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少しだけ、ハッピーフライト (リンク小説:with 日咲さま)

少しだけ、ハッピーフライト

日咲様の小説に感動して勝手に送りつけたイラストに恐れ多くもお礼にと書いてくださった作品です。
日咲様のご厚意で掲載を許可していただいたので、UPしちゃいます。
無理難題を押し付けてかなり難産をさせて仕舞った作品ですが、大好きです♪
特に最後が(^^)
本当にありがとうございます!!(^^)

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二人が乗った新千歳からの最終便が羽田に着陸体制に差し掛かっていた。
時計を確認すると23時少し前。
ほぼ定刻どおりだ。
およそ90分間のフライトはそれなりに長くも感じられたが、この路線を何度となく利用しなれている野明にとってはさほど苦でもなく、夜の遅い便ならば1日を終え疲れた体を休めるにはむしろちょうど良かった。
遊馬もまたいつになく疲労感を湛えた体をシートに深く沈めたまま、ずっと目を閉じていた。
眠っていたわけではない。
時折、目を開けて、窓の向こうの何もない夜の暗い空をみやっては、また目を閉じる。
野明は遊馬が何を考えているのか、よくわからなかった。
たぶん、おそらく、きっと、もしかしたら、そんなことだろうか、と思いあたることあるのだけれども。
自分が考えていることと同じだろうかと。
ただ、なんとなく、それはきっと幸せなことなのだろうと。

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今日は慌しい1日だった
。午前の便で東京から新千歳空港へ、それからさらに苫小牧へ移動して、野明の実家に到着したのが昼過ぎ。
そこで遅い昼食をとった。
それはとても長い昼食の時間であった。
とくに時間を決めてあったわけではないのだが、つもる話は尽きることなく、とでもいおうか。
ここ1年は仕事の忙しさにかまけてまったく帰省していなかったのだ。
久しぶりの娘の帰省が、男付きというのだから、お里は一大事である。
遊馬を連れて行くと電話で告げたとき、母は「ああそうかい」とあまりにもあっさりと返事を返したのだが、果たして父はどう思ったのだろうかと、野明は正直、帰って父に会うまでずっと不安だった。
それ以上に遊馬がどう言うのだろうかというのも気がかりだった。
それは心配というよりは若干期待の色のほうが濃かったかもしれない。
遊馬を実家の両親に会わせることになった、その事実がとても嬉しく、遊馬が自分の両親に挨拶をしてくれる、その現実があまりにも気恥ずかしくもあり、自分でもどうしていいかわからないくらい浮き足立っていた。
こういう場合、男のほうがはるかに精神的に大変であることを忘れるくらい舞い上がっていた。
実家の玄関にたどりついたとき、「だったいま~」とついいつもの調子で元気にひとりで家に入ってしまい、遊馬だけが戸の一歩手前で立ち往生した。
いそいそと出迎えに出た野明の両親はにこやかだったが、遊馬の作り笑いはあまりにもぎこちなく、
口をついて出た言葉が敬礼つきの

「特車2課篠原遊馬巡査であります!」

だった。
まるで近所の交番のおまわりさんが巡回に来たときのようだと、野明の父は大笑いした。
野明の母は

「まじめなお人だったんだねぇ。ずっと前に来たときは突然で今時の若者だと思ったんだけど違ったかねぇ」

とくすくすと笑った。
遊馬は笑ってごまかすしかなかったようだ。
これから彼女の両親に挨拶をしようというのに、過去の無礼を思い出されて恥ずかしさこの上ない。
まさかあのときは遊馬が野明の婿になろうとはここにいる誰もが思ってもいなかったことだ。

「さあさあ、はやくお昼にしようかね」

と母が薦めてくれ、堅苦しい挨拶もないまま、遊馬は座敷に通された。
すでに御膳は整えられており、野明の母の手料理がずらりと並べられていた。
当然のように徳利とお猪口が遊馬の席に置かれていて、まずは1杯と父が酒を注いだところから4人のささやかな宴会は始まった。
慣れない正座に居心地の悪そうな遊馬を察知して、母が足を崩すよううながし、父は嬉しそうに酌をした。
父は職場での野明の様子を尋ねつつ、お世話になっていると何度もお礼と言い、上機嫌のままどんどんと杯を重ねていく。
遊馬に注ぎ、自分に注ぎ、そしてまた空いている杯に注ぎ、誰やともなく飲んでいく。
酒の弱い遊馬の顔は間もなく赤くなり、ネクタイは緩められ、胡坐をかき、おおよそ、嫁をもらいに来た男とは思えない形相を呈してきた。
一方の父もまたすでに完全に出来上がっていると思われた。
母のやれやれといった表情に野明はかたをすくめて苦笑した。
まぁ、こうなることは思わないでもなかったからだ。
もうすでに野明が嫁に行くということは理解していて、大いに喜んでいるのだ。
だが、父はその時を避けているのだろう。
今更逃げるわけでもないのだが、男からその言葉をはっきりと聞くのが怖いというか、できることなら先延ばしにしたいという父親の真情を野明はもちろんわかっていたし、おそらく遊馬も察知していただろう。
体は完全に酔いが回っているものの、気合で頭だけはしっかりしているつもりの遊馬は、断れない杯を必死に飲み干し続けながらどうにか本日のメインイベントを決行しなければと今か今かとそのタイミングを見計らっていたようだ。
ついにずらりと並んだお銚子が全て空になり、野明の母が「もう少し持ってきましょうかね」と席を立ち上がったのを、

「あ、待って下さい」

遊馬がついに引き止めた。
はいはいとばかりに母は座布団に膝をつき、すでに目がうつろになっている父は半笑いのような顔をそちらに向ける。
野明もとりあえず正座に足をもどした。
ごくり、つばを飲み込んだ音は自分のだったのか、となりの人間のものだったのか、そんなことはどうでもいい。
これまでにない緊張した空気が部屋に満ちる。

「あの…野明を…」

言いかけて、いえ、と首を横に振り、

「野明さんを…」

これまでに一度だって言ったことのない「さん」づけで呼ばれて野明はカッと頭皮まで真っ赤になるのを自覚した。
おそらく遊馬の顔も赤いのだろうか。
いや、それどころではないのかもしれない。
横目で遊馬の表情をさぐりたいのだが、やはりこの緊張感溢れる場面では野明はただ待つのみだ。
父は微動だにせず、だが、さっきまでの笑みはなくなっていた。赤い顔のまま、目はしっかりと遊馬を見据えている。
母は目じりに柔らかな笑みを湛えて続きを期待しているようだ。
遊馬は、ことばに詰まった。
頭の中には「お嬢さんを下さい」とか「結婚させて下さい」などと、月並みなセリフがいくつも浮かんでいるのだろうかと野明は想像した。
遊馬ならそうは言わないのではないかと、独り勝手に想像の中で却下したりして遊馬が選ぶ選択肢を予想できない。
遊馬にはそういった類の言葉があまりにも似合わないからだ。
そういえば、あたしだって、言われてない…
今になって野明は自分が明確なプロポーズの言葉を聞いてないことに気づいた。
なんとなくそういう流れになったのだ。
長い間職場の同僚として付き合い、いつの間にか恋人のような関係になり、それから何年かが過ぎ、
お互いに適齢期と言われる年齢に達してしまった。
ずっと一緒にいて、自然に結婚というものに行き着いた。だたそれだけなのである。
遊馬はなんと言うのだろうか。
ここに来て急に野明はこれまでにないドキドキ感を覚えた。
どれだけの時間が過ぎているのだろう。
遊馬の言葉が途切れてから、数秒か、それとも数分か。
長くも沈黙し続けられないであろうから、きっと1分も経っていないのだろう。
ただやけに長く感じられる時間であった。

「俺は、篠原には行きません」

誰もが予想しない発言だった。
野明はその意図を量りかね、驚いた視線を投げかけた。
黙って聞いている両親に向かって遊馬は続ける。

「野明がのぞむなら、俺はずっと警官を続けてもいいと思っています。今は篠原の研究機関に出向していますが、あくまでも所属は警察組織ですから。俺は篠原の家の人間だけど、篠原重工の社員じゃないです。これからも先もずっと親父の会社から給料をもらうつもりはありません」

きっぱりと遊馬は言い切った。
顔が赤いのはアルコールのせいだけではないようだ。自分の決意を述べた高揚感で少し体温が上がったのだろうか。
そうとうな覚悟を持って言ったことだというのは野明にもわかった。
だが、遊馬がそんなことを考えていたとは夢にも思わなかった。
むしろ、いつかは篠原に入ることになるだろうと思っていた。
だって遊馬は篠原重工の現社長の跡取り、今となってはたった一人の息子なのだから。
野明が遊馬と結婚するということは、単に苗字が変わるだけではなく、篠原重工という大きな組織が関わってくる微妙な問題でもあるのだ。
本来ならば遊馬が独断で決めていいことはないのかもしれない。
だが、おそらく、遊馬は自分ひとりで考えて決めたことなのだろうと野明は理解した。
そして、遊馬がひとりで決めて、勝手に今ここでそれを宣言したところで、実際にそれが叶うのかはまた別の問題になることも想像に難くなかった。

「野明には自由でいさせてやりたいと思っています。今の仕事を続けたいならそれでいい。子供ができて、家庭に入ってくれるならそれでもいい。選択権はすべて野明にある。俺との結婚も…」

言いかけて、遊馬は野明のほうに体を向けた。

「裕福な暮らしはさせてやれないかもしれない。先々も篠原の問題がつきまとうかもしれない。でも俺が今言ったことは絶対に守る」

真剣な眼差しに、野明は硬直した。やっと出たのは

「うん…えと…」

なんとも頼りない声。我ながらこういう時も照れ笑いしてしまう自分が恨めしい。
そんな野明を見て、ほんの少しだけ遊馬の表情が緩む。

「野明、それでもよければ、俺と結婚してほしい」

そう言った遊馬の顔は晴れ晴れとしていて、野明は心底ほっとした。

「はい」

自然に返事ができてしまった。
と、同時に目が熱くなるのがわかった。
どうしよう?泣きそうかも。
泣く場面じゃない、そう思い、必死で涙が溢れそうになるのをこらえて、顔を上げる。
父と母が優しそうに笑っている。

「ふたりがいいんならそれでいい」

そう一言だけ父は言った。

「仲良くさえやってくれれば・・・」

つぶやくように付け足した。

「野明が自分で決めたことなら、私らはなんも言うことはないですよ」

母は明るく言った。
ね、野明と母はすべてをわかっているかのような目で娘を見る。

「お母ちゃん…」

涙が意に反してぼたぼたと落ちる。
笑っているのにどうしてだか悲しいとき以上に勢い良く涙が出るなんてヘンだと思うが、そんなことはどうでもいい。
そのへんにあったおしぼりで目鼻を拭くと、アルコール臭が鼻をついてもっと涙が出た。

「あ、それ、さっきお酒こぼして拭いたやつ…」

遊馬が苦笑いして言った。
父が可笑しそうに、はははと声を出して笑った。
一気に空気が緩んだ感じがした。

「もう」

野明は傍にあったティッシュで鼻をぬぐった。
拭かずとも涙はもう落ちてはこない。
父の笑った顔が、本当に嬉しそうで、野明にはそれが嬉しくてたまらなかった。
遊馬と結婚するということは、自分が篠原の人間になるだけでなく、遊馬もまた泉の家の身内として自然にいられるようになることでもあるのだ。
野明は自分が結婚することの幸せが自分ひとりだけのものではないのだと今、実感していた。
人生の大仕事をひとつクリアしたとあってか、遊馬は一気に緊張が解けたらしい。
大きく一息を吐き、横目でちらりと野明をみる。
視線が合うと照れたようににっこりと笑ってみせた。
和やかな空気が流れ始める。
父はホッとして急に酔いが回ったのか、幸せそうな顔をしてその場にごろりと横になってしまった。
気を利かせた母が、

「お父ちゃんはずいぶん気疲れしちゃったようだね。昨日の夜はあまり眠れなかったみたいだし。少し休ませてやろうね」

目配せされて、野明はああとうなずく。

「野明、せっかくだから篠原さんに近所でも案内してあげなさい」

父に肌布団をかけながら、母が促した。

「うん、じゃあちょっとそのへんを歩いてくるよ」

野明に腕を引かれ立ち上がると、遊馬は母に会釈をし、ふたりは部屋を出た。
廊下まで父のいびきまじりの寝息が聞こえて可笑しかった。

東京へ戻る飛行機の時間までは少し猶予があった。
のんびりと近所を散歩しながら、野明はこれまで遊馬には話したことのない思い出話を思いつくままに話した。
懐かしい。
ずっと離れていた場所。
遠い過去になってしまっていた。
東京にいる間は、すっかり忘れていたものたち。
それが今日、遊馬と一緒に見て歩いて感じることで、今とつながる。
もっともっと話したい。
遊馬の知らない自分を伝えたい。
そんな焦燥感にも似た思いにかられ、野明は多くを語り、時はあっという間に過ぎてしまった。

「そろそろ戻らないとな」

遊馬が携帯電話で時間を確認した。

「名残惜しいなぁ…」

野明は帰りの便の時間を思い出し、少し寂しい気持ちになった。
明日の夜には当直の任務に就くことになっている。
万が一のことを考えるとやはり今日中に東京に戻っておかねばという義務感があった。

「また次の機会にな」

「次なんていつになるかもわかんないのに…」

事実、結婚に向けての具体的な日程などなにひとつ決まってはいない。

「また近いうちに来るさ」

さとすような遊馬の目に、野明はそれ以上は言えなくなる。

「嫁さんの実家に来る機会なんていくらでもあるんだぜ」

な、と遊馬が笑う。
『嫁さん』という言葉に野明は赤面した。
きっと過剰反応するのを予想して、しれっと言ってのける遊馬が小憎らしい。

「野明が嫁さんなら、俺は婿殿ってとこかなぁ~。いやー嫁の実家で上げ膳据え膳ってのもいいよなぁ~」

がははとまた遊馬が笑う。
バカと野明は遊馬の脇腹を小突きながらも、笑いがこみ上げるのを押さえられない。

「おやおや、楽しそうだねぇ」

母が玄関先まで出ていた。

「あんたたちの笑い声、うちの中まで聞こえてきたよ。お父ちゃんはすっかり寝てるけどね」

ずいぶんと日が落ちている。
時計よりも空の変化は時の経過を教えてくれる。

「お母ちゃん、そろそろ行かないと…」

そう言うと母は名残惜しそうに「泊まっていかれないのかい」と何度も言った。
遊馬は申し訳なさそうに明日の勤務のことを説明した。
父には会わずに帰ることになってしまった。
次に帰ってくる日も約束できないことを詫びたが、そんなことは気にしないよと母は明るく笑う。
ただ最後にひとつだけ母が言ったことは

「いずれきちんと篠原さんの親御さんにご挨拶はしないとねぇ…お父ちゃんもそれだけは思ってるから」

「うん、そのうちね…」

野明は明言を避けるような返事になってしまった。
遊馬はそれには答えず、「ご馳走様でした、また来ます」と言って深々と頭を下げた。
それ以上は誰も何も言わないでいた。
暗黙の了解のようだった。
いずれは避けられないことなのだが、今はまだ…、そんな野明は曖昧な気持ちのまま、実家を後にした。

帰路の便の中で、ふたりは大した会話もしなかった。
野明は話したいことがあったのだが、なんとなく遊馬はそうしたくないように思えて、あえてこちらからはなしかけるのはやめておいた。
母の、いや両親が気にかけている唯ひとつのこと。
つい曖昧にしてしまった。
これまでに遊馬が父親のことを悪く言うのを散々聞いている。
ふたりには他人が計り知れない時間と距離の隔たりがあるのだ。
どうするつもりなのだろうか?
こればかりは野明にはまったく想像がつかなかった。
だが、避けては通れない。
答えのない問いがぐるぐると頭の中をめぐっていた。
それぞれが、それぞれの思いの中を飛行していたような、そんな感じだろうかと、今まさに着陸するときになって野明は思う。
座席ベルトのランプが点灯し、アナウンスが流れる。
遊馬はああ、とリクライニングを起こし、ベルトを締めなおした。
ふと、野明と視線がぶつかる。
互いになんとなく言葉はでない。
ただ、野明の膝に置かれていた手が微かに動くと、遊馬の手がそれをぐっと握った。
やがて、機体が降下の角度をもち、振動と騒音とともに、降りていく感覚を全身に受けざるをえなくなる。
衝撃と共に、無事に着陸したことを認識した。
再び、アナウンスが流れ、次第に乗客たちの降りる準備が始まり、にわかに機内がざわついてきた。

「無事、到着だな」

「うん」

「んじゃ、行くか」

「うん」

ふたりは荷物を手に立ち上がる。
とは言っても、野明は普段使いのなんでもポイポイ入れられるのがお気に入りのショルダーバッグひとつだけで、遊馬もまた普段は持つことのない、何にも入っていない小さなビジネスバッグだけである。
観光客が多いせいか、他の乗客たちは土産物の紙袋やら、大きな手荷物やらで通路はなかなか進まない。
手持ち無沙汰である。
前にいた遊馬の手がなんともなしに後ろに差し出され、すぐ後ろにいた野明の手をつかむ。

「心配すんな」

遊馬の言葉が周囲の雑音のせいでよく聞こえず、野明は

「え、何?」

少し大きな声で尋ねた。

「なんだよ?」

ぶすっとしたような遊馬の顔が振り返る。

「いや、えっと」

野明は怒られたようでひるみかける。
尋ねたのはこちらのほうなのに、逆にきかれてしまった。理不尽である。

「なんでもない…」

「おう」

手を引かれて人の列につながって通路を歩いている。
公衆で手をつなぐ、そんなことが遊馬らしくなくて、かえってこっちのほうが照れてしまう。
頬が赤くなるのがわかった。
なにを今更?
そう遊馬の背中がせせら笑っているように見えた。
野明はほんの少し恨めしくその背中を見つめながらも、手は繋がれたままで、当たり前のように指が絡み合っていく。
遊馬の大きな手は小さな野明の手を包む。
強く握られた力に遊馬の思いが込められているように感じられる。
この手を離さないでいてくれるなら、このぬくもりがずっとあるなら、きっと大丈夫。
そんな思いが芽生え始めていた。

END

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