語る「万華鏡」

(美少女戦士セーラームーンR《劇場版》)

美少女戦士セーラームーンR《劇場版》(びしょうじょせんしせーらーむーんあーるげきじょうばん)

項目名美少女戦士セーラームーンR《劇場版》
読みびしょうじょせんしせーらーむーんあーるげきじょうばん
分類アニメ

作者
  • 監督:幾原邦彦(ミリィ)
  • 公的データ
  • 1993年12月5日全国東映系公開。同時上映は『メイクアップ!セーラー戦士』(ミリィ)
  • 感想文等
  • この映画の出来はかなりよかったと思う。
  • このアニメの構成は実によくできていて、エンタテイメントのお手本になれているなあという感じ。そのためにテレビシリーズ本編との実際の齟齬は切り捨てたのかもしれない。
     どういう点のことかといえば、この映画での敵役とヒロイン達の対峙の場面。
     ヒロイン達『セーラー戦士』は、ふだんはただの女子中学生で、日常の青春を謳歌している。敵役はそうした楽しげな様子を憎悪する。彼には仲間達との楽しい青春などなかったからだ。彼は自分の孤独を哀しみ、怒り、その怨みの虜囚となって、人々を襲い、セーラー戦士を狙う。その力は圧倒的で、まず主人公のセーラームーンを倒し、さらに他の四人の少女戦士たちをも蹂躙していく。
     彼は叫ぶ。
     「おまえたちにわかるものか! 誰にも理解されず、疎まれる孤独が!」
     だが……その叫びが、逆に少女たちに、まだ立ち上がろうとする気力を与える。なぜなら……
     少女たちはみな、セーラームーン・うさぎと出会うまで、何らかの形で孤独であったからだ。
     「孤独を知らないおまえたちにわかるものか」と言われ、少女たちはゆっくりと自分たちを振り返る。自分たちの知っている孤独のことを――ずっと、独りぼっちだった。嫌われ、無視され、笑われ罵られもした。つらく、さびしく、むなしかった。
     私は、私たちは、それを知っている! 私たちも孤独だった! 独りだった!
     でも、ここにこうしている。泣かないで、ここでがんばっている!
     だから、孤独を盾にとる人に負けてしまうわけにはいかないのだ……!
     そして、少女たちは立ち上がるのだ。
     最後の戦いで、セーラームーンを必死で援護しながら、また少女たちは思う。
     自分が独りぼっちだったときに、普通に声を掛けてきてくれた月野うさぎ。コンプレックスだったことを、すごいすごいと大まじめに手をたたいて感嘆してくれた。自分がいないと淋しがってくれた。ここにいていい、いや、いてほしいんだと言い切ってくれた。
     そんなうさぎのことを――。
     だから……
     「うさぎちゃん……!」
     だから、最後のひとひらまで力を振り絞る――。
     瑕疵のない作品ではもちろんない。だが、この「ヒロインたちが立ち上がれる、立ち上がりたい理由」が、相手方の「理由」とシンクロし、そして、力を振り絞り続ける根幹でもあるという造りそのものは見事なものだと思う。
     最初に書いたように、必ずしもその「うさぎによって孤独から救われた」というのが、テレビシリーズで描かれていたわけではなく、むしろ齟齬である場合もあるのだが、そんなことを取り沙汰する気にはなれない良い出来だった、そう思う……全てがテーマに収斂されて。
     で、テーマソング達がまたいいんだ、これが(笑)。(おっぺ)
  • この映画は泣けるシーンがたくさんあってとても最高です。(ミリィ)
  • この項目に書き込む / この項目の一部を削除する
    閉じる / 注意事項 / 新規項目の登録 / リロード / 管理モード