語る「万華鏡」

(奇跡の詩 サード・ミラクル)

奇跡の詩 サード・ミラクル(きせきのうた)

項目名奇跡の詩 サード・ミラクル
読みきせきのうた
分類文芸映画

作者
  • まだ書き込みはありません。
  • 公的データ
  • ‘99米 監督アニエスカ・ホランド
        主演エド・ハリス アン・へッシュ アーミン・ミュラー・スタール バルバラ・スコヴァ

     奇蹟をもたらす力があるという、血の涙を流す聖母像。死ぬまで修道院で暮らし、多くの人々に慕われ尊敬されていたヘレン夫人が死んだ時から聖母像が泣き始めたと言われ、像の涙は彼女の血だと信じられていた。末期の皮膚結核の少女が奇跡的な回復を遂げるなど、次々に起こる奇跡に対して調査に送り出されたフランク。彼は己の信仰心と葛藤しながらも事実を突き止めていく。やがて聖人認定委員会が開かれたその時、意外な事実が明かになった…。
    巨匠、フランシス・F.コッポラが制作総指揮、エド・ハリスとアン・ヘッシュという実力派が共演し、完成した感動のドラマ。宗教という扱い難いテーマに真っ向から取り組み、奇蹟とは何かを問う。(tato)
  • 感想文等
  • 丸美作品に触れていくうちに、仏教というものの奥深さを知り始めたんだけど、それに加えて人の心理にも興味が湧いてくる今日この頃。今、アンドルー・ワイルの「癒す心、治る力」を読んでいる影響からか‘奇跡’というものが気になった。奇跡=自然治癒のことだろうと思って、無性に惹かれた。
     「聖人」として認めるべきか否か、ローマカトリックの大司教などそうそうたるメンバーが集まる中で、信仰とはいったい何なのかも考えさせる。
    病が癒える‘奇跡’は、心と精神と信仰で生まれてくるのだろうと、それは人間の持つ自発的治癒であろうと思う。けど、ヘレンの起こしたもうひとつの奇跡は、いったいなんであったのか、謎。病を治すだけなら理解できるけど。
    理解できない事実を認めるのは、やっぱり並大抵のことではないんだなぁ、なんて思ったりして。
    兎にも角にも、人の心の偉大さが、後から後から見えてくる。可能性をいっぱい秘めたこの体と心と精神には、まだまだ謎ばかりといったところでしょうか。

     大司教役のアーミン・ミュラー・スタールは、以前に見た「マイセン幻影」のおじさんでした。この作品でも存在感ありました。(tato)
  • 皮膚結核になリ、ヘレンによる奇跡を受けた子が、その後、母親からの虐待・ヘレンからの愛・売春婦という荒んだ現在を受け入れつつ、その荒んだ生活のために暴行を受け再び死の淵に立つという皮肉、、、そういったところも見所。奇跡で救われた命の行方は、ラスト驚きです。母の行いを「聖人」と認められない、ヘレンの娘もまた、かなり良い。当時16歳だったの自分を捨て、教会に入った母親に対する気持ちが、信仰とは何か悩み続けるフランクと重なり合う時の、ささやかな恋模様なんかも良かったですよ。(tato)
  • この項目に書き込む / この項目の一部を削除する
    閉じる / 注意事項 / 新規項目の登録 / リロード / 管理モード