感想文等 | おこうを失い、印玄を失い、市松と別れ、自らは牢屋見回りという最底辺の位置に落魄れた中村主水。 だが、おこうの最後の言葉のためになのか、彼はまだ仕置屋稼業を続けていた。ただ独り残った仲間の捨三と、そして、いつ何処でどういう経緯でそうなったのか、新しい仲間のやいとや又右衛門と。 しかし、時に捨三は言う。手が足りない……。「これが1年前ならなあ。印玄もいた、市松もいた……」。仕置屋稼業の開始当初、あれほど市松に対する疑念と反発を露わにしていた捨三も、今では市松をかけがえのない仲間だったと思い返すようになっていた……。
そんな時現れたのが、赤井剣之介だった。 主水の前に現れた剣之介は、いきなり主水に金の無心をする。それはまるで、初めて糸井貢と出会ったときのように……。
「おめえ、俺のことを誰から聞いた」 「竹細工の、市松という男だ」 「市松か……」 剣之介は、元武士だったが、芸人のお歌という女に惚れ、それがきっかけで藩を追われ、お歌と2人で逃亡の身となっていた。その途上、市松と組んで破落戸を殺して金を奪った。そして、市松から、江戸に行くなら中村主水を訪ねろと勧められさえしたというのだ。 あの市松が、安易に主水のことを人に話すとは思えない。
「俺に仕事を世話してくれってのか。それでおめえ、何ができるんだ」 「……殺しだ。おれにできるのは、それくらいしかない」 かつての仕置人たちは、曲がりなりにも表稼業を持っていた。しかし、剣之介には何もない。お歌と共に大道芸人紛いのことをしているが、小器用でない剣之介には芸1つ満足にできはしない。しかも、逃亡者としていつも芸人の装いの白塗りで顔を隠しているくらいなのだ。
主水は、剣之介を仕置屋にスカウトすることにする。だが、どういう因果か、最初のこの仕置の相手は、剣之介の許嫁だった女であったのだ。 剣之介は二の足を踏み、やいとや又右衛門から侮蔑される。 しかし、お歌がこの許嫁に幽閉され、怨みを込めていたぶられるに及んで、ついに剣之介は決意した……
仕置が終わり、集まった仲間達の前で、やいとやが言う。 「主水さん、俺はこいつを信用できねえ。一緒に組んでやっていけねえぜ」 すると、主水は嘲笑するように言うのだ。 「やいとや、俺だっておめえなんか端から信じちゃいねえや」 まさかそんなことを言われようとは思っていなかった、そんな表情を見せる又右衛門。 主水は続けて言う。 「おめえだけじゃねえぞ。あの捨三もあののっぽ(剣之介)も、俺はだぁれも信じちゃいねえ」 まるで、仕置屋稼業時代を通じて手に入れたはずの仲間との繋がり、信頼、そういったものを全く否定するかのような言葉だった。 「俺たちは……人様の命頂戴して、金稼いでいる悪党だ……だから仲間が欲しいんじゃねえか。地獄の道連れがよ……その道連れを裏切ってみろ、地獄へだって行けやしねえぞ」 信頼、信用、そういうことなどではない。1人だけで地獄に堕ちるのはやりきれない。一緒に引きずり込める道連れがほしい。ただそれだけの……と主水は規定しようとしているのだ。
そんな、昔から変わらない主水の衒いを、剣之介は平気でぶちこわす。「それにしても、もっと金がほしいな」「……馬鹿野郎」主水はずっこける。
剣之介にとっては、「仕置」などという体裁すら持っていたいほどの余裕もないのだ。市松と組んだ仕置も、剣之介にとっては「破落戸を殺して金を奪った」だけにすぎない。 怨恨の殺しでも、体裁の仕置でもない。ただの……人間の、仕業なのだ。
仕業人という言葉は、仕留人と同じく、いつしか現れてくる呼び名である。やいとや又右衛門の出自から来ているものではないかと思われる節もあるが定かではない。
だが、主水も、やいとやも、剣之介も、決して仕置という言葉などは口にしない。そこにあるのは、主水の定めた「一件五両、1人一両で請け負ってきた奴が2両取る」という、ただ金だけで繋がった「殺して金を手にする」それだけのことなのだ。
こうして、仕業人たちの物語は始まったのだ。(おっぺ)
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