1500年代・・・お江も又五郎も夜空に満天の星を仰いだ。
2001年3月13日・・・ビルの谷間にもう満天の星空はないけれど、
21世紀の草のものは、薄暮の空に「宇宙への挑戦」やつの最後の光を見た。
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やつ捕捉作戦発動(極秘)
・実行員 又五郎1人
・実行日 3月13日 PM18:30
・コードネーム ミルミル
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・・PM18:00分過ぎ
「それでは失礼します」
意図的に仕事をその時間に切り上げた。いつもより早い言葉に、まわりから怪訝な視線が飛ぶ。
「あれ、早いですね?」「ちょっと・・・」怪しげな笑顔を作りそそくさと外にでる。
日が暮れかかっている。風が冷たい。
・・PM18:15
家のそばの土手に到着。
ゴルフ場のそばで遮蔽物が無く、日中とはうって変わって気温が急降下。
真冬に逆戻りだが、冬独特の澄み渡った空気がなぜだか小気味よい。
昼間あった雲も晴れた。地平線に隠れた太陽が、もうすぐそのすべてを閉じようとしている。
やつの見える3つ条件・・・
昼間言っていたラジオのパーソナリティの言葉を思い出す。
「1つは、雲が晴れていること」
「1つは、夕焼けでないこと」
「そしてもう一つ、太陽の光が完全に落ちないこと」
私はゴルフ場の上の空を眺めながら考えた。
1つめは、完全にクリアだ。これほど見事な空はめったに無い。気温が下がった事もよい方に向いている。
2つめは、まず大丈夫だ。順調に日は沈んだ。もう暗闇の一歩手前だ。
3つめは・・・わずかに残る太陽の残像が、西の空を焦がす。
つまり、やつは星とは違って自分では光らないので、眩しすぎても光にかくれるし、
暗すぎても光を反射せず暗闇に隠れるという・・・とんでもなくデリケートなやつなのだ。
絶妙な光の量
土手の上にたたずみながら、冷静に考える。
多分大丈夫だ。これ以上の状況はありえない。
やつは必ずあらわれる・・・
ん?まてよ。しかし・・・やつはいったいどこから出てくるというんだ?相変わらず中途半端な情報収集に苦笑する。
私はきょろきょろとあたりを見回しながら、やつの存在をとらえようと身構えた。
「あっちか?」「あっちか?」「あ、あれは淀川越しの天王山・・・」
・・PM18:25
やつはとんでもなく正確らしい。
ラジオで流れた情報によると、16:30から16:40分というわずか10分の間に、必ず真上を通るらしい。
地球の上空をくるくる回りながら、わずか10分のというピンポイントでここを訪れるという。
「ごめん、待った?」などと30分遅刻する、時間にルーズな誰かとは大違いだ。
私はやつの律儀さに期待している。
・・PM18:30
ついに例の時間となった。
この時のために、会社で117コール、携帯の時計を修正してきた。間違いなく例の時間だ。
どこから来るかわから無い。やつを見逃すまいと、目を凝らす。
飛行機が紛らわしく赤い光を発しながら横切っている。
さて、どこから来るのか・・・。
・・PM18:30:30
やつはまだ現れない。
しかしやつも地上250kmをぐるぐるまわってるやつだ。何かの拍子で遅れることもあるだろう。
まだまだ始まったばかりだ。焦りは禁物だ。
・・PM18:32
おかしい。まだ影も形も見えない。
実は出てくる予想はついていた。多分日が沈んだ方向からだ。
きのうNHKで日本を通過して太平洋に墜落するといっていた。
ならやつは地球の自転と同方向に、自転よりも早く動いているという事だ。
ということは、やつは太陽を背にこちらに向かってくるはずである。
やはり・・・光の量がフィットしていないのか?
何度見ても、その方角には金星が鮮やかに輝いているだけだった。
恨めしそうに西の空を眺める。
・・PM18:34
もうだめか?10分は短い。もうすぐ半分だ。
やはり条件が折り合わなかったか?それとも偽情報?
困惑する私がそれでも空を見つづけていたその時・・
それはなんの前触れも無く、突然頭上にあらわれた。
いきなり金星より明るい光が、明らかにかなりの速さで動いてるのだ!!
「な、なぜだ。地平線よりあらわれるのではなかったのか?」 :注1
不意を突かれて、夢中でデジカメを構える。
しかし(当然なのだが)そのモニターに光の玉が写るはずもない。
「ちっ、やはりか」
舌鼓を鳴らしながら、角度と方向に注意して適当にシャッターを押す。
「頼む、少しでいいから写っていてくれ・・・」
そうこうしている内に、やつはあっという間に頭上を通り過ぎた。
星と軌道(距離)が違うのだから、地平線間近になると光は限りなく小さくなる。
そこまで来るともう撮ることも忘れて、ただやつを見送った。
18:39分。たった4分の、ほんと一瞬の輝きであった。
「あ、もう消えそう・・」
まさに地平線と交錯する瞬間、
「ぴかっ、ぴかっ」
やつは最後の挨拶をするように、2回瞬いて夜の闇に消えていった。 :注2
:注1 つまり最初のほうは太陽の光を後から受けていたので、見えなかった。
:注2 反対方向にきた時、太陽の光を全体に受けて大きく輝いたのだろう(多分)
あっという間に駆け抜けていった、人類の叡智の結集である。
宇宙世紀ダブルオーセブンティナイン。
小さい頃に見たテレビの中で、人は宇宙へと移民していた。
あれは遠い未来の話なのだと思っていた。
しかし、今日見たやつは、現実に人を乗せ1年以上も地上350kmをぐるぐる回っていた。
そこで人は、泣き、笑った。食べて、寝て、作業したはずだ。
近い将来・・・宇宙を生活の場とする世界が本当に来るのかもしれない。
やつの光は、人類の道標となれるのだろうか。
昔、草の者が守ろうとした自分達の居場所は、400年の時を経た今、宇宙へと広がろうとしている。
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「ほら、あの明るい光がミールだよ」
ロシアの野望と、アメリカの思惑と、人々の視線をあびながら・・・
その一つの成果が、もうすぐ太平洋に沈もうとしている。
・・PM7:05 草屋敷
持って帰った特殊カメラのデータを早速写してみる。
夢中できった写真の数は21枚を数えた。
「はたしてこの中に、やつの姿は写っているのだろうか」
1枚目・・・真っ黒だ。
2枚目・・・真っ黒だ。
3枚目・・・真っ黒だ。
3枚、5枚、10枚。やはりあの暗さでは無理だったのか。
落胆のため息が部屋に響き渡ったその時・・・
画面に写った1枚の写真に衝撃が走った。
「あった・・・」
ふふふ。ついにやったぞ。
え?どこにって?あるでしょ所真ん中に!
画面についた埃じゃないよ。ふーってしてごらん。とれないでしょ。
よーく目を凝らしてみよう!
え?どっかの★じゃないかって?うーむ言い返す材料が無いのがつらい・・・。
しかし普段流言ばかりとばす又五郎が話す、数少ない真実なのだ。しかたないのだ。
仕方ない。ここまで明るみにするつもりは無かったが、
2001年の草屋敷が誇る特殊技術で、その全貌を明らかにしよう。
やつ拡大200%
えーい、もういっちょ追加だ。超特殊技術コントラスト操作!
ふふふ、どうだ!こんな形の星はあるまい。・・・って、よく見るとPの形してるじゃん。ま、まじ?
なんか本当の宇宙ステーションぽい。われながら驚いた。
結局、都合3枚の写真にやつの姿を捉えることができた。
次へとつながる(どこに?)成果に安堵する。
・・PM20:00
ここに、又五郎のやつ捕捉作戦は、完了を宣言する。
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補足資料 『 やつのデータ 』
俗称:「ミール」
初飛行:1986年2月20日
437日の人類の宇宙空間連続滞在最長記録を樹立
落下予定は20日前後(直前に日本上空を通過予定)
ロシアが打ち上げた最新型人工衛星(当時)
現在は無人飛行
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なお、当初「 ミルミル飲みながらミールを見〜る計画 」が存在していた事は、
誰にも知られてはならない最重要極秘事項であることを付け加えておく。