語る「万華鏡」

(「人狼地獄」の一部削除)

人狼地獄(じんろうじごく)

項目名人狼地獄
読みじんろうじごく
分類SF小説

作者
  • 平井和正(おっぺ)
  • 公的データ
  • おれの名前は犬神明、正真正銘の“狼男”だ。親友の石崎郷子が失踪したということで、陽光まぶしいリオ・デ・ジャネイロにやって来た。依頼主は郷子の祖父が会長をつとめる三星商事である。何やらキナ臭いものを感じつつも郷子の行方を追うおれの前にライオン・ヘッドなる呪術者が立ちふさがるが、これは恐るべき陰謀のほんの序幕にすぎなかったのだ…。
  • 感想文等
  • 平井和正アダルト・ウルフガイ」が中編連作の形態をとっていたために、版元によって収録の仕方が変わってしまい、なかなか複雑な様相を呈しているのは、前に書いた。

    中でも、この「リオの狼男」に関わるエピソードの部分が特に厄介だ。のちに「人狼白書」に関わるエピソードで今一度似たようなことが発生するのだが、それはまたその時に触れる。

    もともとアダルト・ウルフガイ・シリーズを読んでみたいと思ったきっかけは、他のハヤカワ文庫を読んでいて、巻末に「他の作品の紹介」として掲載されていた短いアウトライン紹介コーナー……今ではライトノベルくらいでしか見かけない気がするが、昔は角川文庫や新潮文庫、講談社文庫等でも巻末にはそういうものが付いていたと思う。

    そこに載っていた「リオの狼男」の紹介文――実はそれは、同時収録されていた「人狼、暁に死す」のほうのアウトラインだったのだが、それがいかにも面白そうだった。そのエピソードが読みたくて、けれどそれは「別巻ウルフガイ3」と巻数が付いていて、つまりは「ウルフガイ」という作品の「別巻」でさらにその第3巻らしい……ということは、いきなりこれを読んでは登場人物等がよく分からないのではないか? と思ったので、とりあえず「別巻ウルフガイ1」と書いてあった「狼男だよ」と一緒に購入した。「別巻」からよんで大丈夫か? とも思ったはずだが、その時「別巻」でない「ただの」ウルフガイが書店になかったのか、それともそこまで遡らなくてもいいだろうと妥協したのかは、もう、おぼえてはいない。とにかく、第1巻が登場人物紹介編だろうから、それさえ読んでいれば第3巻を読んでも大丈夫だろうと考えて、そういう購入の仕方をしたはずだった。

    それが、「エピソードが進むにつれて、主人公の性格が変化していく」タイプの、それまで知らなかった形での「シリーズもの」だとは思わなかったため、「別巻1」の「狼男だよ」の直後に「リオの狼男」を読み始めて、先に収録されていた「人狼、暁に死す」のトーンのあまりの違いに面喰らったことは前回に書いた。

    ハヤカワ文庫「リオの狼男」には、「人狼、暁に死す」と「リオの狼男」の2編が収録されている。作品ごとに感想は後回しにしてしまうことにして、厄介な「収録の錯綜」について述べておこう

    人狼、暁に死す」はとりあえず単体で独立しているエピソードといって間違いないのだが、「リオの狼男」は違う。実は、これはページの最後になっても実は「終わって」はおらず、ハヤカワ文庫で言えば「別巻4」の「人狼地獄篇」にストレートに続いている。確かに、プロット的には別々と言ってもいいのだが、「リオの狼男」事件が直接の原因となってそのまま継続して「人狼地獄篇」事件に繋がっているのだから、ここまでの「狼男だよ」(に収録された3つのエピソード「夜と月と狼」「狼は死なず」「狼狩り」)、「地底の狼男」「狼よ、故郷を見よ」「人狼、暁に死す」と比べても、いやいや、比べる必要もなく、明らかに連続ストーリーとなっている。

    そして、ハヤカワ文庫に続いて刊行された祥伝社ノンノベル版では、どういう収録形態になっているかと言えば、前回述べたように、「人狼、暁に死す」が「地底の狼男」「狼よ、故郷を見よ」とセットになって「狼のバラード」という1冊に入り、「リオの狼男」と「人狼地獄篇」はそのまま1冊の「魔境の狼男」という長編になっているのだ。(ただし、「人狼地獄篇」という名称は消失し、「リオの狼男」が第1章、続いて、「人狼地獄篇」の各章が第2章以降、という章立てになっている)

    先程書いたように、プロット的には「リオの狼男」と「人狼地獄篇」編は別物である。「リオの狼男」は、主人公アダルト犬神明が、消息を絶った親友石崎郷子を探しにリオに赴き、大超能力者ライオン・ヘッドと闘う物語であり、「人狼地獄篇」はその最中に犠牲になった娘の復讐のために犬神明が「邪悪で薄汚い」人間どもを追いつめる物語になっている。個人的には、別々に読んでそれぞれに印象・感想があるために、別作品としていろいろ取り扱いところはあるのだが、それはそれとして……

    何より困るのは、この「リオの狼男」+「人狼地獄篇」編という構成でありながら、角川文庫(及びハルキ文庫)では、タイトルが「人狼地獄」という、これまた新しいものが付けられて刊行されてしまっていることだ。祥伝社ノンノベルの「魔境の狼男」と、異なっているのは作者の「あとがき」だけなのに、タイトルが違う。角川文庫は短編集などを編む際、よくこんなことをしでかしてくれている気がするが、そして「リオの狼男」と「人狼地獄篇」はこうした流れで確かに中短編集扱いされてしまうのかもしれないが、長編として1冊刊行されたはずのものを、別タイトルで出してしまうとは……

    さらに、とんでもないことがある。
    この角川文庫(ハルキ文庫)版アダルト・ウルフガイシリーズはめでたく電子書籍にもなっているのだが、ここではタイトルもカバー絵も何もかも同じなくせに、収録作品だけ、この「リオの狼男」に関わる部分で異動があるのだ!

    【紙の本バージョン】
    人狼地獄」・・・・・・・・・・「リオの狼男」+「人狼地獄篇」編
    人狼、暁に死す」・・・・・「人狼、暁に死す」+「虎よ!虎よ!
    【電子書籍バージョン】
    人狼地獄」・・・・・・・・・・「人狼、暁に死す」+「リオの狼男
    人狼、暁に死す」・・・・・「人狼地獄編」編+「虎よ!虎よ!

    つまり、紙の本での「人狼地獄」は祥伝社ノンノベルの「魔境の狼男」と同一内容であり、にも関わらず電子書籍での「人狼地獄」はハヤカワ文庫「リオの狼男」と同一内容になっているのだ。
    そして、カバー絵等を見るかきりでは、紙の本の「人狼地獄」と電子書籍の「人狼地獄」は全く区別が付かない。

    これほどグチャグチャになってしまっている理由は全く見当が付かない。とにかく、新しくアダルト・ウルフガイ・シリーズの世界に入ろうという読者にとって不親切なことは間違いない。

    紙の本バージョンは、私の知る限り、アダルト犬神明の変遷が最も時系列順に沿って収録されているという点で、非常に好ましいものだった。それを電子書籍で変更したのは、ハヤカワ文庫に近くする何らかの理由があったのかもしれないが、(或いは作品の発表順は、「リオの狼男」よりも「人狼、暁に死す」の方が先だったかもしれない)タイトルもカバー絵も同じなのに、中身が違うというのは、かなりブーイングものだろうと思う。それならいっそ「人狼地獄」でなく「リオの狼男」にタイトル変更した方がハヤカワ文庫と整合性があっていいじゃないか(笑)。

    今さら、おそらくどうしようもないこととは思うが、とりあえずこの場に状況のみ書き留めておくことにする。どうせなら、ハヤカワ文庫版でのあのすばらしい「あとがき」たちを再録しての「完全版」が出て来てくれないものかと、何となく希望していたりするのだが。 (おっぺ)
  • と、いうわけで、「魔境の狼男」もしくは「人狼地獄」、或いは「リオの狼男」+「人狼地獄篇」。

    前に書いたように、「リオの狼男」と「人狼地獄篇」はストレートに繋がってはいるが、プロット的には別個の作品だ。それは、のちの「狼は泣かず」と「人狼白書」の関係に近い。これについてはまたそのときに。

    リオの狼男」は、親友の蛇姫・石崎郷子誘拐されたとの連絡に、全然心配はしていないながらもリオまで赴いて、捜索をする。その際にエリカという娘と知りあう。郷子をさらったのは、ライオン・ヘッドという超能力者だと判明し、この超能力者と満月期の狼男の戦いという構図となる。シンプルな、いかにもアダルト・ウルフガイというストーリーだ。
    この作品の楽しみは、エリカという娘のキャラクターと(それが「人狼地獄篇」へと繋がっていく)、犬神明の不死身ぶりのとんでもなさだ。
    これまでも、「狼男だよ」等で、銃弾を浴びても身体にめり込むだけでじきに押し出され、口もみるみる治ってしまうという形で不死身性は表現されていた。しかし、この「リオの狼男」で闘ったのは超能力者であり、金縛りにされた犬神明は巨大なトラックに挽きつぶされてしまう。身体はぺちゃんこ、内臓が口からはみ出すというグロテスクさだ。
    そこで犬神明は、無理やり道路にへばりついた身体を引き剥がし、内臓を苦労して飲み込み直して、歩き出すのだ。これはもう笑うしかないとんでもなさだ。
    この「リオの狼男」は、「狼男だよ」以降暗く陰鬱な物語の続いていたアダルト・ウルフガイが、ひさしぶりにリオの陽気なエネルギーを吸収して、痛快なアクションを繰り広げる形で進んでいる。――エリカの運命を知るその時までは。

    ここでエリカの身に起きたことは、犬神明を次の「人狼地獄篇」へと向かわせる。親友・石崎郷子の言葉も彼を止める力を持たない。

    アクション小説としたならば、敵役ライオン・ヘッドのあっけない退場はふさわしくないかもしれない。しかし、あまりこれに対して不満の声は上がらないのではないか。最大のボルテージは、犬神明がエリカの運命を知った、その瞬間にこそ在る。
    そして、この感情を共有すればこそ、読者は犬神明と一緒に地獄篇に進んでいくことを選ぶのだ。(おっぺ)
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