| 項目名 | CASSHERN |
| 読み | きゃしゃーん |
| 分類 | SF映画 |
| 作者 | |
| 公的データ | 脚本: 紀里谷和明 菅正太郎 佐藤大 原作: 竜の子プロダクション 出演: 伊勢谷友介 麻生久美子 寺尾聰 樋口可南子 小日向文世 宇多田ヒカルのミュージッククリップで知られる新鋭のクリエイター・紀里谷和明監督による同名コミックの映画化。世界が大亜細亜連邦共和国とヨーロッパ連合に分断された時代を舞台に、人類を救済するために誕生した“新造人間”の活躍を描く。 そこは現代の世界とは全く異なる歴史を歩んできた世界。大戦は50年も続き、世界は大亜細亜連邦共和国とヨーロッパ連合という2つの陣営に分断されていた。戦いは大亜細亜連邦共和国の勝利に終わるが、人心は荒廃し、様々な後遺症と荒れ果てた大地だけが残った。そんな中、東博士は重い病に苦しむ妻を助けたい一心で、人間のあらゆる部位を自在に造り出す“新造細胞”理論を構築する。やがて、それを私欲のために利用しようとする軍関係者の援助で始められた実験は、博士の思惑を超え、“新造人間”なる新生命体を生み出してしまうのだった…。 |
| 感想文等 | オリジナルのキャシャーンに思い入れが無かったからなのかもしれない。タツノコアニメはガッチャマンにしろポリマーにしろあまり御贔屓ではなかったのだ。中でもキャシャーンは、知らないわけではなかったが殆ど観る機会もなかった。なかった尽くしなのだから、思い入れが産まれるはずもまた、なかった。 オープニングナレーションは知っていた。納谷悟郎の渋い声だったはずだ。 ――たったひとつの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体。鉄の悪魔を叩いて砕く。キャシャーンがやらねば誰がやる。 そう、オリジナルのキャシャーンは、「鉄の悪魔」と化して人間達に反旗を翻したロボット軍団に対して、エイトマンのごとく死して蘇った主人公が戦いを挑む正統派のスーパーマン物語だったはずだ。 うろおぼえだが、主人公東鉄也(今初めて気付いたが、東という苗字もエイトマンと同じだ。エイトマンは元は東八郎という刑事だったのだ)の父、東博士の家に仕えていたアンドロイドが落雷のショックで狂い、自らをブライキング・ボスと命名してロボットたちのリーダーとなり、人間達を逆に支配するべく叛乱を始めるというストーリーで、なんとなく「猿の惑星・征服」みたいだ(笑)。 そして、東鉄也は父の手で『新造人間』キャシャーンとなる。この新造人間という単語はキャシャーンだけの造語のはずで、たぶん人間の頭脳・心を持って生まれ変わったアンドロイド、くらいの意味だったのだろう。鉄也の母は白鳥型ロボットの中に魂を封じ込められたかどうかしてブライキング・ボスの手中にあり、鉄也=キャシャーンは恋人だったルナや変身能力を持つロボット犬フレンダーと共に、母を取り戻し、ロボットから人間を解放するために戦い始める――。 エイトマンは特長として、人工皮膚の操作か何かで変幻自在の化身の術を持っていたはずだ。だから、ふだんは元通りの東八郎として生活していられた。 だが、キャシャーンには、そんな都合のいい能力はなく、常に奇態なスーツ姿だった。映画ではヘルメットは棚に置かれているのが映っているのにとどまったが、元のアニメでは常にスーツ同様に装着していたと思う。外せないものだったのではないか。 戦闘時にマスクが鼻から下を覆うのはアニメも同じだった。 実質、アニメと共通するのは登場人物達の名前とデザインの幾つかだけで、ただ戦闘シーンなどでアニメで見た気がする部分が再現されていた(満月を背に空中回転し、チョップで戦闘用歩兵ロボット――これもアニメのデザインをきっちり踏襲していた――を『叩いて砕く』!)のが、なんだか「おお」と思ったくらいか。 あとは全然『キャシャーン』などではなかった、はずだ。 オリジナルのアニメシリーズが好きだったファンには、「ヒドい」と言われて当然だろう。 けれど、この映画の、この映像は、私にとっては新鮮だった。斬新かどうかは知らない、けれど少なくとも、ルーティンワークではないと思った。 今までは観たことがない、あるいは観たことがなかったような表現と演出を観せてくれた。 それだけで、『キャシャーン』に懐かしさも思い出もない私には、十分に楽しかったのだ。 同じような境遇の「8マン」実写版があまりに(本当に)ヒドかったのを覚えているだけになおさら(笑)。(おっぺ) |