語る「万華鏡」

(夜明け前)

夜明け前(よあけまえ)

項目名夜明け前
読みよあけまえ
分類コミック

作者
  • 三原順(おっぺ)
  • 公的データ
  • ルーとソロモン」の1編。
    (おっぺ)
  • 感想文等
  • ソロモンがその前のエピソードで知り合った少女がいるのですが、その少女のおじ、エドという男からソロモンは熱気球でのイベントへの加を頼まれて(!)お手伝いしている(!)というところから始まるお話です。
     町で開かれるイベント大会があり、それに手作りの熱気球で加する、というのです。ソロモンが熱気球に乗り込み、以前から仲良しになっていたミミズクの「ズク」にも協力してもらって、「熱気球に乗った犬が、野鳥狩りをする」というアイデアで、注目を浴びて優勝しよう……ということです。
     なかなかさすがに練習はうまくいかず、さまざまな困難にぶつかりながらそれを乗り越え、ついに大会の当日を迎えます……が、いざ、というときに、大会の主催者が詐欺の容疑で逮捕されてしまうのです。
     実はすでにそのことを町のほとんどの人は知っており、頑固に自分の行動を貫こうとするあまり、周りから反感をかっていたエドとソロモンだけが聾桟敷に置かれていたのでした……
     ここまでなら、凡百のマンガやエンタテイメント小説でもみることができるストーリー展開かもしれません三原順の書きたいことは、しかし、実はここから始まります。
     詐欺師の逮捕に沸き立つ人々の中で、エドとソロモンは呆然と立ち尽くし、ソロモンは言葉を発せない心の中でエドに叫びます。
     (嘘だよね?! こんなの、嘘だよね!? なんとか言ってよ、エド! ……エド!)
     ──熱気球をこしらえ、練習してきた2人(いや、1人と1匹)だけになり、エドはソロモンを相手に独り言のようにつぶやきます。「いつも……そうさ、俺はいつだって、最後には何かしらつまずくようにできてるんだ……ごめんな、今度のこと、巻き込んだみたいだ……おやすみ、ソロモン……」
     そしてエドは失意のまま去り──、1匹残されたソロモンは──。
     (……どうしていつも!? 今度こそ大丈夫だって思ったのに!)
     そう泣き叫びながら、自分だけで熱気球を膨らませ、それに乗り込んで町の上空に飛んでいきます。
     夜の空高く舞い上がった熱気球の中で、自分たちの町を見下ろしながら、ソロモンは泣き叫び続けます。
     (……本当に……好きってだけで、ずうっと一生懸命でいられる人も、いるんだろうか?)
     (……一生懸命にやらなくても、わけのわからない不安におびえたりしないですむ人達がいる……)
     (あそこには、せめて一生懸命にやらなきゃみじめだなんて、思わずにいられる人達がいる)
     (思っても……もうやめた人達がいる)
     (いくらやったってムダなんだと思ってる人達がいる!)
     そして、ついには自らに向かって叫び始めます。
     (もうやめるんだ! もうやめるんだ!)
     熱気球はどこかの塔にロープがからまり、動けなくなります。

     ところが、ソロモンは気球に自分だけでなく、イベントのとき以来そのまま残っていたミミズクのズクも乗り込んでいたことを知ります。
     「お兄ちゃん、僕、いいから!」
     と言うズクを無視するようにして、ソロモンは必死にロープを食いちぎろうとしています。
     もうやめるんだ! もうやめるんだ! ……と、心では叫びながら。

     少しでも、僕の受けた印象を伝えられているでしょうか?
     この、「どうしていつも? 今度こそ大丈夫だと思ったのに!」は、「はみだしっ子」や「ムーン・ライティング」にも度々出てくる叫びです。また、「もうやめるんだ!」と叫びつつも、何かを為そうとし続けてしまう主人公たちもまた。
     これは、僕たちの姿です。少なくとも、前者については、間違いなくそうではないでしょうか? そしてやがて、「思っても、もうやめた人達」になり、「いくらやったってムダなんだと思ってる人達」になっていく──それはとても辛いことだし、そうはなりたくないことです。
     「もうやめるんだ!」と自分に向かって泣き叫びながらも、やめずにやり続けようとしかできない、そんなソロモンの姿に、同情でも感動でもなく、紛れもなくせつない自己同一化を感じてしまうのは、自分もそうありたいと願いながら、それをできずにいる、そんな自分を知っており、しかし、やはりやめたくはない……からです。(おっぺ)
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