感想文等 | このエピソードで印象的なのは、単に主人公のカーク船長が2人に分かれてしまうという部分ではない。その2人が、カークの「善」と「悪」であるという、ジキルとハイドの対決的な面白みでもない。 なにより、「悪」の部分が分離して「善」のみになったカークから、決断力などが失われてしまった、という部分なのだ。これは、子供心に、ある種、眼から鱗が落ちる発想だった。 人間に決断を促せるために、「悪」の部分が必要だ、というのは、子供にとって意外性満点だったのだ。まだ善と悪ははっきり明白に分かれていて、誰の目にもあからさまに違いないと単純に思っていた頃だったかもしれない。 しかし、いわば「正義のヒーロー」のようなカーク船長に『カッコイイ』決断をさせる源には「悪」がある、それはサプライズであり、ショックだった。 「善」だけではできないことがあり、人間にとって善悪は不可分なのかもしれない。。。それは、「はみだしっ子」の「夢をごらん」を読むのよりずっと前のことだっただろうけれど、そして、実はずっと忘れていたことだったのだけれど、この「二人のカーク」のエピソードで芽吹かれた感覚だったのかもしれない。そんな気も、した。。。(おっぺ)
|