光と闇 悲しき竜と剣の鎮伝歌
(スレイヤーズしゃどう)
(新アンデット大量発生殺人事件)
〜プロローグ〜
遙か昔──
「ぐうがああぁぁー!」
ほとんどの全てが破壊尽くされている村の中で男の絶叫が響く。そいつは
とても人とは見えず、人からは発することが出来ぬ障気をまとった魔族であっ
た。
魔族のその胸に大層な剣…いや…ドラゴンの角が突き刺さっている。
「ゆ、許さん!許さんぞおー!」
男の顔は憎しみに顔が歪む。まるで鬼のような形相で──いや、その者の
顔は真っ暗な闇色で表情などわかることはない。
彼の周りから十数個の青い魔法陣が生まれる。
村は火の海に包まれている。その火の中で人の腕だけ、頭だけ、動体だけ、
脚だけ、など個々の部分が散乱する。
「魔よ、滅びなさい!すべての世から!」
凛とした声が、全て黒一色の衣服をまとった女性から放たれる。
彼女の衣装は所々がぼろぼろで煤や泥、そして血が付着していた。
その服につけられた血は、彼女の物だけではない。
ここまでの戦いによってついた返り血──
戦い散った仲間の涙と共に流した血──
彼女をかばったために流された兄と父の血──
そして目の前にいる、最後の敵の──
──魔の手が彼女の首を捕らえた。
「滅びろーーーーっ!!」
彼女は最後の力を振り絞り、その剣の代わりとなったブラックドラゴン…
捨て子であった自分と兄をここまで育ててくれた父…の角に自分の魔力を叩
き込む。
「…う…があああああああーーーーー!!!」
魔族が再び吼える。
…絶対に離さない…離すもんか…
今、自分が唯一できること。
それは、この手を…武器からこの手を…絶対に離さないこと。
その手を離せば、目の前にいる魔族に対抗できる武器は失うから…
「…………ちょ……調子にのるな!小娘!!こんなも…」
「滅びろーーーーっ!!」
再び彼女が叫ぶ。
「──っ!!──」
魔の悲鳴はそこでかき消えた。
「…………………」
「滅びろーーーーっ!!」
彼女は気付いていない。
魔族が石化したことを。
「…………………」
「…ほ…ほろ……滅び…ろ…」
彼女の膝が笑い、倒れそうになる。それでも必死になって手から唯一の武
器を離さない。
「…………………」
「……ほ…ろ……び……」
膝が崩れる。武器から手が離れそうになりしがみつく。
魔族は風化していた。
彼女は気付かない。
「…………………」
風化し、飛び舞う砂。
どさっ…
この村、最後の存在者は力なく崩れ落ちる。
「…………………」
そして今ここに…立ち上がる者はいなくなった──
──いや…そうではなかった…
まだ、その場に立ち上がる<もの>がいた。
彼女では無い。
十数個の青い魔法陣から生まれた、人間ではない異形の物──レッサーデ
ーモンたち──
滅びた魔族が取った最後の抵抗。
彼女には抵抗するすべは無い。
全ての力を使い尽くし、気を失った彼女に到底無理なことである。
「…おやおや…こんなのを召還するなんて…彼も往生際が悪いですねぇ…よ
ほどこの方を滅ぼしたかったようで…」
彼女の前に突如現れる黒い霧──
すとんと軽い足音を立て地に降り立つ一人の男。
としのころなら20歳前後。黒い髪をした、中肉中背。
獣神官ゼロス──
赤目の魔王の腹心、獣王ゼラス=メタリオムに仕える高位魔族である。
自分の瘴気も、魔力も隠そうともせずその場に彼は佇む。
その桁違いの力に臆したか一瞬にして消え去るデーモンたち。
その光景に、
「おや?どうなさったんでしょうかねぇ〜」
どうしてデーモンたちが消え去ったのかが、解らないかの用な彼の口調。
だが、その目が笑っているが為、ただの冗談とも取れてしまう。
事実、冗談だったのだが…
この場に、本当の静寂が訪れた。
「それにしても…さすがというべきでしょうね…」
ゼロスがその場から20メートルも行かないその場所に目を向ける。
そこには、角を折られたブラックドラゴン。
ゼロスの横ですやすやと寝息を立て眠っている勝利者の育ての親。
「…リオルディアさん…」
神族側に系列するドラゴン族など、彼は興味すら持ち合わせていないのだ
が、ゼロスは彼、リオルディアに若干の興味を抱いていた。
彼は、神族たち、魔族たち、そして人間たちさえも知っている有名なドラ
ゴンであった。
ドラゴン族の中でも遥かにしのぐ魔力を持ちあわせつも、神につかえるこ
とを嫌ったドラゴン──
唯一、魔族から仲間へと勧誘されたドラゴン──
当時、力を持たぬ人間に魔法を教えたと詠われたドラゴン──
そのドラゴンがうっすらと閉じていた瞳を開き彼の姿を捉えた。
「…ゼロスか…」
「…ええ…お久しぶりですね…リオルディアさん…」
「…うむ…最後にあったのは850年ぐらい前だったか……」
「そうですね…そのくらいたつでしょうか」
「…で…何のようだ?また…お役所仕事か?」
「ええ…先ほどのリオルディアさんに無礼を働いた者の始末だったんですが
……ものの見事に綺麗さっぱり滅びちゃいましたね」
「今の奴…ゼロスたちとは異なる魔族だったが…」
「…異界から来た、自称・魔王の破片だそうです…」
「道理で…無愛想で…暴力的で…ちゃらんぽらんで…自己中心的なわけだ…
本物の魔王ならもっと紳士的だ…」
「随分とやられましたね…」
「ワシも、もういい年だからな…」
「覚えてますか?初めてお会いした時…」
「…お互い、まだ、若かった…」
「はっはっはっはっは…若いですか?確かに…あのころの僕は、ゼラス様に
創っていただいて100年もたっていませんでしたからね♪」
リオルディアの横にいる人間がかすかに動いた気配がある。
「…おや…彼もまだ生きてるようですね…ほとんど虫の息で、このままでは
死んでしまいますが……僕には助ける義理はありません………が…どうでしょ
う…リオルディアさん…あの時の勧誘はまだ有効ですよ?」
「…ワシの考えはいつまでも変わらんよ…」
「そう言うと思いました…あなたは、神族側でもなく魔族側でもなく…人間
に味方してましたし…僕たち魔族になるわけにも行きませんよね。しかし…
このままではあなたの可愛いお子さんは死んでしまいますよ♪」
「…………………鬼…」
「魔族ですから。僕(はあと)」
空が枯れる。
真っ青だった空が、血がぶち巻かれたかのように赤々とした空に。
赤黒い雲が浮かびあたりは瘴気に包まれる。
「この瘴気は?ゼロス…何が起こった…」
「…魔王さまがお目覚めになられたようですね…」
「…ほう…それはよかったではないか…」
「随分と…あっさりとしたセリフで…」
「何…興味がないだけさ…ワシにとっては魔王が目覚めようが…竜神が復活
しようがな……ロード…いや…あいつが光臨するんなら多少、興味は出ただ
ろうが…」
「ほんとにあなたは面白い方です」
──あのお方にため口をつけるぐらいですもの──
とゼロスが心のすみで思う。
「どうだ…後で…魔王の復活を祝ってお茶会でも開こうか?久しぶりにゼラ
スたちにもあいたいしな」
「それはいいですね♪」
「…あ〜………けど…フィブリゾとガーブは勘弁な…」
「それはどうしてです?」
「フィブリゾはどうもすかん…あの芝居じみた性格が……ガーブの場合は…
あの大柄な性格は好きだが…お茶会だというのに宴会を始めるからな…」
「そういえば…リオルディアさんはお酒はからっきしでしたね…」
「…そう言う問題ではないだろう…あいつのペースが速すぎるだけだ…ゼロ
スだってあのペースに着いていけなくて途中で逃げ出したじゃないか…助け
を求めるワシを置いてきぼりにして…」
「はっはっはっはっは…あの時の負の感情は美味しくいただきました(はーと)」
「…まあ…あの後…2次会だといって…ゼロスの部屋でやったっけ…」
「…う゛…」
あれはリオルディアの逆襲だったり…
「いやあ〜あの時は、すばらしい負の感情があふれ出てたぞ。ゼロス♪」
「楽しそうに言わないでください…」
「いや(はあと)」
「しくしく……そ…それより…これからどうなさるんです…今の力も残り少
ないあなたでは息子さんは助けられませんよ…娘さんの方も力を使い尽くし
たようでこのままでは衰弱するのでは?」
「解っている…だが…魔族になる話は断る…そんなことすれば子供たちに怒
られるからな…ゼロスには解らんだろうが親はな子供に嫌われてしまうのが
一番怖いんだ…」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんだよ…」
「しかし…そうなると…」
「なに…まだ手はある…」
そう言ってリオルディアは最後の力を振り絞って、魔方陣を作り出す。
”だが…ゴールの見えない人生を歩むことになりかねんが…”
「なあ…ゼロス…神は平和を望むはずなのに何故、魔王と戦っているのだろ
う…」
それは──我々、魔族がその平和を阻むものだからです──
「魔は滅びを求める者のはずであるのに、何故、永く生きているのだろう…」
それは──我々がいなければ滅びを与えることが出来ないから──
「その答えは人間が持っていると…ワシはこの子達を育てて行くたびにそう
思うのだ」
答えは──既にあるじゃないですか──
「…ゼロス…お前にとって人間は興味の無い存在だろう…だが…いつかは興
味を持つ。その答えらしき魅力を持つ人間を見つければな──」
そんなこと──ありえませんよ──
リオルディアが吼える!!
そして──
そうして──
時は1000年たち──
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