"のほほん"から転載です。(自分の投稿だから構わない でしょう。読まれたかもしれませんが。。。) 2.BI対ブル・クラのインタータッグ奪回戦の 放送席。 遠藤幸吉「いよいよ馬場組勝つか、ブルーザー組 勝つか、オス・メス決する時がやって参りました!」 翌日。。。 門「大の大人に言いにくいけど貴方が言った "オス・メス"発言に大分抗議の電話が入ってるよ。」 遠藤「興奮していて思わずメス・オスを反対に 言ってしまった。すまん。」 K「メス・オスと書いて"しゆう"と読むの!」 E「え! いつからそうなったの?」
同じ遠藤さんが、「スルリのある試合ですね。」といってたのを思い出しました。(笑)
日本プロレス時代の話ですが遠藤さんは最後まで "ドリー・フランク・ジュニア"と言い続けて雑誌なんかで 指摘されても遂に直らなかったんですね。 あれで外人渉外担当重役だったんだから大したもんです。
たしか・・・。 テレ朝ワープロ初期解説の遠藤さんは、 ディック・ムーダックと発音しておられました。 な、なるほど・・・ と感心した私だったのでした。
↓へ行って見てください。 http://user2.allnet.ne.jp/doudesuka/#m
この道をゆけばどうなるものか あやぶむなかれ あやぶめば道はなし ふみだせばそのひと足がみちとなり ふみだせばそのひと足がみちとなる まよわずゆけよ ゆけばわかる(さ) ・・・だと思う。うろ覚えで、すんまそん。
アントニオ猪木様の引退試合の時に言った「道」の詩を全部教えてください。
11月13日(日)、つまりもう明日ですが、銀座ソニービル8Fで、スポーツ雑 誌・ナンバー(文藝春秋発行)主催のナンバー展特別イベントとして、アント ニオ猪木のトークイベントがあります。司会進行はテレビ朝日アナウンサー・ 辻義就!! 入場無料!!! ただし入場制限の可能性あり!!!! 詳しくは、ナン バーウェブ(http://www.number.ne.jp/)参照。申し込んでおいたほうが無難 かも。
記憶に頼るプロレスファン 田中浩二マニアがお送りする 昭和の新日本プロレスを回顧するこのコーナー。 第三回めの今日は「ボブ・バックランド」 時のWWFチャンプだったバックランド。よって来日回数はそんなに多くなかったと思いますが、来る度に猪木とタイトル戦をやっていた記憶があります。 確かWWFとNWFのダブルタイトル戦なんて時もあったと思いますが、無効試合(?)やなんやのドタバタで最終的にはバックランドがタイトルを守りましたね。 この辺りまでは新日ファンも「こういったこと」に対して寛容だったと思いますが。 彼は全米のアマレス王者だった(のかな?)筈ですが、印象としてはアームロックしてきた猪木をリフトアップしたり、アトミックドロップのイメージが強く残っています。勿論、スープレックス系も使っていた筈ですが…。 彼の試合で一番記憶に残っているのは、第一回の「MSGタッグ」で猪木と組んでハンセン・ホーガン組と大阪府立で闘った決勝(優勝?)戦。当時全盛だった全日の 「最強タッグ」に対抗すべく新日が当時の総力を挙げて開催したシリーズで、二人は勿論即席タッグでしたが、チームワークというより個々の力で優勝したような感じでした。 次回は「ダイナマイト・キッド」の予定です。
記憶に頼るプロレスファン 田中浩二マニアがお送りする 昭和の新日本プロレスを回顧するこのコーナー。 第二回めの今日は「ディック・マードック」 元々は全日の「準」看板レスラーだったマードック。彼が新日のリングに上る事になったのもS56年の企業戦争が原因。全日時代は鶴田のUN(?)ヘビーを奪った事もある彼も、ついに新日ではシングルチャンプにはなれず(たしか…)。 ただし、A・アドニス(故人)との「スーパー・バイオレンスタッグ」ではWWFタッグチャンプに輝いている。元々がジ・アウトローズ出身だから、タッグ屋としての資質があったのでしょうね。 彼のブレーンバスターは当時としては変形で、尻餅をつくような格好でお世辞にも格好いいとは言い難かったが、今から思えば「垂直落下式」の原形だったのか…。 「見栄えは悪いが破壊力は一番」と当時のプロレスマスコミがさかんに称えていたような気がします。 実力はありながら、「長州革命」「ブロディ台風」「旧UWFとの提携」 「ソ連レッドブル軍団」などの話題に紛れ、常に脇役を越えられませんでしたが、個人的には全日→新日のレスラーの中では、No1の貢献度だったと思います。 次回は「ボブ・バックランド」の予定です。