で見れるし、金環日食は2012年に関東でも見れるらしいぜ?」
「そうなの?」
「さっき TVで言ってた」
「そっか・・・で その二つは何が違うの?」
素朴な疑問を口にする。
「部分日食は文字通り 一部分が欠ける日食。金環日食は 月が太陽の前に来た時、太陽の淵が残って輪っかが出来るように残る日食」 遊馬はすらすらと説明する。
「今回は輪っかにならないの?」
「ならない。皆既日食は月が太陽を完全に隠すからな。周りに炎みたいなものが残って見えるけどあれはコロナで太陽そのものではないんだ」
「へぇ? じゃどうして 完全に隠れる時と輪っかが残る時ができるの?」
小首を傾げる野明に『少しは自分でも調べろ』とでも言いたそうな目線を投げてから訥々と説明を始める。
「太陽と月、地球との距離の問題だな、惑星と衛星の軌道は楕円軌道を・・・・」
『面倒だ』という態度を取りつつも丁寧に語るその顔は好きなことを夢中で話す子供のような雰囲気があって見ていて飽きない。
思わず じっと見つめていると遊馬が不意にこちらを向いた。
「聞いてるか?」
「あ うん。聞いてる」
本当は途中から理解できなくなってしまって話なんて聞こえているだけで聞いてないも同然だったんだけど。
「本当か?」と聞かれて、へへっと笑うと『聞いてなかったな』という顔で眉根を寄せる。
「ま、いいけどな」というと空を見上げた。
雲は厚く、太陽が見える様子はない。
「さて 一度戻ろうぜ。怒られちまう」
野明の背中をぽんと叩いて促し、連れ立って隊員室に戻ると並んで席に着く。
『さて、日報でも書くか』と 引き出しからペンを取り出したとき出動を告げるサイレンが鳴った。
「愚図愚図しないで!」
熊耳の檄が飛んで皆が一斉に隊員室を駆け出して行った。
出動先は浅草。
工事現場でバランスを崩したレイバーの移動とそれに伴って崩壊した建物の瓦礫を移動すること。
インカム越しに聞こえる遊馬の正確且つ的確な指示に沿って作業を進める。
作業は小一時間で終わり、遊馬から声が掛かる。
「よーし、いいぞ。野明 下りて来いよ」
「りょーかいっ」
ハッチを開けひょいと飛び降りて指揮車に向う。
遊馬は 熊耳さん、隊長を交えて何か話していてそこに同じくイングラムから下りてきた太田さんと一緒に合流した。
「おおまかな作業はこれで終わりなんだが・・・。あとは 万一に備えて午前中の救助が終わるまで少し残っててほしいそうなのよ」
飄々とした口調で言いつつ指揮担当の二人の顔を等分に見遣る。
「篠原。一号機組はここに残れ。2号機撤収。」
「了解です」「了解」
答礼してその場から散る隊員。
ひろみちゃんも キャリアに戻ってイングラムに電源を急速チャージする手筈を整える。
遊馬は隊長と少し打ち合わせをして指揮車に戻り、野明は何をしようかと少し考えて空を振り仰いだ。
「あ・・・」思わず声が漏れる。
急いで指揮車に駆け寄ると扉を開け声を掛けた。
「遊馬ぁ、空!!」
怪訝な顔をした遊馬が 野明に腕を引かれて車外に出ると野明の指し示す空を見た。
厚めの雲が掛かっているので肉眼でも分かる、左下の欠けた太陽。
遊馬は苦笑しながら指揮車から閃光弾を使うときに使用する偏光板を取り出すと野明の目前にかざした。
「目、悪くするぞ」
「ありがと」
自身も偏光板をバイザーに取り付け空を見る。
「一応、見れたじゃないか」
「そうだね。でも・・・」
言いながら遊馬に視線を合わせるとクスリと笑う。
遊馬も 軽く息を吐いて笑みを見せると野明の肩をぽんと叩いた。
「金環日食の時はちゃんと休みがあるといいな」
「うん、そのときも遊馬と一緒に見れたらいいなぁ」
「そりゃ どうも。」
「3年先かぁ。それまで一緒に居られるかな?」
「ここには居ないかもな。でも大丈夫だろ?一緒には居るさ、多分な」
当たり前みたいに言う遊馬にすこし驚いた顔をした野明は「だと いいな」と穏やかに微笑んだ。
その様子に遊馬は若干不満げな様子で再び空を見上げる。
太陽はまた厚い雲に覆われてその形を確認することは出来なかった。
「聞き流すなよ、真面目に言ってんだから」
「え、そうなの?」
顔を一瞬で赤く染めた野明が聞き返す。
「そう、3年後の金環日食の時も、その先も。一緒に居ないか?」
「・・・いいの? 私で」
「次も一緒に見たいんだろ?」
「うん、見たい。だから 一緒に居たいな」
顔は少し赤いまま嬉しそうに笑うのを見て 遊馬は悪戯っ子のような目をして言った。
「予約 承りました。キャンセルなしだぞ?」
「勿体無いから、しない」
野明がにこりと笑って答えた。
「さぁて、データ集めないとな。指揮車いくぞ、野明」
「うん」
2人で指揮車に乗り込んで現状と機体の状態をモニタリングしていく。
真剣に仕事する遊馬の横顔を見ながら 野明は少しくすぐったい気分を味わった。
ひろみちゃんから 充電準備完了の連絡が入るのを確認して遊馬は的確な指示を飛ばす。
『いつまでもここには居られない』
けれど。
『遊馬とずっと居られたらいいな』
それは叶う夢かもしれない。
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追記
結局最後に甘くなるのは願望かな~(笑)
纏まってないけど。日食記念ってことでご容赦ください♪
雨続きで今日の花火大会中止かなぁと考えています・・・
どちらにしても このぬかるみでは土手は凄いことになっていそうなので子供2人連れて行くのは無理でしょうね(^^;
さて書き掛けたのはかなり前で放置していたものです(^^;
ファイルが増えてきてちょっとPC内を整理していたら出てきたので少し手を加えてみました~(笑)
でも やっぱり纏まりのない文章ですね(笑)
誰かの目線で書くって難しいなぁって思います。
以下本文
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気になること
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「篠原、泉をしらんか?」
退勤時間を過ぎ更衣室に向う途中、太田に声を掛けたられた。
「いや、見てないけど。野明に何か用か?」
「いや ならいいんだ。すまなかったな」
そういいながらそそくさと その場を去る。
妙にそわそわした態度が腑に落ちなくて 「なんだありゃ?」と思わず口に出してその後姿を見送った。
手早く着替えを済ませ、更衣室を出たが野明が更衣室に来た気配もない。
今日は日報もさっさと書き上げたし居残るような用事は何も無いはずだと思い、『ハンガーにでも行ったかな?』と思い足を向けた。
ハンガーに野明の姿がないことを確認して 一応隊員室にも顔を出したがやはりそこにも彼女の姿はなかった。
残っていたのは 熊耳、進士、山崎の3人で帰り支度を終え机を片付けたりしているところだった。
「野明 見ませんでした?」
「あれ、遊馬さん帰ったんじゃなかったんですか?」
ひろみちゃんが柔らかな笑顔を向ける。
「いや それがさ、野明見つかんなくて。帰りに飯でも食っていこうかと思ったんだけど。」
「泉さんでしたら さっき太田さんに呼ばれて行きましたよ」
定時に上がれることにホッとした様子の進士が荷物片手に答えた。
「太田と? 何で?」
「さぁ・・・? でもなんだか思いつめたような様子でしたよね、太田さん」
進士が同意を求めるとひろみちゃんは大きく頷いた。
「ここ数日 そわそわして落ち着きがないというかそういう感じでしたよね」
「太田に落ち着きがないのは いつものことじゃないか。」
何でもない風にいいながら遊馬は さっきの太田の様子がチラリと脳裏を掠める。
「最近 やたらと泉さんの方を伺ってたと言うか、気にしていた感じはあったんですよね」
「確かにそうね。ここ数日 態度が不自然というか、集中力が掛けてる感じがあるわよね」
「遊馬さん なにか気がついたことないんですか?」
一斉に言われて考えてみる。確かにここ最近チラチラを野明の方を見てるなとは感じてはいた。
それにさっきの態度だ。一度気にかかると変に気になって落ち着かない。
「俺 ちょっと探してきます」
そう言って踵を返すと心当たりを探してまわることにした。
隊員室に残された三人は 揃って顔を見合わせると「若いなぁ」と口を揃えて笑い、それにしても、と太田の様子がおかしいことに首を捻った。
先ほども探したハンガー、ついでに駐輪場にバイクがあるのを確認して、電算室、更衣室を順番に覗いたが野明も太田も姿が見えなかった。
すると残りは屋上か堤防か。
少し考えて 太田が野明を連れ出したとするならば 好き好んで屋上には上るまいと考えて堤防に回ることにした。
途中 トマトのビニールハウスの傍に差し掛かったところで 人の話し声が聞こえて思わず立ち止まった。
太田の声だと確信して近づき ビニールハウスの角からひょいと顔を出すと、向かい合って立つ制服姿の野明と太田を見つけ、声を掛けようとしたとき太田が言葉を発した。
「というわけなんだが・・・付き合ってもらえんだろうか?」
話の前半が聞こえなかったとはいえ 予想外の言葉に思わず顔を引っ込めてハウスの影に隠れてしまった。
『なんで 俺が隠れなきゃならないんだよ!』と思ったものの一度隠れてしまうと今更出て行くのもばつが悪いし気が引ける。そして 何より野明が何と答えるのかに興味があった。
そっと様子を伺うと俯いて顔を真っ赤にして拳を握り締めている太田の前で 野明は困ったような笑顔を見せていた。
「う~ん・・・でも 私なんかでいいのかなぁ?」
「お前以外におらんだろうが」
真剣な様子の太田に野明が苦笑したかと思うと予想外の回答が飛び出した。
「わかった。いいよ、私でいいなら」
吃驚して思わず 声を上げそうになるのを必死で抑える。
何故、いや それより何が? それもよりによって太田だと?!
人が大混乱している間にも会話は続いている。
「で、早速なんだか次の非番は空いてるか?」
「今の所予定ないよ、じゃ 明後日ね」
「場所は・・・」
太田が 野明に約束を取り付けているのを耳にして 居た堪れなくなってその場から逃げるように立ち去った。真っ直ぐ寮まで帰ってきたが 大体 彼女でもない野明が誰とどうしようと自由で俺の干渉することではない、とわかっているのに気分はイライラしてちっとも落ち着かない。
今頃になって『夕飯食い損ねたな』と思ったものの部屋を出る気力が沸かずにそのまま風呂にだけ入ってベッドに横になったが、疲れているはずなのに全く眠れなかった。
翌朝 出勤すると始業時刻より5分ほど早いのに自分以外の全員がすでに隊員室に来ていた。
挨拶を済ませて席に着くと隣から 拗ねたような声がした。
「遊馬、昨日さっさと帰っちゃって どうしたのさ?」
「別に」
『あんなの見て待っていられるか! 』と言ってやろうと思ったがやめた。
「一緒にご飯食べて帰ろうと思ってたのに」
「そりゃ 悪かったな」
つい 素っ気無い返事になってしまう。
「・・・なんか 機嫌悪い?」
少し困ったように問う野明に 軽く一瞥を投げるとファイルを片手に立ち上がった。
「別に普通だよ、さぁて 仕事仕事っと・・・」
この話題を続けると何を言い出すか自分で自信が持てなくて電算室に逃げ込むことに決めた。
視界の隅に困惑している野明が見えていたもののそれにはあえて気づかない振りをした。
こういう時に限って出動が掛かることなく野明との間に微妙な雰囲気を漂わせたまま定時が近づいてきた。
あれから野明は何度か話しかけてきたものの、適当にあしらうように返事をしているとその内話しかけてこなくなった。
正直何がこれほどまでに気に入らないのか自分でもよく分からない。
特別な関係ではないのだから 野明が誰とどうしようがプライベートに口を挟める権利はないことは分かっているのに気にかかって仕方がないのだ。
退勤時間間際になって 帰る準備を始めると野明がこちらの様子をチラチラと伺うように見ていることに気がついたが 素知らぬ振りを決め込んで「じゃ、お先失礼します!」と告げて隊員室を後にした。
結局この日も満足に眠れなかった。
今日は非番。太田が野明に約束を取り付けている日だ。
何気なく窓外を見下ろすと 出かける太田が目に入った。
こざっぱりしたジャケットとスラックス。普段余り見かけない格好。
『暇だから』と自分に言い訳をして 太田の後をつけてみることにした。
ついた場所は最近出来た新しいショッピングモールでその入り口には壁に背を預けて佇む野明が居た。
淡い色のカーディガンにカットーソー、ライトグリーンのパンツでそれなりにめかし込んでいるのが心に痛かった。
太田を見つけ小走りに駆け寄ると 二言三言言葉を交わし 建物に入っていった。
色んな店に出たり入ったりしながら 2人で商品を見てまわり、最終的に時計店でかなりの時間を費やし 野明が幾つか手首に嵌めてみる。
暫く店員も交えて話をした後 一つを選択したようでプレゼント仕様にラッピングされた包みを受け取り野明はクスクスと笑っていた。
人のデートをつけてまわることに虚しさをおぼえてクルリを踵を返す。
妙に白けた気分でそのまま寮に帰ることにした。
太田は結局門限ギリギリまで寮には帰ってこなかった。
その日 俺はギュッと胸を締め付けられる感覚と苛立ちのようなものを抱えてやっぱり満足に眠ることは出来なかった。
明日からの仕事考えると気が滅入ってくる。
なんでもない顔をして今までのようにあいつの指揮を取れるのか不安になってきた。
野明が自分から離れていくような気がして そしてその向う先がまさかと思う身近な相手の所だというのが気に障って仕方がなかった。
翌朝 隊員室に入るとそこにはやはり野明が居ていつものように「おはよう 遊馬」と声を掛けてきた。
「おう」と返事だけを返してそのまま黙って席につく。機嫌の悪さが声に出ているのが自分でもよく分かった。
その様子を困った顔をした野明が見つめて、意を決したように話しかけてきた。
「ね、どうしたんだよ 遊馬。最近変じゃない?」
「別に」
「いいたいことがあるなら ちゃんと言いなよ。気になるじゃない?」
思わず 『誰の所為だとおもって』と言いたいのを飲み込み太田の方をチラリと見遣った。
太田は『さも 迷惑だ!』といわんばかりの態度でこっちを見ていてその様子に俺の中の何かがプチンと切れた。
徐に立ち上がると野明に声を掛けた。
「・・・野明 ちょっといいか?」
「・・・うん?」
小首を傾げながらも野明は素直に俺の後をついてきた。
屋上にでて手すりに背を預けるようにして立ち止まると 野明は俺の正面に立って黙って不思議そうな顔で俺を見ていた。
大きく深呼吸をするとゆっくり息を吐き出し、気持ちを落ち着けてから努めて冷静に口を開く。
「なぁ お前 その・・・太田と付き合ってる・・・のか?」
「・・・・・はい?!」
野明は キョトンとした顔をして聞き返す。驚きで声が完全に裏返っていた。
「誰が?」
「お前が」
「なんで?そんなことあるわけないじゃん!」
「何でって・・・お前、この前ビニールハウスのとこで・・・。それに昨日だって2人で楽しそうに出かけてただろう?」
「?? って ええ? 遊馬。あれ聞いてたの?!」
吃驚した顔をした野明は 直後にクスクスを通り越して「遊馬ったら 嫌だぁ」と言ってケラケラと笑い始めた。
目の端に涙を浮かべて「どこから聞いてたのよ?」と言いながら遊馬の腕にぽんと手を添える。
「それに 昨日って・・・遊馬見てたの?」
目を丸くした野明が遊馬の顔を覗き込むとバツが悪くなって思わず視線を宙に飛ばした。
「えっと・・・まぁ・・その偶然な・・・」
まさか 気になって太田のあとをつけたとは言いたくなかった。
「じゃ もしかしてここ数日遊馬の機嫌が悪かったのはそれが原因な訳?」
「・・・そんなんじゃねぇよ・・・」
声に力がない上に顔が火照っているのが分かり頭をガリガリと掻きながら野明の視線から逃れようと目を逸らす。
野明は そんな俺を見て満面の笑みを浮かべると顔を見ようとひょこひょこと動き回った。
「やめろって!」
野明の頭を手で押さえると上目遣いにクスリと笑った野明が嬉しそうに訊ねた。
「ね 妬いてくれちゃった?」
「ばぁか。そんなんじゃねぇよ」
「違うの? なんだ つまんないの」
「お前ね! ・・・で どうなんだよ?」
「どうって・・・ああ! そうか、どうしようかなぁ・・・・」
野明は少し考えてから 思い切ったように一つコクンと頷くと顔をスイっと近づけてきた。
「遊馬、口は堅い?」
「お、おう!」
驚くほどの至近距離にある野明の顔に少し焦りながらも何とか返事を返す。
「じゃ 最初からちゃんと話すから。秘密は守ってよね。私も遊馬に誤解されていたくないし」
後半は呟くような小さな声で言うと野明はにっこりと笑った。
「ね 遊馬、今日って何の日だか知ってる?」
唐突な質問に記憶の引き出しを開けても何も該当する情報が引き出せなくて俺は首を傾げる。
「いや、なんかあったか?」
野明はくすりと笑うと「そうだよね」と言ってから正解を教えてくれた。
「今日は 熊耳さんの誕生日なんだよ」
「へぇ? そうなんだ。それがどうか・・・って あ、まさか!」
思い当たって思わず声を上げた。答えが分かった事と、その意外性、どちらに声を上げたのか。
「そういうこと」
野明はクスクスと笑って続けた。
「だから買い物に『つきあって』あげたの」
「でも あのやり取りは誤解したくなるだろう?」
「やり取りって?」野明は小首を傾げる。
「野明しかいないって・・・」不貞腐れたような顔で言う遊馬に野明は思わず噴出した。
「だって、二課棟に女性3人しかいないんだよ? 南雲さんに買い物付き合ってもらうわけに行かないし 熊耳さんに直接言えないなら 『私しかいない』でしょ?」
「あ・・・」
考えれば物凄く単純なことだ。プレゼントを当人を伴って買いにいけるのは気心が知れた相手だけだ。
太田はお武さんとそこまで打ち解けていないのだから当然買ってから渡したい。
しかし太田は女性にプレゼントを買ったことがないのでその選択に困って野明に助っ人を頼んだのだ。野明は一時的にお武さんと同居していたので持ち物の趣味を俺達の中では一番よく把握しているだろうし。
「私でお役に立てるのかなって思ったんだけど、どうしてもっていうから」
「でも お前太田に何か買ってもらってただろ?」
「本当に見てたんだね~、でも 残念。私は預かっただけだよ」
「預かる? 何で?」
「あんな包みもって寮に帰って遊馬たち 太田さんを問い詰めたりからかったりしないでいられる?」
「・・・無理だな・・・」
絶対 問い詰めてからかうよなぁ。色恋に縁が多い場所じゃないだけに・・・・あっという間に寮全体が妙な祭りになりそうだと思った。
普通の会話ならいくらでも出来るのに「相談に乗ってくれ」の一言がなかなか言い出せずに数日機会を伺い続けてて挙動不審になっていた太田、。そうこうしている内に お武さんの誕生日前最後の非番の日が近づいてきてあの日退勤間際の野明を捕まえ「買い物に付き合って欲しい」の一言をどもりながら漸く口した 。遊馬は この時の会話を聞いたのだ。
野明にしてみれば 「そんな大事なもの選ぶのに 私が口を出していいのかな」という気持ちがあったが真っ赤になりながら年下の自分に頭を下げてまで頼んでいる太田をみて何とか力になってあげたいなと思っ たのだ。
どうしても あの日に声を掛けなくてはいけなかった理由は・・・
非番前日の退勤間際だと遊馬が野明に声を掛けるのがわかっていたからだ。
帰りが遅かったのはレストランの下見。だから 互いにそこそこ小奇麗な格好をしていたわけだ。
事の顛末を聞かされた遊馬は 思わず大きく息をついた。
「成る程ね」
野明が顔を覗き込む。
「お願いだからこのこと秘密にしてよ?」野明が念を押す。
「了解!」
久々にスッキリした気分で返事を返して大きく伸びをした。
「熊耳さん 喜んでくれるかなぁ」
「大丈夫だろ、あんだけ一生懸命選んだんだし」
「伝わるといいよね」
そういうと野明はにこっと微笑んで遊馬に向き直った。
「ところで遊馬、本当に妬いてくれたんじゃなかったんだ?」
少し拗ねたような顔で見上げる野明の髪をくしゃっと撫でながら目線を宙に泳がせる。
「・・・言わせるのか?」
「駄目?」
やれやれと肩を竦めて一度大きく息を吸い込む。
「一度しか言わんぞ。・・・妬けたよ、だからあーゆーのはもう勘弁してくれ」
それを聞くと野明は花が咲くような笑顔を見せた。
「はい、もうしません。」
そういうとクルリと踵を返す。
「さ、そろそろ行かないと怒られちゃうね」
「だな」
野明は嬉しそうに俺の腕を取ると隊員室に向ってスタスタと歩き出した。
2人連れ立って隊員室に戻ると皆が一斉にこちらを見たが 気まずい雰囲気がなくなっているのを察してか一様にほっとした気配が漂い『俺はそんなに険悪な雰囲気をだしていたのか』と思わず苦笑した。
太田がこちらの様子を伺っているのに気づいたが 野明との約束もあるので気づかない振りをしてやる。
その様子に野明がこちらを見てこっそりと笑い 「お茶淹れてくるね!」と言って注文を聞いて回った。
お武さんも席を立ち「手伝うわ」といいながら給湯室に向った。
ふと足元を見ると 野明の机の下には昨日野明が受け取っていた包みが一回り大きな別の店の袋に入れられてそっと置かれていた。
少し考えて その袋をひょいと掴むと太田の席に運ぶ。
「ほら」
紙袋を太田の机の下に置きながらついでのように小声で声を掛けた。
「野明 連れ出すんだったら一言いえよな」
ばつが悪そうな顔をした太田が「すまん」と意外に素直に口にしたので聊か拍子抜けした。
緊張しているような顔が微笑ましく見えて思わず上から目線で「ま 頑張れよ」と声を掛けて背中をポンと叩いて席に戻った。
給湯室から戻りお茶を配り終えた野明が席に着くと 足元の紙袋がなくなっているのに気づいた。
軽く肩を叩くとそっと太田に視線を向けた。
野明は 太田と俺とを交互に見て納得したように頷くと、クスリと小さく笑う。
「秘密守ってね、って言ったのに」
「他の奴らには言わねぇよ。それに・・・太田には言っとかないといけないこともあったしな」
「なによ、それ?」
「いーんだよ、お前は知らなくて」
腑に落ちない顔をして小首を傾げる野明に「いろいろあんの」とだけ言って書類の束をもって立ち上がった。
「電算室いくぞ、野明」
進士とひろみちゃんが用事で部屋を空けた隊員室。
野明も意図を察して遊馬に従った。
キャットウォークを歩きながら 「上手くいくといいね」と笑う野明を見ながら『年末のこいつの誕生日にはプレゼントくらい用意してやろうか』と考えて、でも『まぁこいつなら一緒に買いに行ってもいいのかも知れないな』と思い直す。
それはその時に考えればいいことだ。
けど、人に何かを贈ることをこんなに楽しみに思うことが少し嬉しかった。
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追記
太田さんって結構純粋な人なんでしょうね~と 「惑いの午後」の回で思いました。
根は真面目で 純粋。あれで 暴走しなければもっと女性とも縁がありそうなのに(笑)
香貫花にせよ お武さんにせよ 尻に敷かれそうな女性としか接点がないのが気の毒なところです(^^;
私から見たら 割と謎キャラなんですが嫌いではないんですよ~
だた 私生活が全くイメージできないだけで・・・・
この三日子供と親戚に振り回されてフラフラ
その上昨晩からの豪雨で驚くほど水嵩の増した道路を通ってきました
無事に帰れそうでよかったー
写真もとったので帰ってからアップして見てもらおうかと(笑)
さしあたり疲弊した心で突発的に思い付いたSSです
携帯で書いているので誤字脱字その他は後程直すかと思います
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一喝
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いつも冷めた顔をして興味の無さそうな様子で話す彼。
ほら 今だって。
「だーかーら そんなの俺らにカンケーないんだって」
頬杖を付きながらため息混じりに言う彼に太田さんが噛みついた。
「貴様ぁ そういう事で世間の平和が守れると思ってるのか?!」
鼻息荒く抗議する太田さんに半眼のまま面倒くさそうに答える。
「世間の平和よりまず自分の平和が先だろうが」
「そういう事だからいつまでも市民に愛される地方警察になれんのだ!!」
「あー鬱陶しいっ!俺はね そーゆーのが嫌いなの」そういうと椅子をクルリと回転させて太田さんに背を向ける。
「篠原ぁ!何だその態度は 大体これだからお前ら即席警官は…」
太田さんが声を荒げるのを背中に聞きながら尚も憎まれ口を叩くその顔は妙に楽しげで 私は思わず小声で訊いた。
「ねぇ 遊馬。本当に鬱陶しいと思ってる?」
すると遊馬は悪戯っ子のような目をして小声で答えた。
「さぁな でもあいつからかうと面白いんだよな」
「うわ 性格悪ーい」
思わず口に出すと彼はニッと笑って椅子を滑らせると私の耳許に唇が掠る位の距離で囁いた。
「それは相手次第だな。お前にだけは甘いだろ?」
吃驚して顔に朱をのぼらせて後ずさると肩を震わせて笑う。
「お前もからかい甲斐があるよな」
暫く私達の様子をみていた太田さんが痺れを切らして声を上げた。
「篠原!聞いとるのか?!」
意地の悪い笑みを浮かべて振り返った彼は心底面倒臭そうな声音で怒鳴り返した。
「んなデカイ声で言わなくても聞こえてるっつーとるんだ!!いま取り込み中なんだから黙ってろよ あんたは!」
「二人ともいい加減になさいっっ!」
お武さんの一喝で一瞬にして態度を改める太田さんにまたこみ上げる笑いを噛み殺しながら「俺は野明の一喝位であんな風にはならないけどな」というと私の頭をくしゃりと撫でた。
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追記
ただいまお出掛けしてます
新幹線 N700系に乗れたので電源もあるし無線LANも使えて比較的快適(* ̄m ̄)
これで子供が愚図ら無いともっといいのにぃ
というわけでただいま帰宅中ですー
軽井沢編 第9弾です
えっと 暑さで溶けそうな頭で書いたためか よく分からない展開になってきました(^^;
自分で自分の首を絞めてる感じがしてますが・・・
前回から一週間 なんとなく週一更新になりつつある軽井沢ですが 頑張りますので宜しくお願いします~☆
まったく時間の進まない話でごめんなさい~(T∇T)
長くて完結はまだ先になりそうですがもう少し続く予定ですのでよろしければもう暫くお付き合いくださいませ~
以下本文
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枕話
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甘い薔薇の香りが鼻を擽り、うっすらと目をあける。
遊馬は無意識のうちに眠っていたことに気づいて頭を軽く振りながら半身を起こした。
体から滑り落ちたブランケットが腰付近に重なり低い山を作る。
目の前には寝巻きのままローテーブルの上に両腕を組み額を乗せて眠る野明がいた。
「まったく 自分が湯冷めするだろうが」
自分に掛けられたブランケットを手にしてやれやれと小さく笑う。
「野明 起きろ。風邪引くぞ」
横着をしてソファから下りずに寝そべった状態で野明の肩を揺すると小さな呻き声をあげて野明がうっすらと目を開いた。
「ん…遊馬?」
軽く身体を伸ばして遊馬の方に頸を巡らせると思いの外近い位置で互いの瞳を見ることになった。
今一つ焦点の定まらない瞳の野明に自分にかけられていたブランケットを掛けてやると野明はくるりと向きを変えて遊馬のいるソファに凭れ掛かり彼の胸元に頭をつけるようにしてもう一度目を閉じた。
遊馬はその髪を優しく撫でてやりながらゆっくりと足をソファから下ろすとブランケットごと野明を抱き込んだ。一瞬驚いたように目を開けた野明はすぐに穏やかな顔で目を閉じると遊馬に身を任せる。
その髪や首筋から仄かに香る芳しいバラの香りが心地よかった。
「いい香りがする」
肩口に鼻を寄せるとくすぐったそうな顔をした野明が「遊馬は遊馬の香りがするね」と言ってくすりと笑った。
「俺の香り?そういえば野明、時々そんな事言うな。でも俺、風呂上りだし、コロンも何もついてないぞ?」
首を傾げる遊馬の顔に ちらりと目線を移すと野明は微かに笑みを浮かべて目を閉じる。
「でも するの、遊馬の香り。なんだかホッとするんだよ」
遊馬は眉間に軽く皺を寄せ、「そうか?」といいつつ嗅覚に神経を集中して『自分の匂い』を探そうとしたが上手くいかなかった。
集中したことで却って薔薇の香りを強く意識してしまい自分の胸元に居る野明が気になってしまった。
「野明、寝るならこんなところで寝ないでベッド使え。寝違えるぞ?」
思わず命令口調になってしまったことに自分でも焦る。
「うん わかった」
野明は胸元につけていた頭をそっと離し少し名残惜しそうな顔をした。
「んな顔すんな。なんなら 添い寝してやろうか?」
照れ隠しも手伝って冗談めかして言うと、野明は思いがけず真面目な顔をして口元に軽く握った左手を添えて逡巡する。困ったような笑顔を向けるだけで答えを返すことはなかった。
『ばか』とか『なにいってんの?』みたいな言葉で流されると思っていただけにこの反応に軽く動揺したが 出来るだけ顔に出さないよう努めた。
暫しの沈黙のあと遊馬が先に立ち上がり「いこうぜ」と声を掛け、寝室へ向うよう野明を促すと思いの他あっさりとそれについてきた。
野明が奥の掃き出し窓のそばにあるベッドに向おうとしているのをみて遊馬が声を掛ける。
「こっち使えよ、そっち朝すげぇ 眩しいぞ?」
「でも、悪いから。昨日もかわってもらったし、遊馬ちゃんと寝てないじゃない」
「俺もそっちは使わない」
「じゃあ・・・あそっか。トランドルベッド出せばいいね。私そこに寝るよ」
名案、とばかりに格納されたベッドを引っ張り出そうとする野明を遊馬は膝を掬う様にしてひょいと抱え上げ、ぽんっベッドの上に置くと、半端に引き出されたそれを足で元の位置に蹴り戻した。
吃驚している野明に向って すいっと顔を近づけると「こっちで一緒に寝ようぜ」と声を掛けた。
「本気?」野明は動揺して顔を真っ赤に染めて聞き返す。
「さっき、嫌だって言わなかっただろ?」
「え・・あ・・うん 言わなかった・・・けど。でも・・・」
「なんだよ、嫌なのか?」
「あの えっと・・そうじゃ・・ない・・・。ないんだけど・・・」
顔を真っ赤にして動揺している野明に半ば呆れて思わず半眼になる。
「ばーか。添い寝したからって無理にどうこうしたりしねぇよ。さっき寂しそうな顔してたから訊いたの。嫌なんだったらあんな顔すんなよな?変な誤解されるぞ。」
「・・・私、そんな顔してた?」
赤い顔のまま上目遣いで様子を見る野明に軽くため息を吐く。
「してたよ、少なくとも俺にはそう見えた。ま、いいさ。無理強いは趣味じゃないんだ。でもお前そんな顔 あちこちですんじゃねぇぞ?いつも無事ですむわけじゃないんだからな。」
そう言って髪をくしゃっと撫で、くるりと背を向けようとした遊馬を見て野明は反射的に彼のパジャマの袖口を掴んだ。
野明の頭を撫でて反対側のベッドに移動しようと足を踏み出した途端、袖口が引かれた。
振り返ると、まるで捨てられた子猫みたいな目で自分を見上げる野明が右手で遊馬の左袖口を掴んでいた。
「いっちゃやだ」小さな声でぽつりというとそのまま下を向く。
「遊馬、やっぱり・・・」
そう言って言葉が止る。そのまま黙っていると袖を掴む野明の手が小さく震えているのが分かって遊馬はその手に自分の右手を添えると、やれやれという様に小さく笑う。
「わかった。言わなくていい」
野明の前に立つと彼女の頭を自分の胸元にぐっと引き寄せてから「じゃ、寝ますか」と声を掛けた。
セミダブルのベッドは2人で寝るには若干狭い気がした。
野明はかなり小柄であるのに並んで寝るには狭さを感じて結局遊馬が野明を抱き込むような形に落ち着いた。野明は少し落ち着かない様子で体の向きをくるくると変えるのでその度に髪と仄かな薔薇の芳香が遊馬を擽った。
「眠かったんじゃないのか?」
一向に落ち着く様子を見せない野明に呆れたように声を掛けると野明は困ったように笑った。
「なんだか眠気が飛んじゃったんだよね」
『まあ そうなんだろうな』と内心思いつつ「なら、またリビングにもどるか?」と訊くと野明は恥かしそうに首を振ると「ここでいい」と言って笑った。
結局野明はうつ伏せの状態で枕を抱え込むという姿勢に落ち着いたらしくそのまま遊馬の方に顔を向けた。
「ね、何か話して」
「何かって・・・ずいぶん漠然とした注文だな」
照明の押えられた室内で至近距離に互いの顔を見ながら話すのはちょっと新鮮な感じがする。
自然声のトーンも下がり遊馬も首だけ横を向くのに疲れて片肘を立て頬杖をついた。
空いた手で野明の髪を撫でる。
話題が特に浮かばないので「なんか聞きたいこと あるのか?」と訊いてみた。
野明は少し考えてから口を開いた。
「遊馬の小さい時のこととか訊いてもいい?」
「小さい頃? いいけど、あんまり面白い話ないぞ。」
「うん。でも聞いてみたいなぁって」
遊馬は暫く考えるように目を閉じてからゆっくり話し始めた。
少し話しては野明の問いに答える。その内に、こんな風に穏やかな気持ちで母や兄、祖父のことを考えたり、思いだしたりして、人に話せていることに驚いた。
父のことに触れないのは野明なりの気遣いなのだろう。
お陰で心がささくれ立つような感覚を味わわずにすんだことにホッとした。
野明は穏やかな表情で話をきいていて、途中から野明に乞われて話しているのか、自分が話を聞いてもらっているのか分からなくなった。
母や兄に対する負い目とか嫉妬とかそういうものにまで言及したことに少し後悔したが野明の表情は穏やかなまま変わることはなかった。
話が一段落すると野明は遊馬の頬に手を伸ばしてにこりと笑う。
「遊馬。自分のこと好き?」
唐突な質問に驚いたが少し考えてから苦笑交じりに答える。
「どうだろうな、面倒臭いヤツだし冷たい男だし。」
野明はそれを聞いてくすりと笑い、その顔を正面からピッと視線を合わせて見つめた。
「でもね、それをひっくるめて『篠原遊馬』なんだよ。」
吸い込まれそうに真っ直ぐな色素の薄い青みがかった瞳。
それが不意に 閉じられると遊馬の額にほんの一瞬温かい唇が触れて離れた。
「いいことも悪いことも、悲喜交々。今までの人生、何が欠けてもこの『遊馬』にはならない。私の大好きな『篠原遊馬』にはね」
そういうと再び枕を抱きしめてうつ伏せになった。
遊馬は 軽く息を吐きながら微かに笑う。
「お前ね、この状況でそんな態度とったら無事でいられなくなっても知らねぇぞ」
野明の身体を自分に向けると軽く抱き寄せる。
野明は抗うことなく遊馬の胸に収まった。
額に唇を落としながら野明に囁く。
「なぁ、俺のものにならないか?」
「遊馬の?」
クルリと野明の視界が回り、顔の脇に両腕をついた遊馬が覆いかぶさるようにして自分を見つめていた。
野明は遊馬と視線を合わせると迷うように少し目線を外す。
「嫌なら無理強いはしない」
真剣な眼差しの遊馬に野明は眼を逸らしたまま小さく首を振る。
「嫌・・・じゃないの。でも・・・」
野明は頬を染めて困った顔で答えを紡ぐ。
「でも?」
「私 こういうの全然・・・」
拒絶されなかったことに遊馬は安堵の息を漏らし、羞恥で顔を朱に染める野明の言葉を遮るように彼女の頸の後ろに手を差し入れてクスリと笑った。
「心配しなくていい。俺が教えてやる」
野明の唇に自分の唇を重ねるとそのままその身体を抱きこんだ。
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追記
うわ~ どうしようヽ(+▽+)ノ・・・
遊馬 手を出しそうな勢いですよ?!
自分で書いていて物凄く困ってます
前向きに話を進めようと思ったらいきなり加速つき始めてる気がするんですが どうしましょう?!
お時間ありましたら一言なりとご意見ご感想などを戴けますと逃げないように頑張ろうという、勇気がでます(笑)
読んでくれる方がいてくださると思うと気合が入るので☆
展開が展開になってきてしまったので 「逃げちゃ駄目だ」を何度となく呟きつつ(^^;
何とか完結させたいと・・・努力します~(笑)
では次回ものんびりマイペースに更新して行こうと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
ちょっと切ない小説を何件か拝読した直後なので反動で甘くなってしまい・・・あれ?!
似たようなものばっかり書いてるなとおもいつつ・・・
出向中の遊馬と野明。
書いたのはじめてだ、そういえば(笑)
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駆け引き
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「遊馬」
自分を呼ぶ声に振り返ると野明が小走りに駆け寄ってくるのが見えた。
「終わったのか?」
「今日のテストは終了だよ。遊馬は?」
「う~ん もう少し掛かるんだよなぁ」
そういうと野明の顔をちらりと見る。
「待てるか?」
「時間にも拠るんじゃない?」
野明は少し考えるようにして答える。
「明日、明後日は休みか?」
「うん、お休みだよ」
「俺も休みだからさ、ちょっと出かけないか。朝から」
「それはいいけど遊馬、疲れてるんじゃない?」
「平気だよ。だからさ これ」
そう言ってキーホルダーを野明に手渡すと悪戯を思いついた子どもみたいに笑う。
「今日の夕飯、俺シチューが食いたい」
「はいはい」
野明が鍵を受け取ると遊馬は「なるべく早く帰るから」と声を掛けてラボに走っていった。
鍵をポケットに仕舞いながら 『朝から出かける』と『だから』のつながりを考えてこれは『泊まって行け』ということなのかなぁと首を傾げた。
改めて聞くのも何なのでそのまま一旦自分のアパートに帰り簡単な荷物をもって遊馬のマンションに向かう。
途中 食材を買って向うと着く頃には7時近くになっていた。
遊馬がまだ帰宅していないので荷物を部屋の隅に置いて早速調理に取り掛かる。
9時を回った頃 扉に鍵がささるカチャリという音がしたので野明はちょっとしてみたい事を思いついて慌てて玄関に向った。
開錠音がして扉が開くと遊馬が入ってきて 玄関に立っている野明をみて少し驚いた顔をした。
野明は軽く勢いをつけてぴょんと遊馬に飛びつくとその首に腕を絡めてキュッと抱きつき目一杯背伸びをして遊馬の耳の傍で口を開いた。
「おかえり」
「・・・あ・・・うん ただいま」
少し照れたようにして言う遊馬の顔が見たくて腕を解くと口元に手を当てて目線を天井に彷徨わせた遊馬が「遅くなってごめん」と言った。
「ご飯今出来たところだよ、遊馬、ご飯とシャワーどっち先にする?」
野明は一歩前を歩き振り向きながら楽しそうな様子を見せる。
「妙な感じだな、どうしたんだよ?」
「ちょっとね、言ってみたかったの」
「じゃ まず飯にする。で その後風呂な」
「まってて すぐ並べるね」
クルリと踵を返す野明に「今日 泊まって行くだろ?」と声を掛けると「遊馬が望むなら」と言ってクスリと笑った。
遊馬は一瞬 目を瞠ったがすぐにいつもの顔に戻ると野明の背中に声を掛けた。
「じゃ 帰さない」
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追記
この後どうなったかは ご想像にお任せで(笑)
閑話休題ってことで(笑)
甘甘の軽井沢からすこし離れようとTVで言ってた今日は何の日でしょう、というのをネタにしてみました~
以下本文
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記念日
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二課棟の屋上に上がるとそこに海を眺める相棒の姿があった。
膝に両肘をのせ頬杖をつくようにして 良く晴れた東京湾を眺める。
海風が絶えず吹くので体感温度は然程高くはないが照りつける日差しはもう夏のそれだ。
「何見てんだ?」
「東京湾」
「それは見れば分かる。何か見えるのか?」
隣に腰を下ろし野明の見る方向に目を向けたが特に変わったものは見当たらなかった。
「遊馬、今日何の日かしってる?」
瞳に楽しそうな色を滲ませ軽く首をこちら向けた。
「今日? 7月14日だろ」
少し考えてみたが 記憶の引き出しからは今日に該当するデータは出てこなかった。
「アメリカの独立記念日は4日だし、七夕は先週だよな。盆も中元も明日だし・・・降参、なんかあったか?」
考えるのを諦めて野明に答えを求めると、野明は嬉しそうに笑う。
「遊馬に『降参』って言わせちゃった」
「ったく 嬉しそうに。俺だって何でも知ってるわけじゃねぇよ。 で 何なんだ?」
「『ペリー上陸記念日』なんだって。さっきTVで言ってたんだ。だからここに黒船が来たのか~って思って。」
「お前ね、あれは浦賀沖だろ? 東京湾ったってこっから見える範囲じゃないぜ?」
「そうなの?」
「そう、上陸したの久里浜だろ、たしか。こことじゃ東京湾の端と端」
呆れたような顔をした遊馬に野明が不満げに頬を膨らませた。
「すぐそうやって人の良い気分に水差すんだから」
「付け焼刃の知識で俺に勝とうなんてするからだ」
そういうと野明の額を人差し指で小突く。
「つまんない」
そう言ってフイっと横を向いた野明に向かって声を掛ける。
「じゃあ問題。4月10日が何の日かしってるか?」
「4月? 今7月だよ」
「いいの、クイズなんだから。で、分かったか?」
「ええ?・・・・っと・・・降参」
拗ねた顔をして両手をパッと開く野明に遊馬は「ま、そうだろうな」と小さく呟くとよっと掛け声を掛けて立ち上がった。
そのままタラップに向かって歩きながら後ろ手にヒラヒラを手を振る。
「そろそろ戻らんと太田に怒鳴られるぞ」
野明も慌てて立ち上がるるとその後を追う。
「ね、答えは?」
遊馬は振り向き様にっと笑った。
「書庫調べて見ろよ、すぐわかるから」
定時が過ぎて夜勤に入る前の休憩時間、書庫に足を向ける。
『書庫に行け』といったということは日報を探せってことだよね、とあたりをつけてファイルに整理された過去の日報を取り出し 日付を探す。
漸く見つけた年度の違う2枚の同じ日付の日報をみて、『多分、こっちだよね』と古い方の日報に目をとめた。
「よっく 覚えてたなぁ・・・・」と感心すると同時に嬉しさと気恥ずかしさが混在して頬が緩む。
元の場所に紙を戻して隊員室に掛け戻った。
「遊馬ぁ!」
目的の人物を見つけて声を掛けると、書類片手に遊馬が顔を上げた。嬉しそうに寄って来る相棒に 笑顔で質問する。
「答え、分かったか?」
「うん。これからもよろしくね」
「了解、じゃまず今日の日報書いちまわないと」
「はーい」
楽しげに笑う二人に「職場だぞ、シャキッとせんかぁ」と太田が毒づき「人に喝を入れるのもいいけど、今日の日報まだ出てないようよ?太田君」と熊耳がやんわりと釘を刺す。
いつもの光景に また声を上げて二人で笑った。
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追記
旅行の話ばかりだったのでちょっと二課棟に帰りたくなりました~(笑)
ちなみにご存知かとは思いますが4月10日はアニメで浄名院前でタカアシガニと戦った日ですね(笑)
軽井沢編 第8弾です。
前回更新から 既に一週間。
皆様のコメントに支えられて何とか逃げずに書き続けてます☆
先日アップロードに失敗して原稿を喪失してから早2日・・・
なんとか残っていた途中までのデータにつけたしして体裁を整えてみました。
掲示板のメモ機能で続きを書いていたのが敗因でした(T∇T)
最近のスパムメール対策でちょっとデータを弄ったらうっかりUPロードデータを無条件に破棄するようにしてしまい悲鳴を上げましたが時既に遅し・・・
「消えたデータは・・?」という榊班長の声が自分の心から聞こえてくるようでした(T∇T)
ローカル作業ならともかくCGIにUP LOADした状態でマスターを保存していたのでどうしようもありません・・・アーカイブから綺麗に抹消されていました<(TOT)>
今回の教訓。
バックアップはローカルで。はい、反省します(゜ーÅ)
さてさて子供が午前保育に入ってPC時間がますます短くなっております。
物凄く早く帰るので午後公園に行ったりするともうあっという間に夕方に。
上手く時間配分しないと自分の時間がなくなってしまいますね~
これから夏休みに入るとどうなるのか、ちょっと考えないと!
冒頭にも書きましたが最近は各種掲示板にスパムが入ってくるようになってその対策にもおおわらわで悲しいことにサイト巡りも儘なりません・・・掲示板の処遇も本気で考えたい感じですね(^^;
話は変わりまして今回、前回の甘さをまだ引き擦っていたので 読み直すと物凄く気恥ずかしくて書き直しに何度も挫折しそうになりました(^^;
日々ちょっとづつ書いていた部分と消失したため急遽補完した部分がありで最初と最後で文体が違う気がしますが修正するのにもう一度読み返すと全部書き直したくなりそうなのでこのままで。流石に3回目は無理!(^^;
やっぱり相変わらず、のんびりした時間経過です。
とても焦れったい展開ではありますが温かく見守っていただけますと幸いです。
長くて完結はまだ先になりそうですが時間的には漸く折り返し点に到達です。
もう少し続く予定ですのでよろしければもう暫くお付き合いくださいませ~
以下本文
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芳香
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車でコテージに戻る道中、野明は『何となく遊馬の顔が見辛いな』と感じて落ち着かない気分を味わっていた。
遊馬の顔を見たいけど、見れない。
ふとした弾みに遊馬の方に目線を向けてしまうのだが、視界に遊馬の姿を捉えると先刻の事を思い出してしまい居た堪れない気分になって慌てて目を逸らすということを何度と無く繰り返していた。
顔が火照っているのが自分でもよく分かる。
外が暗くなっている為に顔色が見え辛いことが僅かな救い。
無意識に己が唇に指を添えているのに気づいて慌ててその手を膝に置きなおした。
車をコテージに向けながら隣席の野明が先刻から傍目にも明かな程、挙動不審になっている事を遊馬は承知していた。
もじもじとした様子で落ち着き無く視線を彷徨わせ時折、こちらを窺っては慌てて視線を外す。
暗さで顔色がよく分からないが様子からして真っ赤になっているだろう事は容易に想像出来た。この反応に少し引っかかるものがあって遊馬は野明に声を掛けた。
「なぁ、野明」
「な、なに?!」
若干上ずった声で返事が返ってくる。
何となく予想が外れていなさそうだと確信する。
「もしかして お前初めてだったのか?」
「ええ? あっと・・・何が?」
明かに目を逸らし挙動不審さに輪が掛かるのをみて『聞くまでも無かったか』と思ったがここまで言ってしまって引っ込めるのも何かと思う。
「キス」
短く答えると、野明は思い切り動揺してもじもじと手を組み合わせて視線を彷徨わせ、こちらを上目遣いで窺っては、また目線を外す。
『やっぱりな』と思い一瞬こちらの視線も宙を泳いだ。
軽い溜息を聞きとがめた野明が小さな声で抗議した。
「・・・悪い?初めてだと。」
「いや?別に。人其々だからな」
「じゃ どうして・・・」『そんなこと聞くの?』と続けようとした野明の言葉を遮るように遊馬が言葉を継いだ。
「物凄い動揺してるからさ、今。さっきは全身ガチガチになってたし?」
野明はあからさまに動揺して口元に手を添え目線を逸らした。
「だって・・・」
「別に悪いとは思ってないさ。いいんじゃね?たださ・・・」
「何?」
「いや、何でも無い」
『あのキスでこれだけ動揺するなら、これ以上手を出したらこいつどうなるんだ?』と遊馬は心の中で小さな溜息をついた。
「そこまで言って何も無いって言われても・・・」
野明は不満げに顔を顰めた。
「聞きたいなら言ってやってもいいけど、聞いて居た堪れなくなるのは野明のほうだぜ、多分」
それを聞いた野明は目を丸くして動きを止めた。
「・・・じゃ、いい」
その様子が可笑しくて遊馬がクックッと笑う。
「知りたきゃ後で教えてやるよ」
野明はちょっと拗ねたような顔をしてフイっと横を向いた
その顔はやっぱり少し赤く染まっていた。。
程なくコテージに帰り着き、買った物を中に運び込むと遊馬は凝りを解すように肩を回してキッチンに向かう。
「一息入れようぜ。コーヒーでいいか?」
「私さっき買ったティーバッグにする」
「了解。じゃ お湯沸かすか。」
薬缶を火に掛け、その間に2人で買ったものを振り分ける。
殆どが野明のもので靴、洋服、その他雑貨を袋から取り出して紙袋をパタパタと畳んでいく。
「袋から出すとこれだけなのにね」
「紙袋って嵩張るんだよな」
遊馬が呆れたような目を向けたが野明は品物を改めて眺めながら楽しげな様子を見せる。
「こんなに買い物したの凄く久し振りだなぁ」
「たまにはいいんじゃないか?」
野明は袋の中からハーブティを発見するとキッチンに運ぶ。
数種類のフレーバーがアソートになっている箱を開け「どれにしようかな」と物色し、程なくひとつを取り出すと残りをテーブルの隅に置いた。
お湯が沸くまでまだ少し掛かりそうだった。
少しの沈黙の後 野明が口を開いた。囁くような小さな声。
「あの・・・遊馬。さっきさ、その・・・『好き』って言ってくれたでしょ?」
「言った」
「あれって・・・深い意味だと思ってもいいの?」
遊馬は少し間を置いて慎重に言葉を選ぶ。
「そうだな、『深い』って野明が何を指してるのかにもよるけど。俺は野明を好きだよ。パートナーとしても人としても、それから女としても。さっきの『好き』は特に『女として』に重点を置いた心算で言ったんだけど。答えになったか?」
「・・・なった」
頬を染めて目を逸らす姿は職場ではちょっと見られない女の子っぽさがある。
「で、野明はどうなんだ?」
「私?」
「俺、野明の返事聞いてない。配役貰っただけでさ」
ニッと笑って覗き込む遊馬の顔はちょっとだけ意地悪で思わず視線を外してしまう。
「えっと あのね・・・」
「俺のこと好きか?」
コクリとうなずくと意地悪な笑顔そのままに聞く。
「『深い意味』で取っていいのか?」
顔が熱くなっているのを自覚して俯き加減にもう一度コクリと頷くと、遊馬が耳元に唇を寄せた。
「なら、俺の顔見てちゃんと言って。野明の声で聞きたい」
野明の頬に手を添えて自分の方に向き直らせると真っ直ぐに視線を合わせる。
居た堪れなくなって野明が目線を彷徨わせると「こっちみろよ」と言って空いた手で野明の肩を引き寄せた。
真っ赤になってもじもじしている野明の耳元にもう一度「言って」と畳み掛ける。
野明は観念したように大きく息を吸い込むとゆっくり息を吐き出して呼吸を整えた。
顔を上げ遊馬の顔を下から覗き込むように見上げる。
「遊馬が、好き。パートナーとしても、人としても。それから・・・異性としても」
遊馬の答えに準えるように答えを紡ぐ。心臓が飛び出しそうなほどドキドキして顔を逸らしたいのに、頬に添えられた遊馬の手がそれを阻んで野明は目線を少し外すようにして後を続けた。
「だから傍にいて。遊馬」
言い終わるか終わらないかのうちに遊馬の顔が凄く近くに寄ってきて今まで聴いた中で一番優しい声が聞こえた。
「望むだけいてやる」
声の心地よさに思わず目を閉じると遊馬が優しく唇を重ねた。
触れるだけの啄ばむようなキスを数回繰り返したあとゆっくりと優しく野明の唇を塞いだ。
先刻よりも長く甘いキスに野明の体から力が抜けかかる。
更に深いキスに移行しようと遊馬が野明の唇を割ろうとした時 火に掛けていた薬缶が音をたてて沸騰を知らせた。
完全に注意を持っていかれた二人は我に返ると身体を離す。
「あ 遊馬、お湯沸いた」
焦る野明に「ああ」と生返事を返し遊馬が火を止めるとカタカタと鳴っていた薬缶の蓋が動きを止めた。
微妙な雰囲気が流れ自分に背を向けた野明が挙動不審になっているのをみると遊馬はクスリと笑い、背後から野明の耳元に囁いた。
「続きは後でな」
「つ・・続きって・・・」
動揺して真っ赤になっている野明を尻目に沸いたお湯をカップに注ぎ野明の出していたティーバッグを放り込むと「ほら」といって傍に置く。
「適当なとこで取りださんと渋くなるぞ」
言いながらカップにセットしたドリッパーに慎重にお湯を注ぐとコーヒーの香ばしい香りが辺りを漂い始め、自分が妙に上機嫌なことに気づいた遊馬は口の端に笑みを浮かべた。
野明の手にしたカップからレモンジンガーの甘酸っぱい香りが漂う。
ハイビスカスが入っているのでとても綺麗な赤い色をしたハーブティで仄かな酸味が心地よかった。遊馬の手にはブラックコーヒー。
各々自分のカップを手にリビングのソファに腰掛けてTVのニュースを見ていると妙に寛いだ雰囲気になって可笑しかった。
笑えるような内容ではないニュースの場面で野明がクスクスと笑うので遊馬は口元にカップを宛がったまま怪訝な顔で野明を見遣る。
「どうした?」
「不思議だなぁって」
尚もクスクスと笑い続ける野明に首を傾げカップを置いて向き直る。
「何が?」
「今、こうしてるのが。物凄く普通に寛いじゃってるのが可笑しくて」
「何か変か?」
「変っていうか・・・妙?・・うーん、ちょっと違うなぁ」
腑に落ちない顔を見せる遊馬に野明はますます可笑しくなった。
「私ね つい2日前には遊馬とこんなに長く2人で居ることになるなんて思ってなかった」
「そりゃ まあそうだな。俺も思ってなかった」
「なのにね 今物凄く落ち着いちゃってるの」
軽く目を閉じて組んだ両手を左頬にあて『幸せ一杯』とでも書いてありそうなうっとりとした顔を見せる。
「そりゃ良かった」
軽く笑うと遊馬も確かに落ち着く気がした。
それは気持ちが通じた安心感も幾分影響していることは確かで遊馬は野明の顔を覗き込んでその額に唇を寄せた。
「ちょっと遊馬?」顔を朱に染めた野明が気恥ずかしさから思わず顎を引いた。
「遊馬がキス魔だとは思わなかった」
「俺も思わなかった」
2人で顔を見合わせてクスクス笑う。
「とりあえずさ、夕飯作っちゃわない?あんまり遅くなっても困るから」
「じゃ、そろそろはじめるか」
各々手にしたカップの中身を喉に流し込むとキッチンに向かった。
並んで料理を作る、それだけのことが妙に楽しい、と感じる。
それ自体は職場の食事当番の時にもしている事なのでひろみちゃんがいないことを除けば何も目新しいことが有る訳でも無い。
特に何か言わなくてもメニューさえ決まれば慣れた物でお互いが自分の仕事を暗黙の了解で行える。
買ってきた材料を並べて作業に掛かる。
「クリームパスタにする?、それともグラタンにする?」
材料が殆ど変わらないメニューをあげて遊馬に伺いを立てる。
「グラタン。職場で食べないものがいい」
「はいはい」
そういうと野明はクリームソースを作るべく小麦粉とバターを炒め始めた。
小一時間かけてグラタンを作りサラダと一緒にテーブルへ運ぶと遊馬が冷やしておいたビールを取り出してきた。
2人で向かい合って今作ったばかりの食事を摂っていると野明がふと思い出したように呟いた。
「ね、あと二日で東京に帰るんだよね。」
「何事もなければな。なに、帰るの嫌になったか?」
微妙な顔を見せる野明に にやっと笑って応じる。
「そんなんじゃないけど。遊馬と2人でいるのもいいなって」
「そうか?普通のホテルに投泊していたらまた雰囲気が違ったかも知れないけどな」
「かもね。でも一緒にご飯作ったり出来るし、気兼ねがない分こっちの方がきっと楽しい」
「そりゃ 来た甲斐があったな」
「うん、ありがとう遊馬」
「どういたしまして。お礼は帰りに纏めて訊くさ、まずは折角作ったんだから冷めないうちに喰っちまおうぜ」
「うん」
ゆっくりと楽しく食事を進めて食べ終わる頃には2人ともビールで軽いほろ酔い気分を味わい、目が合うたびにクスクス笑う野明を遊馬は妙に穏やかな気分で眺めていた。
食事を終えて片付けが一段落すると野明は買ってきた入浴剤をテーブルの上に並べて「どれにしようかな~」と楽しげに物色し始めた。
「あ そっか。使いたいって言ってたな」
遊馬も横から覗き込む。
「遊馬 先にお風呂使う?」
「なんで?それ使いたいなら野明が先に入ればいいだろ?」
遊馬が首を傾げる。
「だって こういうの嫌だったりしない? バラとかラベンダーとか香りがするのばっかり買ってきちゃったし。泡のとか楽しそうだけど遊馬の後の方がいいかな、って」
「別に俺は野明が気にしないならいいけど。でも先にしないと泡は立たないぞ?」
きょとんとしている野明に苦笑しながら答える。
「説明、読んでみろよ。お湯を注ぐ勢いで泡立てるんだから後から入れてもこういうのは泡にならないの。俺が先に浴槽にお湯を溜めたら少なくとも泡風呂はつかえないぞ?」
「そうなんだ」
感心したようにいいながら裏書を読むと確かにそう書いてある。
「遊馬 詳しいね・・・」
「買うときに説明見てたら分かることだろ、見なかったのか?」
「みてなかった」
「迂闊だなぁ」
遊馬は野明の頭を軽く叩く。
「先に入っていいなら行くけどいいのか?」
遊馬が訊くと野明はコクリと頷いた。
「うん いい。泡じゃないの選ぶから」
「そうか?じゃお先」
遊馬は着替えを取りに席を立った。
「ごゆっくり」
野明が声をかけると遊馬は後ろ手にヒラヒラと手を振ってそれに答えた。
遊馬が去って野明は机の上に並んだ入浴剤から泡になる二つを外して残りの4つを見比べた。
ラベンダーの香りのバスエッセンスに ローズオイル。ラズベリーの香りの入浴剤に、蜜柑の香りのバスソルト。
悩んだ挙句にローズオイルを選択し自分の着替えを取りに寝室へ向かった。
寝巻きと着替え一式をもってリビングに戻ってくると湯上りの遊馬が寝巻きを羽織って出てきたところだった。
石鹸の香りが微かに漂うのにすこしドキリとして急いで踵を返し「じゃ 行ってくるね」と浴室に向かった。
まず湯船に近づいて持ってきたローズオイルのケースを開けるとくるりとひっくり返す。プニプニしたボール状の入浴剤がコロコロと湯船に浮かんだ。
一旦脱衣場に戻ってケースを破棄していると 何ともいえない薔薇の香りがふわぁっと広がってきた。
あまりの香りに嬉しくなった野明はぱたんと扉を開けた。
「あすまぁ!ねぇねぇ すっごいよ。」
嬉しそうな声にTVを見ていた遊馬が振り返ると野明が手招きしている。
開いた扉からは薔薇の芳香が広がっていて何を言わんとしているかは察しがついた。
それでも『付き合ってやるか』、と腰を上げて「どうした?」と声を掛ける。
嬉しそうに浴槽の傍まで遊馬を連れてくると、「ね すっごいいい香り!」と仄かに薔薇色になったお湯を示す。
「すごい香りだな」
「でしょ? ちょっとゆっくり入っててもいい?」
「ご自由に」
「じゃ、あとでねっ」
野明に背中を押されて今度は追い立てられるようにリビングに戻ると再びTVに目を戻した。
部屋にはまだ薔薇の香りが残っていて遊馬は「なんだかなぁ・・・」といいながらソファで大きく伸びをした。
遊馬をリビングに追い返してからぱたぱたと洋服を畳んで浴室に入ると噎せ返るほどの香りが広がっていた。
大きく息を吸い込んでみると鼻に抜ける香りも馨しく嬉しくなる。
湯船に浸かるとオイルが入ったお湯がすべすべと肌に心地良かった。
少し温度の下がった香りの良いお湯にゆっくりと浸かっていると心地よさから少し眠気まで襲ってくる気がする。
とはいえここで眠ってしまうわけにはいかないので軽く頭を振って目を覚ましシャワーの栓を捻った。
入浴を終えてリビングに戻るとソファで転寝している遊馬が目に入った。
そっと顔を覗き込むと思いのほか、良く寝ていて野明は少し考えて寝室からブランケットを運んでくると遊馬の身体にそっとかけた。
手すりに腕と頭を凭せ掛けて無防備な顔をして眠る遊馬を見て、胸の奥がきゅんとする。
そのまま すっと顔を寄せると遊馬の額に一瞬だけそっと唇を寄せた。
顔が赤くなるのを感じてすぐに踵を返し、キッチンに向かうと冷蔵庫からお茶を取り出しコクリと一口飲んで鼓動を落ち着けた。
『キス魔なのは遊馬だけじゃないかも』
自分の行動に動揺して落ち着かなく宙に視線を彷徨わせる。一度 大きく息を吸い込んで気を落ち着けようとゆっくりと深く息を吐き出した。
遊馬の眠るソファの傍に戻ると前に置かれたローテーブルに頭を凭せ掛けて軽く目を閉じた。
ひんやりした机の温度が気持ちよくて野明はそのまま引き込まれるように眠りに落ちた。
to be continue...
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追記
焦れったさ炸裂ですよねぇ、こんな感じでごめんなさい(゜ーÅ)
前回の余韻からかものすごいベタベタカップル状態。
でも進展してないのはどうしてなのか(^^;
この先どうしようか・・・今から考えます(笑)
えっと 前向きに。
お時間ありましたら一言なりとご意見ご感想などを戴けますと頑張ろうという、糧になります(笑)
単純なので読んでくれる方がいてくださると思うと気合が乗ります☆
長くて進まない駄文ですが何とか完結させたいと・・・努力してます~(笑)
では次回ものんびりマイペースに更新して行こうと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
軽井沢編 第7弾です
吐くほど甘い・・・
まさにそんな状態で(^^;
読み返すのすら恐ろしくて誤字脱字があったらこっそり指摘してください☆
やっぱり時間は進みません(笑)
何故サックリすすまないのか。きっと私が纏めるの下手なんですよね、精進します~
さて とても焦れったい2人ではありますがそれでもいいよという方は是非どうぞ(^^)
長くて完結に程遠いですが宜しくお付き合いくださいませ~
以下本文
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撤回
===============
車は草津方面に向かって走り出した。
野明はきゅんとする感じが止らなくて『遊馬の方をちらりと見ては視線を逸らす』を繰り返していた。
遊馬はそれに気づいてはいたものの何と声を掛けたら良いのか思い厭ねて結局黙ったまま車を走らせた。
20分弱で車が目的地についたとき、遊馬は野明に「ついたぞ」と声を掛けて先に車を降りた。
助手席側にまわると野明が降りて来てきて遊馬は野明の手を引いて建物の方に向かった。
野明は初めて目にする変わった形の建造物に思わず目を奪われた。
夕方になって空が深い青みを帯び地平の裾野に朱の色を残す黄昏時、その建物は中からオレンジ色の温かい光を放っていた。
丁度、建物を真横から見る位置に立っていた野明からは不規則な大きさと傾斜角をもった薄い石の板の間に挟まれたやさしい色の光を透過するガラスがミルフィーユのように何層にも横に連なっていてそれが危うい微妙なバランスを保っているように見えた。
ドミノ倒しの途中を見るような不思議な光景。
それが夕闇に浮かび上がってとても幻想的だった。
野明が息を呑んでその光景を見つめる姿を満足そうに眺める。
「綺麗だろ?」
「うん。すごく綺麗」
「入り口、向こうなんだ。入れると良いけどな」
そういうと野明の背中を軽く押し建物に向かって歩く。
程なく正面に到着すると先程とは随分印象が違って見えた。
石で出来た巨大なアーチが段々と大きさを増して少し角度をずらしながら連なる洞窟の入り口のようなデザイン。
けれどそれはどこか厳かで凛とした空気を放っていた。
遊馬は野明を伴ってそのアーチの入り口に歩を進める。
数メートル入るとそこには木の扉と明るく灯されたオレンジの電球があってその手前はぐるりと一周アーチ状にガラスが嵌め込まれていて外が見えた。
『これがガラスのミルフィーユの中』と妙に感心していると遊馬が木の扉を開いた。
中はとても不思議な空間で何層もの石のアーチとガラスのアーチがやはり不規則に配置され、ラインに沿って無数にはめ込まれたガラスにあしらわれた半月形の透かしが光の微妙な揺らぎを作っていた。
石とガラスの回廊。そこを少し進むと急に天井がぐんっと高くなり左右に分かれた木のベンチと正面には3段ほどの階段と祭壇。左から大きく張り出した不思議な形状の石と木でできた記帳台。
正面に大きく抜けるアーチ型の解放口に風除けのように置かれた石の衝立。
建物の壁には緑の蔦植物が茂り、どこかの遺跡の中にいるようだった。
「教会?」
遊馬に問いかける。石とガラスで出来たそこは思いがけず声が響いて野明は声を潜めた。
「ああ、凄いだろ?」
あたりをゆっくり見回す遊馬に倣って野明もぐるりを首を巡らせた。
「物凄く神秘的だね」
時間も手伝って幻想的に見える石組みの教会。
「『石とガラスで作られた世界でも希少な教会』なんだそうだ」
「へぇ・・・」
「自然をテーマにしたらしいから、風も抜けるし、石壁には水も伝えば緑も茂る。昼間はガラスがふんだんに使われているから太陽光も降り注ぐ。なんかこう厳かな感じしないか、宗教に興味があるわけじゃないんだけど」
「そうだね。なんだか物凄く神聖な気持ちになる」
この場所のもつ神秘的な空気と微かな緊張を含む静謐な雰囲気。華美な装飾など何も無いこの空間にはそれ故になにか神々しいものが宿っていそうな気さえした。
遊馬を振り返ると神妙な面持ちで建物を眺めている横顔に目が留まる。
またトクン・・・と心臓が音をたてた気がした。
きゅっと胸が締め付けられるような感じがして目を逸らそうとしたときに振り返った遊馬と目が合ってしまった。
不思議そうな顔で「どうした?」と問いかける声を聞いて思わず遊馬の胸にぽんと身体を預けた。
『遊馬の匂いがする』その香りに思わず気が緩む。安心をくれる香り、軽く目を閉じると遊馬の心音が聞こえた。その音が心地よくて暫く遊馬の胸に頬をつけてじっと聴き入っていた。
『遊馬が大事。この人が大好き』
そう思うときゅんと心臓が縮むような感覚がして少し苦しかった。
声を掛けた途端、自分に凭れ掛かってきた野明に驚いて遊馬は少しの間固まってしまった。
少し切ないような顔をして自分の胸元に頬を寄せる野明を遊馬は複雑な気持ちで見つめていた。
『特別大事なパートナーのお兄さん』としてはどうしたものか。
遊馬としては野明を仕事のパートナーとしては勿論だが、1人の女性としてみている面がある。
それは先の滝口の一件で遠まわしにではあるが伝えた心算だった。
はっきりと言わないのは己の狡さ故。拒絶されるのが怖くて勝算が無い勝負には手を出せない。
野明はどうなのか、と考える。もしかすると野明にとっての自分は気の合う同年代の同僚としての域を出ていないのかもしれないと思うこともしばしばあった。
こうして旅行についてきても自分を兄の様だといい、同じ部屋に2人で泊まってもこれといって構える様子も無い。
嫌われていることは無いと思うが異性として意識されているのかというのはまた別の問題だ。
野明を失いたくなければ迂闊なことは出来ないが、それでも思いを寄せている女性からこんな風に身体を預けられると流石に遣り切れない気持ちを味わう。
本人にはきっと大した考えは無いんだろう、『傍にいたから胸を借りた』位のもので。
遊馬は自分の両手と気持ちのやり場に困って天井を仰ぎ見た。
夕暮れ時の藍色の空は日が落ちる直前の紅に輝く雲を少しづつ飲み込むように色を落としていった。
野明の手がそっと自分の背中に回されるのを感じてこのまま抱きすくめてしまいたい衝動に駆られる。
迷った末に遊馬は野明の両肩に手を乗せてゆっくりと息を吐き出した。
声を掛けていいものか悩んだ挙句、暫くして野明の小さな細い身体を壊れ物を扱うようにそっと抱きしめて軽く目を閉じた。
腕の中の野明は温かくて少し甘い香りがした。
どのくらい時間が経ったのか、或いはほんの短い時間だったのか。
腕の中の野明が身動ぎする気配がして目を開けると、閉じていた腕をそっと開き野明の顔を覗いた。
あたりは日が落ちて教会の中はオレンジ色の暖かな色の光で満ちていた。
空には一点の朱も無く深い藍色をした空に日の落ちたあたりだけがうっすらと白んでいるのが伺えた。
憂いを帯びたような野明の青い瞳に吸い寄せられるように思わずその顎に手を掛けた。
そっと上を向かせるように手を返した途端、瞳に不安と戸惑いが滲んだ。
軽い罪悪感を覚えて手を離すと、今度は寂寥感と先よりも強い戸惑いの色を浮かべた瞳がこちらを見返す。
その顔は遊馬の胸に切ない疼きを齎す。
浅く呼吸を整えると出来るだけ静かな声を出した。
「嫌じゃなければ目、閉じてくれ」
『嫌なら拒否してくれ』と言わなかったのはそうされるのが怖かったから。
この言い方は狡いのかもしれない、逃げる方法を明示しないのは願望。
緊張で早鐘を打つ心音を意識しながら野明の瞳を窺った。
胸の苦しさに耐えかねて遊馬の背中にそっと手を回した。
この気持ちが伝わればいいと思ったのか、気づかれるのが怖いと思ったのか自分でもよく分からなくて、じっとしていたら遊馬の手がそっと肩に添えられた。
静かに吐き出される息の音が胸の苦しさを弥増し、このままやんわりと拒絶されるのが怖くてぴたりと頬を寄せたまま動けずにいた。
暫くそのままでいると遊馬の手がゆっくりと肩から離れ、野明をやさしく抱きしめるのが分かった。
拒絶されなかった事への安堵と抱きしめられた事による緊張、切なさできゅんと胸が締め付けられるような感覚とが一緒になって思わず目を閉じる。
遊馬の腕の中は温かくて。こんなに複雑な思いを抱えているのにも関わらず、やっぱり一番安心できる場所でもあった。
胸中の嵐が幾分凪いできて野明は意識をはっきりさせようと軽く頭を振る。
いつの間にかすっかり日が落ち室内がオレンジの暖かい光で満たされていてつい先ほどまでとは随分と趣が変わっている。
自分を抱きしめていた腕を開くのが分かってそっと顔を上げると複雑な顔をした遊馬と目が合った。
その目は真っ直ぐで真剣、なのにいくらかの愛惜が篭もっていている気がして思わず魅入ってしまう。
つっ・・と遊馬の手が伸びて自分の顎に掛かり、そっと上に引き上げられた。
意図することが分からずに不安になって遊馬の目を見た。
『遊馬、私にキスしようとしている・・・?』まさかと思う反面、微かに期待も過ぎる。
戸惑いとキスなどしたことが無いことから来る言いようのない不安。
それがそのまま顔に出てしまったのだろう。
遊馬は目が合うとハッとした様子で顎に添えられていた手を離した。
「あ・・・」思わず小さな声が漏れた。
手を離されたことに対する不安と戸惑い、それに『私じゃ駄目だったのかな・・・』という軽い失望感。
一瞬 期待した分だけ寂寥感が増しそれらが入り混じった複雑な感情に追い討ちをかけた。
遊馬はその様子を憂いの篭もった切な気といっていい瞳で見つめてから、いつもより少し低くて感情の読み取り辛い静かな口調で「嫌じゃなければ目、閉じてくれ」と言った。
遊馬は『何が』とは言わなかった。
けど、それはいくら『勘が鈍い』といわれる野明にも分かる。
少し躊躇った。
ここで首を振ったら遊馬はそのまま何事も無かったようにくるりと踵を返すかもしれない。
でも、このまま目を閉じたら・・・私は遊馬の『特別』になれるだろうか?
一度 私の態度に逡巡しながら遊馬はもう一度自分に問いかけている、多分これが最後。
もう一度はきっとない、そんな気がした。
野明は心臓が飛び出してしまいそうなほどドキドキしながら緊張した面持ちで己が瞳を覗き込む遊馬の目を見返し、それからゆっくりと目を閉じた。
全身が緊張して思い切り強張っているのが自分でもよく分かる。
遊馬の手が再び顎に掛かって、ついっと野明の顔を上に引き上げた。
遊馬の吐息を鼻に掛かるほど近くに感じ、全身に力が入ってしまっている野明が思わず顎を引きかける。遊馬は顎を支える手と野明の腰に回した腕に少し力を込めて傍に引き寄せそっと唇を重ねた。
ほんの数秒、唇を重ねるだけの優しいキス。
重ねた時と同じようにそっと唇を離すと遊馬は野明をぎゅっと抱きしめて「お前が好きなんだ」と小さな声で囁くように告げた。
心臓を鷲づかみにされるようなきゅんとする感覚が全身に広がって野明は再び遊馬の胸に身体を預ける。
「遊馬、順番が逆」
「そうだな」
『拒絶されなかった』安堵感と野明を『捕まえた』と感じる安心感。
体中の緊張が一気に解れたような気がした。
ややあって野明が小さな声で問いかけた。
「お兄さんって言ったの、撤回していい?」
「どうぞ。今度は何の役、くれるんだ?」
「・・・やっぱり旦那様がいいな。好きな人に演って貰うなら」
胸に寄せられている顔が熱い。真っ赤になっているだろう顔が容易に想像できて可笑しかった。
「承りましょう、じゃ そろそろ帰って仕切り直そうぜ」
「ん。そうだね」
そう言って顔を見られないようにさっと踵を返す野明を捕まえる。
「もう一回。今度は力抜いてくれ」
そういうと野明の頸の後ろに手を添えて軽く唇を重ねた。
不意打ちを食らった野明が吃驚して抗議する前に遊馬はパッと手を放し腕時計を確認する。
「ここ後20分位で閉館するんだ、早く出ようぜ」
悪びれた様子も見せずに、横に並ぶと野明の背中に手を添えて出口に促す。
名残惜しそうに祭壇を振り返る野明を見ながら「また今度見に来よう」と声を掛けた。
黙ってコクリと頷くのを見て出口の扉を押し開ける。
外はもうすっかり日が落ちて夕焼けの残滓も僅かとなり夜の帳が下り始めていた。
煌煌と光を放つ層を成したオレンジ色の光が夕闇に映えて静かに浮かび上がって見えた。
to be contine...
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追記
えっと 吐くほど甘いとは正にこのこと(^^;
続きどころか読み直す勇気すらなくて逃げ出しそうです~
焦れったさに歯噛みした挙句、こんな感じでごめんなさい(゜ーÅ)
ああ こっぱずかしくてこのまま本当に逃げてしまいたい位です。
一言なりとご意見ご感想などを戴けますと逃げたいのを踏みとどまる勇気になります(笑)
次回ものんびりマイペースに更新して行こうと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
ちなみにこの教会はモデルがあります。
かなり有名なところなのでご存知の方もおいでかも知れないですね(^^)
興味をもたれた方がいらしたら 公式HPをご案内しますのでお知らせくださいませ。
本当にステキな教会ですよ♪
軽井沢編第6弾です
間に個人的に色々で・・・・
でも 皆さんのお陰で元気に復帰です(笑)
今回も長くて時間はあまり進みませんが諸事情によりかなり甘い話に・・・
こんなの野明でも遊馬でもないわ!という意見も聞こえてきそうですが。
そこは二次創作ってことで許してくださいね~
ではそんな駄文ですがお付き合いくださる方は以下の本文へお進み下さいませ。
以下本文
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変化
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遊馬に手を引かれて店を出る。
カウベルの音を奏でつつペンションの扉が閉まると野明は後ろを振り返って立ち止まった。
「ね、いいの?」少し困ったような顔をして遊馬の顔を見上げる。
「何が?」
「都さん、遊馬と話したいことがあったんじゃないかなって」
「話はしたさ、さっき。話はきいたし相応の返事もした。野明が気にするようなことは何も無いよ」
あっさりと答える遊馬に少し複雑な気持ちになった。
彼女は遊馬が好きで、それはずっと前から変わらずに今もそうだったんだろうことは容易に察することが出来た。
『久し振り』と言っていたことから 恐らくそれなりの期間遊馬と顔を合わせていなくてやっとあえたと思ったら私を伴ってきた、ということになる。
もし自分が逆の立場ならどうだろうと思うと彼女の様子が気にかかった。
私達がいた時は あっさりとというか寧ろサバサバした様で『降参』と手を上げていたけれど そのあと『こちらに来ないか』と声を掛けたのはそれでも遊馬と少しでも接していたいという気持ちの表れではなかったのか。もしそうならキッパリと遊馬に断られてしまった彼女は今頃 涙を流しているかもしれない。
自分を優先してくれたことを嬉しく思う気持ちと 明確に一線を引かれてしまった彼女に対する申し訳無い気持ちとがごちゃ混ぜになって心の中に複雑な波を立てた。
切なげな顔をして閉じた扉を見ている野明の頭を自分の胸元に引き寄せ抱え込むように抱きしめる。
「他人に振り回されるなよ。滝口を気にしてるんだろうけど、それは仕方ないんだから。俺はあいつと付き合うつもりがないし、その対象に見れない。なのに気を持たせるようなことは出来ないさ。それは野明がいるからっていうだけじゃない。伯母さんもいってただろう? 俺は一度もあいつにそういう感情をもてたことが無い。そういうことなんだ。」
野明は遊馬の胸元に引き寄せられたまま黙って話を聞いていた。
「そうやって人の気持ちに思いを馳せる事が出来るのは野明のいいところだと思うけど、過度にのめり込んで一緒に沈んでいくのは止めてくれ。見てる俺が辛い」
驚いて顔を上げれば苦笑交じりの遊馬と目が合った。
野明は胸の奥がキュンとなって遊馬の背中に手を回すと一瞬だけキュッと力を込めた。
「うん」と返事をすると直ぐにぱっと身体を離し「行こっか」と声を掛けて車に向かって歩き出す。
黙って後を歩く遊馬を視界に捕らえて安心しているのが分かって『やっぱり妬いてたのかな』と思った。
助手席に座って運転する遊馬の横顔を見る。
視線を感じたのか遊馬がこっちを振り返った。
「まずは昨日のショッピングモールでいいんだろ?それとも他に行きたいところあるか?」
「ううん 昨日のとこゆっくり見たい。それに・・・」
「それに?」
「この近辺 何にも分からないから。遊馬にお任せ」
「了解」
その答え方が少し可笑しくてクスクスと笑うと遊馬が怪訝な顔を向けた。
「・・・なんだよ?変なこと言ったか?」
「そうじゃなくて。『了解』って言うのが遊馬らしいなって」
「なにが?」
「なんだろうね。でもきっと私が一番よく知ってる遊馬」
「なんだそりゃ?」
「・・・秘密」
なんだか職場にいて指示をもらっている時みたいな受け答えに少し安心した。
やっぱり『遊馬でないと駄目だな』と思うとそっと遊馬のシャツの袖口を引いた。
遊馬は少し驚いたみたいにこちらを見返すと軽く笑った。
「こーら、運転中。ミッション変え辛いだろ」
「あ ごめん」慌てて手を離す。
「もう着くから。少し待ってろ」
「はーい」なんだか擽ったい気分で返事をすると両手を膝の上において目線を前に向けた。
「着いたら腕でも肩でも組んでやるから」
笑いながら言う遊馬に軽口を返す。
「ホントに?」
「本当。そのかわり逃げんなよ」
「・・・変なことしないでよ?」
「さあな、それは取り方次第だろ。まず行きたいとこ探しとけよ」
そう言って昨日取って来た店舗の案内図を野明に手渡した。
小さな冊子に纏まった地図を開いて感心する。
「広すぎて どこに行っていいのかわかんないね」
「こっちは土地があるからな、東京で仮にこんな物作るとしたらでっかいビルとかになるんだろうけど。散歩がてらのんびり回ろうぜ。」
地図を広げて敷地の広さに改めて驚く。
「道に迷いそうだよねぇ」
しみじみいうと遊馬が呆れたような顔をした。
「お前ね 誰と来てると思ってんだ?ちゃんと案内してやるから安心して店選べ」
その偉そうな物言いに思わず顔が綻ぶ。
「頼りにしてるからちゃんと傍にいてよね?」
「了解。だから離れるなよ?」
「勿論」
一瞬顔を見合わせると互いに仄かな笑みを湛えたまま前方に視線を戻した。
車内に妙に擽ったい空気が漂って野明はすこしドキドキした。
駐車場に車をとめて車外にでると地図を広げる野明の脇に立つ。
「で どこ行きたい?」
野明の指差した一角と駐車場の位置を地図で確認する。
「少し距離があるから寄り道しながらゆっくり行こうぜ」
遊馬はぽんと軽く背中を叩くと野明を促して歩き始めた。
開店直後、更に平日ということもあって人気のあまり多くないモール内を並んで歩く。
暫くすると野明が拗ねたような顔をしているのに気づいて遊馬は『何かしたかな?』と首を傾げた。
時々仲良く寄り添って歩くカップルとすれ違うと野明がちらりとそちらを見遣るのに気づいて可笑しくなる。
野明の肩に手を回して傍に引き寄せた。
「羨ましいなら言えばいいだろ?」
「自分から言うのは負けたみたいで嫌なの」
「勝ち負けの問題かね?大体そんな顔して見てたら同じだと思うけどな」
と言って額を小突くと「やだ 変な顔してた?」朱に染めた顔を両手で覆う。
その顔を遊馬が楽しげに覗きこんだ。
「いや、素直でいいんじゃないの?なんなら肩じゃなくて腰抱いてやろうか?」
野明は真っ赤になって「今はいい」と言ってそっぽを向いた。
遊馬はその様子を見て肩を震わせるようにして笑いを堪えながら「はいはい『今は』ね」というと野明の肩を抱いて歩き出した。
フロアは女性向けブランドの洋服や鞄が主で店も東京で見るものと大差を感じない。
それでも野明が楽しそうに「これ、かわいい」とか「ね これどう思う?」と聞いてくるのでそれなりに受け答えをしながら店舗を巡る。
店舗に惹かれて出たり入ったりして歩いているうちに野明は腕を組む方に落ち着いた様で遊馬の左腕に両手を絡め、気になる店を見つけるたびに引っぱっていく。
それに律儀に付き合う自分に遊馬は少なからず驚いた。
『俺 こういうの苦手だったんだけどな』と昔の記憶を手繰る。
中学、高校、大学、研修校時代を通して何人かの女性と付き合いがあった。
それでも買い物に付き合うのは結構面倒で何かと理由をつけては別行動していた。
『待ってるから好きなもの見て来い』と言ったり『他に見たいものがあるから後で待ち合わせしよう』と言ってみたり。
特に相手の洋服選びに興味も無かったし、結局散々見るだけ見て何も買わずに店舗を次々梯子して挙句最初の店に戻ってまたあれこれと悩んだ挙句、別の店舗に更に移動して・・・みたいな体力を浪費するだけの非生産的な行動に理解など出来よう筈も無い。
欲しいならさっさと買ってしまえばいいし、文句があるなら買わなきゃいい。
それは主観の問題なんだから俺に意見を求めても無駄だとも思っていた。
大体『どう?』なんて聞くときは自分で答えを決めていることも多くて実際に俺の意見が聞きたい訳ではなく同意が欲しいだけ、ということも多かった。
そんなことから買い物に同行すること自体がすっかり面倒になって久しかったのだが。
「ね 遊馬、このシャツ可愛いよね」といいながらクルクルと表情を変える大きな瞳でこちらを見上げる野明に「いいんじゃね?」と笑みさえ浮かべて受け答える自分。
寧ろそれを『楽しい』と感じているあたり少なからず自分は変わったのだろうと思う。
それは野明限定なのかもれないが、それならそれでいいと思った。
他に腕を組ませたい相手がいるわけでもない。
自分の隣で色の違う同じデザインのシャツを両手に持って「どっちがいいかな」と考え込む野明を眺めていると自然と気が和らぐ気がした。
真剣に悩んでる野明の眉間に指を立てて、「ここ、皺できてるぞ」と言って顔を覗く。
「え 本当に?!」
野明はあわてて眉間を押さえようとしたが遊馬が指を退かさないので顔をぐんっと後ろに引いて指を離そうとした。
思わずからかってみたくなって遊馬は指を野明の眉間に当てたまま顔の動きを追う。
怪訝な顔をして左右に首を振った野明にあわせて指を動かすと野明は少し考えて眉間に当てられた指を遊馬の手ごと両手で掴むときょとんとした顔で小首を傾げた。
「これなに?」
「いや 面白いなぁと思って」
クスクスと笑う遊馬に野明は「子供みたい」と笑って遊馬の顔を下から覗き込む。
野明の手を解いて頭をくしゃっと撫でるとそのまま軽くポンと頭の上に手を置きなおした。
「どっちか決めたのか?」
「う~ん 決められないの、遊馬決めて?」
「俺が?じゃこっち」
そう言って薄い水色のシャツを選ぶ。
すると野明は手元のオレンジシャツをワゴンに戻すと遊馬の選んだ水色のシャツを嬉しそうに抱えた。
「コテージに帰ったら着てみようっと。遊馬のお見立てだもんね」
言いながら軽やかな足取りでレジに向う。
その様子をみて『たまに買い物に付き合うのも悪くないな』と思った。
他に何件も出たり入ったりを繰り返し、やっぱり何も買わずに出る店が多いのだが不思議と以前のように面倒とか退屈という風には感じなかった。
大きな芝生の中庭を横切って建物を移動する頃になって野明が思い出したように遊馬をみた。
「お買い物 すっごく楽しいんだけど・・・遊馬退屈じゃない?」
「いや 十分楽しいけど?」
「だって 私ばっかり好きな店に出入りして遊馬つまらなくなかったかなって」
申し訳なさそうに言う野明に思わず笑ってしまう。
「変な気使うなよ。そう思ったらちゃんと言ってる。それに、野明見てるとかなり面白いけどな」
「え なにそれ?」
「いや 楽しそうに買い物するんだなって。俺 洋服買うのにそんな風にしないからさ」
「そうなの?」
「見て気に入ったらサイズと値段見て即決。気に入らないところがあると思ったら買わない、そんなもんだな。その店舗に5分もいれば買うなら買うし買わないなら店出てる」
「遊馬らしいというか・・・でもそれじゃ余計退屈だったよね?」
しゅんとしてしまう野明を好ましく思う。
「そんな顔するなって。寧ろ面白かったけど?野明も女の子だなって」
「え?」
「普段一緒に出かけてもこんな風にゆっくり買い物しないから気づかなかったけど洋服とか小物とか楽しそうに選ぶもんだなと思ってさ。」
「女の子ってみんなそうじゃない?」
「そうかもな。でも野明だから面白いんだよ、多分」
そう言って野明の顔を見遣ると野明は照れくさそうな笑顔を見せた。
「私も遊馬と一緒ですごく楽しい」
遊馬の腕に腕を絡めようとして手にした数個の紙袋が邪魔になる。
「ほら それ貸せよ」遊馬が手を出したので渡そうかどうしようか考えているとひょいっと荷物を取り上げられた。
「自分で持てるよ?」
荷物の中身は全部野明のものだけに気が引けた。
「いいから。大した量じゃないし持ってやる」
そう言って腕を軽く差し出すと「ありがとう」と言って野明は遊馬の腕を取った。
腕を組んで芝の貼られた中庭を歩く。
ふかふかした足元がアスファルトになれた足にはとても新鮮で気持ちがいい。
「ここ裸足で歩いたら気持ちよさそうだよね」
「そうだな、今度は公園にでも行こうか。浜離宮恩賜公園とか芝が綺麗に貼られてるし手入れがいいから裸足で歩いても怪我しないだろうし。」
「恩賜公園?」
「行ったことないか?」
「ない」
「じゃ 天気がよければ次の休みに連れてってやるよ。季節ごとに何かしら花も咲いてるからのんびり散歩するにはいいところだし」
「そうなんだ、楽しみにしてるね」
周りをくるりと見渡すと平日にもかかわらず思いの他カップルが目に付いた。
『自分達もそう見えるのかな』と思って野明はこめかみを遊馬の腕にぴたっとくっつけてみた。遊馬は野明の顔を見て小さく笑うとそのまま歩を進める。
エスコートされて歩くようなちょっと擽ったい気持ちになった。
ふと時計を見ると既に1時を少し過ぎていた。
「昼 食べるか?」
「そうだね のども渇いたし」
「なら レストラン街向こうだったな」
というと遊馬はサクサクと歩き始める。
遊馬にくっついて歩きながら『あの地図、一通り覚えてるのかなぁ』と変なところで感心してしまった。
レストラン街の入り口に着くと案内板に店舗の一覧があった。
「何食いたい?」
「遊馬は?」
「そうだな・・・中華以外。」
その答えを聞いて野明は思わず噴き出した。「うん、私も中華以外がいいよ」
待機任務中は毎日上海亭の出前なのだから外に来てまで中華を食べようとは思えなかった。
結局 無難に和食の店を選択し定食を頼んで食事を済ませるとお茶を飲んで少し落ち着く。
暫くして遊馬が思いついたように野明に向き直った。
「野明 折角軽井沢まで来たんだし買い物が終わったらちょっと珍しいもの見に行かないか?」
「珍しいもの?」
野明は小首を傾げる。
「平日の昼間だしあいてると思うけど。」
「どこに行くの?」
「今は内緒。行けば分かるさ」
悪戯を思いついた子供のような目で話す遊馬は年上なのにとても可愛く見えて思わずくすりと笑ってしまう。
「じゃ連れってて」
「よし、決まりな。まずは買い物の続き行くか」
そういうと荷物を持って店を出た。
野明の行きたがっていた店はすぐに見つかった。
いわゆるバスグッズやフレグランスなどを中心に扱う店舗で遊馬にはあまりというか全く馴染みのない店だった。
嬉しそうに店内を物色する野明に『やっぱりこういう物好きなんだな』と少し感心する。
色とりどりのメイク用品、スキンケア用品から石鹸、入浴剤などが所狭しと並べられていて色んな芳香が入り混じった独特の香りが満ちている。
普段来慣れないだけに『匂いに酔いそうだな』と思う。
野明はというと店内をウロウロした結果、バスグッズのコーナーに足を止めて熱心に何かを選んでいた。
「何見てるんだ?」
声を掛けると野明は子供が何かをねだる時みたいな顔をした。
「ね、入浴剤って買ってもいい?」
「なんで?買えばいいだろ。好きなやつ」
「コテージで使ってもいいかな?」
「そりゃいいけど。ほしいならいくつか買って帰ればいいだろ?」
何か珍しい種類のものでもあるのか、と思って首を傾げる。
「だって普段使えないんだもん」
「なんで?」
「寮はお風呂共用だから。」
「女子寮もそうなのか?」
野明はコクリと頷いた。
ちょっと意外だった。何となく女子寮は個別に浴室がありそうだと思っていたが、男子寮と同様共同浴場になってるらしかった。
「そりゃ 使えないか・・・」
二課棟はシャワー室だし外で泊まるようなことでもない限り使いたくても使えなかったわけだ。
「いいんじゃないか?いくつか気になるのあるなら買っていこうぜ。風呂洗うのが面倒でなればのぼせない範囲で何種類か試せばいいし」
「本当にいい?遊馬こういうの嫌いじゃない?」
「別にいいよ。こういう機会でもないと試せないんだろう?気に入ったやつ買えよ」
そういうと野明は嬉しそうに棚を物色し始めた。
よく見ると本当にいろんな種類のものがあってこれが全部入浴剤かと思うほど変わったものも少なくなかった。
一見ワインのボトルにしか見えないものや 小さなビニールのボールに見えるもの、いろんな色の細かい紙石鹸を詰め合わせたようなものから、どう見ても塩の粒にしか見えないものまで それこそ色んなものがあってこの中から選ぶのは結構大変だろうと思った。
真剣な顔であれこれ手にとっては棚に戻して選ぶ姿はなかなか面白くて暫く黙ってその様子を見ていると悩んだ末に手にした籠に入れた10種類近い入浴剤をじっとみて野明が大きく溜息をついた。
「決まったのか?」
「それが・・・これ以上絞れなくて。でもこんなに使えないしどうしようかなって」
「ちょっと貸せ」
といって野明から籠を受け取って店の端に寄る。
「いくつ位に絞りたいんだ?」
「う~ん あと二日でしょ? 朝夕使ったとしても4つあればいいんだから・・・」
「じゃ 選ぶ余地も残すようにして6つに絞る、というのでどうだ?」
「うん。そうだね」
選んできたものは全て一回の使いきりだったので種類別に大まかに分けて見る。
するといくつか 同じようなタイプのものが混ざっていたので 野明にどれか一つを選択させ残りを切る形であっという間に6つに絞った。
「これでどうだ?」と提案すると野明はコクリと頷いた。
こういうところが 男女の感覚の違いなのかもしれない。
ものすごく合理的にサクサクと物事を決める遊馬に野明は今更ながらに感心してしまった。
「これで欲しいの全部か?」
「待って。もう少し」
そう言ってフロアを駆け回る野明を見る。
『あれだけ嬉しそうにするなら連れて来て正解かな』と思う一方で野明の両親がこんなこと知ったら怒るんだろうなぁとぼんやり考えた。
手を出してはいない。けど飲み会から足掛け5日、男と2人泊りがけで遊びに出てるなんて知ったら 何もありませんでした、といって素直に信じてくれるとは思いがたい。
そんな心配を知ってかしらずかその家の一人娘は無邪気に買い物に夢中になっている。
遊馬は遠くに住む彼女の両親と自分の為に思わず深い溜息をついた。
欲しいものを一通り購入した野明が遊馬の元に戻ってきて「ただいま」と当たり前の様に腕を取る。
それを見て『まあいいか』とそのまま野明を伴って店を出た。
「ここで他に買いたい物あるか?」
「もう十分、この後珍しいもの見せてくれるんでしょ?」
「そうだな、じゃまっすぐ車に戻るけどいいか?」
「うん」
返事を返してまっすぐ車に向かって歩くと以外な程早く車に着いた。
「こんなに近かったの?」
物凄く歩いた気がしていたので野明は少し驚いた。
「行く時は色んなところに寄り道したからだろ。まっすぐ歩けば15分かからないさ」
苦笑する遊馬を見て一緒でなかったら車に戻るのに何分かかっただろうと思う。
というか戻ってこれたのかさえ疑問だった。
後ろ姿を眺めていると視線を感じて遊馬が振り返った。
「なに?」
「少しは私も地図読めるようにならないとなぁって思ったの」
「なんで?」
「私1人でここに戻ってこれる自信なかったもの。地図見ても」
少し拗ねたように言う野明に 呆れたような視線を向ける。
「俺が読めるんだからいいんじゃないのか?ちゃんと着いてきたら迷わないだろ?」
「だって いつでも遊馬がいるとは限らないじゃない?」
「何で?呼べば良いだろ、別に。用が無きゃ付き合ってやるけど?」
当たり前見たいに言う遊馬の顔を覗き込んで少ししかめっ面をして見せる。
「駄目だよ、遊馬。そういうこと言うと、変に期待しちゃうから」
「期待って・・・俺は別に困らないけどな。そういわれると逆にこっちも期待するだろ?野明は困らないのか?」
「あ・・・えっと・・・遊馬ならいいかなぁ・・・って」
最後は聞こえるかどうかくらいの小さい声。
意外な答えに少し目を瞠ったが、うつむき加減で話す野明にあえて問い直すことはしないで普通の調子で話す。
「なら 問題ないんじゃないか?」
「えっと・・・うん。そうかも。」
「ま そういうことだな、車出すぞ?」
「うん お願い」
車がゆっくり走り始めると野明は窓の外に視線をさまよわせながら胸がきゅんとするような感覚にじっと耐えていた。
それはちょっと切なくて幸せな感覚。遊馬を見るとその感じが強くなる気がして長く見ていることができなかった。
to be continue....
=============
追記
えっとここ数日 激しく凹むことと人様の温かさに励まされることをど同時に体験しまして。
私 凹んだ時になにか妄想すると激しく暗いか 吐くほど甘いものしか出てこないことをはじめて実感しました。
で・・・結果 吐くほど甘いものになりまして(^^;
数日置くと恥ずかしくてUPできそうにないので今のうちに勢いで上げしてまおうかと・・・
長い駄文にここまでお付き合いくださって有難うございます。
完結にはまだまだ遠いお話ではありますが どうぞ見捨てないでお付き合いくださいませ♪
ご意見ご感想などいただけますとやる気が出てきますのでお時間のある方は是非 一言なりといただけますと幸いです。
次回ものんびりマイペースに更新していこうと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
先日 娘と一緒にディズニービデオ見ながら妄想(笑)
取りとめの無いSSです。
他にやること沢山あるのに現実逃避実行中です~
散文ですが それでもいいわという方は 以下本文です♪
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誘引
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天気のいい昼休み。
遊馬を探して二課棟をウロウロする。
隊員室にも 電算室にも ハンガーにもいないとなると後は 屋上か堤防か。
手近なところでまず 屋上に上がると彼は屋根の上ごろんと横になっていた。
「遊馬」
名前を呼んで駆け寄ったが返事が無くて『眠ってるのかな』と思って顔を覗き込んだ。
頭の後ろで両手を組んで片膝を軽く立てるようにして横になる姿はとても無防備に見えて思わずじっと見入ってしまう。
もう一度小さな声で「遊馬」と呼んでみた。
風に吹かれて揺れる前髪、閉じていると分かる意外に長い睫、軽く噤まれた唇。
『少しだけ 触れてみたいな・・・』と思った。
寝ている遊馬に ふっ・・・と吸い込まれるみたいに ほんの一瞬 野明は自分のそれを遊馬に重ねると、すいっと立ち上がって踵を返した。逃げるようにしてその場を離れるとアルフォンスのコクピットに入り込んでハッチを閉める。
自分でも判るほど顔が熱い。心臓が飛び出そうなくらいバクバクと音を立てて、「落ち着こう」と深呼吸したもののなかなかその動悸は収まらなかった。
そっと自分の唇に指を当てると そこが物凄く熱い気がして落ち着かなかった。
自分のしたことに今更ながら動揺して どうしてあんなことをしたのかと羞恥で一杯になる。
「遊馬・・・寝てたよ・・・ね」 それがせめても救い。
知られたらどうなるんだろう? 怒るかな、それとも嫌われてしまうとか。
そう思うとなかなかここから出られない。遊馬の顔を普通に見れる自信がないから。
膝を抱えて丸くなる。もう直ぐ昼休みが終わってしまう。普通の顔が出来ますようにと自分に願を掛けた。
昼休み 食事を終えて少し眠くなったので屋上に出た。
海風が絶えず吹くので気温の割りにすごしやすい。
軽く目を閉じてうつらうつらしていると、階段を上ってくる軽やかな足音が聞こえた。
『野明か』そう思ったものの まどろんだ状態が心地よくてそのまま目を閉じていた。
顔を覗き込む気配と共に 名前を呼ぶ小さな声が聞こえたがもう少し寝ていたくて返事を返さずに寝た振りを決め込んだ。
少しの沈黙の後、気配が近づく。鼻を擽る甘い香りと額に触れる細い髪、そしてしっとりとした温かくて柔らかい何かが唇に軽く触れると直ぐに全ての気配が遠ざかった。混乱している間にパタパタという足音が小さくなり慌てて顔を上げると赤い髪の頭が屋根の下に消えた。
思わず口元を手で覆って「嘘だろ?」と呟く。
自然、顔が朱くなるのが分かった。
直に昼休みが終わる、野明をみて普通の顔でいられるだろうかと思うとあまり自信がなかった。
始業のベルが鳴って隊員室に戻る。
互いに自分の席について思わず相手の様子を窺おうとして顔を見合わせる形になる。
お互いにびっくりして慌てて目を逸らす。
その様子を見た太田さんが訝しげな様子で「お前ら どうしたんだ?」と訊いた。
答えられよう筈も無く2人は同時に答えた。
「何も」
「何もねぇよ」
END
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追記
寝てる人にkissって本当は反則、って思うんですが。
娘にせがまれて sleeping beauty とか見ているとちょっと妄想(笑)
この場合 逆ですが☆
結局このことは無かったことにされちゃうんですかね、このカップルだと(^m^)
それか 付き合うようになってかなり時間が経ってから思い出したように遊馬が持ち出すか・・・?
ご意見 ご感想いただけますと 踊って喜びます(笑)
是非 お時間があれば宜しくおねがいします♪
軽井沢編第5弾です
書いている最中に色んな用事が重なりましてだたでさえ遅筆なのにますます鈍亀状態になっています軽井沢。
どうにか 形に纏まりました(^^;
前回よりは 多少明るく展開しているとは思いますが オリジナルキャラ登場しますので苦手な方はご注意くださいね。
相変わらず 長い割りに時間の進まないお話ではありますが どうか見捨てずにお付き合いくださいませ。
こんな駄文ではございますがご意見・感想などいただけますと やる気か出てまいります(笑)
ではどうぞ よろしくお付き合いくださいませ~
以下本文
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約束
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夜明けまでは まだ時間がある。
雷鳴こそ遠雷に変わったものの 窓に叩きつける風雨は依然激しいままで漆黒と言っていい闇の中、野明は上掛け布団を引き寄せ抱きしめる様に小さく丸まっていた。
時折 窓に打ち付ける雨風のザンッという音が室内に響く。
遊馬の居るほうに首をめぐらせてみたものの 多少闇に慣れた目で見ても遊馬のいるベッドまではそれなりに距離があるためその様子をうかがい知ることは出来なかった。
思わず小さく息を吐くと遊馬から声が掛かった。
「眠れないのか?」
起きていると思っていなかったので少し驚いたものの遊馬の声に少し安堵する。
「うん、やっぱり雨音すごいね。台風みたい」
「場所、変わるか? こっちだとそんなに気にならないぞ?」
「え? いいよ。遊馬の方が疲れてるんだから少し休んで」
「俺はそんなに疲れてないけどな。やっぱ人の使ったベッドは抵抗あるか?」
さらりと音がして遊馬がこちらを向き直った気配がする。
野明も遊馬の方に向き直ってみる。
互いに気配はわかるのに闇に沈んで姿は見えない。
「そんな事ない。けど、他の人のなら嫌かな」
「ばーか。そういうこと言ってんなよ、変な風に勘ぐられるぞ?」
呆れを含んだ遊馬の声が返ってきた。
野明は複雑な思いでクスリと笑う。
自分が本当はどうしたいのか、よくわからなくなってしまった。
すこし考えてから口を開く。
「ね 遊馬 やっぱり変わって?」
「了解」
言うと遊馬は懐中電灯の明かりをつけ 「よっ」と声を掛けて起き上がるとスタスタと歩いてきて「じゃ 交代な」というとベッドの淵に腰掛けた。
野明も すばやく立ち上がると遊馬の居たベッドに移動する。
場所を入れ替わると 先ほどと同じように横になった。
「本当だ あんまり雨音聞こえないね」
「だろ?ちょっとの距離なんだけどな、確かにここだとよく聞こえるな」
「でしょ やっぱり変わる?」
「いや、いいよ。それより 眠れそうか?」
「うん、眠れそう」
そういうと 上掛けの布団を目深に被る。
「遊馬の匂いがする・・・」
思わず小さな声で呟くと 遊馬が軽く溜息をついた。
「気になるなら トランドルベッド出したらどうだ?」
「え どうして?」
「嫌じゃないならいいけどな」
「嫌じゃないよ?」
不思議そうにいう野明に「じゃ 寝ようぜ、夜が明けちまう」というと遊馬も布団を被った。
たしかに そこには野明の香りが残っている気がした。
夜が明けると雨はすっかり上がっていて窓の傍に寝ていた遊馬は眩しさで目を覚ました。
野明は、と思い振り返ると目深に布団を被ったままこちら側を向いて小さく丸まるようにして眠っていた。
遊馬はコキコキと小気味のいい音を立てて肩と首を回すと軽く伸びをしてベッドを降りた。
着替えを掴んでリビングに移動する。
顔を洗って 髭を剃ったあとテキパキを着替えを済ませ再び寝室に戻ろうとして扉の前で手を止めた。
少し考えて 軽くノックしたあと「入るぞ」と声を掛けて扉を開ける。
野明はまだすやすやと眠っていてその寝顔は実に無防備なものだった。
安心した様子で眠る野明の顔を見て安堵する一方で 自分が彼女を思うほど野明はこちらを男として見ていないのだということに軽い落胆も覚える。
『いっそ今 手を掛けてしまおうか・・・』とちらりと過った考えに軽い罪悪感を感じて慌てて頭を振る。
『そんなことをしたら絶対に後悔する』と思いその考えを振り払うようにもう一度大きくかぶりを振った。
時間を確認すると 8時を少し回っていて軽く食事をしてからショッピングモールに入るのならばそろそろ目を覚ましたほうがいい時間に差し掛かっていた。
野明の寝ているベッドに浅く腰をかける。
「野明」名前を呼んだが返事はなく「野明 買い物、朝から行く気ならそろそろ起きろ」と再び声を掛けた。
野明は 「ん・・・」と軽く呻いて身を捩るとうっすらと目をあけて焦点の定まらない瞳をこちらに向ける。
「・・・遊馬・・・ もう朝?」
言いながら 気だるげに半身を起こし軽く目を擦る。
ワンピースの寝巻きを見慣れなくて少し目を逸らした。
「ちゃんと眠れたか?」
「うん 眠れたよ。遊馬は?」
「寝たよ、あそこ結構眩しいのな、朝 それで目が覚めた」
窓際のベッドを示すと そこには燦々と日が当たっていた。
「え、そうなの?ごめんね。今日はちゃんと変わるから」
「ばか、気にすんなよ。それはまたあとで考えようぜ? それより着替えて出かける準備しようぜ。買い物の前に飯食っていかないか?」
「外で?」
「そ。嫌か?」
「ううん、いいけどこんな時間からお店ってやってるの?」
野明は首を軽く傾げる。
「多分な、まだやってるといいけど。」
そういうと遊馬は ベッドから降りると 「じゃ着替えてでてこいよ」といってリビングに向かった。
野明もベッドを降りて着替えを用意しながら 『ひょっとして遊馬はこの辺の地理に明るいのかな?』と思う。
ここにくるときもコテージの場所だけは管理棟から貰った地図で確認したものの それ以外で地図を見ている様子が無かった。
遊馬は普段から最初にざっと地図に目を通すと大体の場所を把握できてしまうところがある。
野明にはない能力で とても頼りになるなといつも思う。
けど先刻の台詞はそうではなくて 『知っている』ことを思い出している感じだった。
そんな些細なことを気にしている自分に野明は少し驚いて苦笑した。
着替えてリビングに向かうと 遊馬はソファに座ってTVを見ていた。
野明に気づくと振り返る。
「30分くらいで用意できるか?」
「うん 出来るよ」
応えると 『うん』と一つ頷くと「じゃ よろしく」と言って楽しそうな笑顔を見せた。
その顔をみて少し嬉しくなって「まっててね」と声を掛けると洗面所の扉を開けた。
緑から貰ったパレットで 教えてもらったように軽くメイクもしてリビングに戻ると遊馬が 「できたか?」と言いながら傍に来た。
コクリとうなずくと 遊馬は野明の顔を軽く覗き込んで 「いいんじゃない?」と嬉しそうにいうと「じゃ 出かけるか!」と言って背中をぽんっと軽く叩いた。
車を走らせて暫くするとペンションが立ち並ぶ一角に入る。
いわゆる観光地からは少し離れた場所でとても閑静な佇まいを見せる地域だった。
やはり一度も地図を確認することなく一軒の瀟洒な水色のペンションにたどり着くと その前に車を止めた。
懐かしそうな顔をして辺りを見回す遊馬に『ここに来たことがあるの?』と声を掛けようとしたが、その前に「入るぞ」といって遊馬が野明の手を引いたので言葉を発するタイミングを逸してしまった。
木で出来た扉を押すと カランカランとカウベルが音を奏でる。
中にいた 年配の女性が「いらっしゃいませ」と声を掛けながら入り口を振り返ると目をまるくして「あら、まぁ!」と言いながら遊馬の傍に歩み寄ってきた。
「遊馬くん? まあ 随分 突然きたわね」
嬉しそうにいう女性に「ご無沙汰してます」と遊馬が笑顔を向けると女性は目を細めて「とにかく 入って頂戴」と窓際の席を勧めた。
野明に目線を向け「かわいいお嬢さん連れてきたわね」と言って遊馬を見遣る。
「まあね、見せびらかしに来た」と言って悪戯っぽい笑顔を見せる遊馬に野明は吃驚して顔に朱をのぼらせた。
「ちょっとまっててね」と言ってご婦人が傍を離れると野明は遊馬の袖を引き小声で話しかけた。
「ね、遊馬 どうなってるの?」
明らかに困惑した顔で問う野明に遊馬は楽しそうに応える。
「どうって? 朝飯食いにきたんだよ。日中は朝から喫茶店として営業してるんだ」
「それは判るんだけど。遊馬 あのご婦人と顔見知りなの?」
「みてて判らんか? 旧知だな。ここ数年来てなかったけど」
「遊馬ん家って 前橋だよね?」
不思議そうに首を傾げる野明を楽しそうに眺める。
「こっちには祖父さんが別荘持ってたんだ。俺は基本、祖父さんとこで育ってるからさ、毎年夏休みはまるまるこっちに来てた」
成る程、と納得すると同時に少し感心する。
「別荘・・・。そっか 遊馬ってお坊ちゃんだったんだよねぇ・・・」
そんなことをすっかり忘れていた野明は眉間に皺を寄せて呟く。
そんな野明を横目に見て遊馬は思わず口元を緩める。
自分を 『篠原の御曹司』として全く意識しないで傍にる野明は本当に得難い存在だと思った。
「そんなんじゃ無いさ。祖父の持ち物だったし、今は親父の管理になってるんで俺は使わないけどな。使う気にもならん」
そう言うと野明の首に腕をかけて軽く引き寄せた。
野明は吃驚した様子を見せたものの大人しくされるがままになっていた。
「で さっきのご婦人は?」
こめかみに軽く頬を寄せる遊馬の顔をくすぐったそうにしながら「どうしたの?人が見てるってば」と抗議しつつ問いかける。
「祖父さんの知り合い。こっちに居るときはよく世話になったんだ。だから 野明を見せびらかしにきた」
「・・・あのねぇ・・・見せびらかすって・・・」
真っ赤になって目線を泳がせている野明にお構いなしで遊馬は頬を寄せて耳元で囁く。
「『彼女にしてやる』っていって連れてきたんだぜ? こっちにに来てから色よい返事を貰ってないけどな」
急に強気に出てきた遊馬にどう対処していいのか分からずドギマギしていると 席を外していたご婦人がお皿とコーヒーを手に戻ってきた。
2人の様子をみて「あらまぁ 仲のいいこと」と言って微笑むとカップを机において「さ、適当に取ってきて」と言って皿を差し出した。
皿を2枚受け取ると遊馬は野明を伴ってバイキング形式になっている朝食のコーナーへ向かった。
野明を解放して食事を皿に盛ると、2人で席に戻る。
遊馬の隣に座ってちらりと顔を見上げると目が合った。
遊馬は小さく笑って野明の髪をくしゃっと撫でるとコーヒーに手を伸ばした。
その様子をご婦人は微笑ましげに見ていて 野明と目が合うと優しい笑顔を向ける。
野明は まだ挨拶もしていなかったことに思い当たって慌てて「あの はじめまして」と頭を下げた。
「あ わりぃ 紹介してなかったんだ」
遊馬が思い出したように言うと、ご婦人は「そうだったわね ご紹介して?」と促す。
「野明、こちらは祖父の友人で昔から夏になるとお世話になってた滝口さん。おれは 伯母さんって呼んでるけど親戚ではないんだ。で こっちが」
言いながら野明の頭にポンと手をおく。
「俺のパートナーの泉野明」
「まぁ パートナーなの?」と楽しげに笑う滝口さんに野明は心中複雑だった。
『パートナー』と言う言葉を 滝口さんがどう受け取ったのか分からないけれどこの場合 仕事上のコンビとしてのパートナーを指している気がした。聞く人によって如何様にも受け取ることが出来るこの単語の便利さに少し歯がゆさを覚えてちらりと遊馬の方窺った。
楽しげに話す遊馬は普段見たことのない顔をしていた。
自分と話すときもリラックスしていると思うけれど 今はまるで親に色んなことを訊いて欲しくて目をキラキラさせる子供みたいだと思った。
お父さんと話すときはもっと緊張感があるし、打ち解けていそうにみえていた実山さんと話すときとも違う。
『こんな顔するんだな』と思わずしげしげと見つめてしまう。
その視線に気づいた遊馬が きょとんとした顔で振り返る。
「どうした?」
「新鮮だなぁって。遊馬ってこんな顔もするんだねぇ」
感心したように言うと遊馬は 「あっ!」と言って少し赤くした顔を左手で軽く覆うとばつが悪そうに「悪かったな」といってそっぽを向いてしまった。
「悪くないよ、ごめんってば。ね 話しててよ」
機嫌を損ねたと思って慌てて遊馬の袖を引く野明を優しく見て滝口さんが呟いた。
「遊馬くんに彼女ねぇ これは都が泣いちゃうわね」
「都さん?」
「姪っ子よ。遊馬くんが大好きでね、でも一度だっていい返事もらえたことがなくて」
「へぇ・・・やっぱり遊馬ってもててたんだ」野明が顔を覗き込むと遊馬は渋面をつくる。
「恋愛対象として見れないものは仕様が無いだろ? 友達だとは思うけどさ」
「昔からそうよね。ままごとに誘っても逃げられちゃうの」と滝口さんが朗らかに笑う。
不意に昨日の会話が思い出されて野明と遊馬は一瞬固まった。
滝口さんはそれを敏感に察して、『何か悪いこと言ったかしら?』という風に首をかしげた。
野明は 『おにいさん』発言を後悔していて今 訂正できるものならしてしまおうかとも思ったがどう切り出していいか分からない。悩んでいると 遊馬が不意に野明の耳元に囁いた。
「なぁ野明 俺の配役って昨日のままか?」
心中の窺いにくい穏やかな顔で問う遊馬に 見透かされたような気がして野明は少しドキリとした。
けれど 訂正するタイミングが欲しかった野明はやっぱり遊馬には敵わないな、と思いながら「あとで 相談しよ♪」といって、にこりと笑った。
「ところで何 滝口来てるの?」
「今 ここで働いてるのよ。もうすぐ降りてくると思うけど」
そういい終わるか終わらないかのうちに二階から軽い足音と共に髪の長い女性が降りてきた。
「伯母さん 二階掃除終わったよ」と言いながら店内を見渡して 野明たちと一緒に席に着く滝口さんを見つけるとスタスタと寄ってきた。
「なあに 伯母さんのお客さん?」と言って遊馬の顔を見るなり顔をポッと朱くする。
「篠原君!?」
「やぁ 久しぶり」軽く笑顔ものせて会釈すると都は「本当久しぶりだねぇ!」と言いながら遊馬の背中に抱きついた。
野明は吃驚して少し身を引く。
肩に顎を乗せるようにして 「何時来たの?」とか「別荘に泊まってるの?」とか話しかける。自分がいつも遊馬にしていることを人がしている、その光景をみて複雑な気分になった。
遊馬がやんわりと 都を離そうとしているのに彼女は簡単に離れようとはしなくて遂に遊馬が「滝口 離れて」といいながら腕を引きがした。
「なによ、久しぶりに会ったのに、ケチっ!」と言って都が背中から離れると野明はなんだかホッとして小さな溜息をついた。
「私も コーヒーとって来る」と言って都がその場を離れると 遊馬の手が伸びてきて野明の頭を掴み自分の胸元にグッと引き寄せた。
「変な顔してたぞ、妬いたか?」
「・・・・ちょっと複雑。」
その答えに一瞬目を丸くした遊馬は「心配すんな」と言って小さく笑った。
その様子を少し離れたところで見ていた都は驚いて固まってしまった。
自分には決してしてくれなかった仕草で 隣の女性を抱き寄せる遊馬を見て激しい嫉妬感を覚える。
見ているのが辛いなぁと思う一方で 傍にいて話をしたいとも思う。
ここで去るのもあからさまな気がして出来よう筈も無く、意を決して伯母さんの隣の席に戻った。
正面に座る野明を 思わずしげしげと眺めていると 気づいた野明が目線を上げた。
「はじめまして」と言って会釈をする野明の言葉を引き継ぐように遊馬が声を掛ける。
「野明、こちら滝口都さん。伯母さんの姪だな、で 滝口 こっちが泉野明、俺のパートナーだ」
いいながら 頭にポンと手をのせる仕草はとても自然で普段からそうしているだろうことが窺えた。
「彼女・・・?」
思わず訊いてしまうと遊馬は野明の顔を見てから「俺はそう思ってるけど?」と応えた。
野明は何もいわずにただ遊馬の方を見て頬に朱をのぼらせている。
「そうなんだ」
いいながら 改めて野明を観察してみる。
短い赤みの強い髪、小柄で快活そうなどこか幼さの残る雰囲気の女の子だった。
遊馬の好みだといっていた ストレートの黒髪を持つ、色白の知的美人とは随分違うなと思った。
それに少しでも近づこうと頑張っていた自分が少し虚しくなって伸ばしていた髪を無意識に弄ぶ。
微妙な沈黙を嫌った野明が殊更 普通に声を掛けた。
「遊馬、コーヒー淹れて来ようか?」
「ん? ああ、たのむわ」
そう言って少し残っていたコーヒーを飲み干すと野明にカップを手渡した。
「滝口さんは?」と伯母さんにも声をかけると「じゃぁ 戴こうかしら」といってカップを差し出した。
野明は 自分のを合わせて3つのカップを小さいトレイに載せると「行ってくるね」と席を立った。
野明が離れると都は徐に遊馬に声を掛ける。
「好み、変わった?」
「なんで?」
「ロングの黒髪、色白で知的美人がいいんじゃなかった?」
「それはそれで好みだけどね、でも あいつは違うの。」
「好みじゃないってこと?」
「まさか。野明は特別なんだ、虐めるなよ?」
目を眇めていうその顔は本気で『虐めたら承知しないぞ』という雰囲気を漂わせていて都は面白くなかった。
「折角 篠原君好みの女になろうって頑張ってるのに。」
「それは申し訳ないけどさ。前にも言っただろうけどそういう風に見れないんだよね」
「彼女はいいの?」と 野明に目線を送る。
「いいも何も ほかの男と口利くだけも面白くないね」
さらりという遊馬に「大した執着心じゃない」といって溜息をついた。
「そ あいつにはそれが上手く伝わってないけどな」
「こんだけ はっきり宣言しといて?」
呆れたように言う都に 多少バツが悪そうに遊馬は目を逸らす。
「本人にちゃんと言ってないんだよ、俺が」
「・・・なんで?」
あれだけ人前でいちゃつきながらどうして、と心底不思議そうに言う都に遊馬は不貞腐れたような顔を見せた。
「言って拒絶されたら立ち直れないの、俺が。あいつ失うのは嫌なんだよ」
「って・・・あんだけベタベタしてて 断られることもないでしょうに?」
「あいつ人がいいから人前で拒絶ってあまりしないからな。本当はあれで 弾かれないか気が気じゃないんだよ、こっちは」
「彼女に相当入れ込んでるのね」
「ほっとけ。だから あいつに余計なちょっかい掛けるなよ、本気で怒るからな」
強い口調でそういわれて 都は肩を竦めて溜息をついた。
「わかったわよ、で 私は失恋確定な訳だ?」
上目遣いで拗ねた顔をして見せる都に「悪いな」とさらっと言うと遊馬はトレイを持ってゆっくり歩いている野明に視線を移す。
「あいつでないと 駄目なんだ」
都も野明の方に視線を巡らせる。
「あすま」と試しに名前を呼んでみると 目線を一瞬だけ都に移した遊馬はすぐに野明に視線を戻した。
「その呼び方は野明の特権だからな。今まで通り苗字で呼んでくれ」
「・・・そっか。私のことも名前で呼んでくれないの?」
「呼ばない。それも野明の特権、本人は気づいてないのがイタイけどな」
「そっか。冷たいなぁ」
「知らなかったのか?」
「今までは皆に同じだったから気にしないで済んでたの。『特別』扱いされてる人を見ちゃうと他人には冷たいなって実感した」
都が溜息をつくと 遊馬は「さてと・・・」といって立ち上がる。
「どうしたの?」
「野明。ったくあの馬鹿、席外したつもりなんだよ。お前と話すことがあると思ったんだろ。気使いすぎなんだよな」
そういうと野明の元に歩いていく。
二言三言言葉を交わして 額を軽く小突いたりしている様子を見て都は大きく肩を落とした。
「勝ち目がないわね、都?」とそれまで 黙って会話に耳を傾けていた伯母が苦笑交じりに声を掛ける。
「悔しいけど 篠原君が夢中なんじゃどうしようもないわね」
頬杖をついて肩を竦め伯母に向き直る。
「あれだけ 堂々と惚気られてキッパリ断られると涙も出てこないわ」
「ご愁傷様」
「遊馬くん 律儀よね」というと伯母は可笑しそうに笑う。
きょとんとした目で「何が?」と問う。
「遊馬くんね 御祖父さんのご葬儀のときに『もう貴方が軽井沢にくること無くなっちゃうかもしれないわね』、っていったの。そうしたら 『来ますよ、いつか彼女でもできたら連れてきます、伯母さんは俺の母親代わりみたいなもんだからね』ってそういったのよ」
「・・・・そう」
都は連れだって席に戻る野明と遊馬を見ながら残っていたコーヒーを一息で飲み干した。
「野明」
遊馬が歩いてくるのを見て野明が笑顔を向ける。
「遊馬。ごめん コーヒーすぐ持っていくね」
野明の手にあるトレイに空のままのカップが乗っていることを確認し、遊馬は苦笑しながら背を押す。
「コーヒー注ぐのに何分掛けるんだ? 気の回しすぎだ、馬鹿」
いいながら 野明の手からトレイを取り上げると 3つのカップにコーヒーを注ぐ。
2つには普通に。一つには少なく。
少ない一つに砂糖と牛乳を注いでカフェオレにすると「いこうぜ」と声を掛けて席に向かう。
野明はその後をゆっくりついていった。
「ね、遊馬」背中に声を掛けると 遊馬は立ち止まって顔だけ振り返った。
「どうしてここで朝ご飯食べようって おもったの?」
「約束したんだ、伯母さんと」
「約束?」
「後で話してやるよ、とにかく座ろうぜ」
そう言って野明の傍まで戻ってくると手を引いた。
席に着くと 遊馬はコーヒーカップを自分と伯母の前に置き、カフェオレを野明に手渡した。
何もいわなくても 自分の好みを把握してさりげなく気遣ってくれることに少し嬉しくなる。
「ありがとう」というと得意そうな顔で「どういたしまして」と笑顔を見せた。
その様子を向かいの席から眺めていた都が野明に話しかけた。
「えっと 泉さん?」
突然名前を呼ばれて慌てて視線を向ける。同席している人がいるのに失礼だったかなと思う。
「はい、すみません。 滝口さん、でいいのかな。」
隣にいる伯母と同じ呼び方になるので野明が少し悩んでいると都の方から助けを出す。
「『都』でいいよ。伯母と同じじゃ呼び辛いでしょ?」
「有難うございます。あの、私も『野明』でいいですよ」
「そう? じゃ野明さん、怒らないでね。単刀直入に聞くわ、篠原君のこと好きなの?」
「え?」突然の質問に吃驚して目を瞠る。
都の瞳をじっとみて真剣に訊いてるんだと確信して、誤魔化しや半端な回答は彼女に失礼だなと判断した野明は一度目を閉じ、大きく深呼吸すると しっかりと都の瞳を見据えて答えた。
「遊馬はとても大切な人です。都さんの仰る『好き』というのが恋愛対象ですか?という質問ならそれだけに答えるのは難しいんです。遊馬とは仕事の上でもコンビを組んでいますしそういう面でもかけがえの無いパートナーだと思っています。でも もし遊馬にプライベートで他に親しい女性が出来てしまったらきっと凄く辛いだろうなと思う。遊馬は私にとって凄く『特別な人』なんですよ。上手くいえなくて ごめんなさい。これでは答えになりませんか?」
ゆっくりと 言葉を選ぶように目を逸らさず真摯に答える野明を見て都は大仰に肩を竦めて見せた。
「・・・いいえ十分です。降参」
といって肩の高さで両手をパッと広げると遊馬に視線を向ける。
「だそうですよ、篠原君?」
「ったく 余計なことするなって。そういうのは自分で・・・・」
といいながら 手で顔を覆うようにして呻くその顔が少し朱い気がして野明はくすりと笑う。
遊馬にもちゃんと伝わったかな、と思いその顔をそっと窺った。
「ごちそうさまって感じよね」
言い捨てると都は遊馬に別の話題を振る。
「ね 日帰りするわけじゃないんでしょ どこに泊まるの、あの別荘?」
話題が変わったことに安堵して遊馬はそれに乗った。
「いや、コテージ借りてる」
「え そうなの?勿体無い。自分ちの使えばいいのに」
「実家に連絡取るの 嫌なんだよ」
「相変わらずよね、今シーズンオフで部屋空いてるしここに来たらいいじゃない?ね、伯母さん?」
と伯母さんに話題を振ると彼女は困ったように笑った。
「それは遊馬くんが嫌よね?」
「え? 嫌って言うか・・・」
答えに詰まる遊馬に伯母さんが助け舟をだす。
「折角彼女と旅行にきて 保護者と小うるさい小姑みたいな女のいるところに泊まりたくないわよ、ねぇ?」
苦笑する遊馬に都は交渉の矛先を野明に移す。
「そうなの? じゃ 野明さんは?」
「え? わ、私ですか?」
急に振られて動揺する野明に遊馬が慌てた。こういうとき 押し切られやすい野明の性格をよく知っている。
「ね 野明さんも折角なら賑やかな方が楽しいよね?」
「えっと、あの・・・」いいながら遊馬に助けを求める野明を見て遊馬は強引に会話に割って入った。
「駄目。もう荷物も置いてあるし今更移動なんてする気はないの」
というと、野明に「言いくるめられるんじゃない!」と釘を刺した。
野明はホッとした顔をして「ごめん」と返事を返し、都に「すみません」と頭を下げた。
遊馬は時計を確認すると「そろそろ 行こうぜ」と野明に声を掛ける。
「どこか行くの?」
都が問うと「買い物、デートだから邪魔すんなよ」と釘を刺す。
伯母さんが可笑しそうにクスクス笑い、野明は2人の間で反応に困って複雑な表情をしていた。
「伯母さん 会計お願い」と遊馬が振り返る。
「今日はいいわよ」
「いや でも・・・」
「約束どおり報告に来てくれたんでしょ? だからお祝いね、安いものだけど?」
「やっぱり 覚えてました?」といって遊馬が嬉しそうに笑う。
伯母さんは静かに頷いて「また 来て頂戴ね。用事なんてなくていいんだから」といい、ヒラヒラと手を振った。
遊馬は 照れくさそうな顔をして「必ず」というと野明の手をとる。
野明も「ご馳走様でした」と挨拶をして遊馬に連れられて店を後にした。
店内に残った 伯母と都は暫く閉まった扉を眺めていたがやがて気を取り直したように「さて お仕事しましょうか」といって伯母が先に立ち上がった。
俯いている姪の肩をぽんと叩いて「少し休んでから降りてらっしゃい」と声を掛けて厨房に向かう。
都は「そうする」と声を掛けて二階への階段を上り、自室にあてがわれた部屋のベッドに倒れこむと「私の方が長く見て来たんだけどなぁ」と呟いて枕を抱え込んだ。
さっきまでは まるで流れなかった涙が後から後から流れてなかなか止らなかった。
to be continue.....
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追記
二人きりにしておく展開に困って 可愛そうな女の子登場です(^^;
でも 遊馬って基本的に冷めたヤツだと思うので自分が気を持てない相手にはこんなもんなんだろうな、と勝手に妄想(笑)
で やっぱり 2時間くらいしか経たないノロノロ展開です(^^;
さっさと買い物行きなさいよって感じですよね(←いや 悪いの私ですが・・・)
長い駄文に最後までお付き合いくださいまして有難うございます
もし よろしければご意見、ご感想などいただけますとやる気が出て参ります(^^)
それでは まだまだ完結には程遠いお話ではございますが どうぞ見捨てないで見守ってやってくださいませ。