「HM8 MARK 2」~かつての夢を再び
2012年に登場したHM5から始まり、2015年のHMX、翌2016年のHM8など、MB&Fには自動車との深いつながりがある。これらモデルの共通点はケースの側面に配されたスピードメーター風のディスプレイ。ひと目でそれとわかるその特徴的なスタイルは、1970年代の大胆で未来的なデザインを彷彿とさせる。自動車にインスパイアされた最初のMB&F マシンから10年後の2023年、MB&FはスーパーカーにインスパイアされたHM8 マーク 2を発表した。
HM8マーク 2は、2023年にホワイトまたはグリーンのボディパネル(後者は33本限定)を採用した2モデルの発表で大好評を博したが、新たな2024年限定エディションとして、光沢のあるサファイア ブルーのボディを採用した、これも33本限定モデルで再登場だ。メタリック顔料と半透明の素材により、ブルーのボディパネルは、技術的にも審美的にも高級車の塗料を思い起こさせる。
夢のはじまり
MB&Fと自動車の世界とのつながりを完全に理解するには、1985年まで遡る必要がある。子供の頃、人はみな夢を抱く。叶うこともあれば、途中で諦めてしまうこともある。夢がすっかり自分の一部となって、いつのまにか実現してしまうということもある。MB&F創設者マキシミリアン・ブッサーがまさにそれである。彼は子供の頃ずっと自動車デザイナーになりたいと考えていた。4歳から18歳までその夢に取りつかれ、スケッチやデッサンで描くのは自動車ばかりだった。同級生たちが他のことに興味を持ち始めても、彼は空気力学的なラインと滑らかなフォルムを持つ自動車に夢中で、その関心が揺らぐことはなかった。
高校卒業を間近に控えた頃、彼はカリフォルニア州パサデナにある世界的に有名な芸術大学、アートセンター・カレッジ・オブ・デザインがヨーロッパに、しかも彼の当時の自宅からすぐの場所であるスイスのラ・トゥール=ド=ペにキャンパスを開校することを知った。これはなにかの啓示なのでは?そう思った彼は興奮で胸を高鳴らせたが、学費が5万スイスフランかかることを知る。現在でもかなりの額だが、1985年当時はなおさらのこと、あまりに大きな金額だった。
彼の車への情熱を知っていた両親は「何とか工面する」と言ってくれたものの、負担が大きすぎることをマキシミリアンは理解していた。そこで、いつも周囲の人から「それだけ数学が得意なら、優れたエンジニアになれる」と言われていたこともあり、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に入学。そこで自動車デザイナーの夢は断たれたかと思われた。が、実はそうではなかった。
「道を断たれ、途方に暮れ、ウブロスーパーコピー 代金引換激安通販優良店行き着いたのが時計製造業界でした」と彼は笑顔で語る。「ですから、時計という形で自動車デザインに取り組むというのは、私にとって非常に大きな意味がありました。全てをかけて追いかけてきた夢でしたから。」
プリズムがもたらす遊び心
彼のインスピレーションの源は、アミダが設計し、同社が倒産する直前の1976年に発表した奇抜なデザインの腕時計Amida Digitrend(アミダ・デジトレンド)だった。アミダと同様、MB&Fはサファイアプリズムを採用し、実際にはムーブメントの上に平らに配置されているジャンピングアワーとスイーピングミニッツを、垂直に表示できるようにしている。
時刻は、運転中も見やすいようケース前部に配された昔ながらのスピードメーターを思わせる窓に表示される。アミダではディスクが横に並んでいるが、MB&FのHMのデザインでは、ディスクを上下にオーバーラップするように配置することで数字のサイズを最大化し、視認性を高めている。
創意工夫はそこで終わることはなかった。数字をデジタル、つまり電子式に近い形で表示するというミッションが残されていたからだ。このミッションは、サファイアディスクの数字以外の部分にブラックのメタライゼーション コーティングを施し、数字をクリアにすことで実現している。さらに、サファイアディスクの下にスーパールミノバ®を塗装。これによりダイアルに施される夜光塗料が、曲面ではなく完全にフラットになっている。興味深いのは、プリズムで反転されるため数字が逆になっている点だ。
このシステムはHM5で誕生したものだ。HM5は、ムーブメントに光を取り入れ、夜光塗料に光をチャージできるようにする開閉式のルーバーを備えている。これは、リアウインドウのルーバーが未来的な美しさを放つ、マルチェロ・ガンディーニがデザインしたベルトーネ・ランボルギーニ・ミウラから着想を得たものだ。
このルーバーは、その後に登場したモデルHMXでは排除されている。これはエンジンの一部を鑑賞できるサファイアクリスタルのカバーが採用されたためである。イタリアの車体ビルダー、トゥーリング・スーペルレッジェーラからインスピレーションを得たこのモデルは、ネジを外して時計用オイルを注すことができるミニチュア版オイルフィラーキャップを備えている。
その次に登場したのがHM8 カンナム。このモデルにもサファイアクリスタルが採用され、回転するローターを眺めることができる。このムーブメントのベースとなっているジラール・ペルゴのキャリバーは最新のHM8 マーク 2にも採用されている。HM8のデザインは、かの有名なカナディアン=アメリカン・チャレンジカップに出場したカンナム レースカー(これがニックネームの由来)からヒントを得ている。カンナム レースカーの並外れたデザインと独特のロールバーが、時計に装備されているチタン製の2本のロールバーのインスピレーションの源である。
一方、特徴的な「ダブルバブル」サファイアクリスタルを備えたHM8 マーク 2では、最も象徴的なスーパーカーのデザインからインスピレーションを得ている。
シャーシの構造
これらのタイムピースはデザインコードだけでなく、構造に関しても自動車の世界から着想を得ている。マキシミリアンの工学部での学びは決して無駄ではなかったのだ。HM5とHM8 マーク 2は、独立した防水シャーシに時計のボディパネルを追加した構造になっている一方、HMXとHM8は一体型の構造となっている。
HM8 マーク 2では、コーチワークはホワイトまたはブリティッシュ レーシング グリーンのカーボンマクロロン®から選択でき、上面にはマット仕上げ、側面には光沢の強いポリッシュ仕上げが施されている。ホワイトバージョンではグリーンのCVDを施したローターとライトグリーンのミニッツマーカーを組み合わせ、ブリティッシュ レーシング グリーンのバージョンでは、ローターとテン輪にレッドゴールド、ミニッツマーカーにはターコイズを採用。こちらは33本の限定生産であった。
カーボンマクロロン®
MB&Fのために特別に開発されたカーボンマクロロン®は、ポリマーマトリックスにカーボンナノチューブを注入し、強度と剛性を高めた複合材料である。カーボンナノチューブは、従来のカーボンファイバーによる補強よりもさらに優れた引張強度と剛性を提供する。MB&Fのカーボンマクロロン®は硬質な固体材料で、着色、研磨、ビーズブラスト仕上げ、ラッカー塗装、サテン仕上げなどが可能。
これらの特徴に加え、重量はスティールの8分の1であるため、技術的にもデザイン的にも非常に汎用性が高く、興味深い素材である。
時計の内部には
スーパーカーやハイパーカーのように、HM8 マーク 2の内部には、加工が極めて難しいチタン製シャーシなど、一見しただけでは分からない数多くのテクノロジーが採用されている。ステンレススティールでも加工はかなり複雑だが、この合金はひときわ硬いため、MB&Fの技術者たちの腕の見せ所となる。
カーボンマクロロン製のボディパネルにも同じことが言える。しかも、生産量が少なく、ブロックから削り出すしかないということも、製造の難しさに輪をかけている。
MB&Fの各モデルは、サファイアクリスタル製造における物理的限界を押し広げてきた。もちろん、HM8 マーク 2も例外ではない。サファイアクリスタルを複曲面に成形するのは、ドーム型のサファイアに比べ30~40倍の費用がかかる極めて複雑な加工となる。この挑戦を引き受けたサプライヤーはわずか1社のみであった。サファイアクリスタルの製造には多くの時間がかかるため、破損のリスクが非常に高い。しかも破損するのはいつも、まさに最後の最後の瞬間であり、関係者たちを絶望に陥れるのだ。とはいえ無事に完成し、ひとたび時計に装着されれば、他のスポーツウォッチのサファイアクリスタルと同様の堅牢さを実現する。
そして最後の重要な要素が、ムーブメントを動かすバトル・アックスローターだ。22Kゴールドのブレードの1つは厚さがわずか0.2ミリしかないため、その製作工程は驚くほど複雑だ。機械加工は不可能であるため、すでにエングレービングが施された型を使用してプレス加工で製作される。
世界初登場のリューズ
時計内部以外に、同じく隠れた技術を駆使しているのが、まったく新しいタイプのリューズ。このリューズは、自動車用語風に言えば「ダブル デクラッチ」システムと呼べるような機構を搭載している。リューズを押し込み、4分の3回転させると解除される仕組みである。これによってスペースが確保できる上、システムの安全性も向上するという、スポーツウォッチにとって重要なメリットを実現している。
HM8 マーク 2は、これまで十数年にわたって展開されてきた自動車シリーズがMB&Fファンに愛されてきた理由となる要素をすべて備えているほか、技術面、視認性、セクシーさ、装着性を高める様々な工夫が施されている。そして何より、人生のどの段階にいても夢を追うのに遅すぎることはないということを思い出させてくれる。それも、このモデルの大きな魅力のひとつである。