語る「万華鏡」

(「主水は葵の紋を斬れるか?」の一部削除)

主水は葵の紋を斬れるか?(もんどはあおいのもんをきれるか)

項目名主水は葵の紋を斬れるか?
読みもんどはあおいのもんをきれるか
分類必殺シリーズ

作者
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  • 公的データ
  • 必殺仕事人」第6話。
  • 感想文等
  • 必殺仕事人」第1シーズンの初期数話は、その殆どが佳作に間違いない。だが、もしどうしても、一番印象深かったのはどれか選べと言われたなら、このエピソードになる可能性が高い。
     主水仕事人と対峙するのは平聖二郎。将軍の愛人の産んだ子で、世継ぎなどは考えられもしないが、の紋をかざす権限は存分に与えられている。
     聖二郎は、の紋付き提灯持ちを2人従え、行動を恣にする。相手が相手として、奉行所も手出しなどできない。
     乱暴狼藉はたいてい提灯持ちの2人がやるが、女を襲い犯すのは聖二郎もやり続ける非道だ。また、剣を揮う腕も並ではなく、妻娘を犯され自害されて我慢の綱が切れた同心が斬り掛かるのを瞬殺する。
     町の道場にいる免許皆伝が大勢で打ち掛かっても、聖二郎は道場の看板を踏み付けにし、その看板の上から足を踏み出すこともなく全員を叩き伏せることをやってのける。
     これを目撃した左門も、あれが平聖二郎か……と慄然とするしかない。
     鹿蔵が仕事を受けるが、主水左門のいずれも降りてしまう。主水は、自分はの紋から給料を貰っている、あんたは俺にそのの紋を斬れと言っている、と鹿蔵の依頼を退ける。
     左門も、自分の目撃した聖二郎の技量を話し、相手が悪すぎると席を立つ。
     若く、血気盛んなも言う。「情に溺れるな、そう言ったのは元締、あんただぜ」
     鹿蔵がこの仕事を受けたのは、聖二郎に斬り殺された同心が、かねてから繋がりのある奉行・稲葉の甥だったからだ。稲葉の苦渋の依頼に鹿蔵は胸を打たれた。だが、はそんな鹿蔵に、さんざ言われてきた言葉を投げつけて意趣返しをしたのだろう。
     「やっぱり、相手が悪すぎるか……」
     半吉と2人で取り残された鹿蔵は独りごちるしかない。
     仕事人すら手をつかねる中、平聖二郎は悪行を重ねる。しかし、何をしていても、聖二郎は少しも笑わない。楽しそうでも、うれしそうでもない。ただ冷たい虚無的な眼をしたまま、表情を全く動かすこともなく、ただ犯し、嬲り、命を奪う。
     窮した鹿蔵は、今は出家している聖二郎の産みの母を訪ね、彼を諫めてくれるように請う。しかし、老いた彼女からも、「私には子供などいない」と拒絶される。聖二郎を産んだその瞬間から、すでにして彼女は母であること自体を簒奪され、我が子を我が子と呼ぶ歓びすら喪失していたのだ。
     聖二郎もまた虚無のままに強いての悪を積み重ねる。
     左門が仕事を受けなかった報いのように、彼らと同じ長屋に住む娘が、父親等に伴われてお嫁入りに向かう途上、聖二郎達に襲われ、略取される。
     発見されたときは、犯され、無残な遺骸と化していた。
     ついに主水も含めた仕事人たちは仕事料を受け取った。
     同じ時、聖二郎を訪ねて来た女がいた。
     「御母上だと申しておりますが……」
     提灯持ちが伝えるのに一瞬表情を動かす聖二郎。
     「……帰ってもらいなさい」
     「しかし」
     「俺には母親などいない。帰ってもらいなさい」
     二人の提灯持ちは聖二郎の言う通り彼女を追い返す。
     「……聖二郎! この母を恨んでおいでか、聖二郎! 母らしいことなど何もしてやれず、虚しい人生のみを与えられたと恨んでおいでか、聖二郎! せめて、せめて他人様には……」
     母の叫びが小さく途切れる頃、左門が提灯持ちを襲撃し、殺害する。主水も聖二郎に近付いていく。
     「……誰だ?」
     「はっ、八丁堀同心、中村主水でございます……」
     おどおどと遜り、殺意のかけらも見せずに聖二郎に近寄る中村主水
     ぐだぐだと適当なことを言いながら密かに刀を抜き、電光石火に斬り捨てる、これが主水の技の一つだ。こっそり抜いて、こっそり突き刺す、いわゆる「セコ突き」も得意の必殺技だ。
     だが、主水がどちらの技を使おうとしていたとしても、そのままでは聖二郎には通用しなかった。虚無の中にある聖二郎には、奢りも油断もなかった。中村主水の凡庸さの中に潜む殺意を見抜き、逆に先手を取って仕掛けた。
     辛うじてこれを躱し、主水の刃が聖二郎を捉えた。殺しのプロフェッショナルとしての主水が、まだ聖二郎を上回れたのだ。
     致命を負い、崩れながら、聖二郎は口にする。
     「……いい奴に巡り会った……いつか俺を殺してくれる奴を、ずっと待っていた……の紋に、歯向かう奴をな……」
     そして独りごちる。
     「……母上……これで、いいんだろう……?」
     聖二郎がこうして死んで行く時、申し合わせたように、屋敷の外では母である尼が自害していた。
     左門主水は立ち去る時に彼女の死骸に気づいていた。
     「見たか?」
     と言う左門に、主水は応える。
     「ああ……気にするな。後味の悪いのはお互い様だ」
     一片の爽快感もなく、物語は幕を閉じる。
     そしてまた、それは「必殺仕事人」の元締鹿蔵編の終幕でもあった。唯一、依頼人と直接の接触をしていた鹿蔵が江戸を去ることで、依頼人の身を守らなければならない……それがドラマの上で設定された理由となる。(実際には健康上からの降板だったらしい)
     いわば、「必殺仕事人鹿蔵編の最終回にもなり、敵役・平聖二郎の印象的なキャラクター、緩みのないドラマなど、まぎれもない習作だったと思う。
     主水が聖二郎と対峙する仕事の場面、「浜千鳥情話」アレンジのアップテンポな『仕事のテーマ』ではなく、スローバラードの哀しみのテーマが流れている。
     やがて、主水の仕事シーンでは必ずスローバラードが流れるワンパターンになってしまうのだが、このシーンでは当然この曲でなければならず、見事な演出・選曲だったと思う。
     中村主水シリーズ最終作「必殺仕事人」とは、本来こういう物語だったのだ。少なくとも、誰かに「仕事人」を語るとき、このエピソードを外して話すことはできない……(おっぺ)
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