和尚のひとりごと

日々、和尚が感ずるところを仏教者の一人として綴っていきたいと思います。
独自の視点・切り口が、皆様の参考になれば…と、思っております。
(御意見・御感想がございましたらこちらからお願い致します。)

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2008/01/03(木)
 [ 羽田さん ありがとう ]
 当HP開設以来3年3ヶ月振りに発する最初の『ひとりごと』が、辛く悲しいものであることが大変残念ですが、最初だからこそ この事を心に銘記しておきたいと思う次第です。

 当山に参拝された方ならお分かりでしょうが、塵ひとつない。まさに『舐めたような』と言う表現がぴったりな整備された境内。
大勢の方から「よくきれいに整備されてますね」「お掃除が行き届いてますね」等々の お褒めの言葉を頂きました。

 その境内整備を一人で担って下さった羽田武一氏が、去る12月12日に急逝されました。

 平成8年春より10年間、冬期間を省き、ほぼ毎日、黙々と朝から夕まで掃除掃除に明け暮れた羽田さん。

 本来なら寺の者がするべきことなのですが、30〜40名の雲水が居た頃ならともかく、現在ではそれが叶わぬことを見るに見かねてボランティアを申し出て下さり、そのお言葉に甘えて今日まで来てしまいました。

 「3年間黙って見ていて下さい。見違えるようになりますよ・・」の言葉通り、雑草退治が終わった後は、見違えるようになり、さらに整備を積み重ねて現在のようになりました。

 開山600年の節目、全国から参拝者の急増等、お寺にとっては、今まで経験のないことばかりでしたが、整然と整備された境内と、おほめの言葉を頂戴することは、羽田さんにとって自らの励みであったでしょう。

 自らが、喜びを持って事に当たり、その事を大勢の方が喜んで受け取ってくださる。そこにあるのは、真心と真心の触れ合いのみ。物質的・金銭的やりとりは、介在しない。羽田さんの お寺を愛する気持ちと綺麗にしたいという自発的(ボランタリー)精神の発露でありました。

 その崇高な志に多くの方が、尊敬の念を抱き、別れを惜しみました。住職・寺務局一同 身内を失った様に深い悲しみに包まれました。亡くなる数時間前に寺務所にひよっこり顔を見せ、来春の清掃の事を話していた羽田さん・・・・。

 本当に長い間 有難うございました。そして御苦労さまでした。心残りはあるでしょうが、至らずとも、私達が力を合せあとを継いで参ります。どうか見守って下さい。ご冥福を、お祈り申し上げます。

 大乗仏教の根本的立場である利他行。自らの利を捨て、他の利になるように行動する事。そこに見返りを求めない。言葉では簡単に表現しますが、実践することはかなり難しいことです。

 仮に、全世界の人も企業も国家もすべて利他の精神でことに当たれば平和になるのに・・・・と、住職は、つぶやくのです。