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 ドアを開ければヤツがいる

 日頃、干渉を嫌うくせに誰とはない世話を受け、葉月を迎えてからは引き籠もりよろしく夏の外気に触れることなく過ごしていた庵だったが、ここに来てどうしても自らが出かけなければならない用事が出来た。
 盂蘭盆会には当主の参列は当然のことだろう。
 今年はそれとともに、庵より何代か前に遡る八神家当主の五十回忌を執り行う旨も告げられていた。(余談だが、短命を宿命づけられた八神家当主の法要は、当主の人数が多くなってしまうため年間通して数が多い。)
 実質の手配などは家の者や雇いの者が行うが、仏事や法要の施主を務めるのは当主だ。
 それのために実家へ帰り、約一週間ぶりに開放されて東京へ帰ってきた。
 茹だるような暑さに意識が散漫になるのを自覚しながら、庵は辿り着いた見慣れた扉に安堵が零れた。

 二十代前半という若さで八神という大きな旧家の頂点に立つ庵には、避けて通れない務めが月に何度かある。
 八神が八尺瓊としてあった頃からの神事や、旧家として近隣を取り纏めて行う祭事、古くからある八神家の歴史を示すような多くの法事など、多種多様にいろんな用事が義務と責任を伴って当主には課せられる。
 これらに当主が出席するのとしないのでは、その祭事などの位置付けが違ってくる所為もあった。
 代理よりも当主が出席が望ましいのは当たり前の話だ。
 それらの主役を務める以外にも、所有する土地や動産の管理をして次代に繋げることも権利者である当主の義務だ。
 次代に繋げるという義務がある以上、婚姻が避けて通れない。
 となると独身の庵には八神の長老方から(もしくは何らかの利潤を求める外部から)降るように見合い話も持ち込まれてくる。
 二十歳になったばかりの庵は結婚にまだまったく興味も関心もなかったが、仲介した相手によっては(断ることを前提に)最近では見合いの席に担ぎ出されることもある。
 今までは打倒草薙一遍のため代理を立てることにも責務を放棄することにも異論が出なかったが、ここ数ヶ月は状況が変わってそれを許されずにいる。

 神器を祀る三家のうち八咫の鏡を預かる神楽の仲裁で、草薙・八神双方の本家の意向により暫定的に停戦することになったからだ。
 それだけの為に育てられた分だけ庵の草薙京に対する感情は殺気を多分に含むが、妹や八神という家の今後を持ち出されれば諍いを続けるのは得策ではない。
 膝を屈する形で神楽の提案に乗った以上、当主として今まで放棄してきた全てに対し拒否する術を庵は持っていなかった。

 盂蘭盆会と法要をエサに本家に呼び戻された庵を待ちかまえていたのは、実際には法要に託けた連日の見合い攻勢だった。
 しかも今回は選りすぐった話ばかりだったのか、列席を断ることが難しい話ばかりだった。
 結局、老人の手玉に取られた形で見合いの席に座らされた。
 気性の激しい質の庵には屈辱的なことだったが、それで癇癪を起こせるほど子供でないことが本人の仇となり始終渋面で見合いに臨んだ。
 初日の移動日と法要の当日を除いた六日もの間(帰路に就く今日も昼食を兼ねて見合いをしてきた)、庵にとっては忍耐の限界に挑戦する耐えに耐えた一週間だった。
 世界有数の格闘家として知名度が高くなった庵でも、精神的な疲労には勝てない。
 それから開放されて、やっと自分の根城に戻ってきたのだ。
 ひとりでゆっくり休みたいというのが人情というものだろう。

 だが、ほっとしながら庵が玄関の扉を開けてみれば、自分では持っていない筈のスニーカーがしかも脱ぎ散らかされていた。
 ああ、と腹の深いところから溜め息が零れるというものだ。
 神などという身勝手な生き物を頼ったことは一度もないが、恨み言のひとつも言いたくなる。
 自身の持ち物ではないが、見慣れたその靴の持ち主は明らかだ。  我慢を重ねてやっと帰宅したのに、休むこともできないらしい。
 このまま鍵を掛けてホテルに泊まろうかと真剣に思い浮かべた時、タイミング悪く不法家宅侵入者が家主の出迎えに現れた。
「おかえりー。お前、本家に帰るなら言ってけよ、びっくりすんだろ?」
 ああ、どうして俺は憑いてないんだろうと内心嘆いていたが、庵の表情はまったくの無表情だった。
 疲れすぎていて怒りが湧いてこない上に、表情筋もどうにかなってしまったらしい。
 本来の庵は不機嫌そうな表情が多いが、べつに無表情な質ではないのだ。
「まぁ、新幹線も飛行機もあるし、関西行くのも大した移動じゃないだろ。国内だしな」
 格闘大会や個人的な確執を理由に国境も気にせず全世界を旅した経験が、男にそう言わせるのかも知れない。
「なに?疲れちゃったワケ?」
 小馬鹿にした口調でありながら、庵が手にしたままの鞄を取り上げる気遣いもみせる。
「帰ってきたのに、こんな熱いとこで突っ立てる必要ねーだろ。早く入れよ」
 庵はひとり暮らしだ。
 そして、自ら誰かに合い鍵を渡したこともなければ、帰省中の留守を誰かに預けたこともない。
 髪も瞳も漆黒をした男は間違いなく、庵に無断で室内に侵入した犯罪者と言って差し支えなかった。
 それを悪びれもせずに、まるで自室のように振る舞っている。
「………京」
「今、コーヒー切れちゃったんだよな。酒か水しかねーな。どうする?ビールにしとく?」
 今帰宅したばかりの庵が来客であるかのような有り様に、疲労と高温多湿の外気に晒されていた頭が眩暈でぐらぐらした。
 しかも、男は家を上げて永き時を争い続けてきた草薙の当主たる男だ。
 ひどく緩慢な動作で靴を脱ぎ自室へ上がる。
 もう何もしたくない。何かを主張する気力すらない。
 本宅と違いあまりにも短い廊下をゆっくりと歩きながら、ふと庵はおそろしい可能性に行き当たる。
 思わず座り込みそうになった身体を、プライドだけで庵は持ち堪えた。
 殺意を向ける相手に愛などという寒い感情を向ける男が、このまま温和しく時間を過ごせるだろうか。
 頻りに休息を求める頭では考えるのも億劫だったが、無視することはできない懸念だ。
 疲弊しすぎている今の庵は、相手に取ってさぞや都合のいい獲物だろうと思う。
 普段よりも格段に抵抗の力が弱い相手は、男にとって願ったりの据え膳に見えるに違いないのだ。(他で夜遊びしていたとしても、庵とは二週間以上ぶりの再会というおまけ付き。庵には不本意だろうが、健康な青少年にとって些か長い「お預け」だったのは間違いない。)
 リビングのさらに奥にあるキッチンかららしき「いおりー?」と呼ぶ声に、いっそこのまま廊下で倒れてしまおうかと考える。
 その状態もまた確実に鴨ネギになる。
 庵の財布は京が持って行った鞄の中にある。今から外出するにも軍資金が全く手元になかった。
─── 八方塞がりとはよく言ったものだな…。
 庵は現状を心から嘆いた。


 八神庵の受難はまだまだ続く。
−終−
お題 : ひとつ屋根の下に贈る5つのお題2
「 呪いは一生ついてまわるらしい 」
1.ドアを開ければヤツがいる
うぎょー。京庵、久しぶりに書いた!(爆死) なにしてたんでしょー、今まで、わたくし!(浮気に次ぐ浮気です、皆さま!/自白)
京ちゃん的にはラブラブなの。今からラブラブする予定だし。(そこを書け) 庵的にどうかは知らない。(おい!)
フォルダにサイトに上げてない京庵作品が山のようにあった。京庵だけで連番が3桁いってんだよね。なのに、なんでサイトに上げてなかったんだろう。って、それは出来が納得いかなかったからなんだけどねー。あはは。 ……が、がんばるよ?

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