感想文等 | 「必殺仕置屋稼業」では、印象的なエピソードが幾つかある。 市松の殺し屋としてのしがらみを描いた第2話「一筆啓上罠が見えた」、印玄がいかに殺し屋になっていったかを描いた「一筆啓上過去が見えた」、主水の剣客としての葛藤を描いた「一筆啓上業苦が見えた」……つまりは、各仕置人たちの拠って立つバックボーンがエピソードとして印象的に配置されているのだ。
情を捨て、涙とは手を組まないことを選び取って仕置屋として裏の顔を取り戻した中村主水。その主水にとって或る意味理想的なスタンスに立っているのだろう仕置屋ならぬ「ただの殺し屋」のはずの市松。 だが、ドライな市松とウエットな主水が互いに微妙な影響を与えあった挙げ句、ついに仕置屋に崩壊の危機が迫ったとき、そこではセンチメンタルな転倒が現出する。
かつて、生きるも死ぬも一緒の仲間として仕置人チームを捉えていた中村主水は、おこうが敵方に捉えられ拷問を加えられるに際して、ついに一歩も救出の脚を伸ばさない。おこうを助けに行くのは、殺人機械、冷酷非情で鳴る市松なのだ。 同じくおこう救出に動いた印玄は壮絶な最期を遂げ、彼と市松の必死の連携で救い出されたおこうもまた、主水に今際の言葉をのみ残して虚しく死んでいく。
「中村はん……この稼業やめたらあきまへんで……いつまでも……続けとくんなはれや……いつまでも……この稼業……続けとくんなはれや……」
印玄が死に、おこうも死んだ。飛び出そうとする捨三を制すのは、やはり主水だ。 「捨三……ぎりぎりいっぱい生きるんだ。いいな」
さらに、敵の罠は市松を捕縄の身に落とす。その段階で、やはり主水は市松を解放する手だてを模索しようとはしない。市松の元に赴いて、ただ言い訳めいた繰り言を述べるばかりだ。
「そりゃ、俺だって、おめえをここから出してやりてえ。今すぐにもな……だが、下手して、俺の首が飛ぶようなことになってみろ」 「…………」 「稼業に差し支えるんだ」 これが……情を捨て、涙を捨てた中村主水の理想の自分だったのだろうか。
そして、殺人機械、冷血非情の市松が語調を昂ぶらせていく。
「てめえの首が飛ぶのが、そんなにこわいのか? それがおめえの本音だろう! なんだかんだ言いながら、結局、てめえを一番大事にしてるのは、おめえじゃねえか!」
主水は応えない。
次に訪れたとき、主水は、市松自身の殺しの道具である竹串をやはり無言で手渡す。
「……これはどういう意味なんだ? ……どういう意味なんだ、八丁堀……! ……死ねってことか?」 うなずく主水。 「ん……死んでもらうぞ……」
これが……主水の理想の……
だが……主水は握り飯をこしらえている……
いよいよ市松が引き立てられ、市中を護送されている最中、市松は主水から渡されていた竹串で自分の手を縛っている縄を切ろうとしている。主水はさりげなくそれを周囲から隠す。 そして、いかにもな主水の失策ぶりの中、市松はついに脱出する!
「……市松」 逃走する市松に、主水は作っておいた握り飯を渡す。市松は、それをしっかりと受けとる。それ以上言葉を交わすこともなく、2人は別れた。
……途上、主水からの握り飯を口に運んだ市松は、固い感触にその正体を確かめる。そこには、米粒にまみれた小判があるのだ。 市松の顔に、笑顔が……ついに、ついに笑顔が浮かぶ!
そして、市松という殺し屋に笑顔を浮かべさせた仕置人、中村主水は、市松逃亡の責を問われ、牢屋見回り同心という奉行所の中でも最低の位置に回され、陰鬱な生活に落とし込まれていく。
だが……そんなくすんだ色の中……、中村主水もまた、微かな笑みをその顔に浮かべたのだ……!
こうして、中村主水第3の仕業、仕置屋稼業の物語は崩壊を迎えた。 おこうは死に、印玄も死んだ。市松は去り、主水自身も地位を追われた。 だが、おこうの言葉が、市松という「仲間」が、主水にまた「先」に進む道を示したのだ。
主水は、糸井貢を失ったときのように「潮時」として殺しを離れようとはせず、唯一残った捨三と共に仕置を続行することになる……(おっぺ)
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