感想文等 | 「必殺仕置人」で登場した中村主水は、「助け人走る」でゲスト出演をし、そして「暗闇仕留人」で再登場した。
いったい、中村主水の何がそれほどの人気を呼んだのか。
やはりそれは、「裏」と「表」の乖離の大きさだったのかもしれない。 仕置人・念仏の鉄は、表の顔も裏の顔も大差がなかった。それは棺桶の錠にしても同じことだった。仕掛人の梅安や左内、助け人の平内、龍、仕留人の貢、大吉、仕事屋の半兵衛、政吉……数いる殺し屋達の中でも、裏で見せる顔と表看板とで乖離の著しいのは、他には助け人の文十郎がいるくらいではないのか。
そして中村主水は、糸井貢を失うことで「もうやめよう。潮時だ。それを糸井が教えてくれたんだ」と思い定め、黒船来航による日本の夜明けが仕留人のために遅れた世界で(そういうことにしておこう)、南町奉行所へ転属となった。
そしてそこで、髪結いのおこうから声をかけられる。 「近江屋利兵衛を、殺してほしい」 おこうは言う。 「知ってまっせ。あんさんが以前、仕置人をしてはったこと、ちゃあんと聞いて知ってますがな」 「仕置人?……なんでえ、その仕置人ってのは」 主水は内心は緊張はどうあれ、かすかに唇の端を歪め、ただ自嘲するような笑いを見せるのみで相手にはしない。 果たして、おこうは誰から主水のことを聞き知ったのか。仕留人ではなく、仕置人と呼ぶことから、仕置人時代のみの知人……鉄、錠、或いは天神の小六くらいしか思い浮かばない。
しかし、主水はいっこうに、おこうの話に乗ろうとはしない。 潮時だ……と、糸井貢が教えてくれたのだ……
だが、次第に主水は目にしていくことになる。北町時代、処刑場に「何の罪科もない人間の血が染み込んでいる」のを知り、持って行き場のない憤りを感じた、あの時と同じ情念の場面を……
1人、謎の男が登場する。名前は捨三。近江屋利兵衛を探ってもらいたいと主水が持ちかけた相手だ。 「久しぶりですねえ……」と懐かしそうに嬉しそうに言い、主水に尊敬の念を見せて憚らないこの男は、「調べ物なら、何もあっしに頼まなくっても、下っぴきなら大勢……。……!」と、突然緊迫した表情を見せる。 そして、「……じゃあ……また……あれ、始めるんですかい…………」とかすれた声で主水に問う。 問われた主水はただ無言でのみいる。応えるすべも意思もないように…… 捨三が、主水の「裏」の仲間であった過去を持つことは明らかだ。しかし、我々はこの男に見覚えがない。仕置人時代にも、仕留人時代にも、こんな男は存在していなかった。 何者だ? だが、捨三の過去については、これ以上語られることはなかった。「また……あれ……始めるんですかい……」というときの捨三の表情は、ワクワクとかハラハラとかいうものではない。もっと暗い、いいのか、それで……という主水への確認を求めるようなものだった。となれば、仕置人時代の陽性で肯定的な頃の仲間ではないのではないか。 仕置人を肯定していたが故に、主水はわざわざ大吉と貢をスカウトしてまで仕留人を始めたのだ。
となれば……捨三は、貢の死を経験し、仕留人を捨てて以降に主水と関わり合い、たとえ短い期間であったとしてもまた別の裏グループを作っていたときの仲間だったのではないか。
果たしてそれは……
いや或いは、捨三は仕留人時代に、我々が知らなかったのみで、貢や大吉、おきんらと共に、主水の仲間として存在していたのかもしれない。半次が途中から姿を消したのを我々は知っているが、実は彼にしても、画面に映らなかったのみで実はちゃんと一緒に活動していたのかもしれない。半次が死んだだの旅に出ただの、誰も言ってはいないのだ。
そして、実は半次、おきん以外に、捨三がちゃんと一緒にいたのかもしれない。
仕留人を捨てて以降、おこうと出会うまでの間に、主水がまた「性懲りもなく」裏の仕事を始めていたと考えるよりは、まだしもしっくりと来るような気はする。
いずれにせよ、主水は捨三を誘い、再び仕置人としての活動を始めた。
おこうが言う。 「やってくれはるんですな! これ、読んでくれなはれ、頼み人からの手紙どす」 主水が言う。 「……金だけでいいんだ」
仕置人時代、仕留人時代なら、確かにこの「依頼人の手紙」は読まれていたはずだ。依頼人の憤り、悔しさ、涙、それを知ることで仕置の根拠となっていた。依頼人の感情を共有することで、仕置人は殺しの起爆スイッチを入れていた。
だが、もはや主水はそれを受け入れたくはなかったのだ。
感情を共有した貢はどうなった?
依頼人のみならず、殺しの相手の家族のこと、殺しの相手本人、そういった様々な者達の感情を考え始めてしまった仕留人、糸井貢は、ただ何もできずに斬り殺されるしかなくなっていた。
だから主水は言う。 「金だけでいいんだ」 感情は、いらない。
のちに、からくり人の仇吉は言う。「私たちは、涙としか手を組まない」。これは、この時点の主水の立ち位置とは全く反対のものだ。主水は、涙と手を組むことはやめようとしたのだ。
そして、主水は再び「スカウト」をする。殺しの瞬間を目撃した殺し屋・竹細工職人の市松が主水の口を封じにやってきたとき、「俺を殺す前に、人を1人やってくれないか」と突然言い出す。 そして、伝説的なまでの静かで緊迫した対決場面の中で、2人は契約を交わすのだ。
市松は、少なくとも外面的には徹底した個人主義の男で、感情から殺しに手を染めるようなタイプではない。後々明らかになってくる過去は、彼の父親も彼と同じ殺し屋であり、まだ市松が幼い頃に仕事に失敗して命を落としていること、市松はそのあと純粋に殺し屋として育っていったこと……などだ。
市松は、仕置人という情念の使徒ではないのだ。彼は単に「殺し屋」であり、金を貰って仕事として殺しを実行する。そこに感情や涙の入り込む余地はない。
市松をスカウトした時点で、主水がそんなことまで知っていたはずはない。 しかし、こんな市松のありようこそは、仕留人で転倒した主水にとっては或る意味理想的な姿ではなかったのか。
だから、捨三や、捨三の紹介で仲間に入れた破戒僧・印玄らの危惧などをよそに、市松と組む、組み続ける。
主水、印玄、市松らの仕置は絶妙なコンビネーションで実行され、プロとしてのスタイルがすでに確立している。
だが、市松が標的を仕留めた瞬間、1人の少女がそれを目撃していた。 市松は、必ずしも目撃されることそのものを特に警戒していないかのようだ。物語の冒頭では主水に目撃され―これは、主水という恐るべき目利きだったからやむをえないのかもしれないが―、そしてまた少女に目撃される。 だが、市松にとっては何の問題もないことなのだ……見られたら、そいつも殺せばいい。ただそれだけのシンプルなことでしかないのだから。
主水が硬直している中、市松は迷いもなく、少女に向かい、標的を仕留めたばかりの竹串を少女の眉間に…… しかし、冷徹な殺人機械たる市松、感情のないような市松……には、少女が怯えや恐れを示さないことを判断することもまた、可能だった。
市松は竹串を少女の目の前で動かし、彼女が盲目であることを確認した。
主水は硬直から解放され、闇の中に消えていく。
果たして、少女が盲目ではなかった場合、市松はやはり少女を無造作に殺していたのか。 そして、主水はそれを看過することになっていたのか。
解答などはない。
そして、主水、市松、捨三、印玄、おこうの新しい仕置人の物語が始まる。 だが、主水は仕置人とは、そして仕留人とも、名乗らない。
仕置屋――それが新しいグループの名前だ。仕置はする。だが、人として、人のために、涙と手を組んでやるのではない。この仕置はただの「金だけでいい」稼業なのだ。仕置人ではない、仕置屋だ。仕置を金を稼ぐためにやっている稼業なのだ。
だから、この「必殺仕置屋稼業」はスタートした。
仕留人で転倒した中村主水が、再び起き上がっていくために……(おっぺ)
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