語る「万華鏡」

(「ターン(小説)」の一部削除)

ターン(小説)(たーん)

項目名ターン(小説)
読みたーん
分類SF小説

作者
  • 北村薫(おっぺ)
  • 公的データ
  • 真希は29歳の版画家。夏の午後、ダンプと衝突する。気がつくと、自宅の座椅子でまどろみから目覚める自分がいた。3時15分。いつも通りの家、いつも通りの外。が、この世界には真希一人のほか誰もいなかった。そしてどんな一日を過ごしても、定刻がくると一日前の座椅子に戻ってしまう。いつかは帰れるの?それともこのまま…だが、150日を過ぎた午後、突然、電話が鳴った。(おっぺ)
  • 感想文等
  • スキップ」よりこちらの方が胸に迫ってくるのはどうしてか解らないけれど。。。
     〈真希、しっかり〉の言葉を、お母さんに伝言ゲームで伝え、お母さんが涙をこぼしたシーンで泣けてきたのは、やはり「つながっているのだ」ということへの感情移入のせいなんだろう。。。とは思う。。。

     「不毛なのは〈毎日〉ではなく〈わたし〉だった。そういう人間が、どうして生きている世界に戻れよう。」

     私は今唐突に不毛なんじゃない。。。きっと、今までずっと不毛だったのだ。。。そのツケを払っているだけなのだ。。。と思う。。。(おっぺ)
  • ターン」は、とにかく「余分」な登場人物がいないので(「スキップ」の登場人物たちが「余分」という意味ではもちろん無いですが)、主人公に完璧に感情移入できるんですよねー。そして、二人称が一気にその正体を現す瞬間、「ああ。。。!」という感じに、感動しちゃいます(*^^*)。←単純?(笑)(おっぺ)
  • もう2、3度読んだつもりだったのだけど、違ったのだろうか。今回読んでいて、驚いてばかり。。。
     まず、なんだか、一人称のような気がしていた。「スキップ」は確かに一人称。けれど、「ターン」は二人称で始まっていた。「リセット」は三人称だったのかな? 「時」の三部作は、人称も三部作だったのかもしれない。(「リセット」を読み返してみたら、違いました(笑))
     そして、「彼女へ」の二人称から、「彼」の一人称へ、そして、「彼女へ」の二人称がそのまま移り変わって「彼女」の一人称へ。そんな変遷があることも、全く記憶には残っていなかった。。。

     だから、「スキップ」よりも重層で、そして、きついところもあった。
     ただ、「ああ」と思ったのは、闖入者たる若者を、主人公はとうとうとうとう「君」付けで言うことをやめなかった。

     先だって、映画版を観たのだけれど、ヒロインの造形は案外原作とそうは違っていなかった気もした。ただ、相手役のほうが、映画だとかなり弱かった。愛する。。。そうなる理由に欠けていたと。

     「ターン」物語の『核』は、きっとそこにもあったはずだ。(おっぺ)
  • 削除用パスワード
    この項目に書き込む
    閉じる / 注意事項 / 新規項目の登録 / リロード / 管理モード