経緯
経緯については私自身、人づてに聞いたことなため正確さにかけるかもしれません
間違いに気づいた方はご一報ください。
1998年某日
A木さん(以下敬称略)の披露宴で、学生時代の8ミリ映画「恋死神に御用心」
を上映することになった。
8ミリフィルムをビデオに落とすために、H多さん(以下敬称略)とS友さん(以下敬称略)
は久しぶりに高松に集まった。
作業後、H谷川さん(以下敬称略)の家で作品制作の話題で盛り上がった。
その勢いで、深夜なのにY吹さん(以下敬称略)が呼び出された。
そしてY吹・原案、H多・脚本による作品制作が決まったのである。
そして半年の月日が経った・・・
1999年某日
原案担当のY吹からはなんの連絡もなかった。
たまたま、H谷川の結婚パーティーに集まったH多とS友、そしてF川さん(以下敬称略)。
作品制作の話題で盛り上がったが、原案が無いのでラチがあかない。
そして、アノ男が再び招集された。
Y吹その人である。
なにも出来てないだろうという皆の予想に反して、Y吹は5枚ほどの原稿を持ってきた。
それが原案(オリジナル)として公開している物である。
しかし、その内容は中途半端で、すぐに脚本に取りかかれる物ではなかった。
しかも、皆、忙しい社会人である。
ここで、諦めなければいけないのか?
しかし、時代は大きく変わっていた。
そう、インターネットがあるじゃないか!
インターネット上に原案を公開し、みんなから
掲示板、メールなどで意見・案を集める。
それをまた原案にフォローして、原案を完成させればいい。
プロジェクトは発動されたのである。