語る「万華鏡」

(「死の抱擁」に書き足す)

死の抱擁(しのほうよう)

項目名死の抱擁
読みしのほうよう
分類ミステリ小説

作者
  • 貫井徳郎
  • 公的データ
  • 死の抱擁』前口上より引用
     『死の抱擁』は、私の第四長編として構想したものである。
     タイトルはバーバラ・ヴァインの『死との抱擁』に似ているが、イメージしたのはアイラ・レヴィンの『死の接吻』だった。だから全体としては三部構成であり、今回発表するのはその第一部である。
     もうひとつ念頭に置いていたのは、コーネル・ウーリッチの『喪服のランデブー』だった。恋人を事故で亡くした男が、その事故の原因を作った者たちに復讐していくストーリー。『死の抱擁』も、端的に要約すればそういう話である。
     この第一部の前には、プロローグを置くつもりだった。プロローグで男の恋人が死に、男はその遠因を作った人物三人に復讐を誓う。本編に入ると視点が変わり、復讐される側の人物が主人公となる。第一部の主人公である滝沢は、復讐者のひとり目の標的なのである。
     二部と三部でも、基本的に同じ構造となる予定だった。とはいえ、復讐がそのままストレートに終わるだけでは『喪服のランデブー』を踏襲しただけでしかない。私は三部を通してのトリックを用意し、最終的には読者に驚いてもらうつもりだった。(貫井徳郎
  • 感想文等
  • ああ、なんてもったいないんだろう……たぶん、読み終わった誰もがそう思ったはずだ。こんな「続き」が気になる作品が、未完であるよりないだなどとは。ここは一つ、電子出版の形ででも、三部作の完結を見たい……あるいはそれは、すでに完成された他の作品、たとえば容易にそのテーマのひとつとの接点を感じられる「殺人症候群」との類似を読みとれるものだとしても。
     いったい、この滝沢が、どのような「罪」をかつての繁田に働いたのか、彼の恋人を死なせる「悪」に、どのような「遠因」を作ったのか、それが知りたくて仕方ない、そう感じてしまう。これまでにも、「復讐の殺人」物語は数限りなく書かれてきた。その中でも、復讐者=殺人者が隠され、復讐される者=被害者の視点が中心となる「本格ミステリ」タイプでは、「犯人」の「動機」も一つのポイントとなる。読者にその「動機」がどのように感じられるか……ときには、そこからゲーム小説として以外の読後感も生まれるのだ。
     記憶に残るところでは西村京太郎の「殺しの双曲線」がある。ドラマ性では落ちるものの綾辻行人の「十角館の殺人」での動機も、個人的には「残る」ものだった。
    しかし、例に挙げたこれらの先行作では、被害者たちは視点人物とはなっても決して物語の「主人公」ではなかった。読者が感情移入する、できる、「小説の主人公」ではありえなかった。だから、彼らが殺害されても、読者はただ犯人探しに興じればよかった。「犯人」の「動機」がわかったとき、うんうんなるほどね、と或いは首肯することも可能だった。
     しかし、この「死の抱擁」では、仮にプロローグ部分があったとしても変わらないと思うのだが、紛れもなく滝沢が主人公であり、しかも、強く感情移入できる「物語の主人公」なのだ。
     だから、否応なしに読者は考えずにはいられない。この滝沢が一体なにをしでかしたのか、「恋人を死なせた遠因を作った」とは一体どういうことなのか……と。
     ありふれたミステリ小説ならば、このあと、殺人者の「逆恨み」的な動機が明らかにされ、「やはり滝沢はそんな悪い奴じゃなかったんだな」というような安心感が待っていてくれるものだ。しかし、貫井徳郎の小説にそれはないだろうという気がする。自ら気がつかない罪、そういった類を抉り出すやり方で、滝沢の罪科が突きつけられてくることになったのだろう。そして同時に犯人も含めた他の「被害者」たち、また登場人物たちの感情のうねり、ほとばしり、そういった諸々が爆発していたはずだ。
     読みたかった……いや、遅くはない。既作品とのなんらかの「ダブり」が生じていてもかまわない。私が許す(爆)。読みたい。なんとかお願いしたい。
     なんといっても、中断したままの登場人物たちがいて、その人生があるのだから、やはり彼らが「もういいよ」と言うまでは書いてあげないといけないでしょう、と思うのだった。(たぶん言ってないと思うのだ……)(おっぺ)
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