感想文等 | 平井和正は初期短編からウルフガイシリーズ、死霊狩り、サイボーグ・ブルース等、深刻な作風方面で人気がある。しかし、「超革命的中学生集団」のようなハチャハチャ小説でも一応知られている。
そして平井和正は、時々自己パロディというか、ほとんど自分を同人誌にしましたみたいな的なヘンな作品を発表したりする。この「狼の世界(ウルフランド)」は、ウルフガイ・スペシャルと題されて刊行された、その先駆けのような作品だ。
この作品は、筒井康隆やかんべむさしのような一流の異能作家でもものしていない、トンでもないハチャハチャさを爆弾のように持っている。 まず、目次から見てみよう。
あとがきの前払い PART〈I〉 新・七匹の仔山羊 スペシャル・ウルフガイ劇場(1) 悪夢の中の狼男 スペシャル・ウルフガイ劇場(2) PART〈II〉 変質SF作家はだれだ? エッセイ 狼の日 スペシャル・ウルフガイ劇場(3) PART〈III〉 トランキライザー エッセイ あいつと私 スペシャル・ウルフガイ劇場(4) PART〈IV〉 狼憑きの記 エッセイ 『狼のレクイエム』改訂版 スペシャル・ウルフガイ劇場(5) PART〈V〉 8マン→サイボーグ・ブルース→ウルフガイ エッセイ 8マン“魔人コズマ篇”最終回より スペシャル・ウルフガイ劇場(6) PART〈VI〉 ウルフランド消滅 スペシャル・ウルフガイ劇場(7) 平井和正氏・急逝・追悼座談会 あとがき
「あとがきの前払い」がまずあるのは、平井和正が長年にわたり「あとがき作家」として知られていたことが、まずある。今でこそライトノベルを主として、「あとがき」は繁栄しており、特に「キノの旅」シリーズ等のあとがきはそれだけで1つオマケ作品になっているようだ。しかし、かつてあとがきは本当に数行程度の「お礼・苦心談」だった。筒井康隆のあとがきが面白くてと平井和正が書いていたことがあるが、当の平井和正のあとがきこそ異常だった。特にハヤカワ文庫のウルフガイシリーズのあとがきは秀逸で、それは祥伝社ノンノベルにも引き継がれた。読者は作品に触れ、面白さに感動し、感傷に感動し、そして「あとがき」でその作者の生の部分に触れてさらにのめり込んだ。
「狼の世界(ウルフランド)」では、まず通常なら「まえがき」のところ、さっそく「あとがきの前払い」と表現することで先制ヒットから開始したのだ。(そして結局ちゃんと「あとがき」もあることで、理不尽だと自分でぼやいて見せている) 「スペシャル・ウルフガイ劇場」と題したウルフガイに関連する(でも実は他作品にも遠慮なく関連している)パロディ・パスティッシュ短編たちと、「あとがき」の拡大版のようなエッセイとが織り交ぜられて構成され、特に前半のスペシャル劇場はヘンなギャグ作品だなあという感じだったのだが(筒井康隆のシュールさには及ばない。かんべむさしに近いが、もっと泥臭い。少年マンガのダジャレ作品に最も近いのかもしれない)、後半、いきなり「エイトマン」最終回の新生ノベライゼーションが登場したり、果ては平井和正が急逝して登場人物たちが追悼したり、とんでもないことになっている。
その中でも特に、コレはなんとトンでもない……と、筒井康隆でもこれはできなかった、というのが、「『狼のレクイエム』改訂版」なのだ。
ここはすごい。要するに「狼のレクイエム」で登場人物につらい運命が降りかかるわけなのだが、読者から豪雨のごとく非難悲哀のお手紙が必殺必中殺到し、それに対しての回答として、「分かった、じゃあ直して見せよう」とその悲劇的な部分の改稿バージョンを拵えたのである。 それだけならそれほどのこともない。 なんと、その改訂版はページの四方に切り取り線やノリシロがあり(爆)、ちゃんとページをそこから切り取って、元の書籍「狼のレクイエム」の該当ページに貼り付けることで、改訂を望んだ読者に本当に「狼のレクイエム 改訂版」という書籍を造り与えてしまえるようになっているのである。コレは爆笑した。き、切り取り線……ノリシロ!!!
そして、平井和正はさらにその改訂版の存在をもって、物語を自分にとって心地よいものにするよう作者に強要する読者に対して逆に襲撃している。「これで『狼のレクイエム』はハッピーエンドになった。登場人物たちは誰も不幸にならず、物語は幸せに終わった。あなたの望んだとおりになった。だが、これでいいのか?」と。
「ハッピーエンドは物語の死だ」。 「狼のレクイエム」は全ての逆境が丸く収まることで悲劇を回避し、ハッピーエンドを迎えた。だがそれは「狼のレクイエム第3部」の消滅を意味する。本当にそれでいいのか? むしろ、「狼のレクイエム第3部」に進むことこそが、登場人物たちにとって真実幸福なことなのではないのか。
そう平井和正は読者に逆襲するのだ。
この逆襲は結局無効だったかもしれない。しかし、それは結局のことだ。この時点において、決して無効でも無用でもないものだったと、そう思っている。
爆笑と共に、常に示唆を与えてくれていたのが、それが平井和正という存在だった。この「狼の世界(ウルフランド)」はそういった作品の1つになっている。
表題の異同 「狼の世界(ウルフランド)」→ノンノベル版 「ウルフランド」→角川文庫版(おっぺ)
|