(2)
「さて、これからがいよいよメイドを極めるための本当の試練なのだが」
そういって、流石に2桁まで減ったメイド参加者を見回しながら大志は意外にまともに進行を続けていた。
彼女たちの周りにはスタジオセットのようにソファーやサイドボード等の家具やキッチン一式が設けられ、ホウキやモップ、フライパンに包丁といった掃除用具・調理器具が用意されている。
「なんなのよこれ…散らかしっぱなしにして」
大志の説明が始まる前に、瑞希は近くに散乱していた雑誌や新聞を片付け始めた。
日頃からマンガの資料が散らばる和樹の部屋の片付けをしているためか、それは条件反射的な自然な行動だったのだが。
ピンポンピンポ――――ン!
「流石は同志瑞希!早速合格だ!」
「へ?な、なに?」
いきなり鳴った軽快なチャイムと大志の合格認定に、瑞希は訳もわからずうろたえた。
「頭で考えるより先に身体が掃除をしてしまう…くくくくく、流石だよ同志瑞希。
骨の髄まで染み込んだ、その世話焼き属性がメイドと化合した時…意図せずとも萌え心を誘発する。魔性の女よなぁ…」
「うわ…一応誉められてるとは思うんだけどすっごく腹が立つわ…」
「というよりも昆虫並みの反射行動であるな。入出力が単純シンプルなため非常にわかりやすい」
「やっぱバカにしてるでしょアンタ!!」
「と、いうわけでこのようにその場にあるものを使ってメイド萌えシチュを決めてくれれば合格となる。
但し制限時間としてこれから30分以内で。
まいしすたーは少々フライングだったが…まあ実例を示してくれたからな」
「ちょ、じゃもう始まってるワケ!?」
「じゃあ早速はじめなきゃね。…で、なにしよっか理奈ちゃん?」
ニコニコ笑いながらそう尋ねてくる由綺に、大志への抗議を未発なまま、理奈は噛んで含めるように応じた。
「…あのね?由綺?」
「なにかな?」
「…今は私とあなたも敵同士なんだから、そういうことは自分で考えなさい」
「あ、そうだったね。うっかり忘れてたよー」
「忘れない!まあ…瑞希さんみたいに掃除とかでもいいかな…?」
なんのかのと言いつつ、アドバイスしてしまう理奈である。
「そっか。じゃあ、とりあえずこの花瓶をフキフキしてみようかな」
天使のような笑顔で、由綺はテーブルに置いてあった花瓶を取り上げ、布で拭いをかけはじめた。
フキフキしてみようかな
フキフキして
フキフキ
フキフキ
フキフキフキフキフキフキフキフキ…………
ぶふううううううううううううううううううううううううううううううううううっっっ!!!
「きゃ――――――――!!?や、弥生さんっ!!?」
「おー。鼻血大出血サービスだよ」
いきなり自分で作った血の海に沈んだ弥生に、美咲とはるかが駆け寄った。
「献血にいこう」
「よくわかんないからはるか。
え、えっと、弥生さん、無事?大丈夫?」
「フ……私としたことが……メイド姿とはいえ、つい由綺さんにあらぬ妄想を抱いてしまったようです……」
「――身内さえ撃墜する破壊力だね、由綺」
というか、弥生さん限定という気もするが。
「……理奈ちゃん。どうして私が弥生さんに近づいちゃいけないの?」
「いやほら…あのさ、原因が近づいても悪化するだけだし…」
「???」
「あー。弥生さんは俺が医務室に運ぶから。
――残念だけど弥生さん、リタイアってことで」
「無様ですが仕方ありません。お願いします、冬弥さん」
鼻血をハンカチで押さえつつ、かけつけた冬弥の肩を借りて弥生は立ち上がった。
その様子を心配そうに見つめている由綺に、弥生は少しだけ微笑んでみせる。
「私は大丈夫です。――ですから由綺さん、私の分までよろしくお願いします」
「うん、わかった!私、ばしーんと一発きめてやるんだから!」
私、一発きめてやるんだから!
わたし一発きめてやるんだから
一発きめて…
どうっっっっっっっっっ!!!
「きゃ~~~~~~~~~~!?弥生さん~~~~~~~~~~~~~!!?」
「うわー、人体ってこんなに血液はいってるんだー」
「由綺お前もう何も言うな!!それと、はるかお前落ち着きすぎ!!!」
出血多量で本気で危ない弥生の容体に右往左往する藤井家の喧騒を他所に、あさひは鼻歌まじりで棚に並んだ置物にハタキをかけていた。
「る~るる る~るる るーるーるー♪
る~るる る~るる るーるーるー♪」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポ――――ン!
「グ・れえええええええええいいいいいいぃぃぃぃつ!!
グレイツであるよあさひちゃん!というか何をやっても萌えであるよあさひちゃんならば!」
えこひいきの私情200パーセントという感じでピンポンピンポンと合格の鐘を鳴らす大志である。しかし実際、陽光の中で楽しげにハミングしながら掃除に勤しむメイドあさひの姿は、確かに萌えるものがあった。
たとえ口ずさんでいるのが何か大宇宙のブラザーとの交信電波ぽくても。
「なるほどー。そういう感じでいけばいいんだ」
「いつもみたいに、普通にしてればいいんだね」
あかねとさくらは互いに頷くと、『いつものように』歌いながら掃除を始めた。
「♪鉄砲や戦車や ひこうきに ♪興味をもっている方は」
「♪いつでも自○隊におこし下さい ♪手とり 足とり おしえます☆」
「「♪自○隊に入ろう 入ろう 入ろう……」」
「はい消えた―――――――――――――――――!!」
バタン!
「うきゃああああああああああああああっ!!?」(×2)
いきなり二人の足元の床が焼失し、楽しげに歌っていたあかねとさくらは暗闇に飲み込まれた。
「フハハハハハハハ!
そんな、あんまり調子いいもんだから防○庁が勘違いして自○隊PRソングに申し出たという愉快な逸話のある歌は、自主規制したまえお願いです!」
「放送コードに引っかかる歌だからねぇ…。
しかしそっくり返って高笑いしながら揉み手するっていうのは無駄に器用なスキルだと思うよ大志さん…」
二人は何処に逝ったのか気にならないわけではなかったが、もう、色々疲れてしまっている冬弥であった。
そして、そんな騒ぎとは関係無く、時間は刻々と過ぎてゆく。
「はうっ!?こ、これはなにかの間違いですっ!陰謀ですう~~~~~~!!」
「……何故……」
「……………?」
フライパンの中でブスブスとちょっぴり焦げた煙と匂いを放っている『ミートせんべい』に、涙目でオロオロとうろたえているマルチと、その横で電源切れみたいに硬直しているマイン&マリナである。二人のフライパンの中にはやはり同様にミートせんべいが焦げていた。
確かにまだ経験不足の頃は料理がヘタだったマルチだが、現在は日々の努力とあかり達の指導もあって、十分に料理もこなせるだけの技量を備えており、それは柳川家の家事全般をうけもつマインも同様である。(そのマインのデータをマリナは分けてもらっているが)
にも関わらず、何故こんな結果になってしまうのか。
そもそもキッチンにパスタしか食材が無いという時点でなにやら邪な企みがあるとしか思えない。
「はっ!?これはもしかして黒い服を着た人の陰謀ですかぶらっくめーん!?」
「イヤ、ソレ違ウカラ」(×2)
お約束なボケに一応つっこんでおく量産機姉妹である。
――これはおそらく、マルチの初めて(浩之のためだけに)作った料理が失敗してしまったという経験が精神的外傷となり、ことパスタに関する限り苦手意識を無自覚に持つようになった結果であろう。
そして試作機であるマルチのデータを元にしている量産機にも、それは受継がれてしまっていると思われる。
すなわち、HM-12にパスタは鬼門!
いかに経験をつみ学習を重ねても、パスタを料理をさせれば必ずミートせんべいになってしまう!
それがマルチの宿命!HM-12の運命!!
「あうううううぅぅ……つ、つまり全部私のせいなんですね…?
ごめんなさいっ、ごめんなさい~~~~!だ、だからお姉さんをそんな責めるような目で見ないで~~~~~~~!!?」
「責メテマセン!コノ目ハ仕様デス!
トイウヨリ、ソンナ事情ガアルナンテ、今マデ知リマセンデシタシ…」
えぐえぐ泣いてうずくまるマルチを慰めようとその肩に手をおいて。
マインは、ふと、気づいた。
「…ア。
デモ、ソレハソレデ事実デスヨネ?」
「ふえええええええええええええええええぇぇぇぇ…」
「アアッ!?ゴ、ゴメンナサイ!!」
しかし、これでマインはパスタだけは柳川先生のために作ってあげることはできないことがはっきりしたわけである。決定。
「エ―――――――――――――――――――――ッ!!?」
「…………」
マルチと同じような格好で頭を抱えてしまったマインから視線を外し、キョロキョロとマリナは周囲を見回した。
『ああ何たる過酷な運命!その時二人の頭の中で、何か、そう、何か決定的なものが千切れる運命の音が鳴り響いたのであった!
そう、それは正しく…破滅の音!!』
「……志保様?」
『あ?』
メイド服姿で、ボイスチェンジャー内臓のハンディカラオケマイクを手にした志保は、半眼で自分を見ているマリナにしばらく固まってしまったようだった。
こほん、と咳払いをしつつ、隠れていたキッチンの戸棚からゴソゴソと這い出す。
「えーと。…最初は、冗談のつもりだったんだけどー?」
「…………」
「そ、その。いや、まさかマルチもマインもあんなにハマるなんて思ってもみなかったんでもーこりゃイケイケGOGO!と…ね…」
「…………」
「私悪くないわよ!だって気づくでしょ普通!つーか気づけよオラ~~~~~~~~!!」
「…………」
「…ゴメン。だからそんな責めるような目で見ないで…」
「…………仕様デスコノ目ハ」
ピンポンピンポンピンポ―――――ン!!
「いいねぇ…実にイイ!やはりドジっ娘はメイドの王道!
更に自分のドジを気にしてしょんぼりだなんて…ああ…もうたまらんよ!!」
フッ、と正面画の描きにくそうな前髪を払って大志は半ば陶酔した目で3人を見た。
「あ、大志さーん。あたしは?志保ちゃんは~~~~?」
「さよならラビニア」
途端に志保の足元に不合格者直行の穴が開く。
「なんであたしがラビニアだあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!」
奈落の底へ消えてゆく画面の志保から視線を外し、浩之は隣りの耕一に言った。
「…いやマジで誰っすかラビニアって?」
「俺に聞くなよ浩之…」
小公女セーラのいじめっ娘の名前だよ、それ。
3人の中で唯一正解がわかっていた祐介だったが、その言葉は自分の内だけにそっと留めておくことにした。
……僕は、別にオタクじゃないもん。ちょっとだけ、物知りなだけだもん。
そうやって自分を騙そうとする祐介であった。
ガシャーン!
「にゃああああああああああああああああ!!お、お皿が―――――!!」
パリーン!ガシャーン!
「うにゃあああああああああああああああ!!カップが!ティーポットが~~~~~~!!」
ぽむっ!!
「うにゃっ!?とっても高価そうな紅茶缶が~~~~~~~~~~~~~~~!!」
ドカ~~~~~~~~~~~~ン!!!
「にゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~!?お湯をかけてたコンロがガス爆発ばくはくはく…うぎゅ!!!?」
舌を噛んだらしい千紗は、口を押さえたまま爆撃直後みたいな惨状の給湯室でうずくまった。
ガコン。
「にゃああああああああああああああああああっっ!!?」
そしてあっさり地下に消える。
「まてい大志!!どうして千紗ちゃんが不合格なんだ!!」
「むおっ!?どうしてこの場にまいそうるはにー!?」
先ほどよりも更にズタボロな感じな和樹は、大志の問いかけを完全に無視して歩み寄ると、その胸倉を掴みあげた。
「千紗ちゃんは…そりゃ確かにトンデモないドジっ娘だが…だがしかし!
メイドならばもーどんなドジでも許せてしまう!妹属性でも可!!
そうじゃないのか?ドジや失敗すら…それがメイドや妹やツルペタならば逆にだからこそ萌えてしまうのではないのか!?ええ大志!!?」
「…微妙にたとえが増えてないかまい同志、心の友よ?」
そう言いながら、ゆっくりと大志は自分の襟を掴んでいる和樹の手に指をのばした。
さして力をこめたようには見えなかったが、大志はそれをあっさり振りほどくと、昂ぶっている和樹とは対照的に、冷静な顔で言った。
「メイドさんならどんな失敗でも許せる…むしろドジが萌え。
その通り。その通りだよ、まいぶらざー。
だがそれはあくまでも比喩だ。確かに感情的には、ついうっかりで北米航空宇宙防衛司令部の『押しちゃダメスイッチ』とか入れてしまったとしてもメイドさんなら『しょーがねーなー』の一言で済ませてしまいたいところだが」
「大志…その浩之のモノマネ、やめろ」
「しかし何事にも『度』というものは必要だろう。節度や限度、程度といったものが…」
「大志…もう一度、俺の目をみてその言葉を言ってくれないか?」
「あまりにも度が過ぎる!あるいはしつこすぎる『ドジ』は作為的でヤラセっぽくって逆に萎えるのだよ!たとえそれが天然だとしても!
萌えられなければドジなんてものは、鬱陶しくて迷惑極まりないものだからな!!」
「なに…!?」
「同志よ!お前はメイド萌えはドジ萌えだと直結してはいないか!?
ドジであればドジであるほど、萌えだと思い違いをしていないか?
否!断じてそれは否だ!!
ちょっとしたドジ…それは即ち『可愛らしいドジ』だ!!
だからこそ人は『ドジ』で萌える!
ちょっと転んだ弾みでこみパ会場大爆破なんてのはギャグではあっても決して『萌え』ではないっ!!!」
ガガガ――――――――――ン!!
「…正直、このまままいしすたーを放置しておくと、またしてもそのような事態になってしまわぬか、我輩としても少々不安でな…」
「あ、それはすごくわかるぞ大志」
「判ったら帰るわよ千堂クン?」
がしっ!!
「あががががががががががががががががががががががっっっ!!!?」
「萌えスキルが1ランクUPしたんだったら、その萌えを原稿用紙に叩き付けなさい。印刷所さんにも無理いって待っててもらってるんだから!!」
じたばたもがく和樹をまったく意にせず、その顔面を鷲掴みにした澤田編集長は容赦なく和樹を引き摺っていった。
「…和樹…そんなに瑞希さん達が心配なのか…?」
「それもあるけど、あの会場のメイド空間にたまらなく惹きつけられてるよーな気もします…」
「…和樹さん…なんか最近、すごい勢いでダメ人間になってきてません?」
TVの前で、三人は同じような顔をしてため息をついた。
* * * * *
「さて。
メイドさんとは心優しく穏やかで心の平安と潤いを与えてくれる、鳥類なんぞより余程平和の象徴たる癒し系存在であるわけだが。
そんな人畜無害なメイドさんも、いざ主人の身に危害が及んだときには一変して危険がデンジャラスに見敵即殺!見敵即殺!!
――と、い・う・わ・け・で」
ピクピクと筋肉を蠕動させながら、各々ポージングを決めている亡霊エルクゥ達(半実体化済み)を迎え入れるように両手を大きく広げた大志は、筋肉ダルマの群を見ないようにしている一同に向かって高らかに告げた。
「というわけで次の課目は!
『めっさありえない!筋肉とメイド、どちらが最強!?ご主人様をいぢめる方は許さない!!』であるわけだが!」
「その、2人は○リキュアのサブタイみたいなネーミングは何となりませんか?」
「ならんな!」
情けなさそうな香里の抗議をあっさり跳ね除けると、大志は一際巨大な体躯の、ふくしま正美チックな聖筋肉のエルクゥ――長であるダリエリに向かって頷いた。
「うむ!ルールは到って簡単!
我らと戦い、その強さを示せ!但し今回時給880円で雇われた我ら、そう易々と下すことなどできぬと…」
ちゅどば――――――――――――――――ん!!
何の前触れもなく天空から降り注いだ光の槍が、連続して地面に突き刺さった。
「…動体反応なし。対象の鎮圧を確認後、通常モードへ移行」
もうもうと立ち昇る爆煙を前に、来栖川(秘密)所有の攻撃衛星とリンクしたセリオは油断なく警戒しながら索敵を続ける。
「第二斉射までエネルギー充填78%…」
「ちょっとまてええええええいいいいいっっっ!!!」
鬼の目にも涙。
眼と同じ幅の涙をぶわーっと流しながら、ダリエリは淡々と処理を進めていくセリオの元に駆け寄った。
半分実体化しているとはいえ、基本的に幽体であるエルクゥ達が物理的攻撃で致命的なダメージを受けることは無い。
しかし半分は実体化していたためそれなりにダメージは受けているようで、大部分のエルクゥ達は程よく黒焦げになって痙攣していた。
「…やはりしぶといですね」
「うわ、いきなり大火力で鏖殺しようとしといて第一声がそれか!!?」
「フッ…ここだけの話ですが実は先ほどの衛星軌道上からの砲撃は」
思わせぶりな間を置いて、セリオはダリエリに、そっと囁いた。
「実は、みねうちだったのです」
「真顔で嘘を吐くな!!」
「ですが昔から、大威力は小威力を兼ねると申しますし…」
「我は地球の諺には暗いがそれは絶対無い!」
「…幸福のために禍根は根こそぎ絶て。
それが来栖川家の家訓でございますので」
「だから、真顔で嘘を吐くなとゆーとろうが!!」
この時セバスチャンの必死の説得により、藤田家の中で唯一参加していなかった芹香は何故かさり気なく視線を逸らしたという。
「ええい。とにかく仕切り直しだ!
もう油断などせん!本気になったエルクゥの戦士に隙があると」
「てりゃ」
智子の学生鞄(タコ焼きプレート入り)による横殴りの一撃を右即頭部にくらい、くぴ、とダリエリの首が曲がった。
がきぼきくきゃぼりめちごりっ。
更に香里の正拳突きから真琴&美汐のだだっ子パンチが加わり、止めとばかりに葵の腕十字固めが極まる。
「やめろおおおおおおおおっ!
てか、
やめてええええええええっっ!!」
流石に腐っても鬼、凄惨な集団リンチを加えられながらも豪腕の一閃で真琴らを振り払い、ダリエリは素早く飛びのいて距離を作った。
「なんなんだなんなんだなんなんだお前ら!?何の躊躇いもなく殴るわ蹴るワ!」
「いやでも…隙だらけだったさかい、つい」
「うんうん」(×4)
「つい、で人を半殺しにするなあああああああああああ!!」
いやアンタ鬼だし。
「そもそも。確かに我らは今回お前たちの敵役ではある!
しかしそれにしたってもう少し、手心を加えるつもりは無いのか!?
我らが一体、何をしたというのだ!!?」
「そーいう台詞はなぁ…」
ひくひくと口元を引き攣らせつつ、智子は――ダリエリからずっと目を逸らせたまま――大きく学生鞄を振りかぶった。
「せめてパンツくらい穿いてから言えド変態っっっっ!!!」
どべきゅっ。
実は全裸で丸出しだったダリエリは、顔面を陥没させてドウ、とひっくり返った。
それでも隆々といきり立った(ピー)は天空に向かって屹立していたが。
「むぅ…婦女子には長のサービス精神を理解するのは難しかったか?」
「やはり余計な気はまわさず、我らのように身だしなみに気を使うべきであったか」
「口を閉じろモッコリ変態仮面予備軍っ!!」
金ラメやらフリルやら豹柄やら様々に豪華絢爛で派手で、そして何より色々な意味でギリギリなビキニパンツ姿のエルクゥ・ダンサー達はその股間のお稲荷さんを強調するようなポーズでカッコつけていた。
ある意味、全裸より頭が痛い。
「耕一さん…」
「そこで何故俺を見るっ!俺は関係ねえ!!」
『しばらくお待ちください』のテロップ画面しか映さなくなったTVの前で、耕一はそう喚きたてたという。
それはともかく。
「祐一…わたしもう笑えないよ…」
「そんなことする人、キライです…」
「名雪!栞!現実逃避してないで帰ってきなさーい!」
自分だって実は結構イヤだし挫けそうなのだがグッと我慢している香里が、あっさり忍耐を放棄してグロッキーになっている親友&妹を叱咤する。
が。
「ハイ消えた――――――――――――――!」
「なんでええええええええええええええええ!?」(×8)
セリオ達と、ついでにリタイアと見なされたか名雪と栞が床下に消える。
ヤレヤレと肩を竦めて、大志は遠くを見つめた。
「…強ければ良いというものではないよまいしすたーず。
メイドさんには華がなくてはな、華が。
粗雑な拳や学生鞄やサテライトキャノンなど、野暮というもの」
「そ、そんな、じゃあどうすればいいんですかってうきゃああああああああ!?」
だっせいだっせいだっせいだっせい!
だっせいだっせいだっせいだっせいやー!
だっせいだっせいだっせいだっせいだっせいだっせいだっせいだっせい!!!
フンドシとビキニパンツの肉の海に、理緒が沈んだ。
直接的な暴力こそ振るわないものの、非常にセクシャルハラスメントな攻撃である。
「き、きゃああああああ!浩之ちゃ~~~~~ん!」
かきん!こきん!ききゃん!ごきゃん!!
「いや~~~~~~~~~!こっちこないでごめんなさいゆるして~~~~~~~~~!」
きん!こいん!きゃん!ごきん!きしぃん!
「た~~~~す~~~~~け~~~~~~て~~~~~~~~~~~~~!!」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッッッ!!!
「い…いってることと…逆…」
「つ…つよい…」
悲鳴を上げて無我夢中で『お玉』を振り回しながら逃げ回るあかりの行くところ、頭に巨大なタンコブを作ったエルクゥ達が次々と倒れ、消えていった。
「警備データロード…」
携帯用DVD-ROMからインストールを終了すると、マリナはモップを両手で構え。
そして一見無造作なほど軽やかに、エルクゥ達の間に飛び込んでいった。
即座に四方から殺到するふぐり・ふぐり・ふぐり……。
「……ッ!」
軽やかにモップが旋回し、その線上にいた鬼達は京劇のように空に舞った。
だがそれは見た目に反して重い攻撃だった。
空に舞った鬼達は、地面に触れる前に体を維持できなくなり全て消滅してしまう。
「まさかあれは…『活殺天王掃手』か!?」
「何いいっ!?知っているのか大志!」
「間違いない!
この世に掃除できぬものは無し!依頼があれば何でも…人でさえ掃除するという業界異端の清掃社・拝天狗(はいてんぐ)清掃局…。
その掃除人――『ファイティング・スイーパー』が使う独自の清掃術の一つ!
それが!活殺天王掃手!!
ところでまた抜け出してきたのか同志和樹!!」
服の各所にかぎ裂きを作り、焼き焦げまで作っている和樹は憔悴しながらもなお、ニッと不敵な笑みを浮かべた。
「1人の男として――漫画家として!
このメイド祭り、見届けねばなるまい!」
「だからその情熱を原稿をあげることにまず使いなさい今の状況では」
言葉に払う労すら惜しむように、こちらもかなり疲労を滲ませた編集長は手馴れた様子で和樹の顔面に肘を埋め込むと、そのまま流れるように襟首を掴んで引き摺っていった。
「でも俺的にはメイドさんには銃火器がよく似合うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
「まったく同感だぞまいぶらざーよ―――――――――――――――――!!」
ぶわっ、と漢泣きに涙を溢しながら敬礼して朋友を見送る大志であった。
「……なんでだろう。なんだかどんどんメイドさんとは関係無い方向に突っ走ってるような気がするのは……」
「帰ろっか瑞穂。っていうか帰るわよ絶対!」
これ以上バカにはつきあえない、とこめかみを指でもみながら香奈子は瑞穂の手を引いて出口へと向かった。
常識的な判断である。出場する前に気づけよってことでもあるが。
「ううむ…ないすパンチ」
「長、さっきのは凶器攻撃でしたぜ」
頭を振りつつ、ダリエリは立ち上がった。相変わらずフリチンであるが全く気にせず、既に半分以上その数を減じている配下達の必死の防戦を見遣る。
実体を持たない現在の彼らの戦闘力は、その本来の能力とは較べるべくも無い。
しかし、仮にも狩猟者たる存在がエプロンドレスのメイドさん相手にこうまで一方的な状況になってしまうのは、納得し難いことであった。
「――というか長。なんか妙にゾクゾクしませんかね?」
「そうそう。嫌な気配というか…身近に危険が迫っているような気がしてならねぇ」
「ふむ?」
部下達に迎合するわけではなかったが、実のところそれはダリエリも会場に足を踏み入れた時から感じていた。
例えるならかつてヨークを駆り虚空を彷徨っていた頃に遭遇した、全自動で主無き今も永遠に戦い続けるバーサーカー艦隊との熾烈な宇宙戦。
あるいはこの星に漂着することで得た、最大の強敵・次郎衛門。
自分が殺されるかもしれないという極上の恐怖を伴う、だからこそ陶然とし慄然とし、何者にも換えがたい闘争の喜悦。
――今、漠然と感じる『それ』は危険の度合だけなら過去にも数回しか経験していないほどのものだ。
だが何故だろう、それは高揚を覚えるものではなく、どこまでも冷たく、寒々とした…
「ダ・リ・エ・リ・さ・ん?」
「「「リ、リズエル――――――――――――――――!!!?」」」
清楚なメイド服に身を包んだ黒絹の髪を持つ美女――柏木千鶴の笑みに、ダリエリ達はズザザザッ!!と後退した。
「人の顔を見るなり逃げるだなんて、失礼だと思います!ぷんぷん」
「…その歳でぷんぷんって、恥かしくな」
ごす。
「ひどいっ。ひどいわ!ちーちゃんちょっぴりお茶目かつフレンドリーなコミュニケーションをとろうと思っただけなのに」
「リズエル…その右手の包丁は」
「やん、メイドさんのたしなみですわ☆」
包丁の柄で眉間を陥没させて、また1人体を維持できず消える部下の姿に戦慄しながら、ダリエリはそれ以上の追及を諦めた。
そして改めてリズエル――千鶴を見る。
多少、年甲斐も無くはしゃいでいることを覗けば、彼女のメイド姿は――実に魅力的だった。
他の参加者と同じく、膝下までの黒のワンピースと純白エプロン。
やはりメイドのスカートはミニよりもロングである。
クルリと回ると翻るスカート。その時に覗く脚がとてつもなく美しい。
というか翻るスカートが実に犯罪的。
「…イイ…!」
「長、しっかり!成仏しちゃだめです!」
「成仏できるなら、それが良いと思いますけど…?」
少し困ったように首を傾げる千鶴に、意外にもお姉さん萌えらしいダリエリはうっかり涅槃に逝きかけていた自分を辛うじて掴まえた。
のんびりしているが、現在も参加者への『試し』は継続中であるのだから。
「…で?我らに何の用だリズエル」
「…下半身放り出しでシリアスされても」
「問題ない!むしろOK!」
「ステキです、長!」
「……………」
こめかみを押さえつつ、千鶴は口を開いた。
「こんな時に、とは思うのですが…尋ねたいことがありまして」
「――何をだ?」
「私――私ね?先ほどの試練に合格はしたのですけど」
「それは、合格したからここに残ってるわけだからな」
一応同族としてなんとなく話に応じてしまいつつ、ダリエリは千鶴が後手に持っているモノにチラリと視線を送った。
あれは――鍋?
「私…先程は、料理をいたしましたの。
流麗かつ華麗に料理をこなし豪華絢爛な美食の数々を耕一さんに供するメイドなわたし。
『なんて素晴らしいんだ千鶴さん、この至高の味覚の喜びに較べれば梓の料理なんて猫マンマみたいなもんさ』
『梓のことを悪くいわないで耕一さん、梓は胸は不必要に肥大して腰周りはひ弱でお尻はお肉がダブついてますけど、でも私のかわいい妹なのだから』
『ああっ、なんて優しいお姉さんなんだろふ千鶴さん。千鶴さんみたいに美人で性格もスタイルも抜群でなにより料理の達人なメイドさんがいてくれるなんて、ボクは世界一、いや宇宙一の幸せ者だよ』
――なんてことになっちゃったりしたりしてヤダヤダもう~~何を言わせるんですか~☆」
「…まあ夢を見るのは自由だからな…」
義務感のみで応じるダリエリの態度が気に障ったわけではないだろうが、半分ドリーム入っていた千鶴は一転して項垂れた。
「それなのに……何故かわたし、ドジ属性メイドと認定されて合格しちゃったんですよね。
一応合格はしたんだけど…
どうして?どうしてなの!?」
「むう…それは奇怪な」
「…いや。あの奇怪なって、ダリエリさん?」
それは千鶴さんの料理がアレだからじゃないんですかーという台詞は流石に飲み込み、冬弥は気弱げな声をあげた。その認識は別に偏見でもなんでもなく、もはや学園内では常識というか生存のための基礎知識だったりするのだが。
妙にソワソワと、ダリエリは千鶴が先程から後手にしている鍋を見遣った。
「リズエル。ひょっとして、それが件の――リズエルの手料理か?」
「ええ…それは確かに梓に較べれば私の料理は少しだけ、ほんの少しだけ劣っているかもしれないかもなんて思えるような思えないようなそんなうららかな小春日和の午後なんですけど」
「言ってる意味はよくわからんが…どれ、リズエル。その…」
コホン、と巨体を縮めるようにかしこまって、ダリエリは――いやダリエリ達は微妙に据わった目つきで千鶴を取り囲んだ。
「その、少しだけ――少しだけ、味見を、な?」
「え?」
千鶴すら反応できないごく自然な動きで、ダリエリの太い指が意外なほどデリケートに鍋蓋の隙間から『なにか』をつまみ出した。
そして、傍から見ていた冬弥には何やらパステルカラーの…あえて例えるなら歯車っぽい?物体としか認識できないソレ、少なくとも可食物には絶対に見えないソレを、ダリエリはあっさり嚥下する。
その瞬間。
「(゚д゚)ンマー!!」
「ヴゾッ!!?」
ゴツい鬼の面に歓喜の笑みを満面に浮かべ、幸せそうに卒倒するダリエリを冬弥は信じられぬように見遣った。
「バ、バカな?そんな藤子A先生チックな『ンマーイ』評価とは…ダリエリ殿!?」
「微妙に判りやすいようで判りにくい喩えっすねソレ」
流石に驚いているらしい大志に、精神安定剤をボリボリ齧りながら応じる冬弥である。
そんな無力な地球人達を他所に、残ったエルクゥらはグルリと千鶴を取り囲んでいた。
「長、ズルイであります!」
「ああっもう辛抱たまらん!リズエル殿、失礼!」
「え?え?え?え?…ええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」
われ先にと伸びてくるつまみ食いの手から、咄嗟に千鶴は鍋を庇おうとしたものの多勢に無勢、あっという間に鍋は空っぽになってしまった。
そして。
(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!(゚д゚)ンマー!
…一族郎党揃って討ち死に。
「…な…何を考えてるんだこの人たち…」
「いや…あのな、浩之」
幸せそうに痙攣しているエルクゥ達の画像から目を逸らし、呆然と声を洩らした浩之に、似たような様子の耕一がぼんやり応じる。
「実は最近気づいたんだが…」
「なんです?」
「千鶴さんの料理ってさ………純血種の鬼には、実は美味なんじゃないかって」
「………は?」
「いや俺もさ、前に味見しなきゃならん危機的状況に追い込まれたとき、もうこれは全力で立ち向かわなきゃって思って、完全に鬼化して迎え撃ったんだよ…」
ふっ、と遠い目をして耕一は僅かに視線を上げた。
「――結局はやっぱり負けたんだけど」
「あ、やっぱり?」
「やっぱり言うな。
ただ――その時、感じたんだよ。
これはこれで、割とイケるんじゃないか……って」
「耕一さん、悪いけどそれは錯覚です」
「そうそう。あまりの味覚の破滅的衝撃に意識が混濁して」
「お前等それは事実だが少しは婉曲してくれ。
…でも、後で普通の状態の時に食ったら一撃だったんだよな。そんな感想を覚える暇も無く。
だからもしかして…って思っててさ」
「いやそれは鬼になっていたからこその余裕だったわけでやっぱり錯覚ですって」
「でも…ダリエリさん達を見ると、やっぱりあの人達にはおいしかったんじゃないんですか?その…千鶴さんの、アレ」
歯車っぽい物質を料理と認めたくないのか、言葉を濁す祐介であった。
頭を悩ます3人の前で、画面の中の大志はしばらく何やら思案していたが、やがて静かに千鶴の傍に歩み寄った。
そして、おもむろにその片手をとって、上に差上げる。
「――ウイナー・千鶴どの!」
カンカンカンカンカンカンカンカンカン――――――
ヤケクソになって冬弥が鳴らすゴングが、とりあえず強引にその場の幕を下ろした。
「――ってなんだか納得いきません~~~~~~~!!」
「心配しないで。みんなそう思ってますから」
とても優しく穏やかな笑顔で、ドキッパリと南は言い切った。
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