連載小説 私立了承学園
第参百八拾参話 五日目 放課後(3)(To Heartサイド)舞踏会編 中編

 『2.カクテルバーへ行く』のパートですぅ。

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「パーティーと言えば……やはり酒だなっ!」

 妙に勢い込んで、浩之は拳を握り締める。

 幸い、お酒は二十歳になってから、というような野暮な事を言って、
浩之を邪魔するあかり達はいない。
 ここは、存分に大人の味を楽しもうというわけだ。

 というわけで、意気揚々と、浩之はカクテルバーへ向かった。





「おいおい、浩之……ここは未成年は立ち入り禁止ゾーンだぞ」

 ……で、やって来るなり、浩之はカウンターに座る耕一に釘を刺されてたりする。
 しかし、そんな事でめげる浩之ではない。
「まあまあ、耕一さん。固いこと言いっこ無しですよ」
 と、浩之はその言葉を全く気にせず、耕一の隣りに腰掛ける。
 そんな浩之に、耕一は苦笑し……、
「まあ、いいか。俺も人の事は言えなかったからな」
 と、浩之を咎める事無く、自分の水割りの入ったグラスを傾けた。
「おっ! さすが耕一さん。飲み方が様になってるねぇ。
さて、俺は何を飲むかな………っと、んん?」
 適当に耕一を持ち上げた後、浩之が何を飲もうか考えていると、
バーテンのフランク長瀬が、無言のまま、浩之の前にグラスを置いた。
「あの……俺、まだ頼んでないっスよ?」
 出されたグラスを指差し、浩之はフランク長瀬に言う。
 しかし、フランク長瀬は目を閉じてグラスを拭くだけで、浩之の言葉に反応しない。
「はっはっはっ。実はな浩之、ここはマスターが客の飲み物を勝手に決めるんだよ」
「はあ?」
 耕一の言葉に、浩之は首を傾げる。
「ようするにだ……マスターが客に似合った飲み物を出すっていうルールなんだよ」
「……なるほど」
 と、耕一の説明に納得し、浩之はカウンターに座る他の客達を見渡してみた。



 まずは了承うわばみカップルのサラと雄蔵――

 二人の間には、日本酒の一升瓶がでんっと置かれていた。
 それは交互にグラスに潅ぎ合って飲んでいる。

 その姿は、あまりにも似合いすぎだ。



 次に了承一のバカップル(笑)のティリアとデューク――

 デュークは耕一と同じ水割りをちびちびと飲んでいる。
 それとは対照的に、ティリアは結構ペースが速い。
 しかも、飲んでいるのはロングアイランドアイスティだ。

 それを見た瞬間、浩之は……、
『デュークさん……今夜、狙ってるのか? それとも、マスターが気をきかせたのか?』
 ……と、思った。
 何故なら、ロングアイランドアイスティとは、
喉ごしはさわやかだが、アルコール度数は強いという、
スクリュードライバーに次ぐレディーキラーなのだ。

 つまり、デュークはティリアを酔わせて、今夜は……と考えているのである。



「確かに……耕一さんの言う通りみたいっスね。じゃあ、俺のコレはどういう意味なんだ?」
 と、浩之は自分の前に出されたグラスを見た。
 グラスは、まるでコーヒー牛乳のような色の液体で満たされている。
 いや、色だけではない。その香りも、ほとんどコーヒー牛乳そのものだ。
「それは、カルアミルクだな」

 カルアミルク――

 カルア(コーヒーの酒)に氷と牛乳を混ぜたカクテルである。
 主に女性に人気のあるカクテルだ。

「コーヒーに牛乳……なるほど、カフェオレみたいなもんか。
まあ、確かに、俺、カフェオレが好きだけど、何もこんな時まで……」
 耕一の説明を聞き、ぼやく浩之。
 どうやら、あまりに子供っぽいものの為、お気に召さない様子だ。
 そこへ……、

「ふんっ……ガキにはそれで充分だ」

 と、いつの間にか浩之の隣りに座っていた柳川がテキーラを呷りながら鼻で笑った。
「……柳川さん」
 そんな柳川の態度にムッときたのだろう。
 浩之は横目で柳川を軽く睨む
「何だ……その目は?」
 負けじと睨み返す柳川。
 睨み合い、その視線で火花を散らす目つきの悪い男二人。
 なかなかの迫力だ。
「おいおい、お前ら……」
 と、耕一が二人の間に割って入ろうとする。
 だが、それよりも早く……、

「柳川さん、こんな時なんだから穏便にいこうよ」
「柳川様……暴力ハ、オ止メクダサイ」

 と、貴之とマインが柳川を諌めた。
「ああ……わかったかった」
 この二人に言われては敵わないのか、柳川は素直に引き下がる。
「そうそう……せっかくなんだから、楽しく行こうよ」
 柳川が大人しくなったのを見て、貴之は満足気にマティーニに口をつける。
 男がそんなものを飲んでいる姿は、ちょっと引いてしまう光景である。
 ちなみに、マインは二人の後ろにら立ち、
これが正しいメイドのあり方と言わんばかりに、静かに控えている。
 そんな彼女をすぐに気に止めたのは、やり浩之であった。
「おい、マイン。そんなトコに突っ立ってないで、お前も座ったらどうだ?」
 と、浩之は立ち上がり、柳川の隣りの席をマインに譲ろうとする。
「イエ……浩之様、私ハココデ構イマセン。オ心遣イ感謝イタシマス」
 しかし、マインはそれを丁重に断った。
 やはり、マインは常に謙虚な姿勢である。
「あのな……」
 そんなマインに柳川が言い放つ。
「マイン、お前の言い分も分かるが、だからと言ってそんなところに突っ立っていられると、
せっかくの酒が不味くなる。サッサと座れ」
 と、後ろを振り向くことなく、自分の隣りの椅子をパンパンと叩く柳川。
 素直に隣りに座れ、とだけ言えば良いものを、こういう言い方しかできないというのは、
何とも難儀な性格である。
 しかし、マインはそんな柳川の性格を熟知している数少ない存在である。
 だから……、
「ソレデハ、失礼シマス」
 マインは柳川の言う通り、その椅子にちょこんと座った。
 新しい客であるマインの為に、飲み物を用意しようとするフランク長瀬。
 しかし、メイドロボに酒は飲めるのだろうか、と疑問に思い、その手が止まる。
 しばしの熟考……、
 そして、ポンッと手を叩くと、何やら冷蔵庫の中をゴソゴソとやり始めた。
「マスター……ここでロボビタンAなんてふざけた物を出したら、問答無用で暴れるぞ」
 柳川のツッコミに、フランク長瀬の動きがピタッと止まる。
 その手には、ラベルにでかでかと『A』と書かれた一握り大の瓶が……、
 フランク長瀬は素早くそれをしまい、グラスに氷とミネセルウォーターを潅ぐと、
マインの前にそれを置いた。
 そして、また何事も無かったかのよにうグラスを拭き始める。

 ……なかなか大物だな。

 そんなフランク長瀬の一連の動作に、浩之達は内心感心しつつ、自分のグラスを傾ける。

 と、その時であった……、

「きゃはははははははっ!!」

 何処からか、妙に明るい笑い声が聞こえてきた。
 いや、明るいというよりは、壊れた笑い声だろうか。

「……?」
 何事かと、浩之達は声が聞こえてくる方に目を向ける。
 すると、そこには……、

「きゃはははははははっ!! わーい! おっかけっこ〜〜〜っ♪」
「みずかちゃん、待ちなさ〜い!」
「お願いですから、それをお渡しください!」

 陽気に笑いながら走るちびみずかと、
それを追い駆けるエリアとフランソワーズの姿があった。
 三人は、真っ直ぐに浩之達のところに向かってくる。

「何だ何だ?」
 と、そんな珍妙な光景に首を傾げる耕一。

「きゃはははははっ! お〜にさ〜んこ〜ちら〜♪」
 真っ直ぐに、浩之達のところに逃げていくちびみずか。
 しかし、足はエリア達の方が早い。
 カウンターに座る浩之達の後ろを通り過ぎるあたりで追いつけそうだ。
「それっ! 捕まえましたっ!」
 そして、予想通り、追いついたエリアがちびみずかを捕まえようと手を伸ばす。
 だが、それよりも一瞬早く……、

 ――ひょい

「ほえ?」
「ええっ!」

 ずがっしゃぁぁぁぁーーーーっ!!

 自分の後ろを通り過ぎようとしたちびみずかの首根っこを柳川が掴んで、
そのまま片手でひょいと持ち上げてしまった。
 そのちびみずかを捕まえようとしていたエリアは、突然、目標を見失い、
バランスを崩して、勢い良く前のめりに転倒する。
 誠の件が解決したにも関わらず、その不幸っぷりは相変わらずだ。
「い、痛いですぅ〜」
「エリア様、大丈夫ですか?」
 転んだエリアを助け起こすフランソワーズ。
 それを目の端で確認しながら、柳川は自分の腕に持ち上げられ、
まるで仔猫の様にぶら〜んぶら〜んと揺れているちびみずかを見た。
「おい、一体何があったんだ?」
 と、ちびみずかに訊ねる柳川。
「はにゃ〜ん」
 しかし、ちびみずかはほけ〜っとしたまま答えない。
「おい! 答えんか、このガキ!」
 イライラした様子で、柳川はズズイッとちびみずかに顔を近付けて怒鳴る。
 と、次の瞬間……、
「ぐっ! 酒臭いっ!!」
 柳川は鼻を摘んで、慌ててちびみずかを放り投げた。
「あ、危ないっ!!」
 宙を舞い、落下するちびみずかをフランソワーズがギリギリで受け止める。
「柳川さん! 危ないじゃないですか!」
「やかましいっ! その小娘、ガキのくせに酒飲んどるぞっ! 誰が飲ませたっ!?」
 ビシィッとちびみずかを指差す柳川。
 その時、ちびみずかの手にしっかりと握られている物に気がついた。
 それは、サラ愛用の酒泉ひょうたんである。
「サラッ! 犯人は貴様かぁっ!」
 と、この騒ぎなど何処吹く風といった感じで雄蔵とイチャイチャしているサラに向かって、
柳川はちびみずかから奪い取ったひょうたんを投げつける。
「あ? 別にいいじゃねーか。主成分は水、っつーか今回はオレンジジュースだけど……、
とにかく、後々の影響はまったくねーんだし」
 もの凄いスピード飛んで来たひょうたんを軽々と受け止め、サラはしれっと言う。
 どうやら、反省の色はゼロのようだ。
 ちなみに、オレンジジュースを酒化したということは、
ちびみずかが飲んだのはスクリュードライバーということになる。
「そういう問題じゃありません! こんな小さな子にお酒飲ませるなんて……、
後で秋子さんに言いつけますから、覚悟してくださいね!」
「う゛っ! エ、エリア……それは勘弁してくれ」
「まあ、当然の報いだ。諦めろ、サラ」
「雄蔵さんも黙って見てたんですから同罪です!」
「ぬう……」
 エリアに怒鳴られ、体を小さくするサラと雄蔵。
 そんな三人の様子を見て苦笑しながら、
浩之達はちびみずかを抱くフランソワーズに視線を戻す。
「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや、いいって。フランが悪いわけじゃねーんだし」
「そう言っていただけると幸いです。
ところで皆さん、そろそろ奥様方のところへ戻られた方が良いですよ」
「あん? 何で?」
「はい……そろそろダンスの時間の始まりかと」
「何っ?! もうそんな時間か?」
 と、浩之はオーケストラ隊の方に目を向けた。
 何やら、ガディム達が慌しく準備を始めている。
 どうやら、フランソワーズの言っていることは本当のようだ。
「そっか……じゃあ、サッサと戻らねぇとな」
「はい。お急ぎください。それでは皆さん、ワタシ達もこれで失礼させていただきます」
 と、酔って眠ってしまったちびみずかを背負ったフランソワーズは、
浩之達にペコリと頭を下げ、誠達のところへと戻っていった。
「それでは、失礼しました」
 そして、サラ達を叱り終えたエリアも軽く頭を下げ、さっき転んで捻ったのだろうか、
右足を庇うようにひょこひょこと歩いて、フランソワーズを追っていった。
 それを見送りつつ、浩之と耕一も席を立つ。
「さて、俺達も行くか、浩之」
「そうっスね」
 と、二人は頷き合い、自分達の妻達の元へと歩いていく。
 だが、その途中で浩之が振り返った。
「……柳川さん」
「何だ?」
「マインと踊ってあげたらどうです?」
 浩之のその言葉に、あからさまに不機嫌になる柳川。
「何で、俺がそんなことをせにゃならん」
「ふ〜ん、そうですか……ま、いいっスけどね」
「貴様……何が言いたい」
「別に。何でもないっスよ……んじゃ」
 と、意味ありげな笑みを浮かべつつ、浩之は走り去る。
「…………」
 それを、ムッとした表情のまま見送る柳川。
 そして、しばらく考えて……、
「……おい、マイン」
「ハイ。何デショウ?」
「お前は…………踊ってみたいか?」
 その柳川の問いに、マインは一瞬口篭る。
 しかし、マインの口から出たのは、予想通りの答えだった。
「イエ……私ハ結構デス」
 その答えに、柳川はやれやれとタメ息をつく。
 そして……、
「なあ、マイン……」
「ハイ。何デショウ?」
「俺は今、こういう場で踊ってみるのも一興かと思っている」
「ハア……?」
「しかしだ、残念なことに相手がいない。貴之でも良いが、
さすがにこういう場で男同士で踊るのはマズイだろう」
「……ソウデスネ」
「そこでだ……誰か都合の良い相手に心当たりは無いか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 ――長い長い沈黙。

 そして……、

「…………ア、アノ……柳川様」
「何だ?」
「モ、モシ……私ナドデ宜シケレバ……」
「ふんっ……そうだな。お前で我慢してやるか」
 いかにも仕方なくといった感じで言う柳川。
「コ、光栄デス」
 しかし、マインはそれでも嬉しかった。
「だがなぁ……」
 と、柳川はマインの服装に目を止める。
 柳川がタキシードを着ているのに対し、マインが着ているのは、普段着ているメイド服だ。
「そんな恰好で踊るわけにはいかんだろう? まあ、お前みたいな奴にはそれがお似合いだが」
「ア……」
 柳川に言われ、初めて自分の服装に気がつくマイン。
「確か、秋子理事長が用意してくれていたはずだろう? どうして着て来なかった?」
「私ニハ、コレデ充分ダト思イマシタノデ……」
「まったく……仕方ない奴だ」
 再び大きくタメ息をつき、柳川は手近のテーブルのシーツに手をかけた。
 そして、一瞬にしてサッと引き抜く。
 テーブルの上の食器はまったく動いていない。見事な手並みであった。
 さらにもう一枚シーツを引き抜き、鬼の爪を使ってそれに数カ所切込みを入れる。
「柳川様……?」
 柳川の突然の行動が理解できず、呆然とするマイン。
 そんなマインの体に、柳川はシーツを被せた。
 そして、残ったもう一枚のシーツで腰のあたりを縛る。
「……これでいい」
 一連の作業を終え、マインを見下ろす柳川。
 そこには、即席の純白のドレスを着た可憐な少女の姿があった。
「コ、コレハ……」
 自分の姿を見て、言葉を失うマイン。
「お前には、この程度で上等だな」
「ハ、ハイ……ハイ……アリガトウゴザイマス……柳川様」

 ……嬉しかった。
 今にもブレーカーが落ちてしまうのではないかと思うくらい、嬉しかった。

 このドレスは、柳川が自分の為に用意してくれたものなのだ。
 自分の為だけに、作ってくれたものなのだ。

 確かに、このドレスは、元々はただのシーツでしかない。

 だが……、

 秋子が用意してくれたドレスよりも……、
 どんなに高価なドレスよりも……、
 どんなに綺麗なドレスよりも……、

 マインにとっては、このドレスは素晴らしいものだった。

「……おい。何をボーッとしている、サッサと行くぞ」
「ハ、ハイ!」

 マインは、無造作に差し出された柳川の手を慌てて握る。

 そして、その手に引っ張られるように、ダンスホールへと歩いていった。















 ――そして、音楽が奏でられる。
 ――夢の時間が始まる。

 マインという名のシンデレラの、夢の時間が……、





<後編へ続く>
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<あとがき>

 ついに、ボクもマインを登場させてしまいました。
 上手く扱えたか心配です。

 それにしても、柳川がちょっちカッコ良すぎたかな?

 ちなみに、白状しますと、カクテルの資料は、閉鎖してしまった某サイトのSSです。

 というわけで、後編に続く。

 でわでわー。



 ☆ コメント ☆

ティリア:「ねぇ、デュークぅ?」(*^^*)

デューク:「な、なんだ?」(@◇@)

ティリア:「このお酒って……けっこう強いみたいねぇ」(*^^*)

デューク:「そ、そうか?」(@◇@)

ティリア:「うん」(*^^*)

デューク:「…………」(@◇@)

ティリア:「ねぇ、デュークぅ」(*^^*)

デューク:「は、はい。なんでしょう」(@◇@)

ティリア:「わたしを酔わせて……どうするつもりなの?」(*^^*)

デューク:「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうするって……。
      べ、べ、べ、べ、べ、べ、べ、べつに何も……」(@◇@)

ティリア:「…………………………………………」(*^^*)

デューク:「…………………………………………」(@◇@)

ティリア:「…………………………………………」(*^^*)

デューク:「…………………………………………」(@◇@)

ティリア:「…………………………………………」(*^^*)

デューク:「…………て、て、て、て、ティリアぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」(@◇@)

ティリア:「や〜〜〜ん。ここじゃダメぇ〜〜〜」(*^^*)v

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みずか :「ねえねえ。ティリアお姉ちゃんたち、何してるの?」(・・?

エリア :「えっと……そ、それは……」(*−−*)

フラン :「と、とにかく……見ちゃいけません」(*−−*)

みずか :「???」(・・?




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