Pillow Talk
Past
2000.12.4 Mon. テンションを下げる |
遅くまで仕事をしていると、体がつかれていても、すぐ眠れなくなります。ということで、お風呂から出たらばたんきゅーといけばいいものを、どうしてもお酒を飲んでしまうのです。 ふだんだと、帰ってきてご飯の支度をしたり、ネットにつないだりごちゃごちゃしているうちに、だんだん、仕事モードからおうちモードになって眠くなるという寸法なのですが、なかなか短い時間ではそれができません。切替がへたなのでしょう。 なまじ飲める人が、眠れないからと寝酒をすると、アルコール依存症になりやすい、と聞いたことがあります。それくらいなら、ちゃんとお医者さんに行って睡眠導入薬を処方してもらったほうが安心だとか。 ほんとは、お酒飲むよりセックスしたほうが安眠できるのですが、そういう元気もありません。それに、眠りたいからセックスして、って、なにか違うような気がします。 |
2000.12.7 Thu. 甘い誘惑 |
もともと、甘いものは苦手なほうです。嫌い、というわけではなくて、最初のひとくちはおいしいなあ、と思うのですが、ふたくち、みくち、といくと、たいがいうんざりしてきて、やめときゃよかった、と思います。そういう結果がわかっているので、ケーキとか、どら焼きとか、かじりかけで残せないようなものは、まず食べません。あとを引き受けてくれる人がいさえすれば、けっこう喜んで食べたりしますが。レストランで出てくるデザート盛り合わせみたいなのを、一口ずつ食べ散らかして、あとはよろしく、なんてのがいちばんいいですね。 ところが、このあいだ、彼が買ってきて、テレビボードの上に置いてあったチョコレートは、ひとかけずつ個別包装になっているタイプでした。いやになったら、いつでもやめられる、と思うと、案外食べられるものです。ちょっとつまんだら、けっこうおいしくて、次から次に食べてしまい、とうとうからっぽになってしまいました。あとで、その残骸を発見した彼が(←ゴミはかたづけましょう)「おれ、ふたつくらいしか、食べてないぞー」と叫んでいたので、同じのを買ってきて置いておきました。それから二日ほどたつのですが、まだ封が切られてません。 どうもさっきから、なにか視線を感じるなあ、と思ったら、未開封のチョコがじーっとわたしを見ています。いえ、うそです。逆です。なんだか、甘いものが食べたくて、置いてあるチョコが気になってしょうがないのです。 おーい、早く帰ってこないと、またなくなっちゃうよー。 |
2000.12.15 Fri. クリスマスソング |
クリスマスなんて、まだ1週間以上先だというのに、もうクリスマスソングには食傷気味です。マライア・キャリーも山下達郎も別にきらいじゃないですが、とりあえず、もうしばらく聞かなくてもいいや、という感じです。あと、これは、もうこの先10年は聞かないだろうという、クリスマスアルバムがあります。カーペンターズの、タイトルは忘れちゃいましたが、この時期 CD ショップには必ずディスプレイしてある、定番中の定番というアルバムです。 前の夫と別居する直前に、そのころひんぴんとメール交換していた友だちから勧められて買ったものです。別居してからは、ひとりで好きなだけ CD が聞けるのがうれしくて、しばらくそればっかり聞いていました。前の夫とは、音楽の趣味がまったくあわず、いつもいつもかかっているブルースには心底うんざりしていたので、カーペンターズがひどく洗練されて聞こえました。そのころ、聞きすぎてしまったので、もうカーペンターズは受け付けません。というより、あまりにもダイレクトに当時の記憶と結びついてしまったので、もう少しほとぼりが冷めるまで聞けない、というのがほんとうのところでしょう。でも、もう5年も前の話なのに、いつになったらほとぼりがさめるというのか。 そういえば、あの年のクリスマスは、ひとりですごした最初で(たぶん)最後のクリスマスでした。Y とは、やっと気持ちが通じかけてきたかな、という雰囲気だったのだけど、その日は都合で会えず、電話してみたら、わたしとは関係のない事情で死ぬほど落ち込んでいました。いろいろ話して、勇気づけて、次に会うときには彼の機嫌は直っていたけど、けっきょく、その次のデートが最後になってしまったなあ、なんて、らちもないことを思い出しました。寒い横浜をうろうろ歩き回った、年末のあのデートは夢みたいに楽しかったけど、別れの予感があったから、あんなになにもかもきれいに見えたのかなあ、と思ったりします。別れ際、新幹線のホームで泣きそうになっているわたしに、Y は「またすぐ会えるから」とは決して言いませんでした。どんなに好きでも、この先やっていけない相手だというのを、彼のほうもわかっていたのでしょうか。 好きだという気持ちだけでつっぱしるには、お互いに年をとりすぎていたのかもしれません。30すぎの恋というのは、現実が厳しく迫ってくるだけに、また切ないものがあるようです。 |