Diary

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2008年12月13日(土)
  年末だなぁ

年末である。
マメタンは年末に誕生日を迎える。
早4歳になる。

この頃は字を覚えて、看板やポスターを読み、道路標識を覚えて、歩いていても一時停止する勢いである。

母が思いもよらぬ勢いで、色々なことを吸収し覚えていくマメタン。
しかるに、マメタンがこれから生きていく上で何が必要かを考えるに、必要なのはいわゆる精神性だと感じる。
人はどんなに何かを知らなくても、自分の行動の規範をもつことが何よりも重要だと思うからである。
物を知っても、自分の生きる道しるべを持たない人間は不幸である。

私は常々ハリウッド映画は薄いものだと感じているのだが(すばらしく面白いけれど)、その薄さは精神的なものからくると感じている。
正しいことがよいことだとか、悪い奴は罰を受けるとかいうことは実に浅薄な基本中の基本で、人の生活はそれ以上に色々な深い精神性に満ちているものである。

日本人は、あからさまなものは嫌う。
なぜあからさまなものを下品に感じるのか、これは日本人が長く培った精神性である。
また、我慢や忍耐は素晴らしいと感じる。
愚痴を言わずに我慢することは美しいのである。
文句を言ったものが勝つということを潔しとしないのが日本人である。

しかし、それは受け継がれるもので、受け継がれる為には親が手本や見本にならねばならない。
生活の中で、その精神性が当たり前に体現できないといけないのである。

こればかりはすぐに結果が求められないので、マメタンが成人するまで延々と母として立派に生活していかなければならないなぁと感じる。

人間として誇りに思ってもらえるような生き方をしたいものである。

年末なので、取りあえず今年の反省として。
そいで、来年の抱負として。


2008年08月19日(火)
  自転車こぎこぎ

マメタンはお父さんに赤い自転車を買ってもらった。

最初は「デキナイから乗りたくない」のであったが、ふとした拍子に前進
出来て、ノリタイ、ノリタイとなった。

あたしや心海さんはマメタンに弱いので、すぐ手助けする。
それが、ある日、お父さんと出かけた日があり、とたんに上手になった。
お父さんは一切助けなかったんである。
マメタンは泣き疲れてヘロヘロで家に帰ってきた。
何度も転んだそうである。
泣いても喚いてもお父さんは
「自分でこげ」
ってなもんである。
おぉ、あたしにはそんな可哀そうなことできませぬ。

が、お蔭で上手になって、今では自分でゴンゴン進み、徒歩のあたしを置き
去りにして進んでいくたくましさである。


こないだ堤防に行ったときに、同じ3歳くらいの男の子が同じようなコマ付
4輪車に乗って、もの凄いスピードでマメタンを追い抜くことがあった。
自分は追い越されたと、機嫌を損ねるかと思いきや
「あの子は赤ちゃんだから、お父さんに押してもらってる」
と平然としている。
確かに、お父さん手作りの立派な持ち手が付いていて、お父さんは自転車
に乗りながら猛然と押していた。勢いがつくと手を放し、また止まると
押してやっていたのである。

すでに実力以上の遠乗りをして、疲れた疲れたとぼやいていたマメタンが
その子に追い越された途端、気を良くして頑張り始めた。
マメタンは自分はデキルと思い、誇らしくなり、がんばろうと思ったので
あろう。


「きっとこれからもっともっと上手に乗れるようになるね」
などと言いながら家に帰った。
マメタンも自分が誇らしかったんだろうけど、あたしはマメタンよりも
ずっとマメタンを誇らしく思ったことだよ。
あぁ、親ばかです。


2008年03月10日(月)
  

マメタンと散歩をしていると、ちょっと強い風が吹いてきた。
「マメタン、これはどんな風?」
と聞くと、
「アテンジャ(マメタン父はアテンザという車に乗っている)の風。
 お父さんも乗ってるし、カズも載ってるし、おばあちゃんも乗ってるし
 お母さんも乗ってる。
 ボクの大好きなものばっかり乗っている風」
と答えた。
予想外の答えにビックリ。

あたしはいつも忙しく、マメタンと一緒に過ごせるのは週末の1日だけ。
お父さんもいつも忙しく、マメタンと顔を合わせるのは週に1時間足らず。
月の半分はおばあちゃんと一緒だけど、おばあちゃんもお家に帰ってしまう。
保育所で過ごす時間が圧倒的だけど、マメタンはいつも落ち着きなく動いて
先生を悩ませている、どちらかというと扱いにくい子供である。
楽しい毎日というわけではなさそうだ。


実際、お父さんのアテンジャにみんなが乗ることはほとんどない。
一緒に乗ったことがあったかどうか、それは一体何の用事だったのか
思い出すのが難しいくらいだ。


マメタンも、もう3歳。
マメタンはあたしが思っているよりも、ずっと色んなことを考えながら
毎日を過ごしているのかもしれない。


2007年08月01日(水)
  すみません、ありがとう

マメタンと一緒に外に出るようになって、謝ったり、はたまたお礼を言ったり
することが増えた。

あたしは自転車に乗れないので、マメタンと徒歩で移動している。
そんな時、心無い人は悪態をついて邪魔者にし、優しい人は親切にしてくれる
のである。
すみません、ありがとうである。

悪態をついて去っていく人は、大抵おばさんである。もしくはおばあさん。
年配の女の人ってどうしてこうなんでしょう??
あたしは気をつけたいもんだわ。

さてさて。
それはさておき。
マメタンはよく頂き物をする。
おじいちゃん、おばあちゃんがよく何かをくれるのである。
手元に何も無ければ、わざわざお財布を開けて何か買えと現金をくれ(汗)、
封も開けないお菓子をくれたりする。
わざわざ家に行き、何か持ってきてくれた人もいた。
いえいえどうかしまって下さいと言っても、一度出したものは引っ込められ
ないものなので、一度だけ遠慮して、あとはありがたく頂くことにしている。
何せ、マメタンにあげると言ってるんであって、あたしが頑なに断るのも
変だしね。
それにしても、通りすがりの、もう2度と会わないかもしれない子供に何か
あげようと思う人の多いことよ。

それか、マメタンにはなんかそういう徳があるのかな。
それとも、あたしたち、ミスボラシイの?!
(まさかな)

子供というのは福福しい顔をしている。
長く生きている人ほど、そういうのが有りがたいのかもね。


2007年07月24日(火)
  ●●くんがやった

大阪、久々の快晴。
暑い。

マメタンはほぼ毎日保育園まで歩いていく。
片道約40〜50分。
途中でセミのヌケガラを捕ったり、アサガオをつんで耳に飾ったり
しながらの道。
楽しいやら、しんどいやら。

でも、今日は、外へ出るなり
「ダッコ」
を連発。
「ダッコと言うならベビーカー乗りな」
と言うとにわかに10メートルは走るのだが、余計に歩くのが嫌になり
「ダッコ」
と言うのである。

実際、こんなに暑いのに歩かせるのは無理。
これからの季節、歩かせないでどうやって連れて行くか。
自転車に乗れないあたしとしては、頭の痛い問題である。

さて、マメタン。
保育所で楽しく遊ぶ毎日。
そして怪我が絶えない毎日でもある。
目の上の怪我が治ったと思ったら、今度はホッペタ。
スコップで叩かれたんだそうである。
「●●くんがやった」
と言う。

目の上の怪我も、腕をかじられたのも、ほっぺたの傷も
「●●くんがやった」
と言う。
この●●には必ず同じ子の名前が入るのである。

ここで疑問。
2歳のマメタンの言葉を信じていいの?

マメタンに聞いてみた。
「お友達の名前教えて」
「●●くん」
「それから?」
「…」
「他のお友達は?」
「…」

思うに、●●くんはとんだとばっちりのはず。
マメタンにとって、保育所には●●くんばっかりみたいだから。


2007年06月14日(木)
  そして夏なんだな

かれこれどのくらい放っておいたのでしょう。

ご無沙汰です。
だれかここを訪れる人がいるとして。。

この書き込みがなされるまでの空白の時間は、果たして空白の時間などでは
断じてない。
去年の暑い時期はマメタンとひたすら堤防を走りまくり、秋口からは、
びびくんの会社立ち上げ(うへ〜、思い出したくな〜い)を手伝い、
冬は、マメタンにおっぱいやりながら、狭い事務所で真夜中にせっせと
働いていたんである。
じいちゃんもばあちゃんも総動員である。
手伝える人、助けてもらえる人の援助を当てにして、目を釣り上げて
働いてたんである。
マメタンを育て、会社を育て、はたして、あたしも色々と育たなくちゃ
いけなかったかもね。

ぐが〜、ぐが〜。

そして今、冬よりは若干広くなった事務所で、マメタンを保育所に預け
小さな小さな会社の面倒くさい事務仕事をこなしているのである。

昨日の晩は一つのデータ提出の〆日で、夜まで働いていたけんど、今日は
そのおかげで少しのんびり。
今朝、マメタンに初めて蹴飛ばされたことに思いを馳せている。

マメタンは健脚である。
去年の夏、堤防を走り回った成果。
今朝マメタンは1キロをゆうに超える距離を歩いて(走って)保育所まで
行った。約45分かけて。
マメタンより、あたしがへっとへとである。

そんなマメタンが、登所までの道すがら、ごねて、ごねて、ごねまくって
母をはじめて蹴飛ばした。
あら、びっくり。

保育所へ行く途中、とてもきれいに朝顔が咲いている場所がある。
大輪の青紫の朝顔が壁一面に広がっている。
そこのお家の人は素敵な人に違いないと思わせるほど素敵。
マメタンもその美しさは判る。
朝顔が欲しいというので、1輪いただいた。
心の中で「花盗人は罪ならず」と唱えながら。
マメタンは「あぁいいにおい。青い飴ちゃんみたいね。」という。
そいでもって、「もう一つ頂戴。これはお母さんに。」と朝顔をくれる
のである。
あたしは「ダメ」と言った。
これは、マメタンにとって、理屈に合わない。
さっきは良くて、どうして今はダメ?
でも「ダメ」と言い返すあたし。
そこで、足が飛んできたのである。

結局言い聞かせたら納得してくれたマメタン。
それにしても、これから、キックやパンチがとんでくることは覚悟しなくちゃ
いけないんである。
まだまだ先は長い…。


2006年08月17日(木)
  夏、はよ終われ

毎日暑い。
暑い中、ほぼ毎日出かけ、マメタンを遊ばせている。
お蔭で、まだご飯は上手に食べることができないマメタンも、驚くほど
上手にペットボトルから直接飲み物を飲めるようになった。
いわんやコップをや。
カンのプルトップもこじ開けようとする始末。
のど乾くんだよね。

このごろ、マメタン、どんどん話すようになってきた。
がしかし、意味を飲み込めずに、状況でしゃべっている言葉も多い。
あたしにとっては、言葉とは意味を持つもので、意味とは切り離せない。
が、マメタンはそれはまだつながっていないのである。
なんとなく不思議なものだ。

マメタンは時々寝言を言う。
「むご〜(むこうに行きたい)」
「みえむ?(あれが見える?)」
である。
「むご〜」が今一番よく聞く寝言。
行きたい場所へ行けない夢をよく見るらしい。

最近、公園で知り合ったおばさんに、
「この子、お父さん似?」
と聞かれた。そうだと答えると
「お父さんも、じゃ、やんちゃな顔してるんだ」
と言われて驚いた。
マメタンの顔は、あたしには天使に見えるものな。


2006年07月04日(火)
  「ぶっちょ」のナゾ

マメタン、言葉が出だして1ヶ月ほど。
そして、なんと、もう挫折して教えることを止めていたベビーサインを
にわかに使い出したのである。
わかっていたのか、おぬし。

ベビーサインは言葉の使えない赤ちゃんとコミュニケーションをとって
みようというような趣旨で教え始めたもの。
しゃべりだしてから漸く使うとは、なんとまぁ「これが子育て」という
ような顛末である。

が、しかし。
マメタンはひとつ、どう聞いても何かとは結びつかない言葉を使う。
それは「ぶっちょ」。
アクセントは ちょ にある。
いなかっぺになったつもりで読んでほしい。
「ぶっちょ」

マメタンはこれにサインを付けてくれた。
おかげでなんなのかわかったのだが。。。。
なんとこれ、「おっぱい」である。
びびくんは失礼にも「見たままだろ」などと言って笑うのだけど。。

「ぶっちょ」
と言われて
「おっぱいだよ、おーっぱぁい」
などと何度も言うが、そのたびに笑顔で
「ぶっちょ」
といい、サインを両手でしてくれる。(本来、片手のサイン)

うーん。
マメタンが自分で作った言葉なのかなぁ。
それにしても、なぜ?


2006年06月29日(木)
  業界人

さて。
業界人が逆さ言葉を使うのは周知の事実である。
どうしてかはわからないが、愉快であるからに違いない。
会話ひとつに頭をしぼるだけの余裕がある、そういう職業であるとも言える
かな。

最近マメタンは逆さ言葉を使う。
言葉が出てきてまだ1ヶ月ほどというのに、逆さ言葉を使ってみるとは、
赤ちゃんも随分余裕のある商売であるらしい。
まだ何ほどの言葉もはっきり言えないときから
「嫌、いーや!」
とだけはやけにはっきり言っていたのだが、このごろは
「ヤーイー、ヤーイー」
というのである。
そんな調子で、飲むは「むぅのむぅの」、トマトは「マトマ?」である。
「ポピポピ」などと言われてなんのこっちゃと思っていたら、最近大好きな
サイレンカーの「ピーポーピーポー」である。
ちょっとしたトンチ問答のようだ。


逆さ言葉を面白がるなんて、業界人も幼稚なんだわねと一瞬思ったが、
赤ちゃんのように新鮮に、なんでも愉快がる余裕がなければならない人たち
なのかなとも思った。
実際はどうなんかしら?


2006年06月20日(火)
  更新、ひさびさであり、またそれ以上の

さて、半年ぶりに更新する。
ほとんど毎日のように更新しなくちゃなぁと思っていたのに、それを半年
ほっておくのだからたいしたものだ。

いろいろ書きたいことがあったのも確かだが、更新したいとほぼ毎日思って
いたのには意味がある。

あたしは生まれてこの方、小学校の6年間より長く何かを続けたことなど
なかった。
がしかし、今年の2月を以ってこのホームページが6年続いたことにより
あたしは6年という期間の外へ扉を開いたのである。
そして扉を開くのは、ただ1度、この更新によってしかなされえない。

あたしが6年以上続けた何か。
それによって得たものは、自分への寛容の心としか言いようが無い。
無様なものを並べ立てることを許せたこと。
更新をさぼっても、自分を責めないで許したこと。
失敗や、滑稽な勘違い、全て取るに足らないと諦められたこと。
そして、周囲もそんなことには頓着しないと気づいたこと。

いつもと変わりないなんの変哲もない、更新。
でも、あたしにはそれ以上の。
ではいくぞ!


2005年12月07日(水)
  歩くマメタン

12月に入って、マメタンが立ちながら足をずっずっとずらすようになった。
と思いきや、ささと2、3歩、歩けるようになった。
まだ、2、3歩が限界なのだけど、ずらしたと思ったら2、3歩なんだから
1週間もたてば5、6歩歩いているかもしれない。
もし、この日記をたまたま目にしている方があれば、てめぇん家の息子が
歩いたのがどうしたんだと言われるだろう。
別に偉くもなんともねぇや、おれ様は人生のほとんどを歩いてるぜ、と。
でも書かずにはいられないのが親である。
失礼。


さて、先週、懸賞生活最大の大当たり「高額旅行券」のお蔭で、温泉旅行
へ行って来た。
部屋に露天風呂がついているので、マメタンもご機嫌である。
大風呂に、気兼ねしながら入らなくても大丈夫。
マメタンを追って、着替えさせるために、脱衣所中走り回らなくても大
丈夫である。
和室からベランダに出れば露天風呂。
それとは別にコタツ部屋もついている。
特別な部屋なので、チェックアウト時間もなぜかゆっくりであった。
であるからして、朝もまたザブンである。

温泉に行く前に、マメタンはお母さんの「おちっこ、ち〜」の合図で
浴室内でおしっこして(決して湯船の中ではない)、それにウケて2人
で大笑いしてから脱衣所へ移動するという術を覚えていた。
だから、タタミの上ではおしっこするまいと思っていたのだが‥。

マメタンは変わった環境の中、(だって露天だし、カミナリ鳴ってたし、
総ヒノキ風呂だったし)おかあさんが何度も「オチッコ、チ〜、チ〜!!」
とがなりたててもおしっこしてくれなかった。
寒い外でおしっこをしぼれと笑いながら命令しているお母さんと自分の
おちんちんを交互にうらめしそうに見るばかりである。

ええいままよとそのまま和室に戻り、びびくんにオムツオムツと叫ぶ
あたし。
ハイハイして騒いだら、下の階の人に迷惑よとマメタンをたしなめていた
本人が、「オチッコ、チ〜!」だの「オムツ!オムツ!!」だの騒ぐの
であるからいただけない。
ごめんよマメタン。
そんな哀れに取り乱す母を気遣ってか、いつもお風呂上りにうっかり
おしっこしてしまうマメタンも今回は気を引き締めていってくれた。
タタミは無事。

マメタンもすっかり大人だなぁ。
ちょっと歩いて、そこいらでおしっこしないなら、大人と同じだよね。


2005年11月26日(土)
  どんぐりパチンコ

あたしはマメタンをいつも朝9時に公園に連れて行く。
まだ歩けないマメタンが、他の子のジャマをせず、ボール投げなどの
ボールに当たらないですむ時間は朝である。
が、しかし、病み上がりに朝はきついので、今日はいつもより遅い時間に
マメタンを公園に連れて行った。

公園に着いてベビーカーを止め、マメタンを抱き上げる寸前、急にマメタン
が泣き出した。
唐突なのでビックリ。
どうしたの、などとあやしている間に、あたしの足に何かがぶつかった。
え?
何かが飛んできたのかなと目をやると小学生の集団がいる。

あたしが目をやったのに気付いたのか、数人が近づいてくる。
そして、仲間の一人を指差し、
「あいつがパチンコでどんぐり飛ばしたのが赤ちゃんに当たってん」
という。
そして、自分がしたわけでもないのに、代わりにマメタンに謝った。
マメタンはキョトンとして泣き止んだ。
勇気を出して謝ってくれたのだからといいよと言うと、皆、マメタン
に関心が移った。

ほっぺたを触ったり、抱っこさせてくれと言ったり、自分のズボンの
紐をなめさせたりと天晴れなあやしぶりである。
ブランコに乗せてくれたり、一緒に滑り台で滑ってくれたりと一生懸命
贖罪をしてくれるのである。
初めて赤ちゃんとブランコに乗ったとはしゃいでみたり、あーだこーだ
と言う。

そのうち、一人一人が皆いっせいに話しかけてくる。
自分の怪我の話。傷跡も披露してくれる。
家の人が何処で働いているかという話。
自分の家庭の誰が何月生まれで、誰が何月生まれかという話。
友達が病気で背が伸びないという話。
俺のお兄ちゃんは凄く食べるのにクラスのなんとか君より小さいという話。
数人が争うように告白してくる。

そして、またいっせいにクモの子を散らすように帰っていった。

マメタンも大きくなったらあんな風になるのかなぁ。
どうか、パチンコを飛ばす方ではなくて、謝ってくれる方の子になります
ようにと願うばかり。


2005年11月25日(土)
  まさかの時の

さて、マメタン。
生まれた時は皺皺の骨骨であったが、今は見るも見事に太っている。
マメタンはおデブですと言う時、あたしは少しの気後れもない。
それどころか、胸をはって「おデブです」と言うのである。
そしていつも、もし何か具合が悪くて何も食べられないようなことが
あっても、マメタンのこの備蓄で難なく切り抜けられるわね、えっへん
と思っているのである。

そして、そのまさかの事態である。
発熱。
39度3分。
きた、きた、きたーっ!!
食欲不振の風邪ざます。

マメタンは悪夢に悩まされた。
うとうとしても突然目を見開いて飛び起き、号泣するのである。
そして、パイパイくれとせがむのである。

え!?
パイパイ??

マメタン、備蓄を使う気はないのかえ??

結局、具合が悪く機嫌も悪いマメタンは、お母さんのパイパイで難関を
乗り切ってしまった。
熱も1日でひけ。。。

でも、風邪の後は下痢になるという心海さんのアドバイスを聞き、今度こそ
備蓄で‥と思いきや、空振り。
すこぶる元気。


そしてまた、ちっとも減らなかった備蓄をまさかの時のためにとって
おくことになったのだった。
めでたし、めでたし。



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HimeDiary ver1.1 written by Fujihanahime