| 項目名 | SKIP |
| 読み | すきっぷ |
| 分類 | 舞台劇 |
| 作者 | |
| 公的データ | 目が覚めてみると、そこは知らない家。鏡に映った顔は、すっかり中年になっていた。 彼女は、42歳の高校教師「桜木真理子」になっていた。 うたた寝の間に、25年という時を、「スキップ」してしまったのだ。初めて対面する夫と娘。近づいてくる新学期。真理子は自分の置かれた状況にとまどいながらも、42歳の女性としていきていく決心をする──── 原作:北村薫「スキップ」 脚本・演出:成井豊 真理子: 坂口理恵 真理子: 岡内美喜子 桜木: 岡田達也 美也子: 實川貴美子 父/尾白先生/岩村: 西川浩幸 母/有馬先生/井関/池内: 岡田さつき 新田/まだら髪: 細見大輔 新田の母/島原: 前田綾 池内/里見: 大木初枝 栗岡/村岡: 畑中智行 大滝/山尾: 三浦剛 田辺/柳井: 温井摩耶 葛西/安西先生: 藤岡宏美 香川/一年生: 佐東広之 多賀井/魚: 松坂嘉昭 |
| 感想文等 | 長編小説の映像化は、言ってみれば「再編集版」「総集編」だとも思う。見事に編集され直してはいても、「カットしまくり」の「継ぎ接ぎ作品」なのは否めないのだ。そもそも不要な科白や場面やキャラクターなら、最初から原作に存在などしていない。長編になるには長編になるだけの理由がある。それを2時間なら2時間の「短・中編枠」に入るようにカットしてしまうのだから、無謀といえば無謀だ。 もちろん、連続ドラマなどの「総集編」や、「ヤマト」以来の切り貼りアニメ「映画版」とは違い、1から新しいスタイルで造るわけだから、それなりのものは形作ることは出来る。しかし、先に原作を知ってしまった脳味噌には、やはりどうしても物足りないのだ。 短編を原作として、これを肉付けしていけた「時をかける少女」などは、いわばロング・バージョンだし、原作短編をプロローグにして『つづき』をくっつけるという無謀をしてもいなかったので、自分としては楽しめた。どうしても長編の単品映像化は分が悪い。連続ドラマのようにして、原作をしっかり余さずなら…… だから、この「SKIP」にも、あまり期待はしていなかった。キャラメルボックスの芝居には何度か感動もしたし、『スキップ』自体も何度か読み返した作品だったが、なおのこと「どうかなあ」という感覚が在った。 実際に鑑賞してみて(ちゃんと舞台でではなくて、DVDでだけど(^^;))、心情をそのまま(原作のままのように「文章」で)表現できる舞台劇ならではの活き方だと思った。 映画やドラマでは、ここまではできない――かりにナレーションを多用することを工夫できたとしても……また、少女の真理子とアダルト真理子との並び立ちも、様々な演出はあるだろうが、舞台劇だからここまで大胆不敵に平然とやれた、そんな手法だったはずだ。 はしょられた部分は当然山ほどにあったに違いない。けれど、気にならなかった。原作の短縮版には紛れもなかったが、見事な凝縮だった。 映画「ターン」で感じたような残念さがなかった(尤も、これは自分が「スキップ」より「ターン」をずっと気に入っているからなのだろうとも思う)。 舞台でのお芝居、演劇というものには、テレビとも映画とも違う可能性がまだまだある。この「SKIP」を観て、今更にまたそんなことを感じた……(おっぺ) |