語る「万華鏡」

(フロスト日和)

フロスト日和(ふろすとびより)

項目名フロスト日和
読みふろすとびより
分類ミステリ小説

作者
  • R・D・ウィングフィールド(おっぺ)
  • 公的データ
  • 肌寒い秋の季節。 デントンの町では、連続婦女暴行魔が悪行の限りを尽くし、市内の公衆便所には浮浪者の死体が小便の海に浮かぶ。 いやいや、そんなのはまだ序の口で……。 役立たずのぼんくら親爺とそしられながら、名物警部フロストの不眠不休の奮戦と、推理の乱れ撃ちはつづく。 中間管理職に、春の日和は訪れるのだろうか? 笑いも緊張も堪能できる、まさに得難い個性の第二弾!
    (おっぺ)
  • 感想文等
  • あ、前回の子分役(で、いいのか?笑)はあれっきりだったのね(^^;)。なんとなく、モース警部のシリーズみたいに、ずっとコンビでやっていくような気がしてました。あるいは、前回の彼は、初見のフロストの「人となり」を読者に一枚一枚知らしめていくための存在であって、2作目の今回からはそういう位置づけのキャラはいなくなるのかと。
    ところが、同じ位置づけのキャラが、全く違う人間で出てくるとは思いもしませんでした(笑)。
    もっとも、今回のウェブスター巡査の場合、前回とは違っていろいろ別の屈託を持っているわけですが、かといって彼の屈託自体は実は本書のテーマでも何でもなく(それは、前作でも実は一緒だったはず)、やはり彼は、一見「無能」であるフロストをまさにそのままに見るという位置にある存在であり、そして読者の案内役であることも前回のクラウド同様。
    でも、今作では、最後のシーンを見る限り、最後の最後、フロストに敬意を表するに至っているのかな。それもまた、読者の代弁者とは言える。
    フロストの、イングラム相手の述懐は、ワタクシ的には、「必殺仕置人」で初見した当初の中村主水を連想させた。奉行所では「昼行灯」「いるんだかいないんだか昼間のオバケみたいな」と言われ、町を巡回しては袖の下をとってまわり、すっかりすり切れた感じの中村主水
    「正しいことなんか無ェ、きれいなことなんかこの世の中には無ェ、そう思いながら、心のどこかでそれを信じて、十手を握ってきたんだ。。。」
    その、心のどこかのそれに裏切られ続けた中村主水は、結局「こいつはきたねえ仕事だ。だが、そいつを俺たちがやらなきゃならねえ。俺たちゃワルよ。」と開き直り、正義はあてにならないからと悪の上を行く悪を自認する「仕置人」となった。
    主水の場合、しかし仕置人当初、そして続く仕留人時代、心のどこかに自分のおこなっていることは、かたちは人殺しという悪だが、実は正義なんだ、、、という想いはあったにちがいない。それが、仕留人最終章で打ち砕かれ、復帰する仕置屋稼業では最初からただの殺しのプロに徹しようとし、そしてまたそんな自分に裏切られ、やがて仕事人以降のルーティンワークのサラリーマンとなっていくのだが、それはそれとして。
    フロストはさいわいにしてか、主水ほどの、あるいは主水のような、絶望には至ってはいない。希望を持っているかどうかはわからないが、少なくとも彼は、とりあえず自分を絶望させないですむだけの成果はあげられているようだ。
    他者が何と言おうとも、自分にだけは通じるこだわりを持っている。
    それを捨てていないから、フロストは部下たちにも、読者たちにも支持者が多いわけなんだろう。(おっぺ)
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