| 項目名 | 極限推理コロシアム |
| 読み | きょくげんすいりころしあむ |
| 分類 | ミステリ小説 |
| 作者 | |
| 公的データ | 第30回メフィスト賞受賞!究極のS・S(サバイバル・サスペンス)! 二つの館に強制的に集められた七人の「プレイヤー」たちに「主催者」は命じる――「今から起きる殺人事件の犯人を当てよ」――もちろん、被害者もプレイヤーの中から選ばれる。二つの館で起きる事件を、互いにもう一つの館より早く、解決しなければならないのだ。不正解の代償は「死」! 過酷きわまるデス・ゲームの幕が開く! 究極のサバイバル・サスペンス!(おっぺ) |
| 感想文等 | これが、もし2時間ドラマとして放映されたのを観たのだったら、面白かったかも。読売テレビでドラマになったらしいし。 でも、小説として読んだ場合、なにより最初のところでつまずいてしまう。どうしてこんなにあっさり、みんながみんながこの「設定」を受け入れてしまうんだ? ふつう、信じなかったり抵抗したりするだろう? そして、せっかくこういう設定でゲームとしてトコトンやり込める「本格ミステリ」の枠を作っておきながら、正直言って殆ど驚きのない、これまで存在したミステリたちの継ぎ接ぎ。。。 どうしてこれをメフィスト賞受賞にしてしまったのかなあ。。。(おっぺ) 原作を読んだ時は、とにかく穴だらけという感じだった(^^;)。ミステリとしての骨格はさておき、何故この状況でそうも唯々諾々と従うかな? というのが強いので、感情移入ができなかったのだ。要は、キャラクター描写が薄すぎるというところか。 ミステリ部分も印象に残る部分がなかったし、これは様々な名作からのパーツで出来た、けれど縮小再生産物だろう、と感じて、だから、この作者の2作目には今もって手を出していない。 さて、この原作を映像化したテレビ版だが、なるほど、もし最初からテレビドラマだとして観ていたら、むしろ「がんばりました」印のハンコくらいにはなっていたのかもしれない。役者が頑張ってくれれば、キャラクターに肉付けはなされる。 最初から諦めていたせいなのか、映像版だからという理由でなのか、「どうしてそうも唯々諾々と」との感覚は降ってこず、その代わり、「ちゃんと、建物の中に自分たち以外に誰もいない」確認してるのか、が大きかった。 『そして誰もいなくなった』形態になるわけだから、これは必須条件だろう。この確認が甘かったり不能だったりなら、いくら「主催者」が「お前たちの中に犯人がいる」とか宣っても「あっ、そうなんですねっ」なんて誰に思えるか(笑)。原作ほど「なぜ唯々諾々と」感が強くなくとも、やはりこの辺りが消化できなくてすっきりしない。 「ヒント」がダジャレもどきなのはダイイング・メッセージへのおちょくりか、と思うくらいだけれど、映像版の故にか、「館は二つあるので、当然犯人も二人」のミスディレクションは――映像版なのに「映像トリック」でなく「言語トリック」だという点でか――面白く感じた。見直しできた感じがしたのは、ここくらいかな。 冬の館パートが全く描かれないのは、原作よりも違和感自体は強かった気はするが、けれど、主人公側への感情移入の点で、やはりこの描き方になるだろうなあ。 主人公とヒロインの交情は、原作でもそうだし映像版でも解消されていないのだが、恋とか愛とかをあまりに安易に作りすぎている気はする。 「実は信じたヒロインが」というのはもっと安易で食傷だけど(笑)。(おっぺ) |