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里屋和彦の『エネルギー学講座』



(2001/07)

エネルギー学講座 Vol.16
エネルギー産業の自由化について(4)

エネルギー産業の自由化について、米国における保守派内部での論争の一端を紹介したい。

ブッシュ新政権が5月17日に発表した、国家エネルギー政策(National Energy Policy;NEP)にCato研究所が噛みついた。Cato研究所は、リバータリアン保守派の牙城であり(世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち 副島隆彦著 講談社α文庫 412頁)、ブッシュ政権の連邦主義に反旗を翻している。

NEPは、チェイニー副大統領らのタスクフォースが、1章〜8章に及ぶ163頁の報告書にまとめたものである。同報告書は、105項目の政策提言を含み、エネルギー源の選択肢の拡大、エネルギーインフラの強化を重視し、原子力発電の利用拡大や核燃料再処理の研究、ANWR(北極圏野生生物保護区)での石油・ガス開発などが盛り込まれた事が注目されている。

例えば、報告書の中核である第5章 国内エネルギー供給および第7章 エネルギーインフラにおける提言を列挙すると

(引用はじめ)
外縁大陸棚の開発、ANWRの開発、クリーンコールテクノロジーの開発継続、原子力免許申請簡素化、核燃料サイクルと原子力次世代技術の研究、州間送電システムの信頼性向上、アラスカ縦断パイプラインのリース契約更新、十分な製油能力の保有等々
(月刊エネルギー 2001.7月号 37頁)
(引用おわり)

この新エネルギー政策に対するCato研究所の問題提起はどのようなものであろうか。

「Just Say "No" to the Energy Plan」by Jerry Taylor May 19, 2001
http://www.cato.org/dailys/05-19-01.htmlより、

(引用はじめ)
The administration is finding it useful to dredge up ludicrous arguments, such as the horrific implications of importing oil or the apocalyptic consequences of having investors go about their business without some detailed, comprehensive federal energy planning document to guide them. Free-market types have no business in this intellectual ghetto. Nor do they have any business promoting most of this interventionist, corporate-welfare agenda.
(大意)
ブッシュ新政権は、過度な輸入原油依存の危険性や、投資を誘う包括的な国家エネルギー政策の必要性等々の滑稽な議論を蒸し返している。しかし自由主義者は、こんな窮屈な議論には与しない。干渉主義者の政権の下では、企業の繁栄はない。
(引用おわり)

保守主義者にとり、基本的に依って立つ自律的な態度からして、NEPに多用されているcomprehensive(包括的)という用語は、その基本にそぐわないことを強調している。

(引用はじめ)
First of all, why are free-market types cheering the introduction of a "comprehensive national energy strategy"? After all, conservatives didn't cheer a "comprehensive national Internet strategy" when one was proposed by Al Gore, a "comprehensive national industrial strategy" when one was proposed by Clinton Labor Secretary Robert Reich, or a "comprehensive national health-care strategy" when one was proposed by Hillary Clinton. Conservatives as a general matter believe that the government ought to leave markets alone and that "comprehensive national economic strategies" are things that old Soviet commissars and young French socialists are in the business of promoting, not free-market American presidents.
(大意)
国家からのcomprehensive(包括的)な政策などいらぬお世話!共和党の政権がやることではない。ソビエトやフランスの天下り専門の社会主義者じゃあるまいし。
(引用おわり)

現実に、エネルギー関連の投資は旺盛に行われていると指摘している。

(引用はじめ)
Without the guidance of a "comprehensive national energy strategy," investors are currently pouring billions into the energy sector. For instance, we're currently in the midst of a power-plant construction boom, with some 90,000 megawatts of new electricity capacity scheduled to come on line by 2002 and a staggering 150,000-200,000 megawatts by 2004. This will not only burst the electricity-price bubble but will probably produce an electricity glut in the near future.

(意訳)
政府によるエネルギー政策なんかなくても、投資家は今でもエネルギー業界に投資しつづけている。いずれエネルギー高価格のバブルははじけ、さらには供給過剰による暴落さえあり得る。
(引用おわり)

そして、政府のシンプルな役割について再確認している。

(引用はじめ)
Had the administration simply focused on tinkering with regulations where necessary and revising federal land-use rules where politically possible, we would not need to put up with so much chaff for so little wheat. Instead, we're now in the midst of an empty but still white-hot argument about whether we should more heavily subsidize this rather than that. We're also subjected to a bizarre debate about whether "the nation" (as if we have some command-and-control, Soviet-style economy) should invest more heavily in supply or whether "the nation" should invest more heavily in conservation.
(大意)
ブッシュ政権は、不要な規制を撤廃する事に頭を使えばいいのであって、供給を刺激するとか、需要を喚起するとかはに口を挟むべきでない。
(引用おわり)

批判は多岐に亘っているが、一例をあげると、

(引用はじめ)
Drilling on Federal Lands. Even if you're happy digging up the tundra, there's little reason to think that drilling in ANWR will do much to bring down energy prices. Industry's best estimate is that ANWR could produce about 1 million barrels of oil per day at its peak. That's a 1.25 percent increase in global production that, all things being equal, would reduce world oil prices by about 10 percent, from $25 per barrel to $22.50. While that's nice, it wouldn't do much of anything to deliver America from the power of the OPEC cartel, particularly since OPEC's likely reaction would be to cut its own production to maintain world crude prices at today's levels.
(大意)
今更、ANWRの開発をして、多少の石油を掘り当てても、そんなものは、OPECのカルテルの前では全然交渉力とはならない。
(引用おわり)

と辛辣な批判をしている。
ところが、多くは無用の代物と切り捨てているのであるが、一箇所だけ評価しているところがある。

(引用はじめ)
Regulatory Fine-Tuning. This is a story of the good, the bad and the ugly. The good: repeal of the antiquated Public Utilities Holding Company Act (PUHCA), which dictates both the organizational structure and permissible service territories of electric power companies.
(大意)
規制の調整に関しては、一つよい提言をしている。それは、陳腐化している公益事業持株会社法の廃止を提言している事である。
(引用おわり)

この公益事業持株会社法の廃止を提言している箇所を、NEP(5-21)から引用すると、

(引用はじめ)
The NEPD (National Energy Policy Development) Group recommends that the President direct the Secretary of Energy to propose comprehensive electricity legislation that promotes competition, protects consumers, enhances reliability, promotes renewable energy, improves efficiency repeals the Public Utiliti Holding Company Act.
(訳)
大統領はエネルギー長官に対し、競争を促進し、消費者を守り、信頼度を増し、効率性を改善し、代替エネルギーを促進する包括規制を提起し、公益事業持株会社法は廃止するように指令すべきである。
(引用おわり)

ところで、この公益事業持株会社法とは一体何であろうか?

実は、古く1935年に制定された公益事業持株会社法(PUHCA:Public Utility Holding Company Act)は、米国におけるエネルギー自由化の桎梏となっていたのである。

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のHP
(http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/foreigninfo/html9907/07031.html)より

(要約引用はじめ)
1935年に制定された公益事業持株会社法(PUHCA)は、国の電力及びガスネットワークをコントロールして、州境をこえて活動する大型で強力な電力ガストラストの力の濫用を抑えるため、立法化された。これは証券取引委員会(SEC)に対しトラストの解体権限を付与している。具体的には、再編成された組織がトラストに戻ることを防ぐためその財政構造の規制である。これは、州境をこえる所有のシェアを制限し、このこと及び他の規定を通じて州際取引に対して影響を及ぼすものである。
(要約引用おわり)

経済産業省のHP(http://www.meti.go.jp/hakusho/tsusyo/soron/H12/CHU079.htm)
(要約引用はじめ)
エネルギー政策法が制定される前のIPPは、1935年公益事業持株会社法(PUHCA:Public Utility Holding Company Act)によって、州をまたがる活動を行う場合、証券取引委員会(SEC)による厳しい規制を受けていた。エネルギー政策法(1992年)によってPUHCAの改正が行われ,一定の要件を満たすIPPは適用除外発電事業者(EWG:Exempt Wholesale Generator)とされ,自由な州際活動と事業展開が可能となった。
(要約引用おわり)

さて、Cato研究所が唯一評価した先の箇所は、実はNEPの最大のポイントであったのである。その背景は下記のようなことである。

(引用はじめ)
80年代後半以降、電力・ガスの自由化の嵐で長期投資が手控えられた結果、油田やガス田などの上流の開発が遅れ、製油所、発電所、送電線、ガス・パイプラインなどインフラが老朽化して、増大する需要とのミスマッチが生じつつある。カリフォルニア危機はその一端に過ぎず、放置すれば米国全土にボトルネックが生じるとNEPは訴える。

この隘路をどう打開するか?いや、ボトルネックなるものはすべて除去するというのがNEPのマニフェストなのだ。京都議定書もアラスカへの環境規制も障害物である以上、跨ぐほかないという割り切りである。環境派はそれを「開発優先・反エコロジー」と決めつけるが、実はNEPに潜む最大のアジェンダは、エネルギー業界の自由化あるいは市場化がボトルネックの原因だったかどうかなのだ。
(選択 2001.7月号 73頁)
(引用おわり)

ブッシュ新政権は、全米で自由化の包括的な規制ができていない現状は、ボトルネックの原因のひとつであると判断したのである。そして、日本においても、NEPが発した自由化のシグナルは、エネルギー業界のアメリカウオッチャーに鋭く受け止められた。

(引用はじめ)
NEPの発表後、ワシントンで情報収集した日本の関係者は「これが報告書の一丁目一番地です」と断言する。「包括」の一語には、これまで州自治の壁に阻まれて全米で一貫した自由化ができなかった連邦エネルギー規制委員会(FERC)に軍配をあげたことを意味する。FERC対州政府の角逐はカリフォルニアでも露呈していたが、ブッシュ政権は「連邦主義」の立場に立ったのだ。
(選択 2001.7月号 73頁)
(引用おわり)

意外にも米国での電力自由化は、州政府の力?もあってか総体としてはまだ道半ばといったところである。

(要約引用はじめ)
米国独自の制度的特徴として、電気事業の規制システムの決定権限が基本的には各州政府の公益事業委員会にあり、その規制形態、自由化の進展度合いが州によって大きく異なっている。カリフォルニア、ペンシルバニアをはじめとする11の州で、大口(大規模)顧客から家庭用顧客まですべての顧客の電力小売市場が自由化(小売の完全自由化)され、それらを含めて24の州で小売市場の自由化が進展しているのに対して、ノースキャロライナ、ジョージアをはじめとする26州では未だに地元電力会社による完全な供給独占(小売り市場がまったく自由化されない状態)が続き、小売自由化検討の動きも具体化していない(2000.9末現在)(電力改革の構図と戦略 140頁 西村陽著 エネルギーフォーラム 2000年 11月)
(要約引用おわり)

FERC対州政府の角逐は、自由化がスタートした時点から始まっていた。

(引用はじめ)
米国では1978年の公益事業規制政策法(PURPA)の制定によって、自由化に向けた動きが本格化したが、小売段階まで含めた実際の制度改革はそれぞれの州に任されている。全米の中でも先陣を切る形で推し進めたカリフォルニアの完全自由化にしても、州の電力再編法を根拠としている。従って当初は、基本的に州で解決すべきとのFERCの姿勢が見え隠れしていたのだが、2000年秋にまとめた報告書では、一転して一連の問題をFERCが取り組む問題と積極姿勢を見せた。
(「検証 米国の自由化」 電気新聞編 日本電気協会新聞部 177頁 2001年)
(引用おわり)

閑話休題
結局、Catoの論文を一言で言うと、自由化のための包括的な規制だけは、連邦主義でなんであれ、OKであるが(この意味での連邦主義は批判していない)、それ以外の政府からの一切の干渉は不要であるということをいっているのである。余計なことばかり書いているNEPは無用であると。Cato研究所は、最近グローバリスト系にとりこまれつつあるともいわれているが、今回、NEPの全体の文脈を根拠に、反連邦主義を鮮明にしているのである。

そして、このNEPの各提言がいざ実行段階になれば、米国における地方の反連邦主義に火がつきかねないと「選択」は結んでいる。(選択 2001.7月号 73頁)


2001/07/31(Tue) No.01

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