| 項目名 | オーロラの彼方へ |
| 読み | おーろらのかなたへ |
| 分類 | SF映画 |
| 作者 | |
| 公的データ | 出演: デニス・クエイド ジム・カヴィーゼル ショーン・ドイル エリザベス・ミッチェル アンドレ・ブラウアー 1969年、ニューヨーク上空に珍しいオーロラが出現した日、消防士フランクは救助を終え、妻ジュリアと6歳の息子ジョンの待つ家へと戻ってきた。親子3人の生活は幸福な輝きで満たされていた。ちょうどその日のオーロラのように。だが、その2日後、フランクは殉職する。息子ジョンは深い哀しみに暮れる。それから30年。再びニューヨークにオーロラが出現した日、ジョンはふと父が愛用していた無線機を見つける。そしてそこから男の声が聞こえてくる……。まるでそれは父と話しているようだった。(おっぺ) |
| 感想文等 | まさか、こういう内容だったとは……! 小道具の使い方が、ツボをきっちり押さえていて、しかも、これまでの時間物と、その小道具の使い方の点で圧倒的に違ったのが、息子からの電話のために、父親が机を焦がし、その結果、息子の机に「結果が現れた!」こと。つまり、パラレル・ワールドや「オーガス」で片づくものではないというのが予め明示されている。そういう状態で進んでいく、過去と未来の物語。これは、どちらの時制が主というものともつかず同時進行で描かれているため、なおさらにスリリングで、そして、切ない。 それにしても、机の焦げ跡はそれがある前と、できてからとで、息子の記憶にちゃんと連続があるのに対して、父親の生死についてはどうなるかと思っていたが、やはり、「当事者」である息子にはちゃんとその連続があり、他の人間たちについては、まるで机と同じかのように、記憶の整理整頓までなされてしまう。この辺り、息子や父親の次元の移動なのかどうか定かではないが、しかもこれがエンディングではなく、まだまだ物語の序の口なのだ。 次々破られるタイムパラドックスのタブー。そして、それが波紋となって未来は当然のように変わっていく。それに対する責任感の物語にもなっていく。 母親とも話すところ、一瞬、「ターン」のようにそれは不可能かと思ったけれど、「ターン」のように相互不可侵なわけではない分、ちゃんと話もできるわけだよね。「時をかける少女」とも違って、本人同士も語れたし。つまり、他の作品との差別化にもなっていて。 そして、「財布」の受け渡しは、まさしく楳図かずおの「漂流教室」だ!!(感涙) 無線機が壊れた以上、いったいエンディングをどう締めくくれるのか。過去の状況は、新聞記事で時々刻々息子に伝わっていく。これもまたサスペンスフルだ。 最後、CGであっても、無線機が直っていくところはまた感動的だ。それだけに、それに続く破滅と生還への戦いは……。そして、、、父! 「まだ生きてるぞ、チーフ」の、あのはんだごてで焼いた言葉が、最後の最後、こんなふうに再現されるとは。。。私、こういうのに弱いんだよね(笑)。 驚きと感動が、ラストに向けてぐんぐん勢いを増していく。時間物として、すばらしい佳作だと思う。(おっぺ) 親子の時を隔てた愛情モノかと。。。 いやはや、感動の再会から更にストーリーが展開していくなんて、驚いた。内容があまりにも豊富で、贅沢すぎる程たくさん見所があった。何から書けばいいのやら。。。 時間ものとしては、とてもよくできていたと思う。細部にわたってよく練られていたし、これといった矛盾もなく、過去と現在の繋がりも見事で、机の焦げは最たるものだった(おっぺさんに同じく)。 時間ものといって思い出すのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。この作品はかなりの傑作で、時間を扱って大成功した。かれこれ18年も経つのに、時間がテーマのよい映画って、それ以降観ていなかったから、楽しめたし新鮮だった。ホントに不思議だー…。些細なことでも未来が大きく変わっていく、、、おもしろい。 殺人事件のところは、少し違和感が残ったけど、ラストのもって行き方もあれでよかったなー。 父と息子というのもよいものですねェ(^_^ シミジミ〜。 ラストふと思ったのだけど、オープニングの乱れた息子は、父の死がそうさせてしまったんだろうか。ラストのあの笑顔を見るには、父と母なしではありえなかったんだろうか…。あそこまで疲れていた彼が、なんか「?」かも。親を思う気持ちの大きさ故なのかな。。。(tato) |