感想文等 | 「ゼータ」がどうしてあんなに「つまらない」と思いながら最後の最後その絶対値が逆転し、見直せば見直すほど見逃せなくなっていくか。。。といえば、やはり「本気」だから。。。だと思う。。。 セリフが気取っている。。。と胡散臭く思ったり、嫌悪感をおぼえる人もいるかもしれない。けれど。。。気取った言い方にならなければ言えないこともある。。。と、自分がどうしてもそんな「書き方」になってしまう私は自己弁護もかねて思ってしまう。。。
嘲っておくれよ、どうしても真実寄り添っていかなければいられないこの情けなさを。カミーユの最後の叫びたちに。(おっぺ)
リアルタイムで見ていた頃はいろいろ不満もあったけれど、ロザミアの話と最終回で打たれた。 ・ロザミアの中で… ・第1話から見たとき、この成長?ぶりに。嫌いだったんだけどね。というか好きでなかったハズなんだけど。
ジェリド、特攻!
後半、ロザミア・バダムという女性のストーリーがクローズアップされる。。。 その最終エピソード「ロザミアの中で」で、カミーユがフォウの魂と再会しながら、次第に精神の平衡を失っていくのだけれど。。。 このゼータガンダムの物語で、フォウ・ムラサメに引き続いて描かれた強化人間、ロザミアは、或る点フォウ以上に「可哀想」な存在だった。フォウはまだしも自分の精神、自分の人生を生きられたが、ロザミアは、いつもいつも、偽りの精神、偽りの人生を動かされていた。。。 これがやがて、次作のダブルゼータの最終パート、マシュマーもキャラも、あれほどの情熱や魂を持っていたはずのキャラクターたちが、誰一人自分の本当の意志では闘ってなどおらず、哀しくハマーンの「駒」になっていく、そんな淋しさへのつながりとなっていくのだが。。。 果たして、ロザミアが最後に見つけた「お兄ちゃん」は、カミーユの何だったのだろう。。。(おっぺ)
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