語る「万華鏡」

(「どれみと魔女をやめた魔女」に書き足す)

どれみと魔女をやめた魔女(どれみとまじょをやめたまじょ)

項目名どれみと魔女をやめた魔女
読みどれみとまじょをやめたまじょ
分類アニメ

作者
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  • 公的データ
  • 人気アニメ「おジャ魔女どれみ」シリーズ第4期『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』の第40話。(おっぺ)
  • 感想文等
  • なんだか、不思議なアニメを見た、、、という感じ。
     リアルタイムでしっかり観たというわけではなくて、日曜の朝、たまたまテレビで流れている、、、という程度の認識しかなくて、けれど、なんとなく、「おや、なんだか?」という感じくらいは持っていた。なんだか?ではなんのことかわからないだろうけれど。。。
     児童向けのアニメで、だから別に意識して観ようとしていたわけではないけれど、何かのタイミングとかでふと観ることがあって、そして「あっ。。。」と思ったりすることがある。それが、「なんだか?」だ。
     たとえば、もうずいぶん昔のことになるけれど、「とんがり帽子のメモル」というのがあった。たまたま観た回がずいぶん自分にとって琴線に触れるものだったので、その後再放送の機会を見つけて最初からちゃんと観てしまった。そういうタイプ。。。

     今日観てしまったのは、そういう「なんだか?」と思っていた児童向けのアニメ、「おジャ魔女どれみ」の1エピソード。
     ちゃんと観ていたわけでもなかったので一緒くたに思っていたが、実はこれはシリーズもので、同じヒロイン達が主人公で、小学三年生から六年生までの四年間を毎年1年ずつ新しいシリーズとして描いてきた作品だったらしい。
     「おジャ魔女どれみ」「おジャ魔女どれみ#」「も〜っと! おジャ魔女どれみ」「おジャ魔女どれみドッカ〜ン!」と、4シーズンから成っているとのこと。人気のある長寿シリーズだったのだ。それは四年間もやっていれば、ちょうど日曜の朝、テレビをつける時間帯であれば、目にする機会もあったのもあたり前か。

     タイトルと歌くらいは頭に入ったし、「魔女っ子」もののアニメなんだなぁ、くらいには認識していた。自分の小さい頃からサリーちゃんやチャッピー、アッコちゃんやらメグやらはいたし、その後もミンキーモモとかクリーミーマミとか、有名な魔女っ子の存在くらいは知っていた。ミンキーモモについてなら、伝説的な噂(笑)を聞いて、ちょっとレンタルビデオ等で観てみた回もある。
     小学生らしい女の子達が数人出てきて、なんだか魔法を使っているなあ、くらいに、日曜朝のパンなどパクつきながら、新聞を読みつつ眺めていたような気もする。ちゃんと観ていたわけではないから、それ以上には何も判らない。
     たいてい、魔法がらみのドタバタ騒ぎなのは、魔女っ子ものの昔からの定番で、けれど、この「おジャ魔女どれみ」シリーズの特徴としては、ヒロインの春風どれみという子が、小学三年生から六年生に進級していくだけではなくて、ちゃんと成長していく点がまずあったようだ。つまり、のび太くんではないのだ。あまりに成長したので、やはり小学校を卒業するとこでシリーズも打ち止めになったようだが(その後、時代を遡っての新シリーズがオリジナルソフトで出ているみたいだけれど)、この「どれみと魔女をやめた魔女」では、その主人公どれみの、本当に子供としての真摯な魂、というものを感じられてしまって引き込まれた。
     夢、未来、自分、選択、友達、現在、現実、将来、時間。そういった諸々を、子供は子供としてちゃんと感じたり考えたり思ったりしている。大人より真剣に、そうかもしれない。
     「おジャ魔女」などれみに、それを突きつける形で登場したゲストの魔女、佐倉未来(この名前の意味するところは特に言うまでもないのだけれど)の声を当てているのが、実に原田知世だった。。。これも驚いたことだ。特に「特別出演」のクレジットもなく、ひっそりと、控えめに、エンディングのキャストに載っていた。こともあろうに、「時をかける少女」がこの役を当てているのというのは、もうスタッフの確信犯以外の何者でもないだろうけれど、このクレジットを観たときは仰天した。
     このエピソードでは、おジャ魔女達のいずれも魔法を使わない。魔女の姿に変身もしない。どれみ以外のヒロイン達もほとんど出てこない。淡々と、、、本当に淡々と、どれみと、ゲストの未来の2人だけが、なんだか淡々と、淡々と、言葉を交わしたり、ガラス細工を作ったりしている。
     あんまり淡々と、地味に地味に、淡々と淡々と進んでいくので、気がついてみると終わっていた。
     つまらなかったわけではない。
     もう一度最初から通して観てみたくてそうしてみた。
     これは、、、何回か、何年か、観てみないと「判らない」かもしれないな、、、と思った。
     すごく判りやすいことが、判りやすく語られているようで、それでいて、実はそんなつもりになってしまうと情けないような感じもした。生き急がないで、ちゃんと立ち止まらないといけないような。。。
     今まで、どれほど生き急いできたことだろう。
     どれほど、後悔ばかり積み重ねてきたことだろう。
     取り返しはつかないから。
     もう、小学六年生に戻ることはできない。
     少し、また、もう一度立ち止まっておかないといけない。
     そんな気がしたので。
     ガラスは液体だと知ったのは、どれくらい前のことだったろう。
     その頃は、そこから何も酌み取れはしなかったけれど。。。
     今は。。。
     だから、また、ここにこうしてまた少し書き留めておこうと思った。
     あまりにも、忘れてしまいやすいから。。。(おっぺ)
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